"Swingin' Days"
- Intrlude -
『夏服』
 
 
 
 
 ステレオのスイッチが入る気配がして、
 いつもの音楽が静かに流れ出す。
 
 
 もう長い間、私を起こしてくれる音楽。
 春のなにかを期待させるような朝も、
 夏のわくわくするような朝も、
 秋の静かな朝も、
 そして、
 冬の身を切るようにつめたい朝にも。
 
 
 冬の朝。
 もう二度と来てほしくないあの日々も、
 今は大切な記憶だから、
 だから、私はあの日々を、
 この音楽と過ごせてよかったと思う。
 
 
 きっとずっとこの曲を忘れない、とそう思う。
 
 
 あの冬を忘れることが、きっといつまでもないように。
 
 









 
「お姉ちゃん、お姉ちゃんっ」
 
 
 栞があわただしく私の部屋に入ってくる。
 私はちょうど着替えの最中。
 
 
「ねえ、お姉ちゃん、これ変じゃないかなあ?」
「いいえ、別に変じゃないと思うけど」
「そうかな?去年作ったやつだから、ちっちゃくなってないかな?」
「うーん」
「あ、いいや、お姉ちゃんがなんて言うかわかった気がするから」
 そう言って、 私の答えを聞かずに、
「先にご飯食べてるよー」
 の言葉を残して、栞が階段を降りてゆく。
 
 
 私は、着慣れた制服を取り出そうとして、
 ふと、気がついて、クローゼットの中を少し探す。
 
 
 そう、そういえば、もうそんな時期。
 








 
 
 
「栞、今日の占いはどうだった?」
「うーん、山羊座は金運が悪いんだって、”無駄遣いに注意”って言ってたよ」
 
 
 6月の朝、まだ涼しい風の吹く朝。
 風は少しだけ5月の匂いを残して、
 それと同時に夏への予兆を孕んで、
 私たちふたりの間をやさしく吹き抜ける。
 
 
「天秤座は?」
「あれ、お姉ちゃんも占い気にするようになったんだ」
「どうしてかなあー」
 とんでもない秘密を知ったときのように、本当に嬉しそうな笑顔で栞がそう言う。
 
 
「えっとね、天秤座はね、恋愛運が最高だって言ってたよ。”待ち望んでいた人に出会えるでしょう”だって」
「ほんとに?」
「ほんとだよ」
 
 
 そして、いつもの曲がり角。
 
 
 私たちと同じ制服が目立ち出す辺り。
 学校まであと少しの辺り。
 彼が私たちに追いつく辺り。
 
 
「よう、美坂、栞ちゃん、おはようっ」
 夏の制服の北川君が笑顔でそう言って。
「ほら、待ち望んでた人に出会えたでしょ」
 栞が笑顔でそんなことを言う。
「栞」
「う、お姉ちゃん、目が怖いよ〜」
 もう、私たち姉妹のやりとりに慣れた北川君は、 何も言わずに笑顔で見守っている。
「まあ、相変わらず仲が良さそうで、何よりだ」
 
 
 北川君の最後の夏服。
 
 栞の初めての夏服。
 
 そして、私の最後の夏服。
 
 
 この夏服をクローゼットにしまう頃、 ふたりの関係はどうなってるだろう?
 
 
 ふと、そんなことを考えて、 そんな自分がおかしくなる。
 
 
 幸せな自分がうれしくなる。
 
 
 
 
「そういえば、栞ちゃん、夏服ってはじめてだろ?」
「そうなんですよー、北川さん。似合いますか?」
「ああ、よく似合うよ」
「わ、ありがとうございます」
 
 
 まだ中途半端な太陽の下で、こうやって三人で歩くことが嘘みたいに。
 
「北川君」 
 
 栞に笑顔を向けていた彼が、私の方を向く。
 
「私も今日から夏服なんだけど」
 
 少し真顔で考える間があって、彼がそっと口を開く。 
 
「ああ、美坂もよく似合ってるよ」
 
「夏服」
 
 
 そう言って、 夏の太陽のような笑顔をくれた。






【初出】1999/8/6    
【One Word】
"Swingin' Days"シリーズの、-Interlude-という名の息抜きです。
あどべんちゃらさんに「夏服の香里」のイラストをいただいたので、そのお礼の意味を込めて書きました。
【追記】
 香里のオフィシャルな誕生日を知ったのは、去年の年末でした。
 もうとっくに、このシリーズは書き終わっていたわけで。
 ということで、S.Dの世界では、香里は天秤座生まれです(笑)
 それにしても、香里が早生まれっていうのは、何か違うと思う。
 早生まれがいいとか悪いとかじゃなく、あくまでイメージとして。

 HID 改訂(2000/12/15)


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