North bound flight
 
 
何もない部屋
がらんとして、
俺の知っているのより広く感じる
家具や、雑誌や、服や、そのほか、俺の存在を示すものは何もない
不思議と気持ちが落着く
 
俺はこの街から出ていけることをどこかで喜んでいるのかもしれない
言い表わし様のない不整合感
自分が場違いな存在だと感じること
特に、最近はそれがひどかったから
 
昔はこんなんじゃなかった
昔、冬ごとに北の街を訪れていた頃
確かに俺の居場所があって、俺のことを暖かく包んでくれる人がいた気がする
同い年のいとこの少女
やさしい微笑みが印象に残っている叔母さん
しんしんと降り積もる雪
自分の体や心のかたちまでもがはっきりとしそうな寒さ
 
俺はなぜあの街を訪れなくなったんだろう?
 
腕時計を見る
そろそろ家を出なきゃ行けない時間だ
もう一度、がらんとした部屋を見回し
俺はひとつため息をつく
そして、家を出る、しっかりと鍵をかけて
 
空港に向かうバスに乗り込む
休日だからだろうか、高速道路は空いていて、
バスは滑るように高架の道路を走って行く
 
俺はもう一度考えてみる
なぜ、俺はあの街に行かなくなったんだろう?
何かが、何かがあったような気がする
そして、それ以来、俺の中で何かが損なわれてしまった
 
高一のとき、付き合ってた女の子に言われた事がある
”祐一はいったい何を見てるの?”と
”そばにいても、寄り添っていても、祐一は私のことを見ていない”
”私には祐一が感じられない”
 
『ねえ、本当のあなたはいったいどこにいるの?』
 
俺には彼女の言葉も響かなかった
 
薄いグレーで覆われた中途半端な曇り空
俺は飛行機のシートに座り、離陸を待つ
 
雪に覆われた、思い出の街
そこには俺の居場所があるだろうか
そこで俺は何かを見つけられるだろうか
俺の思い出の欠片はまだ残っているだろうか
 
しんしんと降り積もる雪
見覚えのある、三つ編みの少女
女の子は俺に何かを差し出す
そして、誰かの手がそれを...
 
ひどく頭が痛む
 
眼を開けると飛行機のシート
もうすぐランディングするというアナウンス
微かに残る頭痛
けれど、その痛みは俺に確信めいた予感をもたらす
 
この街から何かがはじまる
俺にとって、大切ななにか
俺の中の閉ざされた扉を開く鍵がこの街にはある
 
窓の外には、街
白い雪で覆われた思い出の街
 
 
 
                     
 
【初出】1999/7/1  key SS掲示板
【One Word】
なんとなく書きました(笑)昔の彼女のひと言が言わせたかったんですね。
ただ、こういう始まりもありかなあ、と思いまして。
(1999/7/15)

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