Vanilla Fragrance
 
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 大体、俺は昔から学校行事というものがあんまり好きじゃない。
 特に〜式とかつくとダメだ。
 生徒代表とかがしゃちほこばって挨拶とかしてるのを聞くと吹き出しそうになる。
 校長が「みなさんは入学したときに三本の木を植えました〜」とか、古典的なことを言いだした日には、
走っていって蹴りのひとつもいれてやりたい気持ちになる。
 
 だから、当然、卒業式でも退屈しきっていた。もちろん、卒業するのに、俺にも人並みの感慨はあった。
 実際、転校してきてからの一年ちょっとの間に、いろんなことがあったから。
 でも、このだらけた式では、感傷的な気持ちにはとてもなれない。
 周りも大体そんなもんだろうと思って見回してみると、意外にも大粒の涙を流しているヤツがいる。
・・・名雪だ。
 まったく、あいつは、普段はボーっとしているくせにこういうのには弱いんだよな、昔から。
 となりに座った香里が黙って名雪の袴の膝に手を置いてやっている。
 いい友達持ったな、名雪。俺は心の中で呟きながら、視線を前に戻す。
 
 
 一時間半ほどで、やっと、卒業式から解放される。
 ぼろぼろ泣いてるヤツ、騒いでるヤツ、半々って感じでぞろぞろと体育館から出てくる。
 名雪は当然ぼろぼろ組だ。どうやら、式の途中からずっとあの状態らしい。
 俺は、慰めたりするのが嫌だったから一人でさっさと体育館をあとにする。
 体育館を出たところで大きく伸びをしていると呼び止められる。
「あ、祐一さん」
 振り向くとそこには柔らかな微笑みを浮かべた小柄な女の子。そして抱えた大きな花束。
「お、気が利くな」
 俺は立ち止まってその女の子と向き合う
 美坂栞、一つ年下で、香里の妹で、そして俺の大好きな人。
「えっ、あ、この花は違うんです」栞が慌てて言う。
「え、”愛する祐一さんの卒業式に花束を”っていうのじゃないのか?」
「あ、お姉ちゃん!」
 栞が、俺の言葉を無視して空いてる方の手を振る。
 無視するなよ、”愛する祐一さん”とか言って、すべると恥ずかしいって。
 そう心の中で文句を言いながら、栞の視線をたどる。
 その先には、名雪をなだめながら歩いていた香里がこっちに駆け寄ってくるのが見えた。 香里の後を名雪もモタモタとついてくる。
 俺は後の展開が容易に読めたので、「お、じゃあ栞またな」と言ってその場を去ろうとする。
「あ、待ってください、祐一さん」栞が俺の制服の袖をしっかりと握る。
 だから、引き留めるなって。俺は視線で訴えるが、栞はそれに気づいてくれなかった。
 そして、俺は自分の読みの正しさを確認することになる。
 妹からの花束、香里の嬉しそうな涙、名雪のもらい泣き。
 栞も少し涙ぐむ。
 ただ、俺の読みと違っていたのは、不覚にも俺も涙ぐんでしまったことだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
「祐一さんにも、ちゃんとお祝い用意してますから」
 学校からの最後の帰り道、俺は栞と並んで歩く。
 栞が、久しぶりにあのストールを羽織っている。
 香里にもらった大切なストールだって言ってたな、ぼんやりとそんなことを考える。
 あの頃よりも伸びた髪、少し朱の差した健康そうな頬、雪より白い肌をした、はかない少女の面影は、今は影を潜めて。
「そうか、何だ?取りあえずもらえるものは何でももらうぞ」
”似顔絵以外なら”と俺は付け加える
「どうせわたしは絵が上手くないですよ」
 栞が拗ねた顔で横を向く。
 でも、すぐにこっちに向き直って微笑む、そして、膨らんだバッグを軽く叩いて言う。
「とても、いいものなんですよ」
 
 俺達は公園の噴水の縁に並んで座る。
 陽射しが暖かくて、俺はコートを脱ぐ。
 少し前までの、暗く重い雲に覆われた空が嘘のように、今日は晴れ上がっている。
 栞が肩にかけていたバッグから箱を取り出す。
「これです」
 その箱には見覚えがあった。
 栞が嬉しそうに箱を開ける、中からは白い煙。
 そう、やはりアイスクリームだ。
「おいしそうですよね」栞が満面の笑みで言う。
「そうだな」俺はうなずく。
 少しの間を置いて、口を開く。
「で、いいものってどこだ」
「これです、いろんな種類買ってきたんですよ」笑顔で俺の方に箱を差し出す栞。
「それはそうと、そろそろいいものを出してくれ」
「バニラに、ストロベリーに、チョコミントに...」
「だから、いいものを…」
 栞がぷうっと頬をふくらませる。
 そして、いつものように、「そういうこと言う人、嫌いです」 そう言って拗ねてみせる。
 幸せな予定調和、春の日溜まりのような。
 
 
 三月とはいえ、北の街の夕暮れは早い。
 大量のアイスを食べ終えて、一息ついた頃には辺りは夕焼けに包まれはじめていた。
 俺たちは公園のベンチに並んで座っている。
 俺の手の上には小さくて、温かな栞の手。
「四月からは学校で会えなくなりますね」栞が言う。
「ああ、栞はもう一回一年生か?」
「ひどいです、今度はちゃんと二年生です」
 そう言って俺の手を軽くつねる。
 一年と少しの短い間だったけど、かさねた時間は重くて、学校にはたくさんの思いが残っていた。
 二人で過ごした真冬の中庭、香里の告白を聞いた夜の校庭、そして、栞を再び抱きしめ
ることができた春の中庭。
 今こうして当然のように二人がいることは、あやうい偶然の結果で、そう思うと、小さ
な偶然が、いくつにも折り重なって作られた今という時が、いつ崩れてもおかしくないよ
うな、いつ栞がいなくなってしまってもおかしくないような、そんな気持ちになって。
 だから、俺は、栞の存在を確かめるように、予定調和の笑顔を見たくて、つい言ってしまう。
「見た目は一年生だけどな」
「ひどいです。そんなこと言う…」
 言いかける栞を抱きしめて、軽くキスをする。
「わっ」
 栞が小さく驚きの声をもらす。
 柔らかな唇、微かなバニラの香り。
 
 二人はこれからもずっと一緒にいられるだろうか?
 いつまでもしあわせに、他愛ない話で笑いあったりしながら、時を過ごしてゆけるだろうか?
 俺と栞が、街で偶然出会って、その後の時を重ねてきたように、小さな偶然はこれからも二人の味方でいてくれるだろうか?
「なあ、栞」
 俺の肩に頭をあずけている栞に言う。栞が顔を上げて俺を見る。
「俺、今度の冬には大きな長いコートを買おうと思うんだ」
 栞は無言で俺を見つめている。
「で、そのコートで暖めてやろうと思うんだ、寒がりの小さな女の子を」
 少し考えるような間があって、栞が柔らかく笑う。
「祐一さん、恥ずかしいこと言ってますよ」
 しばらくの静謐。
「でも、早く冬が来るといいな」
 栞が言って俺を見上げる。
 
 俺はもう一度ゆっくりと顔を近づける。
 目を閉じる。
 バニラの微かな香りに包まれて。
 
 
 
 
 
 
 
 
 END 
 
 

 
 
【初出】1999/6/15 Key SS掲示板 【修正版】1999/6/29【再修正】2000/5/11
【One Word】
 初めて書いたほのぼの系です。
 コートの話の元ネタは、昔の、三菱銀行がどこかの冬のポスターです。
 でっかいコートに二人で入って歩いてるヤツで、すごく格好良かったんですよ。
 白黒で渋くて、もう一度見たいなあ、誰か持ってませんか?
 そう言えば、初の主人公視点ですね。
 デフォルトでゲームやってなかったので、名前調べた覚えがあります(笑)
(1999/7/14)
 
何となく修正。あまり変わってないですが。一応文章らしく整理。
お約束のセリフが多すぎるので置換と削除。
今読むと、最近の(わたしの書く)栞が擦れてきているような気がします。
この頃は、素直ですよね、栞(笑)
(2000/5/11)


 
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