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第1章 研究目的と従来の研究
第1節 研究目的
第2節 植物季節現象に関する従来の研究
第1項 生物季節観測の概要
第2項 ソメイヨシノ開花に関する従来の研究
第3節 気候区分に関する従来の研究
第1項 気候区分の方法
第2項 日本における従来の気候区分
第3項 従来の気候区分の課題

第2章 研究方法及び資料
第1節 研究方法
第2節 資料の選定について
第3節 対象地域及び対象期間

第3章 気候区分の結果
第1節 データ行列の作成
第2節 主成分分析の結果
第3節 クラスター分析の結果

第4章 ソメイヨシノ開花と気圧配置型との関係
第1節 気圧配置型出現日数
第2節 気圧配置型がソメイヨシノ開花に及ぼす影響度

第5章 結論

謝辞 参考文献

第1章 研究目的と従来の研究

第2節 植物季節現象に関する従来の研究

第2項 ソメイヨシノの開花に関する従来の研究

植物季節に関する研究において,最も多く研究対象とされているのはソメイヨシノの開花日である.開花日とは花が数厘以上開いた状態となった最初の日である(気象庁,1964).ソメイヨシノが日本中に広く分布し,欠測値の少ない貸料であるという点もその理由ではあろうが,その開花日と気候との関係が他の種目の季節現象と気候との関係よりも密接であり,生物季節観測の目的にあった観測種目であること,開花時期が春の農作業の時期と重なっていること,観光との関係が深いため,開 花日の予測や桜前線の進行状況等について研究することの社会的な意義の重要さが認められていたことも大きな理由であると思われる.

過去における研究では,開花日と気象要素との関係を調べ,開花予想を行った研究が多くなされている.小倉(1942)は,東京市内1地点における16年問の統計資料を用いて1月及ぴ2月,2月,3月1日〜10日,3月1日〜20日の日最低気温平均,日平均気温の平均,日根高気温の平均,更にI月及ぴ2月,2月の降水総量及ぴ1月と2月,2月,3月1日〜10日の日照時間とソメイヨシノの開花の関係を調査した.その結果,ソメイヨシノの開花を回帰式により予想するに当たって,開花と密接な関係にある気象要素は開花前の気温であって,その他の気象要素とは密接な関係がないことを明らかにした.坂井・河原(1952)が21年の統計資料で同様の研究を行っており,やはり気温以外の気象要素は,ソメイヨシノの開花にほとんど影響を及ぼさないことを明らかにしている.同時にソメイヨシノの開花日の気温を調べ, その幅が6.7℃から16.7℃と非常に大きかったことから,開花に影響するのは開花日以前2ヵ月前後の天候状態であって,この条件が満たされた場合には植物生理的に有害な程低温(5℃以下)でない限り,比較的大きな温度幅をもって開花するとしている.

東京以外では伏木において同様の研究がなされている(伏木測候所,1953)が,ここではソメイヨシノの日々の生態の変化,つまりつぼみ,開花,満開,散花の進歩状況を細かく観測し,その実態を把握したうえで開花日ではなく満開日の予想を統計的に行った.この研究でもやはり,気温と開花日との相関が他の気象要素に比べて非常に高いことが明らかにされている.

近年の研究では青野・小元(1989,1990a,1990b,1990c)が,従来,植物に対する気候,特に気温の評価として使用されている「有効積算温度」に変わる指標として「温度変換日数」を用い,ソメイヨシノの開花について気候学的研究を行っており,その結果が青野(1993)によってまとめられている.温度変換日数とは,ある温度である日数おかれた条件が,標準温度に変換すると何日に相当するかを表したもので,従来から使われていた有効積算温度が「ある期間の有効温度」という概念であることに対して,温度変換日数は「標準温度に変換した日数」である(金野,1991).ある期間の気温の平均値ではなく,積算値のほうが植物に影響する気温条件を表す指標として適当であることは知られていたが,それに変わる温度変換日数を用い(青野・小元,1989),さらにチルユニットという温度指数による補正を行った(青野・小元,1990a)結果,誤差がほほ全国的にRMSE(平均二乗誤差の平方根の値)で1〜2日の範囲に収まる,非常に推定精度の高い開花日の推定モデルが得られた.RMSEを最小とする起算日,つまりソメイヨシノ開花に気温が影響する時期は地域によりかなり異なり,北海道〜東北地方北部では通日20日以前(1月上・中旬),東北南部,長野県,新潟県の各地域では概ね通日20〜40日(1月下旬・2月上旬),それ以南の地点では概ね通日40〜55日(2月中・下旬)の範囲となった.

気温が開花に影響する時期について行った研究は日本(篠原,1951)と朝鮮半島(篠原,1952)を対象に行われている.篠原は積算温度と開花日の相関関係を用いて,ソメイヨシノ開花に気温が影響する時期を明らかにしたが,それは開花前おおよそ35日〜70日位,平均50日使の期間であり,また,この期間は寒地になるに従って長くなるとの結論に達している.青野・小元の結果はこれに―致する.

また,この開花予想モデルを開花日の変動や分布に対する気候の影響評価へ応用し,都市昇温による開花日の早まりの定量化を行った(青野・小元,1990b).その結果, 都市昇温による開花の早まりは,東京では1920年代,大阪では1950年代から見られ,これが年々増加していることが明らかとなった.1956年〜85年の30年間に限れば,早まりの増加の割合は東京で0.15日/年,大阪で0.14日/年であった.さらに,温度変換日数による推定モデルを簡便化することでサクラの名所における開花日の推定を行い,過去の開花記録の存在しない地点においても,4〜5km以内の気温データが使える場合にはRMSEで3日以内の精度で開花日の予測が可能となることを明らかにした(青野・小元,1990c).

また,河村(1993)は,ソメイヨシノの開花日と3月平均気温の関係を川いて,史料に残されている京都におけるの観桜の記録から,歴史時代の3月平均気温の復元を試みている・年代によって資料の号にばらつきが多く,また,3月平均気温を求める回帰式の精度に問題があるとはいえ,史料を用いた他の古気候復元が定性的な復元に終わってしまうことが多いなかで,定量的な復元がなされた意味は大きい.青野・小元(1994)も同様の試みを行っている。温度変換日数の積算値を用いて最近のヤマザクラの満開日を推定する方法を開発し,史料から得られた11世紀以降のサクラの開柁に関する日付を賃料に,歴史時代の京都における3月平均気温の推定を試みている.推定の精度は歴史時代の資料の質にかなり左右されるが,現在の3月平均気温ではRMSEでO.1℃と,推定法の精度そのものはかなり高い.

Kaiら(1993)は,地球温暖化がもたらす開花日分布の変化の予測を3月〜5月の月平均気温を用いた重回帰分析により行った.月平均気温1℃の上昇により2.7日〜4.8日,平均して3.24日開花日は早まるが,北の官箸ほど早まる日数が多いとしている.21世紀の終わりには全地球的に3℃の気温上昇があると言われているが,このシミュレーションではサクラ前線は北関東から東北・北陸へと北上し,北関束では開花日は3月17日〜26日の期間にまで早まることが予想された.青野(1993)は,推定精度の高い温度変換日数モデルを用いて同様のシミュレーションを行ったが,北の地点ほど開花日の早まり方が顕著で,日平均気温が2℃上昇すると,北海道から東北北部の多くの官署では10〜12日,東北南部〜北信越で約8日,関東〜中国地方では約6日,四国では総じて4日,九州北・中部で約2日早くなり,九州南部ではほとんど早くならず,現在の生育南限にあたる八丈島では生存が不可能となるとの結果を得た.

Kaiら,青野に共通して,開花の早まりの地域差のために,気温上昇後には平均開花日の南北差が現在よりもかなり縮まることを予想している.地理的要素と開花日の関係についての研究は中原(1940,1941)によって行われている.ホプキンス(A.D.Hopkins)によって考案された,生物季節現象の平均的な分布を緯度φ,経度λ,海抜高度h(1OOm)の3つの要素を含む多項式によって表す「生物季節の法則 Bioclimatic Law」を日本のソメイヨシノについて求めた研究で,次式のような結果を得ている.yは3月1日を1とした開花日である.

y=3.88+5.726(φ-35°)-0.162(λ-135°)+1.606h

これにより,日本では緯度1増すごとに5〜6日,海抜高度100m増すに従い1〜2日開花が退れ,経度はほとんど影響しないとしている.また,ソメイヨシノ分布の南北限の両地方近傍では,著しく開花期の年による変動が見られることに言及している.

Shigehara(1991) は,気象庁観測部(1989)によって区分された15の地域ごとに,開花日と2月〜3月(あるいは3月〜4月)の平均気温との関係を1953年から1990年の期間で調査し,ソメイヨシノの開花日と早春の平均気温の間には,過去38年間の経年変化の傾向だけでなく,毎年の関係についてもよい相関があることを明らかにしている.なお,気象庁観測部による区分は,植物季節現象を地域別の統計資料として表すために,気象庁の組織の区分を基本に,気候区を考慮して決められている長期予報の地域区分を参考にして,さらには植生,地域に含める地点数を考応して行ったものであり,植物季節現象自体を指標として行ったものではない.

先にも述べたが,ソメイヨシノ開花の予測は農業や観光計画に用いられるなど社会的にも意義のあることであり,気象庁は毎年数回にわたってサクラ開花予想を発表している.その方法は中山(1989)によりまとめられており,

  1. 気象要素を用いて計算式から求める方法.
  2. ツボミの重量から予測する方法.実施している気象官署は少ない.
  3. 気象経過・ツボミの重量の類似年を参考にする方法
の3つに大別される.これら3つの方法に加え,開花直前の気温の影響が最も大きいので,長期予報,週間予報を考慮して開花予想を行っている.

以上見て来たようにソメイヨシノ開花についての研究は,開花に及ぼす気象要素の影響を定量的に評価し,それを用いて開花予想式を作成することを第一の目的としており,そしてその予想式によって表された定量的な関係を,各種の気候学的な方面に応用するといった方向に進んでいる.明らかになったことは,1.ソメイヨシノ開花と密接な関係をもつ気象要素は気温であること,2.気温が影響する時期は地域により異なり,北海道・東北地方北部では1月上・中旬以降,東北南部・新潟・長 野では1月下旬・2月上旬以降,その他は大体において2月中・下旬以降であること,そして3.求めた予想式を応用し都市昇温の定量的評価,歴史時代の気温の復元,将来の温暖化による影留の予測などが行われていることである.また,緯度・経度・海抜高度といった地理的要素と平均開花日の関係については求められてはいるが,ソメイヨシノ開花を初めとする植物季節現象を指標とした日本の地域区分はまだ行われていない.