Swingin' Days
Lover's step

 
 
Last Christmas
  〜3〜
 
 
 
 
 
 
どこか落着かない雰囲気。何かをやり残したような、何か大切なことを忘れているような。
そんな年末のせわしない空気は、いつものこの店にもするりと入り込んでいた。
午後の講義に向かったふたりと別れてから、私は待ち合わせのためにこの店に来た。
いつもと同じように混み合った店内。窓際の二人掛けのテーブル。
パイン材のテーブルの上のカップを手に取る。口に運ぶ直前で止めて、その香りを味わう。
ざわつく心を落ち着けてくれる香り。誰かの温かい手のような心地の良いやすらぎ。
 
カップに口をつけて、まだ熱いお茶を少しだけ飲む。
そして、理恵とのやり取りを思い返してみる。
 
 
 
 
『ちょっと長い話』
『それにあまり面白くないと思う』
初めて耳にする声の調子。すこし沈んだような静かな声。
『それでも聞いてくれる?』
私は頷く。
 
彼女は話しはじめる。最初はぽつりぽつりと、遠い記憶をたどるように。
そして、次第に滑らかに、ゆるやかな流れに身を任せるかのように。
 
 
『潤とわたしは一緒にいる時間が多かった。クラスも三年間一緒、部活も一緒』
 
『今とあんまり変わらない、気の利かない、けれど、一緒にいると知らないうちに尖った気持ちを丸くしてくれる、
そんな感じの男の子』
そう言って、手元の紙コップの中の紅茶を見る。
まるで、その中に中学生の頃のふたりが映っているとでもいうかのように、じっと。
 
そして、ゆっくりと言葉を続ける。彼女が紡いだのは、とりとめのない、思い出に関する話。
理恵が先輩にふられたときの話。別の先輩ともめたときの話。部活のことで潤に励まされたときの話。
どの話も色鮮やかで、手を触れることさえできそうだった。
どこかの街に行けば、まだ中学生の理恵と潤がその場所には暮らしていて、ふたりに会うことさえ可能なんじゃないか、
そう思える程だった。
 
理恵はしばらくの間、瞳を輝かせて話をした後で、紙コップの冷めた紅茶を一口飲んだ。そして、言った。
 
『今、思うとね、』
 
『わたしは自分の気持ちを潤にぶつけるばっかりだった。悲しいときも、くやしいときも、そして、うれしいときにも』
 
『潤はいつもそれを受け止めてくれてたんだね』
 
私の視線を捉えて、小さく微笑んだ。
何かを伝えようとするような微笑み。
理恵が私の瞳を真っ直ぐに見つめている。
私はそれを受け止める。
ふっと視線を逸らす。そして、また口を開く。
 
『それにはっきりと気づいたのはね、別々の高校に行ってからだった』
 
『離れてしまわないとそれに気づけなかった』
 
午前中の食堂は静かだった。彼女の話す声が不均質に食堂に広がっていった。
それは、まるでふたりの間に流れた時間のようだった。
潤と彼女に流れた、厚みのある、あるいは、薄っぺらな時間のようだった。
 
私には理恵の気持ちが良く理解できた。
すぐそばにある大切なもの。それは簡単に見失われてしまう。
そして、その大切さに気づいたときには、もう手は届かない。
永遠の堂々めぐり。ありふれた喪失。
彼らを失ったことに気づいたとき、もたらされるかなしみは、何度も繰り返される罪への贖(あがな)いなのだろうか。
あまりにも愚かな人々、目の前にあるものさえ見つけられない私たちへの咎なのだろうか。
 
『あ、ごめん、つまらない昔話になってるね』理恵が明るい声をつくって言う。
だから、私もそれに応えることにする。
『ううん、平気。もっといろいろ教えて』
え?という顔で彼女が私を見る。
『それをネタに潤をからかうから』
 
理恵が笑う。
それはどこか乾いた笑いだった。
乾いたかなしみを含んだ、けれど、気持ちの良い秋の風のような笑いだった。
 
 
 
 
――――――――――――――
 
 
 
 
扉のベルが聞き慣れた音で鳴って、すこし息を弾ませながら女の子が入ってくる。
入口のところで、誰かを探すように店内を見回す。
私は小さく手を挙げて、合図をする。
私を見つけて、笑顔をつくる。
 
「久し振りー」コートを脱ぐ間も惜しいというように、彼女が笑顔で話しかけてくる。
「まだ、一週間しか経ってないわよ」
「一週間も会わないと十分久し振りだよ〜」脱いだコートを器用にたたみながら応える。
水を持ってきた店の人に注文を伝える彼女の横顔を、じっと見つめる。
何度もこの店で見た場面。でも、今日はどこか違う感じがした。
それは制服を着てないからだけではないだろう。
 
「元気そうね、名雪」注文を済ませて、ようやく落ち着いた様子の彼女に話しかける。
「うん、元気だよ」
「香里も元気そうで良かったよ」
「ありがと」
 
そんな簡単なあいさつを交わした後は、いつもの他愛ない話に時間を費やした。
一週間程度のブランクでは私たちの距離に影響を及ぼすことはできないようだった。
 
 
 
 
「これ、かわいいよねえ」
名雪が猫だかタヌキだかわからないような物体を手にして目を細める。
 
いつもより人の多い雑貨屋。圧倒的に女の子の比率が高い。
ざわめきに、どこか熱を帯びたような不思議な昂揚が混ざって、この時期に独特の雰囲気を作り出している。
名雪はその雰囲気に無理なく溶けこんでいる。
 
「何、それ?」
「めざまし時計だよ」
それ自身に目覚ましが必要なのではないかと思えるような眠そうな表情。
でも、その表情にはふわりとした雰囲気があった。
「めざまし時計はたくさん持ってるんじゃなかったっけ?」
うん、だからプレゼント用だよ、と、笑顔。
「えっと、念のために訊くけど、相沢君にあげるのよね?」
うん、とさらに笑顔を大きくする。
――――なんか違う気もするんだけど、でも、名雪らしいといえばらしいかな。
そんな疑問に苛まれる。気がつくと、こめかみを指で抑えて考えこんでしまっていた。
「香里、平気?」名雪が、私の悩みの原因など知るはずもなく無邪気な表情で訊いてくる。
「相沢君めざまし時計持ってないの?」
「ううん持ってるよ、でも、これならきっと喜んでくれるよっ」と、とびきりの笑顔。
 
微笑み、小さな笑顔、顔一杯の笑顔。名雪の持つたくさんの笑顔。
どんな種類であれ、名雪には笑顔がいちばん似合うな、そう思う。
その笑顔はこの一年間でさらに輝きを増したような気がする。
 
ずっと先、十年か二十年かわからないけれど、私たちの道が遠く離れてしまうほどの時間が経ったとしても、
きっと、この人の笑顔のことは忘れないだろうな、そんなことを思う。
そして、この人の笑顔を思い出してる私も、きっと微笑みを浮かべているだろうな、そんなことを思う。
 
なんだか、笑ってしまうけれど、でも、これは小さな予言。
きっと実現するだろう、ささやかで素敵な予言。
 
 
 
 
「今日はありがとう、つきあってくれて」
 
すっかり日が暮れた商店街。会社帰りや買い物帰りの人達の多い時間。
行き交う人達の忙しい足取りにも、幸せな色が感じられる不思議な季節。
それは、店のディスプレイや、絶え間なく流れるクリスマスソング達に彩られて。
 
「ううん、わたしも楽しかったよ、久し振りに香里に会えたし」当然のように笑顔を浮かべて名雪が言う。
「それに、プレゼントも買えたしね」
「うん、これで準備オッケーだよね」
二人で微笑みあう。
潤へのプレゼント、相沢君へのプレゼント、それぞれの思いを、それぞれの分量だけ詰め込んだ贈り物たち。
なんか、わくわくするよね、と、名雪が笑う。吐息が白く漂う。
「信じられないくらい、クリスマスが楽しみ」私の言葉も白く固まる。
その言葉にすこし驚いたような表情を見せて、そして、その表情がとても大きな笑顔に変わって。
「うん、本当に楽しみだね」
名雪が言った。
 
 
 
 
――――――――――――――
 
 
 
 
「あ、偶然、今帰り?」
窓の外は宵闇の時間。最後の講義を終えてロビーに降りて来ると、聞き慣れた声に呼び止められた。
「偶然なのか?」俺は声の主に問いかける。
「ううん、偶然じゃないよ」理恵が屈託なく笑って応える。
二人、ロビーで向かいあって立ち止まる。まばらになった人の流れの中。
めずらしく何かを言い淀んでいるような理恵。
「なあ、理恵」
理恵が顔を上げて俺を見る。
「一緒に帰るか?」
うん、と頷いた。
笑顔だった。見憶えのある笑顔だった。
 
 
 
 
予備校からの帰り道。
商店街から逸れて、人影の少ない住宅街を抜ける道。
途中、二人の通っていた中学の裏門の前を通る。
静かな夜。雲のない空に、星が透き通るように輝いている。
 
めずらしく黙ったまま歩く俺たち。
そういえば―――――
ときどきこういうことがあったな、俺は唐突に思い出す。
それは、少しだけ昔の、俺たちに関する事柄。中学生の頃、曖昧な距離のままで、歩き続けていた俺たちの。
 
 
 いつもは大抵、その日あったこととか、明日のこととかについて話をしてくる理恵。
 けれどたまに、何か考えるように黙りこくっていることがあった。
 そんな沈黙はどことなく居心地が悪くて、黙りこんでいる理恵を見るのは、あまり好きじゃなくて、
 だから、俺はくだらないことを話しかけた。
 そんなとき、理恵はこう言った。
 『なんか潤といると、悩んでるのがバカらしく思えてくるよ』小さなため息をついて。
 そして、眼を細めるように笑って、『そういうのも立派な才能だね』そう続けた。
 
 
そういえば―――――
そんなときの理恵の表情は普段と違っていて、とても、やさしくて、包まれるようで。
俺はそんな表情を見るのが好きで、でも、その表情を見ると妙にくすぐったいような気恥ずかしさを感じた。
だから、理恵のその表情をちゃんと見つめることができなかった。
 
高校に入って、毎日、理恵と会えなくなってから、どうしてあの時、もっとちゃんとあの表情を見ておかなかったのか、と後悔した。
写真を撮るように目に焼き付けておかなかったのか、と。
今となっては笑ってしまうようなことだけど、あの頃はそのことだけで、自分が世界一の愚か者なのではないかとさえ思った。
 
「ね、潤」
透き通った声、あの頃、追憶の中で、何度聴いただろう。
「似合わないよ」
声が笑いを含む。
「何が」俺は、不機嫌な調子で言う。
「何、物思いにふけっちゃってるの?」
俺の声色をあっさりと無視して理恵が笑う。
 
――――――なあ、理恵。
 俺は思いもしなかったよ。
 こんな風に時間が流れるなんてな。
 もし、
 もし、あの頃の俺が、今の俺たちのことを知っていたら、何と言うんだろうな。
 
柄にもないことを頭に描いて、俺はそのことが妙に恥ずかしくなって、
「渋いだろ、大人って感じで」そんな軽口を叩く。
そして、言ってしまってすぐに後悔する。
攻撃の糸口をやすやすと理恵に与えてしまったことを。
 
 
案の定、反撃の手がかりさえ掴めずに、理恵にからかわれっぱなしのまま、ふたりの家への分岐点にたどり着く。
ふたり、何とはなしに立ち止まって、またしばらくの間、理恵は沈黙に沈む。
そして、口を開く。きっと、その言葉を口にすべきかどうかを考えていたんだろう。
さっきまでの沈黙は、そのためだったのだろう。
 
「潤、」
「ひとりで平気なの?」
唐突な言葉に、俺は理恵が何のことを言ってるのかわからなかった。
「わたしが言うようなことじゃないのかもしれない」
「でも、」
「気になるんだ」
真剣な声だった。
それは波紋のように、周囲に広がっていった。
そして、波が収まるまでのしばらくの静謐。
 
「離ればなれになることが怖くないの?」
理恵がゆっくりと口を開く。
俺はやっと、理恵が何のことを言っているのかに気づく。
「怖くないわけがないさ」
理恵の視線を受け止めて答える。
「でもな、」
「これは、俺たちには必要なことなんだと思う」
真っ直ぐな瞳が、俺の口が紡ぐ言葉を見つめている。
「たとえなにが起きたとしても、」
「それが取り返しのつかない、間違いだったとしても、」
「これは、俺たちが、俺と香里が選んだことだから」
 
 
街灯が静かなノイズを撒き散らす。
冬の星々が、透明な光を投げかける。
 
 
「本当に、」
 
「本当に、わたしたちは、」
 
「あの頃のわたしたちじゃないんだね」
 
理恵が言った。
 
「ちょっと、うらやましいよ」
 
そして、ゆっくりと、笑った。
 
 
 
 
――――――――――――――
 
 
 
 
左手首の心地よい重さに誘われるように、視線をまた時計に移す。
銀色のベゼルにそっと触れる。
 
 
午前中、栞ちゃんへのプレゼントを買いに行くための待ち合わせの場所。
俺が、ほぼ時間通りにそこに着くと、香里は既に来ていた。
どことなく落ち着かない様子。いつもと違う雰囲気だった。
 
『香里、どうかしたのか?』
俺の問いに返ってきた言葉。
『うん、これ』綺麗なブルーのラッピング。白のリボン。
『ちょっと早いけど、今、渡すね』はにかんだような表情。
疑問符を浮かべて、ただ、その包みを手のひらに載せたままの俺に気づいて。
『明日はみんながいるでしょ?だから、今日渡すね』
もう一度、繰り返される言葉。
 
―――――きっと忘れないだろうな、そう思う。
何があったとしても、たとえ二人が離ればなれになってしまったとしても。
香里からの初めてのクリスマスプレゼントと、それを渡してくれたときの香里の表情を、
俺は絶対に忘れないだろう。
 
やがて、素敵な重みを持つ時計が講義の終わりの時間を示して、俺はすっかり暮れた街へ出る。
ずっしりとのしかかってくるような寒さに、首に巻いたマフラーに顔を埋める。
ポケットに両手を突っ込んで、夜空を見上げる。
 
今にも白い欠片を落とし始めそうな重い雲。
朝からこの街を覆っているその雲は、けれど、ギリギリのところで、欠片をその身に留めていた。
 
普段より人の多いクリスマスイブの商店街を抜ける。
少し先に見知った後ろ姿を見つける。
大きな紙袋を提げた背の高い男と、笑顔でその男に話しかけている女の子。
 
「よう、栞ちゃん」
俺はほんの少し迷って、でも声をかけることにする。
「あ、北川さん」
「久しぶりだな」
「一週間しか経ってませんよ」ふふっと笑って栞ちゃんが応える。
「一週間でも十分久しぶりだ」俺も笑って言葉を返す。
 
「で、」
「香里より藤井を選んだってことなのか?」
俺は笑顔のままで栞ちゃんに訊ねる。
「えっ?えっ、違いますよ。ただの荷物持ちです」
 
「お久しぶりです。北川さん、荷物持ちっす」
藤井が笑いながら言ってくる。
「そういや、でっかい紙袋だな」
「明日の買い出しか?」
「ええ」と言って、栞ちゃんが藤井の顔を見上げる。
俺は無駄だろうと思いつつ、一応、問いかけてみる。
「なに買ってきたんだ?」
 
「えっと」栞ちゃんが、手袋をした指を顎にあてて答える。
「秘密です」
 
 
 
 
――――――――――――――
 
 
 
 
リビングの窓の前に立って、外の景色を眺める。
母と父は二人の時間を過ごすために出かけた。それは、本当に久しぶりのことだった。
見送る私まで嬉しくなるような、そんな雰囲気の二人を見たのは、いつ以来のことだったろう。
 
栞は、まだ帰ってなかった。学校の後で、用事があるって言ってたっけ。
誰とどこで今日を過ごしてるのかな。ふと、そんなことを考える。
そして、少し笑ってしまう。
やっぱり、あの子は私の中に、私の深いところに居場所を持ってるんだな、と。
そして、それは消したり、忘れたり出来ないものなのだろうな、と。
それを失くすことは、もしかしたら、私が私でなくなってしまう、そういうことなのかもしれない。
 
暖房の効いた暗い部屋に、加湿器のたてる音だけが響く。
窓の外に散在する灯りは、空気の冷たさ故の冴えた光を放つ。
――――星空が降りてきたようだな、そんなことを思う。
 
閃光が走って、窓の景色が、部屋の中の風景に取って代わられる。
「お姉ちゃん、どうしたの?電気も点けないで」
寒さで頬を紅く染めた栞が、リビングのドアのところで訝しげに言う。
「うん、何となくね」
そう、と、納得いかないような様子で呟いて、着ていたコートを脱ぐ。
「おかえり、栞、早かったんだね」
「うん、お姉ちゃんが寂しがってるかな、って思って」
そう言って、私の表情を測るように見て、冗談だよ、と笑った。
私も、栞の言葉に笑みを返す。
 
「ご飯は?」
「うん、食べる」
「じゃあ、着替えてきなよ、すぐ用意するから」
「うん」
答えて、リビングの扉を開く、脇にはコートを抱えて。
扉のところで、立ち止まって言う。
 
「お姉ちゃん、」
私は栞に視線を移す。
「ケーキ買ってきたんだよ、あとで食べようね」
「うん、ご飯の後ね」
 
ほんの少しの躊躇い。深呼吸ひとつ分くらいの空白。
 
「お姉ちゃん、」
「去年のクリスマスのチキン、美味しかったよ」
小さな声で、でも、はっきりと。
 
「そう」
「うん」
「じゃあ、明日作ろうか」
私は微笑む。
「うん、わたしにも教えてね」
栞も微笑む。
 
「うーん、それまでに基本を覚えられたらね」
「う、無理だよ」
ちょっと困ったような顔で言って、もう一度笑って、栞が扉を閉じる。
 
部屋の中は暖かかった。
加湿器が静かに、部屋の空気に潤いを与えていた。
 
 
 
 
――――――――――――――
 
 
 
 
「なあ、香里」
潤が静かな声で話しかけてくる。
「うん?」
「何か特別なことがあると、花火をするのは、美坂家の家訓か何かなのか?」
「ええ、先祖代々の」
私は、わざと静かな声で答える。
 
「違いますよー、この前のお姉ちゃんの誕生日に、せっかく北川さんが買ってきてくれたのに、できなかったから...」
近くで花火を手にして聞いていた栞が口を挟む。
「そうそう、こいつの行いの悪さを証明するような雨が降ったよな」
花火の様々な色の光に照らされて、相沢君が潤を示して、笑いながら言う。
「相沢ー」潤が、不満そうに応える。
「あ、悪い悪い、“お前らふたり”の行い、か?」
相沢君が、潤と私を順番に見る。
「ううん、潤だけだと思うわ」私は答える。
「香里ぃ」潤がちょっと悲しそうな声で言う。
栞も、相沢君も笑っている。
 
「わたし、雪の日に花火するのってはじめてだよ」
はしゃいだ様子で名雪が笑う。
「すごく綺麗だよねー」
 
「俺も、初めてです。いいもんっすよね」
藤井君が言う。
「重い荷物、持ってきた甲斐があるってもんです」
「あ、藤井、そういうこと言うんだ」
「いいじゃない、イブをかわいい女の子と過ごせたんだから」
栞が藤井君の方を見て言う。
「はあ?」藤井君が思いっきり不満そうな表情をつくって栞に応える。
「藤井君、ごめんね、素直じゃない妹で」
私は笑いながら言う。
お姉ちゃん、何言ってるの、と慌てる栞、そして、い、いえ、と照れくさそうにする藤井君。
 
私と栞で準備した料理。名雪と相沢君が買ってきてくれたケーキ。
簡単な、けれど、とても親密なパーティーを終えた後、いつの間にか、栞と藤井君が姿を消していた。
そして、庭から窓を叩く音。
その音に気づいて窓を開けると、冴えた空気とともに、白い息を浮かべた二人。
寒さも気にならないような、笑顔を浮かべた二人の手には、何度も目にしたことのある、
けれど、今の風景には不似合いな光の華。
 
「メリークリスマス」
二人が声を合わせる。藤井君が照れくさそうな表情を浮かべている。
栞がそんな藤井君の表情を、一瞬見つめて、目を細める。
 
「一応、後輩達から先輩達へのプレゼントっす」
「うん、いろいろ頑張ってくださいっ、て気持ちをこめて」
 
名雪と、相沢君、潤、そして私。四人で顔を見合わせて。
淡い笑顔がみんなに広がって。
そして、みんなで声を合わせた。
 
「ありがとう」
 
 
 
 
「ねえ、潤」
「ん?」
「あったかいよ、ありがとう」
私は、潤からのプレゼントのマフラーに手を触れながら、笑う。
「ああ、どういたしまして」
しっかりと私の眼を見て答えてくれる。
 
 
静かな夜に、みんなの楽しそうな声と花火の爆ぜる微かな音が融けてゆく。
赤、青、緑、黄。綺麗な火の華が、白い雪に一瞬、映えて、消えてゆく。
 
 
「なあ、香里」
「うん?」
「メリークリスマス」
「どうしたの?あらたまって」
「約束しただろ」潤が笑う。
「そっか、」私も笑って応える。
「メリークリスマス、潤」
 
静かに、まるで花火に誘われたように、乾いた軽い雪が舞い始める。
 
「約束してから最初のメリークリスマスね」
「そうだな」
 
私は手のひらでその雪を受け止める。
雪の欠片は、私の手に舞い降りて、一瞬で消えてゆく。
 
「ねえ、潤」
「ん?」
「次のメリークリスマスが、早く聞きたいよ」
 
潤が微笑む。私も笑みを返す。
そっと、私の手を取ってくれる。
ぎゅっと、その手を握りしめる。
 
冷えた手が互いの温もりで包まれてゆく。
 
 
 
 
 
 
Wish their very merry Christmas, also wish yours.
――――――――――――――
【初出】 〜1〜、〜2〜、KeySS掲示板、〜3〜天國茶房内、創作書房(1999/12/23)
【One Word】
クリスマスです。引っ張ったわりにあっさりしすぎでしょうか?(笑)
〜1〜、〜2〜は10月に投稿したんですよね。完成までに異様に時間がかかってしまいました。
けど、割と自分では納得のいく話だったりするのです。

さあ、わたしの書くべき“Swingin’ Days”も、あと2本ぐらいでしょうか。
年内は無理ですが、あとひと月くらいで終わらせたいです。
HID
(1999/12/23)

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