自分らしく生きて行くのに…


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Posted by エクスカリバー on 1999/09/28 06:09:42:

    『Say “Merry Christmas” to me』3部作、読ませて頂きました。
    Swingin’ Daysのクライマックスに相応しい物語だったと思います。

    愚かな、とても愚かな4人の男女の物語だったと感じています。
    初めから目の前にあった筈の答え、もはや受け止めていたはずの答え。
    その答えからも、そして自分自身からも逃げ出して、また再び同じ答えを捜し求めている。
    そんな愚かな人間達の、かつて逃げ出した、そして今また逃げ出そうとする自分に必死に抗おうとする実に滑稽な様子が、心を強く打ちました。

    何故なら、それが人間だから。

    今手にした答えが最良の答えなのか、人にそれを確かめる術はありません。
    だから迷って、一度その答えから距離を置いてみて、悩んで。
    何度同じ答えを手にしても、また人は迷う事になります。
    その答えを選んだ自分に自信が無いから。
    事の大小問わず、人が同じ過ちを繰り返す背景には、答えを、他人を、それ以上に自分を信じられる強さを、人がいまだ持ち得ないからだと私は思っています。

    「信じられる"強さ"」
    強さと言う物を否定して来た私から、こんな言葉が出てくるのは可笑しいかもしれません。
    ですが最後に書き込みをしてから一月、私にも様々な考えに触れる機会があり、その中で私の答えも変わってきました。
    前回の書きこみの中で述べた「お互いを想う心」とは、「相手と、相手を好きでいる自分を信じる事」です。そして、「信じる」事には"強さ"が要ると言う事もまた、事実だと私は思いました。

    「信じる」から"強くなれる"のか、
    "強い"から「信じられる」のか、

    「本音を言い合えない仲は恋人ではない」という考え方には、
    「本音を言い合っても大丈夫だと信じられない関係は恋人ではない」と言う事です。
    勿論、盲目的に相手の全てを信じきることが良い事だとは思いません。
    ですが、相手と、相手を信じている自分くらいは信じられなければ、真実の愛(笑)は得られないのでは、そう私は思います。

    だから、もし香里が先生を選んでも、
    北川が理恵を選んでも、その選択自体に良し悪しは無かっただろうと私は思います。
    その決断と、決断を下した自分を信じられれば。
    香里が北川に光を見つけたのと同じ事ができれば。
    時間を戻すと言うような表現がありましたが、戻した先にあの頃は見つけられなかった物を見つける事ができるなら、それも一つの選択だろうと思います。
    「逃げ出す」事は決して悪い選択ではありません。
    逃げた先に答えが見つかるのならば。

    それでも本作で香里は北川を選びました。
    香里が北川に一番大きな光を見つけたから。
    北川を好きな自分しか、香里は信じる事ができなかったから。
    そしてそれは北川も同じ事です。
    お互いと、お互いを信じている自分を信じる"強さ"を手にした2人は、距離と言う空間と戦う事ができるでしょう。
    本作以前の二人では、おそらく戦う前に敗北していたでしょうから。

    "約束"は、そんな2人が距離と戦うための武器です。
    縛られるのではなく、信じる事。
    距離に勝利するためには、それが一番大事だろうと私は思います。



    これでS.Dを完結させても、私としては支障ないような気がしますが、HIDさんが続けると言うのであれば、私はそれを楽しみに待つだけです。
    他のシリーズも含めて、頑張って下さい。
    私は、貴方が嫌だと言うまで付き合います。
    それでは、また…。


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