『好きにならずにいられない』
 
 
--------------------------------------------------------------------------------
 
 
 
 
 
 
 
それはたとえば物語の中のような出会い。
 
 
 
 
 
 
とてもばかばかしい出会い。
 
 
今ではあれは本当に起きたことだったのか、
それとも、わたしの心の奥底に残っていたものが見せた幻だったのか、
その区別さえもつかないような出会い。
 
 
ねえ、信じられる?
木から落ちてきた雪に直撃されたことはある?
 
 
ねえ、笑わないで。
おかしいけど、本当なんだよ。
 
あの人とわたしと、そしてもう一人の女の子。
三人はそうやって出会ったんだよ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
知っていると思うけど、わたしはずっと体が弱かった。
だから学校も休みがち。
友達ができても、いつの間にか、みんなずっと先に行ってしまうの。
気がつくと、わたしだけが同じ場所にいるの。
同じ場所で、思い描いているの。
いつか、約束を果たす日のことを。
 
 
いいえ、違うね。
思い描いていたの。
いつか、約束なんてしなくても、続いていく時間を信じられる日が来ることを。
 
 
 
 
 
 
わたしにはとても大切な人がいた。
ずっと、わたしの隣にいてくれた人。
わたしを現世に留めてくれていた錨。
荒い波に流されないように、
気づかぬうちに時間の浅瀬に乗り揚げてしまわぬように。
 
 
 
 
時間。
いつでもそれは流れていたよ。
どこにいても。
ベッドの中の暗闇に心を閉ざしていても。
どんなときにも。
消えぬ事のない、終末への怖れに取り込まれてしまいそうなときにも。
 
 
 
 
そして、わたしは言葉を聞いた。
大切な人の最後の言葉を聞いた。
 
ううん、その言い方は公平じゃないよね
 
わたしが望んだんだから。
わたしが”それ”を彼女に強いたのだから。
 
 
それは予言。
それは宣告。
それは罪。
 
 
そして、わたしは彼女を失う。
わたしは、自分の手で彼女の中のわたしを殺めてしまったんだね。
 
 
 
 
時間。
それはいつでも流れているよ。
わたしたちは抗う術も持たないから。
だから、必然。
わたしが何も望めなくなったこと。
彼女がわたしを消したこと。
 
 
 
 
 
 
ねえ、わかるかな?
人はそんなに弱くはできてない。
気がつくと、なにかに救いを求める自分がいるんだよ。
たとえば、昔の思い出に。
たとえば、きれいな夕焼けに。
 
 
そして、ふと思うんだ。
 
 
もしかして、明日になれば何もかも上手くいくのかもしれない、ってね。
すべては間違いで、もう一度はじめからやり直せるかもしれない、ってね。
 
 
ねえ、知ってるかな?
人はそんなに強くはなれない。
だから、願いを願いつづけることは難しいんだね。
だから、それを成し遂げた人は、感嘆と敬遠を受けるんだね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
それはたとえばドラマの中のような陳腐なセリフ。
 
 
『起こらないから奇跡っていうんですよ』
 
 
本当はそれを否定してほしかった。
誰かにきっぱりと言ってほしかった。
 
『起きる可能性があるから奇跡なんだ』って。
 
 
しっかりと抱きしめて、離してほしくなかった。
どんなに悲しい事が起きてもいい。
たとえ、ずたずたにこの身を裂かれてもいい。
ただ、誰かを求めたかった。
ただ、誰かにしがみついて、あがきたかった。
消えたくないよって叫びたかった。
 
 
でも気がつくとわたしはひとり。
 
 
白い雪の中でひとりきり。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
それはたとえば夢の中のような素敵な時間。
 
 
気がつくと誰かがわたしの前に立っていた。
 
 
そして、探るようにおずおずと、手を伸ばしてくれていた。
 
 
わたしをからかってくれる人。
 
 
わたしのお弁当を食べてくれる人。
 
 
わたしに笑ってくれる人。
 
 
わたしの名前を呼んでくれる人。
 
 
そして、わたしにあたたかな口づけをくれる人。
 
 
 
 
 
 
わたしのために笑顔で悲しみを背負おうとしてくれる人。
 
 
 
 
わたしをずっと待ち続けてくれる人。
 
 
 
 
 
 
 
 
頼んでも、
 
 
いくらお願いしても、
 
 
わたしのことを忘れてくれない人。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
たとえば、それは幻のようなお話。
 
 
 
 
不治の病は治らないから不治なんだよね?
 
 
じゃあ、お医者さんが間違えたんだね。
 
 
だって、わたしの病気は治っちゃったものね。
 
 
ただそれだけの話なのかもしれない。
 
 
そんな簡単なからくりなのかもしれない。
 
 
 
 
 
 
もしかしたら夢を見てるのかもしれない。
 
 
醒めない夢の中にいるのかもしれない。
 
 
 
 
でも、それでも構わないよ。
 
 
 
 
あなたがいるからね。
 
 
 
 
わたしの隣にあなたがいるから。
 
 
 
 
とてもリアルな手触り。
 
 
あなたの厚い胸。
 
 
大きな背中。
 
 
抱きしめてくれる強い力。
 
 
名前をささやく、小さな声。
 
 
そして、心地よい唇のやわらかさ。
 
 
 
 
これが、夢なら、
醒めなきゃいいね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
たとえば、そこに泣いてる子がいて、
 
瞳に何も映せないほどの闇を抱えている子がいたとして、
 
あなたはその子に何て言う?
 
 
 
やあっ、て言って、笑いかけることができる?
 
 
つまらないことを言って、笑わせることができる?
 
 
躊躇なく、その子の腕を掴むことができる?
 
 
ぞっとするくらい冷たい、何かに魅入られてしまったような、
その子を抱きしめて、離さずにいられる?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
あなたに、
 
 
もし、
 
 
そういう人がいたら...、
 
 
 
 
 
 
 
 
...好きにならずにいられないよね?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ね、そう思うでしょ?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ね、わかったでしょ?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
わたしがあなたを好きな理由。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
〜Can't help falling in love with you〜
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
【初出】1999/10/5 Key SS掲示板
【One Word】
えっと、これは栞のモノローグです。
別に口に出して言ってるわけではないんですよ。
タイトルは名曲「Can’t〜」からです。
別にオリジナルのプレスリー版でもよいのですが、やはり、UB40版の方が、
イメージに合うことでしょう。たぶん。
1999/10/6
HID
 
--------------------------------------------------------------------------------
 
コメントを付ける
 
戻る