牡蠣
ー蒲原有明詩抄よりー
牡蠣に殻なる牡蠣の身の、かくも涯なき海にして、
生のいのちの味氣なきそのおもいこそ悲しけれ。
身はこれ盲目、巖かげにただ術もなくねむれども、
ねざむるままに大海の潮の満干をおぼゆめり。
いかに朝明、朝じほの色青みきて、溢るるも、
黙し痛める牡蠣の身のあまりにせまき牡蠣の殻。
よしや清しき夕づつの光は浪の穂に照りて、
遠野が鳩のおもかげに似たりというも何かせむ。
痛ましきかな、わだつみのふかきしらべに聞き恍れて、
夜もまた晝もわきがたく、愁にとざす殻の宿
さもあらばあれ、暴風吹き、海の怒りの猛き日に、
殻も砕けと、牡蠣の身の請ひのまぬやは、
おもひわびつつ。