Sudden Stories



1.Mirroring





 
 
「ということは…」そう答えながら、頭の中を整理する。突然の言葉に、どうやらわたしは動揺しているみたいだった。目の前でわたしを見つめる彼の瞳が、今まで見たことのない真剣な色をしている。
「わたしでいい、ってことなんですか?」彼が頷く。
『それならば、それなりの言葉っていうものがあるんじゃないですか』わたしは頭の中に浮かんだ言葉を口にするのを、辛うじてこらえる。
 彼の視線に気づいて、首を傾げてみせる。彼が、一度口篭もって、思い切ったように言う。
「で、どうだ?」
『どうだ?』か。わたしは目眩のような失望を感じている自分に気づく。王子様を夢見ていたわけではないけれど、こんなに直截的でなくてもいいんじゃないだろうか。
 
 大振りなカフェオレ・ボウルを手に取る。カップ全体の大らかなラインに似合わない、薄いエッジに口をつける。そして、数秒後にはこれ以上ないくらいの後悔を覚える。冷めたカフェオレは、すでにカフェオレであることをやめてしまっていた。
 そういえば、お姉ちゃんに言われたことがあったっけ。
『熱いコーヒーは美味しい。冷したコーヒーも美味しいわよね。なのに、なんで冷めたコーヒーは美味しくないのかしらね』
 最初からぬるいコーヒーっていうのはどっちに入るのかな?
 わたしはそんなことを考えながら、ボウルをテーブルに戻す。わたしのどんな小さな動きも見逃すまい、とでもいうような彼の懸命な視線を感じて、笑いそうになる。
 そして、自分がさっきよりもずいぶん落着いていることに気づく。その味に関係無く、句読点の役割っていうのも彼らにはあるのかもしれない。
 
 彼と目が合わないようにして、視線を窓の外に移す。薄い雲がたなびく空を見上げるふりをする。彼の息を詰めたような表情が左右逆になって、きれいに磨かれた喫茶店のガラス窓に映りこんでいる。
 気持ちというのは伝わるものだな、ガラスに映った彼の表情を見て、そう思う。彼のやり方に不満がないではなかったけれど、もう、自分の答えは決まっていることに気がつく。
『でもね』
 わたしは心の中でつぶやく。
『もう少しだけ待ってくださいね』
 彼が自分の前に置かれた細長いグラスを手にする。ストローを避けて、グラスに直接口をつける。
 今、その味を訊ねたら、彼は何て答えるかな、とわたしは考える。




 
−END−

 HID(2000/05/29)