裁判所に提出した法学専門家の意見書です


[コメントツリー表示を見る] [発言時刻順表示を見る]

Posted by 一弁護士 on 2002/03/09 23:08:54:

       意 見 書
                        広島大学教授 田村 和之
    大阪地方裁判所 第2民事部 御中


    第1 条例制定と抗告訴訟の対象

     1.条例制定と抗告訴訟の対象

     本件は、高石市立保育所設置条例の一部を改正する条例(以下では「本件条例」という。)の制定・公布により高石市立東羽衣保育所の廃止が行われたとして、抗告訴訟が提起され、あわせて執行停止が申し立てられている事件である。そこで、まずは条例制定が抗告訴訟の対象となり得るかどうかについて述べてみたい。
     一般に法令制定行為が取消訴訟の対象になり得ないことはいうまでもないが、それが直接の法的効果を有する場合はこれを認める必要があることは、戦前から学説判例がこれを承認している。その例をいくつかあげよう。

     〇美濃部達吉『日本行政法上巻』(有斐閣、1936年)924−925頁

     「命令が直接に法律的効果を生ずる場合……には別段の行政行為あるを待たず命令に依つて直接に権利を毀損せらるるのであるから、其の命令自身が法律の所謂行政庁の処分に該当するものとして、これに対して直ちに行政訴訟を提起し得べきものと認めねばならぬ。」

     本書はこのような説明の次に、「県知事が県令を改正して従来貸座敷営業を許可して居た地域の一部を営業許可区域の中から削除した」ことを違法とする営業者の提訴を適法な行政訴訟として認めた例として、行政裁判所の明治42年2月22日判決(行録20輯363頁)などをあげている。

     〇田中二郎『新版行政法上巻全訂第2版』(弘文堂、1974年)326頁

     (取消訴訟の対象について)
     「立法(政令・府省令・条例・規則等)の形式で行なわれるものであっても、執行行為をまたず、直ちに人民に対し具体的効果を生ずる処分的性質をもつものは、ここでいう処分に含めて理解すべきである。」

     〇南博方『行政手続と行政処分』(弘文堂、1980年)

     「法令または条例など立法行為の形式で行なわれるものであっても、執行行為をまたず、ただちに国民に対し具体的効果を生ずる行為は、ここでいう処分に含めて理解すべきである。」

     本書はこのような説明の次に、行政訴訟の提起が認められた例として、美濃部・前掲の行政裁判所判決および盛岡地裁昭和31年10月15日判決(行裁例集7巻10号2443頁)をあげる。

     〇塩野宏『行政法U第2版』(有斐閣、1994年)83−84頁

     「通常の場合は法律、条例等は、一般的抽象的権利義務を定めるものであって、これによって行政主体と私人との間に個別具体の権利変動が生ずるものではないというので、これらについては処分性が否定される。この場合一般的行為に当たるかどうかは行為の形式ではなく実質によって判断される。条例でも実質的にみて具体的処分に当たるときには処分性ありとされる(一般論としてその可能性を認めるものとして、大阪高決昭和41・8・5行裁例集17巻7・8号893頁)。」

     〇芝池義一『行政救済法講義第2版』(有斐閣、2000年)30頁

     「法令や条例などの一般的抽象的規範またはその定立行為は、概念上、実体的行政処分に当たらず、したがって、取消訴訟の対象にはならない。その執行の段階において、具体的な紛争について、訴訟を起こすべきである。
     しかし、執行の段階では有効に訴訟を提起できないことも考えられる。そこで、適用を受ける人の範囲が比較的に限定されており、かつ、具体的な執行行為を待たず直接に国民の権利義務に影響を与えるものについては、処分性を認める説が有力である」。

     〇最高裁判所事務総局編『続々行政事件訴訟十年史(上)』(法曹会、1981年)75−76頁

     「法令は、通常一般的、抽象的な規範を定立するにすぎないものであるが、法令の規定に基づく行政庁の具体的な処分を待つまでもなく、その法令自体によって直接個人の具体的な権利義務に影響を及ぼすこととなる場合については、当該法令自体が抗告訴訟の対象となるか否かが問題とされる。この点が問題とされた裁判例はいずれも、一般論としては、法令の適用を受ける特定の者の具体的な法律関係や権利義務に直接影響を及ぼすような場合には、当該法令を抗告訴訟の対象となし得るとしながらも、具体的に問題となった法令については、いずれもそのような場合に当たらないとしている。」

     〇大津地裁平成4年3月30日判決(判例タイムズ794号86頁)

     本件は、小学校の分校を廃止して本校に統合する旨の町の条例制定に関する訴えであり、同地裁は分校に就学している児童の保護者の無効確認の訴えについて、次にように判示して(判タ794号97頁)その適法性を認めた。

     「地方公共団体の制定する条例は、一般、抽象的規範を定立するものであって、通常は行政庁の具体的行為が介在しないと、個人の権利義務ないし法的地位に直接具体的な影響を及ぼさないから、原則として抗告訴訟の対象である行政処分に当たらない。しかし、このような立法行為の形式を採るものであっても、条例に基づく行政庁の具体的処分を待たずに、条例そのものによって直ちに個人の権利義務に直接具体的な影響を及ぼすものについては、それは純粋な立法にとどまらず、立法の形式を借りた行政処分でもあり、例外的に抗告訴訟を提起し、その効力を争うことが許されると解される。」

     「営造物は公共性があるからといって、住民の利用したいという一方的な意思だけで利用できるものではなく、行政庁がその利用を受諾しなければ利用できないので、一般住民の営造物利用権は抽象的権利にとどまる。したがって、本件条例は、一般住民との関係では、直接には住民個人の権利義務に変動を生じさせない。しかし、就学中の児童の保護者は学校教育法22条、39条によりその子女を小中学校に就学させる一般的な義務を負っているが、同法施行令6条1項、2項の就学指定は保護者に対し具体的にその子女を特定の学校に就学させる義務を生じさせる効果を有するもの、すなわち営造物である特定の小学校に具体的利用関係を生じさせるものであるから、保護者はその子女を当該学校で法定の義務年限は授業を受けさせる権利乃至法的利益を有すると解され、条例による当該小学校の廃止によって、直接、これを利用する利益を失うことになる。したがって、本件条例は右保護者との関係では抗告訴訟の対象たる処分と解される。
     原告就学保護者は、現に萱原分校にその保護する児童を通学させていることは当事者に争いがなく、それにより萱原分校について具体的な利用関係が生じていると認められ、萱原分校の廃止によって当然に、その後になされる学校就学指定処分等を待たずに、萱原分校を利用する利益を失うことになる。したがって、少なくとも原告就学保護者との関係では、本件条例は、抗告訴訟の対象たる処分に当たると解される。」

     なお、いわゆる訴えの成熟性については、上記の大津地裁の次のような判示が参考になる。

     「本件条例の施行日は平成5年4月1日であるが、本件条例は同日の到来により行政庁の具体的処分を待たず萱原分校廃止の効力を生ずること、本件公布後被告委員会(多賀町教育委員会、筆者)は平成2年10月10日多賀町立学校通学区域に関する規則の一部を改正し、同月11日公布したことが認められる。したがって、本件条例は直接萱原分校の利用関係に変動をもたらすものであるうえ、施行日前でも本件条例の施行を前提とした準備行為がなされていることから、単なる事実行為あるいは内部的行為に止まるとは解されない。したがって、訴えの成熟性に欠けることはない。」

     以上のように、学説判例は一貫して条例制定などの立法行為であっても、個人の権利義務に直接具体的な影響を及ぼすものについては、抗告訴訟の対象となり得るとしている。

     2.本件条例の制定について

     本件では、本件条例の制定により、高石市立東羽衣保育所(以下では「東羽衣保育所」という。)に入所している児童の同保育所において保育を受ける権利が直接に侵害されているのではないかということで、抗告訴訟が提起されている。
     いうまでもないことであるが、高石市が設置する保育所は地方自治法244条にいう公の施設であるから、その設置および管理に関する事項は条例で定めなければならない(地方自治法244条の2第1項)。本件条例は東羽衣保育所の廃止を内容としており、その施行日は平成14年4月1日である。同市は、確定している東羽衣保育所の廃止のために、現在着々と諸準備(東羽衣保育所の廃止を前提に、同保育所の施設と敷地の私人への貸与、東羽衣保育所における保育の実施期間が廃止日以降も残っている児童の転所・転園のための希望保育所の調査・確認、大阪府への廃止の届出の準備など)を行っている。このまま時日が進行すれば、同日の到来をもって同保育所が廃止されることは確実であり、これにより同日以降も同保育所で保育の実施を受ける権利(後述)を有する児童の権利が侵害されるのは明らかである。

     なお、市町村が児童福祉施設を廃止・休止しようとするときは、「厚生労働省令で定める事項を都道府県知事に届け出なければならない」(児童福祉法35条6項)が、この届出は児童福祉施設の廃止・休止の効力要件ではない(行政手続法37条参照)。

     以上のように考えれば、本件条例の制定を争う本件抗告訴訟が、その対象において、また成熟性において問題ないことは多言を要しない。

    第2 保育所選択権

     1.児童福祉法24条の平成9年改正の趣旨

     1)児童福祉法は平成9年の第140回国会において改正され(法律74号。以下では「平成9年改正」という。)、改正法は平成10年4月より施行された。これにより保育所入所について規定する同法24条は大きく改められた。

     改正前の条文を示そう。

     「市町村は、政令で定める基準に従い条例で定めるところにより、保護者の労働又は疾病等の事由により、その監護すべき乳児、幼児又は第39条第2項に規定する児童の保育に欠けるところがあると認めるときは、それらの児童を保育所に入所させて保育する措置を採らなければならない。ただし、付近に保育所がない等やむを得ない事由があるときは、その他の適切な保護を加えなければならない。」

     同条は一部改正のうえで改正後の24条1項とされ、さらに24条に2項から5項までが追加された。1項では改正前と同じく「保育に欠ける」児童を保育所に入所させる市町村の義務が規定されているが(本文)、新たに保護者からの申込み手続を定め、また、改正前の「保育所に入所させて保育する措置を採らなければならない」が「保育所において保育しなければならない」に改められた。2項では入所を希望する保育所等を記載した申込書の市町村への提出(前段)と申込書提出の保育所による代行(後段)、3項では入所申込みがなされた児童の公正な方法による選考が規定されている。

     2)平成9年改正の改正法案(児童福祉法の一部を改正する法律案。以下では「改正法案」という。)の趣旨について、平成9年3月21日、小泉純一郎厚生大臣は参議院本会議において(参議院先議)次のように説明した(『官報号外』平成9年3月21日第140回国会参議院会議録11号1頁)。

     「第一は、児童保育施策等の見直しであります。
     まず、保育所について、市町村の措置による入所の仕組みを、保育所に関する情報の提供に基づき、保護者が保育所を選択する仕組みに改めるとともに、保育料の負担方式について、現行の負担能力に応じた方式を保育に要する費用及びこれを扶養義務者から徴収した場合における家計に与える影響を考慮した方式に改めることとしております。
     次に、保育所は、地域の住民に対し、その保育に関し情報提供を行うとともに、乳幼児等の保育に関する相談、助言を行うよう努めなければならないこととしております。
     また、放課後児童健全育成事業を社会福祉事業として制度化し、その普及を図ることとしております。」

     以上が、保育所と児童健全育成事業を含めた「児童保育施策等の見直し」に関する説明部分のすべてである。その冒頭で厚生大臣は、保育所入所について「市町村の措置による入所の仕組み」から「保護者が保育所を選択する仕組み」に改めると説明している。このような説明は、改正法案を審議した第140回国会の衆参両院の厚生委員会において、同大臣および厚生省関係者が繰り返し行っている。

     平成9年改正における保育所入所の仕組みの改革の趣旨について、やや詳しく説明しているものとして、1999年に刊行された児童福祉法規研究会編『最新児童福祉法・母子及び寡婦福祉法・母子保健法の解説』(甲8号証。本書は厚生省児童家庭局編『改訂児童福祉法・母子及び寡婦福祉法・母子保健法・精神薄弱者福祉法の解説』時事通信社、1991年の改訂版であり、編者名は変わっているが、実質的な編者が同局であることに変わりなく、平成9年改正に関する厚生省児童家庭局またはその当局者の見解が記されているとみられる。)がある。同書は、児童福祉法24条の改正の趣旨について次のように説明する。

     「(改正前の同条の問題点について。筆者)保育所の入所は、市町村が、保育に欠けると認める児童を措置により保育所に入所させる仕組み(いわゆる措置制度)となっており、事実上、入所にあたって市町村が保護者に希望を聴くことはあっても、保育所、保育サービスの選択権が利用者にはなかった。これに対応して、保育所側に利用者の選択に対応して、利用者の需要をふまえた保育サービスを自主的に提供するという誘因が働きにくく、サービスが画一的・硬直的になりやすいという問題があった」と認識し、このような問題を改めるため、「措置(行政処分)による入所方式から、保護者が……入所を希望する保育所を選択して、申し込みに基づき市町村と保護者が利用契約を締結する仕組みに見直したものである。」(167頁)

     これを整理すれば、従前の同法24条による保育所入所制度では、利用者側に保育所・保育サービスの選択権がなかったが、平成9年改正で@保護者が保育所を選択できるように、A申込みに基づく保育所入所制度に、B措置(行政処分)による入所から市町村と保護者との契約による入所に(注)改められたということである。

     (注)Bは改正法案の説明において厚生省が強調した点の1つである。保育所選択権をどのように考えるかに直接関係ない問題であるが、平成9年改正の重要な論点の1つであるので、私見を述べておく。

     改正後の児童福祉法24条1項に基づく市町村長(福祉事務所長。以下同じ。)の保育所入所(行政実務では「保育の実施の承諾」と呼ばれている。)決定が、従前と異なり契約となったという説明は理解しがたい。その理由を述べよう。

     改正後の24条1項では「保護者からの申込み」が追加されたが、基本的な条文の構造は改正前と変わっていない。「申込み」手続が入ったから契約となると解しているのかも知れないが、周知のように行政処分とされるものの多くは申請(請求、申込みなどの語が用いられることもある。)を前提として行われる。したがって、申込み手続が規定されたからといって市町村長による決定が契約化されたと解するのは早計である。
     改正後も市町村長は、申込みがなされた児童について、保育所入所要件該当性の判断・審査と、同条3項の選考をその権限と責任において行わなければならないのであって、このような保育所入所(保育の実施の承諾)決定を契約ということはできない。
     関連していえば、厚生省は保育所入所不承諾(入所申込みの却下)決定および保育の実施の解除(保育所退所)決定は行政不服申立ての対象となるとしており(後記の平成9年9日25日児童家庭局長通知)、これらは「行政庁の処分」としている。

     2.保育所選択の権利

     児童福祉法規研究会・前掲書は、前記の引用文につづけて保護者による保育所選択について、次のようにいう。

     「平成9年の法改正前においては、保育に欠ける乳幼児等の保育所入所を市町村の措置という行政処分によって実施していた。ここでは、事実上、保護者からの申請によって保育所入所が行われることが通例であったが、この申請は法律上の位置づけとしては行政処分の端緒として行われるものに過ぎず、保護者の意思表示は前提とされていなかった。また、入所の申し込みにあたって、保護者から保育所の希望を聴いて保育所入所を行う運用が行われていたが、これは入所調整にあたっての事実上・便宜上の取り扱いに過ぎず、児童をどの保育所に入所させるかは市町村の広範な裁量に委ねられており、保護者の保育所の選択は制度上保障されていなかった。
     平成9年の法改正後は、保育所入所方式を、保護者が希望する保育所等を記載して申し込むという意思表示を前提としたうえで、これに対して市町村が保育に欠ける乳幼児かどうかの事実確認をし、その保育所の受け入れ能力がある限りは、希望どおりに保育所入所を図らなければならないこととし、保護者の選択を制度上保障したものである。」(167−168頁)

     この説明によれば、平成9年改正の前は、どの保育所に入所させるかは市町村の広範な裁量に委ねられていた、保護者から保育所の希望を聴いて保育所入所を行う運用が行われていたとしても、これは入所調整にあたっての事実上・便宜上の取り扱いに過ぎなかったが、改正後は、保護者が申込書に記載した希望保育所に受け入れ能力がある限りその保育所に入所を図らなければならなくなったということである。「これにより、利用者の意思表示を前提として保育所入所が行われ、保育所入所・選択の権利が明確になるなど、利用者の立場を尊重した制度となる。」(168頁)と同書は説明している(前述のように、同趣旨の説明は第140回国会において厚生省当局者が繰り返し行っているが、いちいち引用紹介しない。)。

     以上の説明から明白であるが、厚生省は平成9年改正によって保護者に保育所選択の権利(保育所選択権)が保障されることになったと説明し、理解していたのである。

     3.保育所選択権の内容

     ここでは、保育所選択権とはどのような権利であるについて検討したい。

     1)既に明らかであるが、保護者が申込書に記載した希望する保育所(複数記載が通例である。保育所入所申込書の様式につき後記の平成9年9月25日厚生省児童家庭局長通知に付されている第1号様式参照)に受け入れ能力がある限り、市町村はその保育所に入所させなければならない。したがって、保育所選択権とは、保育所入所にあたり保護者が申込書に記載した希望保育所以外の保育所に入所決定されない権利である。

     厚生省児童家庭局長通知「児童福祉法等の一部改正について」(平成9年6月11日、児発411号)は、「市町村は、一の保育所について申込児童のすべてが入所するときに適切な保育が困難になる等の場合には、入所児童を公正な方法で選考できるものとすること。」という。つまり、選考は保育所ごとに行うのであり、選考の結果、入所させることができない(保育の実施を行わない)と判断した者については、「保育所入所不承諾通知書」を交付する(厚生省児童家庭局長通知「児童福祉法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係政令の整備に関する政令等の施行について」平成9年9月25日、児発596号)。希望しない他の保育所に定員空きがあるからといって、他の保育所に入所させるという「選考」はあり得ない。

     2)希望保育所に入所した児童は、当該保育所で保育の実施を受ける権利を有する。入所後に市町村の一方的な判断で当該保育所以外の保育所で保育の実施を受けさせられること(つまり、意に反する転所・転園)はない。これが保育所選択権の第2の意味である。市町村による意に反する転所・転園が行えるとするならば、保育所選択権は絵に書いた餅である。

     3)希望保育所に入所した児童は、当該保育所においていつまで保育の実施を受ける権利を有するのであろうか。平成9年改正の前は、一般に保育所入所措置期間は6カ月とされていたが、改正の後、厚生省はこれを次のように改めた。

     厚生省が示した保育所入所申込書(前述)には「保育の実施を希望する期間」の記入欄があり、その「記入上の注意」書の3に「小学校就学始期に達するまでの4の保育の実施を必要とする理由に該当すると見込まれる期間の範囲内で記入してください。」と書かれている。市町村長が保育所入所決定者に送付する「保育所入所承諾書」(前記の厚生省児童家庭局長平成9年9月25日通知に付されている第3号様式)には「保育の実施期間」を記入する欄があり、そこには「申込者からの保育の実施希望期間の範囲内で、小学校就学始期までの保育に欠けると見込まれる期間を記入すること」とされている(平成9年9月19日厚生省児童家庭局実施の「全国児童福祉主管課長会議資料」55頁。なお、同局保育課長による同趣旨の説明は旧厚生省のホームページ掲載のこの課長会議の「会議録」の中に見ることができる。)。 本件原告・申立人らについていえば、保育の実施期間がそれぞれ平成17年3月31日および平成19年3月31日となっているが、これは上記のような厚生省の新しい方針に従ったからである。

     こうして、平成9年改正の後は保育の実施期間として市町村長(福祉事務所長)が定めた期限まで、児童は希望(選択)して入所した保育所において保育を受ける権利を有することになる。

     したがって、各原告・申立人は、上記の保育の実施期間の間、その児童について、入所した保育所で保育を受ける権利を有するのである。

    第3 当該保育所で保育を受ける権利と保育所廃止

     1)児童が入所した保育所が適法に廃止され、存在しなくなってしまえば、保育の実施期間の満了以前でも、当該保育所で保育を受ける権利は消滅すると解するほかないであろう。問題は「適法な保育所の廃止」とはどのような場合をいうのかである。

     例えば、災害により保育所の施設が壊滅してしまったとき、あるいは、私立保育所の設置者が破産してしまったときなどは、一見、保育所の廃止を認めざるを得ないように考えられなくもない。しかし、このような場合であっても、法的・観念的には保育所は存在しているのであり、最終的に廃止するかどうかの決定・手続が必要である。そして、例としてあげたような極端な事例であっても、応急的な措置を講じて児童の保育が行われる場合が多いと考えられ、保育所廃止を避ける努力がなされるのが通例であり、直ちに保育所廃止やむなしとならない場合が多いのではないだろうか。

     2)同一市町村内に複数の公立保育所が設置されているが、特定の保育所が諸種の理由により極端に入所者が少なく、将来的にも入所者数の回復がまったく見込めないとき、その市町村の経営合理化の見地から公立保育所の統廃合が行われることがある。このような市町村経営の合理化のために行う公立保育所の廃止は、当該保育所に入所している児童の保育を受ける権利を侵害しない形で行われるのであれば問題ないであろうが、入所児童の権利を侵害するようなそれは違法であるといわざるを得ない。具体的にいえば、現に入所児童がいて保育の実施期間が残っている場合は、その児童の卒園または転所・転園をまって行う当該保育所の廃止でない限り違法である。このような廃止の仕方は、周知のように高校や大学(生徒・学生が選択して入学した学校ということができる。)の廃止にあたっては広くに行われている(具体的な手順をいえば、まずは新規の募集を停止する。そして、在校生・在学生が卒業した後に学校、学部、学科などの廃止手続をとる。)。

     3)児童福祉法規研究会・前掲書の児童福祉施設の廃止または休止に関する説明を紹介しよう。

     「国または都道府県は、すでに設置し経営している児童福祉施設を廃止または休止することができる。廃止または休止する場合は現に入所している児童の処置につき十分の考慮をはらい、いやしくも一時的であれその福祉が害されるようなことがあってはならない。
     またその地域に当該児童福祉施設が必要であるにもかかわらず、財政上の理由等で廃止または休止されてはならないのは当然である。」(284頁)

     この説明は保育所選択権を意識したものではないが、「現に入所している児童の処置につき十分の考慮をはら」うということは、保育所の廃止についていえば、児童と保護者の保育所選択権を考慮し、これを侵害しないようにしなければならないということを意味するということができるであろう。

    おわりに

     最後に、本件執行停止申立事件の審理にあたり参考となると思われる昭和52年5月19日福岡地裁決定(行政事件裁判例集28巻5号498頁)を紹介し、本意見書の結びにかえたい。
     この事件では、いわゆる同和保育所とされたM保育所に、すでに2年間入所していた男児の継続入所とその妹のM保育所への新規入所がいずれもY福祉事務所長(被告)により拒まれ、希望しない遠方のK保育所への入所決定がYにより行われた。そこで、男児と妹の親が取消訴訟を提起するとともに執行停止申立てを行った。福岡地裁は、男児について「既に2年間M保育所に通園して来たことは前記のとおりであって、いまK保育園に移るとなれば近所の子供達や、これまで親しんだ来た保母等とも別れなければならず、その幼い心に与える影響は憂慮すべきものがあること」などを認定し、回復困難な損害を避けるための緊急の必要性を承認した。
                                     以 上


このメッセージに返事を書く

ハンドル:
タイトル:
内容: