every little step −−』
 
 
ねつっぽい
体が熱い、けれど、体の芯は冷えきっていて、震えてしまいそうなほどだ
原因はわかっている
冷たい風に吹かれて、長い間立っていたから
わかっている、自分がバカなことをしていること
けれど、心は不思議と満たされていて
明日のことを考えていて
また、早くあの時間が来ることを望んでいる、とてもつよく
 
この気持ち、自分でも信じられない
ほんの二、三日前まで、ただ暗い部屋に閉じこもって、心さえも暗い部屋に閉じこめて
けして前を見ようとしなかった
あの日から、姉の言葉を聞いたあの日から
 
姉の言葉、とてもつらかったはずなのに、いつもと変わらない口調で告げられた言葉
たぶん、それは姉のやさしさ
わたしは姉に甘えていたのだろう、姉ならわたしを救ってくれると思っていたのかもしれない
姉は誇りだったから、憧れだったから、頭がよくて、人を惹きつけて、何でもできる、
そんな人がわたしのお姉ちゃんであることがずっと嬉しかったから
だからわたしは姉に頼った
そして、わたしは大切なお姉ちゃんさえ失ってしまった
ただ、わたしは不安で、弱くて、誰かに救ってほしかっただけなのに
でも、わたしが掴んだのは不吉な冷たい手だった
そう思っていた、ずっと
 
わたしは泣かなかった、つよかったからじゃない
泣く理由がなかったからだ、もう、わたしには失うものがなかったから
望みもなかったから、望んではいけないと知っていたから
あとは、一日一日を過ごしていくだけだった
暗い部屋に閉じこもって、時間が過ぎるのにも気づかないほど暗い部屋の中で
笑うことも、泣くこともせずに
 
そんなわたしに残っていたもの
わたしが自由にできる最後のもの、ずっと考えつづけていた可能性
わたしがそれを選んだとき、けれど、それはわたしを拒否した
それだけじゃない、わたしに楽しい夢を見せようとする
 
残酷だ、まだわたしは苦しまなくてはいけないんだろうか
限られた時間の中で、焦燥と不安の中で
だけど、どうしても会いたくて
どうして、あの人たちの笑顔に出会ってしまったのかを知りたくて
どうして、こんなにあの人のことが気になるのかを知りたくて
 
わたしは冷たい空気の中に立つ
 
「ようっ、こんなところで何してるんだ?」
あの人、今日も眩しそうな笑顔で
よろこびとかなしみ、いっそのこと会えなければあきらめられるのに
「今日は人に会うために来たんです」
「人に会いにって、誰に会いに来たんだ?」
「えっと…」
わたしは口元に指を当てる
「どんなヤツだ?」
”とても楽しそうに笑う人です、わたしはその人に笑い方を教えてもらいたくて会いに来たんです”
「名前ぐらいは知ってるんだろ?」
”はい、今知りました”
「祐一さん、今日は帰ります」
覚えたての名前、たいせつな名前
「そうか」
「明日また来ます」
明日、もしわたしにも明日があるのなら
「あっ」
あの人が呼び止める
振り向くと口ごもっている、あの人
「わたしのことは栞でいいですよ」
「わかった、俺のことも遠慮無くお兄ちゃんと呼んでくれ」
他愛のない冗談、そんな言葉を交わせたことがうれしくて
「そういうこと言う人、嫌いです」
こわくて、ずっと口にできなかった言葉
”嫌い”という言葉、拒否の言葉は人に誤解を与えそうだったから
そして、その誤解を解く時間が自分にあるのかわからなかったから
だけど、あの人には自然にそんな言葉さえ言うことができて
 
ねつっぽい
少しだけ、少しだけ苦しいです
でも、大丈夫、明日には笑えますから
きっと、あなたの顔を見れば自然に笑えますから
わかっています、すぐに大きなわかれみちがくること
わたしがその時にどちらのみちを選ぶのかはわからないけれど
ここで立ち止まっているほうがかなしくないのかもしれないけれど
もう、わたしは一歩を踏み出してしまったから
あなたに向かって歩き出してしまったから
 
その先にある答えを見てみたい、わたしが掴んだのが誰の手なのかを確かめたい
それは、わたしの中に芽生えた小さな望み
わたしが生きてゆく理由
顔を上げて、前を見て
 
 
 
 
 
【初出】1999/6/15 【修正版】1999/6/24
 key SS掲示板
【One Word】
これも、『Starting over』に繋がる話のひとつですね。
自分は、短いものを書いて考えをまとめつつ、それを長編SS(?)に繋げるっていう書き方があってるようです。
長いのいきなりは書けないですね、難しくて(苦笑)
この題名気に入ってます、邦訳は”小さな事からコツコツと”(笑)です。
古のBobby Brownの曲に似た題名の曲があった気がします。
ご存知の方は教えてください。
(1999/7/15)

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