“Swingin' Days” (Girl's side)
-Can you hear my Heart beat?-


 
 (Step 1)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 今日は陽射しが強くて、まるで、早い夏のような一日。
 

「こういうの、インディアンサマーっていうんだよ」と、栞が言う。
「インディアンサマーって、冬の初めの暖かい日のことじゃなかった?」
「えっ、そうだっけ?」
「そうだと思ったわよ」
 
 何げなく交される会話、もう大分慣れてきた。私たちに戻って来た、何でもない日常生活。
 
「お姉ちゃん、わたし、ちょっと、散歩に行ってくるよ。」
「大丈夫?一緒に行こうか?」
「大丈夫だよ、子供じゃないんだから」
 お姉ちゃん心配し過ぎだよ、と、どこか嬉しそうに言いながら、栞が病室の扉を開ける。
   
 街をすっかり覆っていた雪もほとんど消え去って、冬という季節があったことも、嘘のような、ある春の一日。
 私たち姉妹にとっての冬の季節も、今年の冬とともに永遠に過ぎ去って、きっと二度と巡り来ないだろう。
 ただ、厳しい季節のおかげで、見つけられたものも確かにある。
 
 ベッドの横のサイドテーブルに散らかる、色鉛筆や、パステル、スケッチブックや、文庫本、CDのケース、そういったものを片づけていると、コンコンとノックの音がして、遠慮がちに扉が開かれた。
 見ると、そこには、手にアイスクリーム屋のものらしい箱を提げた、北川君が立っていた。
 
「よう、美坂、いいか、お邪魔して?」
「あっ、北川君、栞いないわよ、それでよければどうぞ」
 北川君のお見舞いを受け取って冷蔵庫にしまい、途中だった片付けの続きを始める。
「春休みなのに、ありがとう」
「ああ、家にいても、別にする事もないしな」
 彼はそう答えると、ベッドの向こうの椅子に座って、どこか落着かなそうにしている。私は片付けをしながら、なぜか落着かない気持ちになる。心のどこかで、北川君の視線を気にしている自分を感じる。
 
「お、遅いなあ、栞ちゃん、」
 北川君の方が我慢くらべに負けて、そんな事を言い出す。
 だから、私はわざとこう言う。
「そう、私とふたりじゃ嫌なのね」
「いや、嫌な訳ないさ、ていうか、そっちの方が...」
 ちょっと慌てて口にする彼の言葉、その言葉を最後まで聞くのが怖いような気がして、私は不自然な早口でこう言う。
「じょ、冗談よ、北川君、紅茶でいい?」
 二人、不自然に赤い顔をして、不自然な沈黙の中で、私はお茶を入れる準備をする。
 沈黙に耐えられなくなって、私は言う。
「さっきいただいた北川君のお見舞い、食べようか?」
 そして、彼の方を見る。
「おお、そうだな、じゃあ、そっちは俺が」
 そう言いながら、椅子を立って、冷蔵庫に近づく北川君。お茶を淹れる私の横で冷蔵庫にしゃがみこむ。
 彼が近くにいることで、少しだけ自分の鼓動が早まるのを感じる。

 北川君の持ってきてくれたアイスクリームを食べながら、二人で熱い紅茶を飲む。
「なあ、美坂」
「なに?」
「美坂家ではアイスクリーム食べるときには、熱い紅茶を飲むのか?」
「ええ、そうね」
「そうか、そういうもんか」
 納得しているようなしていないような顔の北川君。
「冗談よ」
 そう言う私の顔を見て、そして、ふたり、声をそろえて笑う。



 あの出来事のおかげで手に入れたもの。
 街灯の下の彼の真剣な表情。
 そして、白く残った彼の言葉、私の奥底にとどいた言葉。
 あの出来事のおかげでわかったもの。
 彼の背中の大きさ、そう感じた私の気持ち。




 ガチャッと扉を開ける音がして、栞が少し紅潮した顔で入ってくる。
 
 そして、向かい合って座る私たちに気づいて、
「北川さん、いつもありがとうございます、お姉ちゃんのお世話してもらって」
 にっこり笑ってそんな事を言う。
 
「あ、アイス、お姉ちゃん、わたしのもある?」
 そう言う栞に、
「ああ、栞ちゃんに買ってきたんだからな」
 北川君が答える。
「ありがとうございます〜」
 大きく笑う、栞の笑顔。
 
 開け放った窓から、春の風が入ってくる。
 それはほんの少し、花の匂いを含んで、私たちをあたたかく包む。
 
「北川さん、わたし、来週、退院なんですよ」
「そうか、よかったな、栞ちゃん」
「ありがとうございます」
「でも」
 
 栞がいたずらをする子供のような眼で、私たちを見てから言う。
 
「残念ですね、北川さん、お姉ちゃんと会えなくなるから」
 
 慌ててなにか言おうとしてる北川君、私は少し鼓動が高まるのを感じていた。


 このビートにのせるには、どんなメロディーが似合うかな、そんなことを考えてみる。

 答えはまだ先にある。
 変り続けるこのビートに、似合うメロディーが見つかるのは、たぶん、もう少し先のこと。

























――― ねえ、私の鼓動が聞こえてる?






【初出】1999/7/14 Key SS掲示板
【One Word】
“Starting over”を経て、ようやくたどり着いた、香里のSSです。
 テーマは「日常」です。(笑)

 HID
 1999/10/11
 改訂 2000/12/12




To the next step

Indexへ戻る