『 君が ボクを 知ってる』
 




 
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うぐぅ、やっぱり直らないよ、
さっきからずっと気になっているのに、
右側の横の髪の毛、ちょっとはねてる。
お店のウィンドウに映して直してたら、中の人に変な顔されちゃったよ。
 
はあー、もう、湿気が多いせいだよ。
ボクはうらめしげに空を見上げる。
もう、梅雨も終わりだっていうのに、すごい雨。
今日は朝から、強い雨が降ってた、蒸し暑くて、ちょっと嫌な感じの日。
でも、とても楽しみな日になったんだ。
朝、学校に行くときに祐一くんがこう言ったから、
「あゆ、俺、今日学校早く終わるから、どっか行くか?」って。
ボク?
ボクはもちろんこう答えたよ。
大きく笑って、「うん、」って。
 
それにしても遅いよ、祐一くん、自分で誘ったくせに。
駅前のベンチもこんな雨じゃ、座る人もいなくて、
土砂降りの雨にただ洗われてるだけ、ボク達の大事な待ち合わせ場所、
でも、この雨じゃあ、仕方ないよね。
だから、ボクは駅ビルの、張り出した屋根の下で待ってる、
赤い傘をさして。
 
ボクはとても長い間眠っていたんだ。
とてもとても長い夢の中にいたんだよ。
細かいことは忘れてしまって、小さい頃の記憶、まだ眠る前の記憶と、
夢とが混ざっちゃって、だから、ときどき不安になるんだよ。
ボクがホントは誰なのか、わからなくなったりするんだよ。
 
ボクが眼を開けたとき、男の子がいたんだ。
ボクの眼の前で泣いてたんだ。
そんな大きな男の子、ボクは知らなかったけど、でも、なんだかあったかな気持ちになった。
そして、ボクも泣いちゃったよ。
 
それからの何箇月かはとてもつらかった。
だって、とても長い間寝てたからね。
体を動かすだけでも大変だったよ。
でもね、ボクはすごく「幸運」なんだって、
普通は、こんなに早く動けるようにはならないんだって。
お医者さんが言ってたよ。
「奇跡のような回復力です。」って。
ボクはなんだか、嬉しいような悲しいような気持ちだった。
だって、奇跡のような回復力って、とてつもなく丈夫ってことだよね。
なんか、それって、女の子っぽくないよね。
 
ううん、ホントはわかっているんだよ。
感謝しているんだよ、ボクがここにいられることに。
たくさんの人が望んでるのに、なかなか手に入らないことがボクには起こったんだって、
とっても、感謝しているんだよ。
自由に動けて、大好きなたいやきを食べれて、毎日毎日笑えることに。
ホントに感謝しているんだよ。
 
全然雨止まないよ。
傘をさしていても、肩が濡れてしまうぐらいの強い雨。
駅前の時計がもうすぐ4時になる。
薄暗くて、さみしい感じ。
遅いよ、祐一くん。
 
病院を出てから、
ボクはその男の子と一緒に住むことになったんだ。
秋子さんっていう、とってもやさしい人、
秋子さんの娘さんの名雪さん、その四人で暮らしているんだ。
みんなやさしくしてくれるよ、
男の子はときどきボクをからかうけどね。
 
ボクはその男の子のことを少しずつ思い出したんだ。
ゆういちくん、っていう名前、
その名前を昔何度も呼んだことがあるのも思い出したよ。
ボクが眠りにつく前に、小さい頃に遊んだことも、少しずつ思い出したよ。
でも、長く考えると頭が痛くなる、とてもとても痛くなる。
そんな時には、秋子さんが言ってくれるんだ。
”ゆっくりでいいのよ、時間はたくさんあるんだから”って。
なんでかな、その言葉を聞くとボクは泣きそうになっちゃうんだ。
悲しくなんてないのにね。
その言葉と、隣で笑ってくれる男の子、祐一くんの顔を見ると泣きたくなっちゃうんだよ。
変だよね。
 
一人で寝ていると、夜中にとても怖くなることがある。
なんかの拍子に、夜眼が覚めて、一人きりだととても怖くなるよ。
なんだか、二度と明るい場所に行けないような気がするんだよ。
そんなときには、秋子さんの部屋に行くんだ。
秋子さんはすぐに起きてくれて、ボクの頭をやさしく撫でてくれるよ。
そして、一緒に眠るんだ。
とてもあたたかくて、
たぶん『おかあさん』ってこういう感じなんだね。
 
お勉強もしてるんだよ、少しずつだけどね。
家で教えてもらうんだ、秋子さんがお休みのときは、秋子さんに。
お仕事のときは、秋子さんのお友達のおばさんに。
この前、面白いことを教わったんだよ。
”刷り込み”っていうんだけどね。
鳥のひなは生まれてはじめて見たものを親だと思って、ずっと後をついて回るんだって。
ボクが目を覚まして最初に見たのは祐一くんだから、
ボクには祐一くんが刷り込まれてるのかな?
そんな話を晩ごはんのときにしたら、
祐一くんは”バ、バカなこと言うなよな、あゆあゆ。”って言って、
またボクをいじめたよ。
でも、ちょっと嬉しそうで、ちょっと照れてるみたいだった。
 
うー、それにしても遅いよ、祐一くん。
長い間一人きりだと、泣きたくなっちゃうよ。
不安になっちゃうよ。
ホントは全部夢なんじゃないかって、
ボクのこと知ってる人なんか一人もいないんじゃないかって、
そんな気持ちになっちゃうんだよ。
 
駅前の時計が4時半を回って、辺りが薄暗くなってくる。
暗いのは嫌なんだ。
とっても不安になるんだよ。
それでも、ボクの頭の中には待ち続けることしかなくて、
はねてる髪の毛を直そうとまたウィンドウを覗いてた。
 
「何やってんだ、あゆあゆ、いくら覗いても急に美人にはならないぞ。」
そう言う声が聞こえてきたよ。
 
ボクはとっても安心したんだ。
とっても、とっても、ホッとしたんだ。
 
「うぐぅ、遅いよ、祐一くん。」
「わるいな、担任の奴に呼び出し食らっちゃってな。」
「極悪人だからだよ。」
「そんなに誉めるな、あゆあゆ。」
「うぐぅ、誉めてないよ、それにあゆあゆじゃないもん。」
 
とってもとっても不安になったり、
すごく悲しくなったりしても、
でも、ボクはだんだん泣かなくなるよ。
だんだん、だんだん、つよくなれるよ。
 
「ばか、何泣きそうな顔してるんだよ、俺がいじめてるみたいじゃないか。」
 
「いじめてるよ、かわいい女の子を雨の中で待たせて、」
 
”かわいい女の子かどうかはともかく”って言った後で、
祐一くんがこう言うんだよ。
 
「よし、あゆあゆ、今日は特別に何でも食いたいものをおごってやるよ。」
 
ううん、おごってくれなくてもいいんだよ、
そばにいてくれればね、
そばにいて言ってほしいことがあるんだ。
 
「うぐぅ、おごってくれなくていいもん、」
 
「じゃあ、なんかしてほしいことはあるか?」
 
「お詫びに?」
 
「ああ、お詫びに。」
 
「じゃあ、ボクのお願い。」
 
「よし、言ってみろ。」
 
「じゃあ、言います、」
 
「おうっ。」
 
「ボクのこと、呼んでください。」
 
「はっ?」
 
「ボクのことちゃんと名前で呼んでよ〜。」
 
「そんなことでいいのか?」
 
祐一くんはそんなことって言うけどね、とっても大事なことなんだよ。
 
ボクには大事なことなんだよ。
 
どんなに時間が経ってしまっても、
たくさんの思い出の中に埋もれてしまっても、
君がボクを呼んでくれれば、
ボクはかならず振り向くよ。
 
君がボクを見つけてくれれば、
ボクはかならずこたえるよ。
 
君がボクを憶えててくれれば、
ボクはにっこり笑えるんだよ。
 
 
「よし、じゃあ、遊びに行くぞ、」
 
 
「あゆ」
 
 
「うんっ。」って言って、
にっこり笑って、ボクは祐一くんの傘に入るんだ。
祐一くんはなにか言いたそうだったけど、
ボクの顔を見て、やめたみたい。
 
 
土砂降りの雨の中、ふたりでひとつの傘をさして、ふたりともびしょ濡れで。
もうひとつ傘持ってるのにね、
他人が見たら、ばかみたいだよね。
 
でも、やっぱりうれしいんだよ、
祐一くんのぬくもりが、ボクの肩から伝わってくるから、
 
 
ボクはもう、一人じゃないから。
 
 
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END


 
 
 
【初出】1999/7/13 【修正】1999/7/15
【One Word】
あゆです。なぜか、あゆですね。
この作品は、『わかってもらえるさ』と同じ日のあゆと祐一です。
俺、ホントにこういうの好きなんですね。(苦笑)
タイトルは偉大なR&Rバンドの曲名からもらいました。
オリジナルは「ボク」ではなく、「僕」ですがね。
(1999/7/15)
 


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