“Swingin' Days” (Boy's side)
−わかってもらえるさ−

 
 
(Step 1)
 
 
 
 
 
 
 
 俺の斜め前、窓側の後ろから二番目の場所があいつの席だ。
 右手で頬杖をついて、少しだけ顔を左に向けて、外を見ている。  
 5時間目の退屈な授業、昼下がりの気だるい時間。でも、俺は、この位置からあいつを見ることができる授業中が、とても好きだった。
 
 ふと、視線を窓の外に移す。
 外は雨、全てを打ち据えるような、土砂降りの雨。
 …多いところでは、一時間に30ミリから40ミリ…山間部では警戒が必要です…。
 朝、テレビで聞いた天気予報の警告が、あながち大げさとも思えないような、激しい雨。
 
 もう一度あいつに視線を戻す。
 さっきから、気にかかっていた。
 外を見つめるあいつの表情。
 窓を通り越して、降りしきる雨も通り越して、その向こうの何かを見ているような、どこか翳りのある表情。
 
――― 最近はああいう表情を見せなくなってたのにな。
 
 俺は、頭の中でそう思う。
 ふと、誰かの視線に気づいて左隣を見ると、 隣の席の水瀬が、微笑ましいものを見るような視線を俺に向けている。
 まずいな、俺は思う。
 授業中寝てることも多いくせに、たまに起きてるときは、やたらと鋭いんだよな水瀬って。
 
 やがて、スピーカーからの微かなノイズを予告に、チャイムが鳴って、今日の授業の終わりを告げる。
 今日は職員会議とかで、授業は5時間で終わりだ。
 俺たちにとってはありがたい。
「北川君」
 水瀬だ。早速さっきの話か、そう思って身構えると、
「今日、日直でしょ」と、肩透かしを食う。
 
 
 
 今年の冬、俺たちには、忘れられない出来事があった。
 とてもつらい思いもしたけれど、とても素敵な出来事で、俺たちにとっては大事な思い出だ。
 俺と水瀬と相沢と、そして、主役はあいつだった。

――― 俺の大好きな美坂香里。

 
 あの出来事が俺たちにもたらしたもの。
 たぶん、以前よりも強い絆。
 
 あの出来事であいつが得たもの。
 心からの笑顔。
 
 あの出来事で俺が知ったもの。
 人の思いの持つ強さと、そして、あいつへの思い。
 
 
 
「じゃあ、日誌ここに置いときます」
 そう言って、さっさと職員室から出ようとすると 「おっ、北川、悪いな、ちょっと手伝ってくれ」担任の石橋に捕まる。 いいところに来てくれたよ、と言いながら、プリントを用意している石橋の隣には、鞄を持った相沢が、ちょっと不満そうな表情を浮かべて立っていた。
 学年が変っても、俺たち4人は同じクラスで、 席も場所が入れ替わっただけで、すぐ近くで、ついでに担任も一緒だった。
「これがくされ縁ってやつか」と不満な声音でもらした相沢の表情は、けれど、うれしそうだった。
 
 俺?
 
 俺ももちろん、うれしかったさ、
 あいつが視界にいない授業中には耐えられそうもなかったからな。
 
 
「まいったなあ」
 相沢が時計を見ながら、そうこぼす。
「まったくな、でも、何で、相沢がいたんだ?」
「俺が聞きたいよ、石橋に呼び出されたから何かと思って行ってみれば、職員会議の準備の手伝いしてくれ、だもんな」
「まあ、普段の行いゆえに、ってやつだな」
「おお、その言葉、そっくり返すよ、北川くん」
 そんな憎まれ口もそこそこに、わるい、俺、今日ちょっと用事があるんだ、と言い残して相沢が昇降口に消える。
 俺は、鞄を取りに教室に戻った。踊り場の窓から見ると、相変わらず雨が降り続いていた。
 
 雨はすべてを洗い流す、よろこびも、にくしみも、かなしい思い出も
 雨はすべてに平等に降り注ぐ、かなしきものにも、幸多きものにも。
 柄にもなく、そんな言葉を思い出して、俺は少し苦笑する。
 
 教室の扉を開ける。がらんとした誰もいない教室を想像してた俺は、想像が裏切られたことを知る。
 とても、うれしい形で。





 
 
 
 
「何やってんだ、こんな時間まで」
 自分の席に座ったままで、 授業中と同じ格好で、授業中と同じように外を見ていたあいつが振り向く。その表情は相変わらず憂いを帯びていて、その瞳には透明な距離感があって、俺は、自分の心が、震えるのを感じる。
「きた…がわ…くん」
 夢から覚めたように、たどたどしくそう紡いだ唇は、なぜだか、悲しみの言葉を漏らしたがっているように思えた。
「どうした、帰らないのか?」
 あいつが、無言で俺を見つめる。その瞳がとても透明なのが気になる。透明すぎて、何も映していないようで、気になる。
 俺は鞄をとって、しばらくあいつの様子をうかがう。
 また、あいつが視線を窓の外に移すのを見て、俺は自分の席に座る。
   
 
――― どう始めればいいだろう。
 俺の気持ちを伝えるには、どう始めるのがいいのだろう。
 何かに心を奪われている、お前をわかるためには、どうするのが正しいんだろう?
 
 
 
「なあ、美坂」
「なに?」
 視線を動かさずに答える静かな声。
「雨、好きか?」
 ちょっと、驚いた顔で俺を振り向く。
「そうね、どうかしら」
「好きなときもあるし、嫌いなときもあるわね」
 それでも、ちゃんと答えを返してくれる。
「北川君は?」  
「俺か」  
「俺は好きだな」  
 どうして?と問いかける瞳。
「雨は、いつか必ず止むからな」
 
 ちょっと、瞳の色が変って、何かを考えるような間があって、そして、俺には光が差す。  
 あいつが笑ってくれたから。  
 その笑顔のせいで、 俺はふたりきりでいることを妙に意識してしまって、こんなつまらないことを口にしてしまう。
「まあ、今日は止みそうもないけどな」
 そして、あいつが声を出して笑って、あいつの翳もどこかに消えて、俺たちふたり教室を出る。
 
 
 言えない言葉、伝えられない思い、しまらない俺。
 でも、今日のところはよしとしよう。
 傘を並べて帰れるから、今日のところはこれでいい。
 
「ねえ、北川君」
 傘の下から顔を出して、見上げる視線であいつが言う。
「なんだ?」
「こんな綺麗な女の子と一緒なのに、真っ直ぐ帰るの?」
「じゃ、じゃあ、お茶でも飲んでくか」
 少しつっかえながら、俺は言う。
 
「ご馳走してくれるの?」
 いたずらっぽい光を瞳に湛えて、あいつが言う。
「えっ」
 俺は心細い財布の中身を暗算する。
「冗談よ、行きましょう」
 あいつはそう言って、先に立って商店街への道を歩き出す。
「ホントは、私の方が…」
 それに続く言葉は雨音に消されて、俺はそれを問い返すこともなくてただ、こんなことを思う。
 
 
 
 思いは必ず伝わるさ。
 それを伝えたい気持ちがあれば。
 格好良くはいかないけれど、その必要もないのかもな。
 そんなうわべの格好良さじゃ、あいつの心にとどかないからな。
 
 俺は俺の言葉で、いつかあいつに伝えればいい。
 きっと、いつかは伝わるはずさ、だって、止まない雨はないから。
 
 
 
「ねえ、北川君、明日は止むわね、この雨も」
「どうしてだ?」
「だって 止まない雨はないんでしょ?」
 
 歌うようにそう言って、あいつが、もう一度俺に微笑んでくれる。
 土砂降りの中で、とても素敵な雨の中で。
 
 
 
 
 
 
 
 

                                                                          
【初出】1999/7/14  Key SS掲示板
【One Word】
「Can you hear my Heartbeat?」と対になる形ではじめた、北川君視点のSSです。
 最初から、途中で香里視点の話と融合させる予定でした。
 テーマは同じく「日常」です(笑)
 
 HID
 1999/10/11
 2000/12/12改訂

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