雑 感   表紙へ            


[1ヶ月前へ]          [1ヶ月後へ]

 ●1999/11/30(火) 江戸時代           

自己紹介に書いてますが私には息子が二人います。上のは大学3年生でボチボチ就職活動を始めなければいけません。息子の希望は警察官だそうです。

そこで江戸時代の警察、裁判、行政を担当していた町奉行所について。

呼び方は大阪町奉行所、京都町奉行所と江戸以外は地名がついていた。ただ江戸だけは将軍のお膝元ということで、わざわざ『江戸』とつけることはないという感覚だったらしい。

町奉行所は2箇所あり、ひとつは北町奉行所、東京駅の八重洲口の北にあった。南町奉行所は有楽町駅の北側、マリオンあたりにあったらしい。両奉行所は《月番》といって隔月で江戸府内を担当した。しかし職員はそれぞれ270人と少数だった。この人数で町民約50万人に充分目が届く訳がない《武士を含むと100万人》。いや実はその必要がなかったのである。テレビでは毎回殺人があり、与力・同心が刀を抜いて悪人を切る場面がよくあるが、殺人などは数十年に一回の程度だった。

しかし人が住んでいる以上は色んな決め事を作ったり、街並を整備をする必要はたくさんあった。誰がやったのか。町民自身がやったのである。町内で分担を決め、自分達の住む町を快適に過ごせるように討議していった。

これを書き出すときりがないので、また今度書きます。

 ●1999/11/29(月) 実は・・・・           
マイルームです。

自己紹介では綺麗な写真を載せてますが

実はこんな状態です。

20時前地震あり。ガス止まる。

本棚近辺(自作) パソコンみかん灰皿

NEC MMX266HZ 64MB
    2.0GB

 ●1999/11/28(日) 抹茶しるこ           
おしる粉 いつものように書くことが見当たらないと写真です。

エイヤッ。

抹茶しるこです。インスタント128円。お湯を入れて
1分。ちょっと粉っぽかった。

 ●1999/11/26(金)           

寒いので寝ます。

 ●1999/11/25(木)           

麻雀をやって帰宅が22時。今から風呂入れて寝ます。肩こった。

あ、ジャーのご飯は今日捨てました。

 ●1999/11/24(水) 朝食          

今日の朝は会社近くの吉野家で朝ご飯でした。コの字型カウンターで注文してからふと前を見ると、20歳くらいの女性が並牛丼を食べている。この店は時々あるおばあさんが一人で朝食を食べていて、”寂しいだろう、家族はいないのかな、どんな人生だったのかな”と勝手に想像させられる場所である。

そこで若い女性である。どうということないけど、やっぱりおばあさんより華やぎますね。

今日の夕食

 ●1999/11/23(火) いつ来るの?        

月曜日に休みを取ったので、四連休の一日は山中湖へ。さぶかった。でも紅葉が綺麗でした。あまり寒くてちょっと体調がくるい、頭が痛くなった。

火曜日の今日名古屋へ出発するとき、嫁さんが「今度いつ来るの?」と言う。あわてて言いなおしていたが、こんなもんですよ、皆さん。やっぱり丸4年単身赴任すると家にも居場所がなくなるし、家族は私が帰ってくると生活のリズムが狂うらしい。そういえば食卓にも椅子は3ツしかなく、残りの一つはパソコンの前に置いてある。

こんなもんですよ、ご同輩。

 ●1999/11/19(金) 批難gogo       

会社では昨日の日記の内容について、批難ごうごうでした。”あれは受けを狙って、八月頃から準備してたんだ”とか、”一体アパートでどんな生活をしてるんだ”とか。

ご推察のとおり、部屋を清浄野菜を育てる無菌室のようにしようとは思ってるのですが、これが中々むつかしい。かくして室内はなんでも手が届くところに物が置いてあり、大変合理的になっております。一旦物の配置を変えると生活のリズムが狂うので、クリーナーは1ヶ月に一回。でも洗濯は二日に一回やってますよ。せめて着るものだけでも清潔でありたいな〜。

でも年末の大掃除を兼ねて、来週の日曜日は掃除をするか。その時はまた写真を撮ってアップします。

 ●1999/11/18(木) kama       

告白します。実はkorokoroはすぐる7月31日からジャーでご飯を炊いておりませんでした。日記に書かれております食事写真のご飯はすべて買ってきたものか、冷凍食品でした。と言いますのも、その日の夕食に食べ残したご飯をウッカリと忘れ、気がついた時には1週間経ってました。その後なんどか蓋を開けて洗おうとしたのですが、その中のオゾマシイ光景を想像するあまり、勇気がなく遂に今日にまで至りました。

しかし男korokoro、女々しさを払拭すべく11月18日午後9時34分26秒、目をつぶって蓋をあけました。蓋をあけると同時に、白い綿状のものが舞い上がり・・・。ああーっその後は書くことが出来ません。

ごめんなさい。書く題材に窮しているのも事実ではありますが、皆様にこの惨状を見て戴きたく思いきって写真を公開します。ただしあまりにも酷いご飯(いや、糊、腐食物、廃棄物、ばい菌、ビールス、糞とも言います)の状態ですので決してお奨めしません。

写真を撮ったあと、また蓋を閉じました。 糊、腐食物、廃棄物、ばい菌、ビールス、糞の写真

 ●1999/11/17(水) 三ケ日みかん       

会社の帰り、西春商店街の八百屋さんでみかんを買いました三ケ日みかんが10個で450円。最初に20個入りをレジに持っていったら、おばさんに”独り者は食べられないよ”と忠告され、少ない方に。風呂上りに食べるとするか。
三ケ日みかん

 ●1999/11/16(火) イルミネーション       

営業会議のあと、富山営業所長を名古屋駅に送って行った。夕暮れ時の歩道の街路樹にイルミネーションが灯っていた。今日から本格的な冬になり、もうすぐクリスマス。1年が終わる予告です。

そこで表紙のペンギンも衣替えです。サンタペンギンだーっ。

年末にはオフ会を計画してます。名古屋駅付近の土曜日の昼間に行います。只今参加者を募ってますので、メールを送って下さい。ご家族同伴OKですよ。”デカ顔朝ちゃん”と共同開催。

 ●1999/11/15(月) 電動歯ブラシ       

◆はぶらし(ナショナル製)◆

会社の生協から電動歯ブラシを買いました。
だんだん不精になり、夜も歯を磨くのが面倒で
そのまま寝てしまう事がしょっちゅうです。
これでは”いか〜んっ”。という訳で買いました。

 ●1999/11/14(日) 一人暮らし      

夕方からウツラウツラ。これも一人暮しの気楽さか。今週も新幹線に乗らなかった。

 ●1999/11/13(土) 果林      

昨日は雨だったので、西春の水戸泉の車で会社に行きました。途中で喫茶店でモーニングサービスを食べる為、駐車場へ。すると前の民家の玄関先に木が生えていて、なにやら大きな緑色の実がなっている。見てみると洋梨のようだ。3mほどの高さの木に、驚くほどたくさんぶら下がっている。成る程、洋梨はこんな町の中でも実をつけるのかと妙に納得しながら会社へ。

会社で朝見た洋梨の話をすると、即座に地元の社員が言う。
「korokoroさん、そりゃ洋梨とは違っとる。果林だがや。名古屋じゃ庭木としてはポピュラーで、果林(かりん)とかけて、”借りん” ほいでもって”お金は借りない”。また”人にも貸さない”を表わすため、皆植えるだぎゃー」と教えてくれた。

場所により、色々な習慣があるんですね。

 ●1999/11/12(金) 雨      

雨です。・・・・・・・・・    今週も一人で西春町にいます。

 ●1999/11/11(木) コインランドリー     

天気の悪い日はコインランドリーに行くことにしてます。今日は夕方に小雨が降った。洗濯物がたまっていたので洗った後、乾燥のためコインランドリーに。20分間の乾燥代が200円。安い!!   乾燥している間ウロウロ。今はスニーカーの洗濯機があるんですね。しかもその乾燥機はオーブントースター形式になっている。こんなの始めて見た。知ってます?
お客は主婦が2人。大量の洗濯物を洗っていた。洗濯機を3台使って洗っている。よくまあそんなにあるもんだ。

乾燥の後 台の上で洗濯物をたたむのがチョット恥ずかしい。オヤジは人前に下着をさらすのは慣れてないんです。

たたんでる時 気がついた。シャツが3枚、ステテコが3枚あるのにパンツが1枚しかない。もしかして・・・・・・・・。盗られる訳ないか。

 ●1999/11/10(水) 松茸どろぼう     

今日のお昼のニュースです。

2周間前、JR岐阜駅の貨物車から松茸が5kg盗まれた。鉄道警察隊は目撃情報から、58歳の男を割りだし指名手配した。そして10日の今日、岐阜市内にいた男を見付け逮捕した。警察隊は男から松茸をどのようにしたのか、尋問をしているとの事。

ちょっと面白い話ですね。

 ●1999/11/9(火) コスモス     

時々車で会社に行くとき、途中の庄内川の土手にコスモスが見える季節です。そこで以前仕事中に行ったコスモス畑オリエンタルカレーのアンテナショップを紹介します。

 ●1999/11/8(月) メール     

帰ってきてからメールをた〜くさん書きました。考えながら書いたので結構シンドイ。というわけで今日は寝ます。明日は豊橋出張です。

 ●1999/11/7(日) 秋刀魚     

今日は掃除・洗濯したら一日中、ウツラウツラ。夕食は秋刀魚です。まだ体が痛い!

あはれ
秋風よ
情あらば伝へてよ
───  男ありて
今日の夕餉に ひとり
さんまを食ひて
思ひにふける と。

さんま さんま、
そが上に青き蜜柑の酢をしたたらせて
さんまを食ふはその男がふる里のならひなり。    (佐藤 春夫 秋刀魚の歌より)

 ●1999/11/6(土) 疲れたー     

1年振りのゴルフはづがれだー。もう寝る。

 ●1999/11/5(金) 予備校     

上の息子は大学の法学部の3年生である。しかしながら予備校生でもある。というのは4年になったら公務員試験を受けたいからと、大学に行きながら予備校にも行ってます。あたしゃ大学に行ってるのに予備校にも行くとは夢にも思わなかった。しかも授業は予備校の先生が大学に来て、大学の教室で行っているとの事。だからといって授業料は安くない。何十万円もするんですよ。

かくして私のふところは貯金どころか、借金がどこまで増えるか3年後が怖い。(更に下の息子は経営学部の1年生。今自動車学校に通ってます。)

こんなこと本当は思ってないけど、いつか返してくれ〜。

 ●1999/11/4(木) 虫      

今週の土曜日は久しぶりに顧客とゴルフです。場所は恵那のいわむらカントリー。今晩も寒いがゴルフ場は山の上なので、去年のセーターを着ようと押し入れから取り出した。すると、なっなんと、穴が開いている。虫に食われてた〜〜〜〜。防虫剤を入れてなかったので天罰だ〜。不精した。

ゴルフ場へは別の服を着ていくことにして、ズボンをどこに突っ込んだか、今から探します。

 ●1999/11/3(水) 日帰りパック      

レシーア南知多

祝日の今日、名古屋在住の単身者が知多半島の内海温泉へパックの日帰り旅行でした。一人あたり5000円の格安料金。年代、会社での役職はバラバラだが、とても気楽な旅行でした。写真はホテルでの料理。食べきれなかった。

 ●1999/11/2(火) 私論:この国のかたち      

正確な資料もなく書いたものです。中では誤っているものもあるかも知れません。お許しを。

9月21日の台湾地震から40日が過ぎた。被害も凄まじかったが、阪神大震災と比べるとその後の両国政府の対応に各段の違いがある。日本での被災者はテント生活の後、町から遠く離れた場所の仮設住宅で不自由な生活を強いられ、復旧の為の資金援助や税控除もスッタモンダの挙句、やっと決まる有様だった。

では台湾ではどうだったのか。震災わずか7日後、死亡者には見舞い金、倒壊した家屋には状態に応じて復旧資金の贈与、家のローンについては一定額まで控除など、被災者には細かい決定を行い、再起を援助した。この違いは国の基本的な考え方に差がある為ではないだろうか。日本では個より公、台湾では公よりそれを構成ならしめる個を重視している。

日本でよく言われる公とはなんだろうか。公を国と言いかえると考えやすい。司馬遼太郎のエッセイに『この国のかたち』という本がある。司馬遼太郎は旧帝国陸軍の将校であった。首都防衛のため群馬県の榛名山麓で戦車隊の小隊長をしていた。戦況は悪く、いよいよ米軍が東京湾に上陸するかもしれない状況になってきた。司馬遼太郎は”防衛のため、戦車を東京に走らせる時、当然多くの避難民に遭遇する。戦車も進むのが困難になる。とうすれば良いのか?”と、上官に質問した。上官は即座に”踏み潰して進め!”と答えたそうである。

帝国憲法では主権は天皇にあり、したがって軍隊も天皇の私兵であった。だから司馬遼太郎の疑問も、私にしてみればなにおかいわんやである。当時の思想では天皇を守るために、障害となるものは感情を交えず排除すれば良かったのである。このとき天皇は国そのものである。

戦後平和憲法ではその前文で、主権は国民にあるとハッキリとうたってある。しかし現実はどうだろう。公の名を借りた国のため、個が軽視されはいないのだろうか。昔とちっとも変わってないのではないだろうか。一体我々が構成していると思っている(錯覚している)国とはなんだろう。

 ●1999/11/1(月) 本音と建前      

私は会社で、本音を話さない建前人間だと言われることがよくあります。(実際そうです)

それを私に言う人は本音を言ってるかといえば、他の人以上に建前人間であると思います。ただやたらと威勢は良い。『俺はあいつにこんな事を言った!!』。『俺は上司にズバーッと本当のことを言った』。私には自分の弱さを隠蔽するためのたわ言としか思えない。

赤の他人が寄り集まって仕事をしている会社は、建前で成り立っている虚構の社会である。その狭い世界で全員が本音だけをぶつけ合うとどうなるだろう。とてもその社会は成り立っていかないであろう。全員が本音のみを言い合って理解しあえる事はあり得ない。

やはり本音というものは自分の弱さを知ってくれていて、安心して心を開ける人や家族の元でしか開かせないのではないだろうか。