Sudden Stories
 
 
 
 
 
  0.Striping
 
 
 
「つまり、それは」私は一瞬言葉を切って彼の顔を見つめる。
 彼は目を伏せたままで、私の言葉を聞いているのか、聞いていないのかさえわからない。
 手を伸ばせばたやすく相手に触れることができるような距離であっても、その成否の確認ができない伝達手段。なぜ、私たちはこんな不完全なものに頼らなければならないんだろう。
「冷めた、っていうことなの?」
 彼の伏せた睫毛が微かに震える。それは、私の言葉に反応したからだろうか。
 相変わらず彼は自分の手を見たまま。いや、もしかしたら、組んだ指の間に宇宙の深淵を見ているのかもしれないけれど。あるいは、ここにはいない誰かの姿を見て、今のこの時間に耐えているのかもしれないけれど。
 私は、大きくため息をつく。そうこれさえも伝達の手段。
 テーブルの上にはこの店の自慢だという、挽きたてのコーヒーが注がれたカップがふたつ。彼の前のカップからはまだ湯気が立っている。そういえば、彼はいつ注文をしたんだろう?それさえも覚えていない自分に気がついて、驚く。
 私は、自分の前のカップを手に取る。ゆっくりと口に運んで、傾ける。そして、すぐに後悔する。どこかで読んだ言葉が頭を過ぎる。
『熱いコーヒーは美味しい。冷たいコーヒーもまた然り。それなのに、どうして冷めてしまったコーヒーは人の憎しみをかう程、不味いのだろうか』
 そして、それを話して聞かせたときの妹の言葉が甦る。
『冷めてしまったコーヒーを温めると、さらに倍、の不味さだよね』
 
 もう一度ため息をついて大きく広がったガラス窓越しの空を見上げる。薄く靄がかかった青空。まるで現在の二人の関係のようだな、と思う。そして、目に映るものすべてに意味を見出そうとする自分に軽い苛立ちを覚える。
 彼がカップを手にとってゆっくりと口に運ぶ。視界の隅でそれを捕らえながら、私は気がつかない振りをする。
 気持ちというのは、コーヒーと同じようなものだろうか、そんなことを考えながら、彼に向き合うのを先延ばしにする。




     −END−



  HID (2000/05/27)