『When you wish upon・・・』
 
 
あいつのこんな真剣な顔は初めてみた。
何かを思い詰めたような表情。
顔は疲れているのに眼だけが強い決意を示すように輝いている。
 
「名雪のいとこの変なヤツ」というぐらいにしか思っていなかった私は、少し驚いていた。
だから、その変な頼みを引き受ける気になった。
「探し物があるんだ。」
「とても大事なものなんだ。必ず見つけなきゃいけないんだ。」
突拍子もない話だった。
子供の頃に埋めたはずの瓶の中の人形を探す。
もし、あいつがいつもの表情で言っていたら「冗談でしょ。」の一言で片づけただろう。
でも、あいつは必死だった。
そう言えばこんな必死な表情をどこかで見たな、そう思った。
 
家には帰りたくなかったから、その変な頼みは私にとっても好都合だった。
「次の誕生日を迎えられるか、保証はできません。」あの日の医者の言葉。
その日までもう一週間もなかった
不吉な予言の日が近づくにつれ、私はいっそう心を閉ざした。
ほんの一握りの人達としか話さないようになっていた。
それがここにいる3人だった。
 
あいつに連れてこられたのは、町はずれの並木道だった。
私たち4人は手分けして木の根元を探していった。
とても寒くてつらい作業だった。けれど自分がまだ誰かの役に立つことができると思うと少し嬉しかった。
ただ、私は探し物が見つかるなんて思っていなかった。
そんな昔に埋めたものがあるはずもない。
万一残っていたとしても、それを見つけることなんてできるはずもない。
 
もし見つかったら、それは、奇跡だ...。
 
真っ赤な夕焼けを名残に太陽が姿を消すと、いっそう寒さが増してきた。
「見つからないな、本当にここなのか?」北川君がさすがに疲れた表情で言う。
「わたし、眠い。」名雪が言う。
でも、あいつの瞳は強い光を放っている。必死だ。
それは私のたった一人の妹の表情。自分の病気のことを私に尋ねたときの。
一年前、私たち姉妹の時間が止まってしまった日の。
 
「大事なものなんでしょ?」私は言う。
「ああ、とても大事なものなんだ。」
「じゃあ、もう一度探してみましょう。見落としがあるかもしれないし。」
どうしてだろう、私も体は冷えきって、もう止めたかったのに、言ってしまう。
もしかしたら、あいつの想いに自分の願いをかさねていたのかもしれない。
一年間あきらめようとしつづけて、けしてあきらめきれなかった願いを。
 
あれから何時間経っただろう。
さっきまで私たちを怪訝な顔で見ながら通り過ぎていた通行人達の姿もすっかりまばらになった。
指先がかじかんで感覚がなくなっていた。
「おい、これじゃないのか。」北川君が大きな声を上げる。
3人が駆け寄る。
北川君の手の中の割れた瓶をあいつが手に取る。
瓶の中には片翼がとれて、みすぼらしく汚れた天使の人形。
「これが探し物なの?」
私は訊ねる。
「ああ、この人形があゆの願いをかなえたんだ。」
あいつがあいかわらず真剣な表情で言う。
7年間の時を越えてふたたび地上に降りてきた天使。
そう呼ぶにはあまりに汚れていて、みすぼらしかったけれど、それさえも今の私たちにはふさわしい気がした。
 
奇跡は起こるのを待つものじゃない、自分から奇跡に近づいていかなきゃダメなんだ。
それを強く求めて、ただ信じて。
あいつの姿を見ているとそう思えた。
絶望というシェルターの中で悲しみをやり過ごすことだけを考えていた自分が嫌になった。
 
「ねえちょっと見せて。」あいつの手から天使の人形を受け取る。
そして、私は堅く目を閉じる。そして願う、脳裏に一人の女の子を思い浮かべて。
私が自分の中から消し去ろうとしてできなかった、たった一人のかけがえのない妹を思い浮かべて。
 
私たちに残された時間を、精一杯生きていくことができるように、少しでも多くの想い出をつくって、いつまでも忘れることがないように。
どんな悲しみにも打ち勝てるくらいの楽しい想い出を作ることができるように。
そして、少しでも長い時間私たちが姉妹でいられるように。
 
 

 
 
 
【初出】1999/6/15 key SS掲示板
【One Word】
初の香里SSですね。
このSSは、後の『Starting over』という、長編SS(?) の下敷きになってます。
最後にあゆシナリオやって、このシーンが印象に残って、急いで、これ書いた覚えがあります。
掲示板デビュー2作目ですね。
(1999/7/14)
 

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