”The Day He was Born
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ね、お姉ちゃん、これおかしくないかな?」
 
わたしは、お姉ちゃんの部屋の扉を開けながら訊ねる。
 
「うん、コーディネイトはいいと思うわよ」
ベッドの上に座って、壁に背をあずけて、何か雑誌を見ていたお姉ちゃんが、
わたしを上から下まで見てから答える。
 
コットンの黒のタートルネックの上に、濃いインディゴブルーのデニムシャツ、
ココア色のロングスカートにこげ茶色の太いベルト。
 
ちょっと”コーディネイトは”っていう所に引っかかるけれど、今は聞き流すことにする。
 
 
「ごめん、お姉ちゃん、これ手伝って」
 
大きな黒のリボンの形のバレッタを手渡す。
 
「栞、髪のびたよねえ」
 
お姉ちゃんがバレッタを受け取りながら言う。
夏前からのばしはじめた髪の毛は、やっと、肩を越えて、肩胛骨にかかるくらい。
 
「うん、やっと、このバレッタ使ってもおかしくなくなったでしょ」
「そうね」
 
元々は、お姉ちゃんのだったバレッタ。
お姉ちゃんがこれをつけているのを見て気に入ってしまって、それを言ったら、
”髪のばすならあげるわよ”と返された。
だから、わたしは夏前から髪をのばしはじめた。
 
 
「で、プレゼントは何にしたの?」
「なにが?」
「なにが?じゃないでしょ、今日、相沢君の誕生日なんでしょ?」
 
はい、出来上がりっ、と言って、ポンッとわたしの後頭部を軽く叩く。
その感触は、わたしの中の懐かしいものを呼び覚ます力を持っている。
くすぐったいうれしさ。子供の頃の、大きなものに包み込まれるような安心感。
 
祐一さんに髪の毛を撫でられるときに感じるのは、胸の奥がざわざわするような、
ちょっと湧き立つような、どきどきするような、そういうもの。
お姉ちゃんに髪の毛を触られると、自分が子供になったような、小さい頃に戻ったような、
そんな感じがする。
 
 
「へえー」
お姉ちゃんの部屋の姿見で前髪を直すわたしを見ながら、お姉ちゃんが言う。
「なにが、へえーなの?」
 
「うん、そうやってると大人っぽく見えるなあと思ってね、栞でも」
「わたしだって、今年18になるんだから」
「ううん、年じゃなくてね、雰囲気が」
ちょっと、真面目な表情。
でも、それも長くは続かずに、
「夏には、まっ黒になって、子供みたいだったのにねえ」
そう言って、表情を崩した。
 
 
栞を見てると飽きないわねえ、と言って、その後で、頑張ってね、と言ってくれた。
 
 
そのときのお姉ちゃんは、とてもやさしい表情をしていた。
 
 
 
 
 
 
−−−−−−−−−−−−−−
 
 
 
 
 
 
「いらっしゃいませ」
「予約していた相沢ですけど」
少し、緊張気味な声になってしまう。
栞も、隣で、少し体を強ばらしているのがわかる。
「はい、では、こちらのお席へどうぞ」
 
 
いろんな材質の木で作られたインテリア。
オリーブオイルの匂いと、ガーリックの匂いと、そして、コーヒーの匂い、
その他たくさんの匂いが、たくさんの層を成して、重なり合っている、それが、店の雰囲気にぴったりと調和している。
 
「祐一さん、すごくいい雰囲気の店ですね」
向かいの席に座った栞がテーブルの上に身を乗り出すようにして、小さな声で言う。
「気に入ったか?」
「はい、思ったよりずっと、落ち着けそうです」
にっこりと笑う。
「予約してるとか言うから、すっごく緊張しちゃいました」
そう、つけ加える。もう一段、笑顔が広がる。
 
 
19回目の俺の誕生日。
お弁当作ってどこかに出かけましょうか?という、栞の提案。
それを断って、ちょっといい物でも食べに行こう、と言った。
 
でも、わたし、そんなにお小遣いないですよ、そう言って、
少し心配そうだった栞の頭にぽむっと、手を置いて、柔らかい髪の毛の感触を楽しみながら、こう言った。
 
”夏休みも、バイトであまり会えなかったしな、お兄さんがおごってやるよ”
”わ、うれしいです、お兄さん”
 
俺の手を頭に乗せたままで、俺を見上げて言う笑顔。
夏の日焼けの名残も消えた、健康的な顔色。
 
その笑顔がふっと消えて、
”でも、祐一さんの誕生日なのに、ご馳走になっちゃっていいのかな?”
 
こういう所かわいいよなと思いながら、
”俺が栞と一緒に飯を食いたいんだからいいだろ、だから、そんなこと気にするな”
そう言い返した。
”はい、じゃあ、遠慮なくご馳走になります”
もう一度、笑顔。
 
 
 
 
 
いらっしゃいませ、と言って、水の入ったグラスとメニューを運んできてくれたのは、
オーナーらしい女の人だった。
四十歳くらいだろうか?あまり、年齢を感じさせないやせた体、ショートボブにした髪が
まっ黒で、印象的だった。
 
こういう店、初めてなんで、とメニューを見ながら言うと、簡単な説明と一緒におすすめの品目を教えてくれた。
サラダとパスタを一皿ずつ、栞がメインに白身魚の香草焼きを頼んで、俺は子牛のソテーを選んだ。
その間、その人は栞の顔を何度か見つめていた。
まるで、何かを思う出そうとするかのように。
 
「じゃあ、デザートはまたあとで選びます」
そう言いながら、メニューを手渡す。
「お飲物はどうしますか?」
それを受け取りながら、俺に訊ねる。
口元には、天日で乾かしたシーツのような、気持ちのいい微笑みが浮かんでいる。
「ええと」
つい、口ごもってしまう、二人とも未成年で、まして、栞は高校生だ。
そんなことを考えていると。
 
「今日はどちらかのお誕生日か何かかしら?」
今までのよそ行きの口調とは違う感じで、そう訊ねられる。
ええ、俺の誕生日です、と、その質問の意図するところのわからないまま俺は答える。
 
「そう、じゃあ、あまり強くなくて、口当たりの良いワインをプレゼントしましょう」
大きな笑顔で、そう言ってくれる。
「飲みやすいから、初めてでも、たぶん大丈夫よ」
栞に、笑顔を向けてつけくわえる。
 
 
 
 
 
そんなことを言って誘ってみたものの、俺には、その手の店に関する知識がほとんど無かった。
俺は相談できそうなやつらの顔を思い浮かべる。
 
名雪は...あまり、そういう雰囲気のよい店とかには興味がなさそうだしな。
甘い物屋とかに関する知識はかなりのものがあるが...。
 
北川は...うーん、論外って感じがするな。
安くて、量の多い店とかならよく知ってそうだが...。
 
となると、一番頼りになりそうで、一番相談したくない相手...。
香里か...。
あいつなら、すぐにいい店の一つ二つ教えてくれそうなんだけどな。
ただ、それを訊ねた時にからかわれるに違いないことを考えると気が進まなかった。
 
去年までの”同級生”から、”彼女の姉”という風に香里のことを見るようになったからだろうか?
栞に関係することで、香里を頼るのが少し億劫になっていた。
 
けれど、結局、香里を頼らざるを得ない自分が少し情けなかった。
 
 
”そうねえ、イタリア料理でもいい?”
そんな言葉と一緒に、拍子抜けするほどあっさりと店の名前と場所を教えてくれた。
”値段もそんなに高くないから、相沢君でも大丈夫だと思うわよ”
人の財力を勝手にはかるなよ、と言ってやりたかったが、事実だったので黙っていた。
香里は、俺の表情を見て、少し笑って、こう言った。
 
”ね、相沢君、楽しい夜になるといいわね”
 
 
 
 
 
「わ、さっぱりしてて飲みやすいです」
栞が、華奢なワイングラスを手にして言っている。
「でしょ、でも、調子に乗って飲み過ぎたらダメよ」
最初に来たときのよそ行きの口調ではなくなっていたけれど、でも、妙に居心地よくさせてくれる口調で、さっきと同じ女の人が言う。
 
「お料理も美味しいです」
栞も、最初の緊張がすっかり解けて、いつもの調子で、その人に話しかけている。
「ありがとう」
とても、魅力的な笑顔。
華美ではなく素朴な、作られた物ではなく自然の造形物のような、笑顔。
 
「ねえ、ひとつ訊ねてもいいかしら」
ワインのデキャンタを手に持ったままでその人が栞に言う。
「はい」
グラスを置いて、ちょっと、顔が熱くなってきました、そう言って、手で顔を扇ぐような素振りをする。
 
「あなた、お姉さんがいる?あなたよりもう少し髪が長くて、ちょっとウェーブがかかってて、もう少し背も高いかしら。」
彼女が口を開く。
栞は、少し目を丸くして、
「はい、いますよ、でも、どうして?」
「そう、やっぱり」
 
全ての謎が解けたとでも言うように、満足そうな笑顔を浮かべて彼女は言う。
 
「お姉さんも、よく来てくれるのよ」
そう言って、とても、うれしそうに栞のことを見ていた。
 
 
”ま、香里に教えてもらった店だからな、香里もよく来るだろうな”
二人の会話を聞いて、そんなことを思いながら、俺はあらためて、栞を見つめる。
 
出会った頃より長くなった髪の毛、健康的な顔色、よく輝く瞳、柔らかそうな艶のある唇。
そういえば、今日の服は、かなり大人っぽい気もする。
そう言われれば、見た目や雰囲気も香里に似てきた気がする。
 
 
髪の毛を纏めた、大きなリボンの形の髪飾りに目が止まる。
今の栞によく似合っている。
少女と言うには、もう遅すぎるのかもしれない。
女の人と言うには、まだ早すぎるのかもしれない。
 
そんな、微妙な時期にいる栞。
 
このままここに留めておきたいような、早くもっと大人になった姿を見てみたいような、
そんな相反する気持ちを感じる。
 
 
”俺、変なこと考えてるな”
頭の片隅で、そんなことを思う。
”アルコールのせいだろうか”
そんなことも思う。
 
 
 
 
 
 
−−−−−−−−−−−−−−
 
 
 
 
 
 
「また来てくださいね」
 
最後までやさしい笑顔で言って、わたしたちを送り出してくれた。
すごく感じよく年齢を重ねた女の人。
お姉ちゃんがよく行くっていうのもわかる気がする。
店全体の雰囲気、あの人の雰囲気、そういうものが、すごく、体に馴染むから。
 
 
初めてのアルコールで火照った肌に、十月の半ばの風が気持ちいい。
 
「祐一さん、ごちそうさまでした」
彼の隣を歩きながら、そう言って、彼を見る。
 
「ああ、どういたしまして」
 
「でも、すごいよな、あの人、一目で栞と香里が姉妹ってわかったみたいだな」
本当に感心するように彼が言う。
 
「最近のわたしって、すこし大人っぽいですからね、当然ですよ」
ちょっといたずらっぽい調子で言って、彼の腕に自分の腕を絡める。
少し鼓動が早くなっているのがわかる。
 
 
彼は笑って何も答えない。
いつもなら、”何言ってんだ、その辺の中学生でも、十分通用するぞ”とか、言うくせに。
じっと、彼の横顔を見つめて、言葉を待つ。
 
 
わたしの視線に気づいて、彼が慌てて視線を逸らす。
 
そして、真新しい腕時計に目をやる。
 
「まだ、時間、大丈夫か?」
目を逸らしたまま訊ねられる。
 
「えっと」
わたしは、彼の左手を掴んで、腕時計を見ることが出来る位置まで持ってくる。
黒い革のベルト、盤面に月の満ち欠けが表示されるアナログの時計。
わたしが選んだ彼へのプレゼント。
 
「すこし、酔い覚まししてから帰りたいです」
腕を組んでない方の手を頬にあてながら答える。
まだ、頬が火照っているのがわかる。
 
 
 
 
 
「大丈夫か?栞」
わたしの家に程近い公園。
時間的にはまだ二年も経っていないけれど、もう、ずいぶん前に感じる、あの冬。
あの冷たい雪の中で二人で過ごした場所。
 
世界の終わりを迎えるために、二人の時間を終わらせるために、訪れた公園。
 
でも、そんなかなしい記憶でさえも幻のように過ぎ去って、今では、心の奥底で静かに眠りについている。
 
 
「えっと、ちょっと心臓がドキドキいってるかもしれません」
右手を左胸にあてながら答える。
 
 
あたたかくて雰囲気の良い店。
美味しいお料理。
気持ちのいい店の人。
はじめてのワイン。
そして、目の前には大切な人。
 
あの頃のわたしには想像もできなかったこと。
あの頃のわたしには思いもよらなかったしあわせのかたち。
 
「寒くないか?」
 
十月の半ば、この街では、そろそろ冬の色が濃くなる季節。
真っ白に覆われる冬の前に、街が本来どんな色なのかを目に焼き付けるための、準備期間。
 
「少し、寒いです」
 
嘘だった、彼に肩を抱いて欲しかったから、顔が火照って、胸もドキドキして、
本当はちょっと暑いくらいだったけれど。
 
 
望んだ通り、彼がわたしの肩を抱いて、そっと引き寄せてくれる。
噴水が勢いよく噴きあがって、細かい水しぶきが、常夜灯にきらきらと輝く。
ひとつひとつが、クリスタルの結晶であるかのように。
きらきらと輝いて、さまざまな形をわたしたちの目に焼き付けて、静かに消えてゆく。
 
 
「悪かったな、ワインなんか飲ませて」
彼が、わたしの頬に触れながら、やさしく言ってくれる。
「ううん、美味しかったよ、ワイン」
 
「それに、大人になったみたいでうれしかったし」
「そうか」
小さく笑ってくれる。
 
「ね、祐一さん」
「なんだ?」
 
「ありがとうって言いたいよ」
「俺にか?」
「ううん、違うよ」
 
そっと、頭を彼の胸にあずける。
彼の鼓動が伝わってくる。
少しだけ、まだ、わたしの鼓動の方が早いな、そんなことを考えながら言葉を続ける。
 
「祐一さんのお父さんとお母さんに」
彼が疑問の表情を浮かべている。
「”祐一さんをこの世界に送り出してくれてありがとう”って言いたいよ」
 
そうか、とつぶやいて、彼がわたしの顎に手をそえる。
あたたかな手。安心できる他人の温もり。
わたしにいろんなしあわせのかたちを見せてくれる、私と一緒にいろんなかたちのしあわせを探してくれる、大切な人の感触。
 
わたしはそっと、目を閉じる。
唇が触れるその前に、一回だけ口を開く。
 
「お誕生日おめでとう」
 
あたたかい唇、すこしだけコーヒーの匂いがした。
 
 
 
 
 
 
−−−−−−−−−−−−−−
 
 
 
 
 
 
「ねえ、祐一さん、さっきのキス、コーヒーの味がしましたよ」
 
噴水の公園からの帰り道。
栞の家まであとわずかの距離。
 
やっと、頬の火照りのひいた俺の大好きな女の子がそう言う。
 
「そうか、俺は相変わらずバニラの味だったぞ」
 
「わ、やっぱり、こういう会話って照れますね」
 
そう言って、下を向いてしまう。
夜目にもわかるくらい耳が赤くなっている。
リボンをかたどった、大きな髪飾りが目立つ。
 
「栞、それ似合ってるな」
うれしそうに顔を上げて、うれしそうに大きく笑って、
「はい、お気に入りなんですよ、今日初めてつけたんです」
 
 
たとえば、俺に見せるために髪を飾ってくれたり、
俺に会うために何を着るのかを迷ってくれたり、
そういうことに思いを費やしてくれるのが、とてもうれしい。
 
もちろん、そのままでも十分かわいいんだけど、会えるだけでもうれしいんだけど、
でも、俺のことを頭に描いて何かをしてくれる、そういうことがとてもうれしい。
 
 
今までは、気がつきもしなかったそういう感情。
誰かと一緒に時間を過ごしていけるから気がつく、些細なよろこび。
そういうことを埋もれさせることなく感じていきたい。
柄にもなくそんなことを考えてしまう。
 
 
「送ってもらってありがとうございました」
家の門の前、栞が俺の方に向き直って言う。
 
「ああ、プレゼントありがとうな、栞」
「どんどん使ってくださいね、それ」
「ああ、どんどん使わせてもらうぞ」
 
 
「ね、祐一さん」
栞が、白い門扉に手をかけながら言う。
「なんだ?」
 
「今日はうれしかったです、祐一さんと一緒にあのお店に行けて」
 
俺は頭に手をやって、少し迷ったあとで言う。
 
「いや、あの店はな」
「お姉ちゃんに聞いたんですよね?」
 
「わかってたか」
「はい、でも」
「ううん、だからこそ、かな、うれしかったです、祐一さんとあのお店に行けたことが」
 
門扉にかけてた手を顎にあてて、
 
「うまくいえないんですけど...」
 
「でも、とってもうれしかったです」
 
笑顔で言ってくれる。
この笑顔は、昔も見たなあ、そんなことを考える。
初めて、中庭で話したとき、雪に閉ざされた中庭で、何時間も俺を待ってくれていたとき、
そのときに見せてくれた笑顔にとてもよく似ていた。
 
 
「よし、じゃあ、今度は栞の誕生日に行こうな」
「はい、楽しみです」
 
 
 
「私もそのうち連れていってね」
 
突然の言葉に俺と栞が振り返る。
香里が、俺たちを見ながら腕を組んで立っていた。
 
「ごめんね、邪魔はしたくなかったんだけど、いつまでも家に入れなそうだったから」
屈託なく笑ってそう言う。
 
 
「ああ、こっちこそ悪かったな、久しぶりだな、香里」
何とか体勢を立て直して、俺は言う。
「今週の金曜日に大学で会ったわよ」
香里は容赦なかった、微笑みを浮かべたまま、そう返される。
 
「いや、ここでは、久しぶりってことだ」
「ここで会うのは初めてよ」
瞳にはいたずらっぽい光が浮かんでいる。
 
 
栞が、俺の言葉を聞いて笑っている。
 
俺も思わず笑ってしまう。
 
三人で、声を合わせて笑う。
 
 
 
 
 
 
今、この場所から見れば当然のように見える道のりも、
その出発点に立って見てみれば、先の見えないような曲がりくねった道で、
進んでいくのには、多くの分かれ道や、障害を越えなければならない。
 
その辿ってきた道のりを忘れないでいれば、そこで感じとったいろんなことを憶えていれば、
俺たちはいろんなしあわせを見つけることが出来るだろう。
 
 
たとえば、初めて飲むワインの中に、
 
たとえば、初めて行く素敵なレストランに、
 
たとえば、恋人がくれる小さなキスの中に。
 
 
そして、大切な人たちがそばにいてくれる限りは、
きっといろんなしあわせのかたちを見つけることが出来るんだろう。
 
今の俺には思いもつかないようなしあわせが、きっと俺を、俺たちを待っていてくれる。
そんな気がしている。
 
 
 
 
 
「じゃあ、またな、二人とも、おやすみ」
 
そう言って、軽く手を挙げてあいさつをする。
 
「おやすみなさい、相沢君」
「おやすみなさい、祐一さん」
 
二人で声を合わせてあいさつを返してくれる。
 
 
 
 
 
「あ、そう言えば」
 
 
二、三歩すすんだところで、声をかけられる。
ゆっくりと振り返る。
 
 
 
 
「お誕生日おめでとう、相沢君」
 
 
 
 
 
 
にっこりと微笑んだ香里の顔は、栞の笑顔によく似ていた。
そう言って笑った香里を見る栞の微笑は、香里の笑顔によく似ていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
END 

 
【初出】1999/8/29 Key SS掲示板
【One Word】
栞と祐一は書いていて楽しいです。
敬語と普通の口調の間を行ったり来たりする距離感、その微妙な感じがいいですね。
自分で書いていうのもなんですが(苦笑)
この、SSの世界の香里は北川くんとつき合っているという設定ではありません。
では、誰と?と訊かれると困るのですが...。


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