| 幕間えっせい 平成11年6月 傘について 雨が多い季節となりました。梅雨時は蒸し暑く不快な日も続きますね。鬱陶しいこの時期、少しでも晴れやかな気持ちで過ごすための道具立てに雨具があります。レイン・コートや雨靴、傘など自分のお気に入りを手に入れたら雨の日も待ち遠しくなることでしょう。和装用の雨ゴートや雨下駄、蛇の目も風情があっていいですね。雨具の中で私が最も好きなものは傘です。 お芝居の中でも傘は効果的に使われています。たとえば『青砥稿花紅彩画』(あおとぞうしはなのにしきえ)の稲瀬川の勢揃いの場面 で白波五人男がそれぞれに傘を手に登場して威勢を張ったり、『助六由縁江戸桜』(すけろくゆかりのえどざくら)では助六が例の紫の鉢巻に蛇の目傘のいでたちで伊達男ぶりを発揮する一方、花魁の揚巻は花道からの出の時、お付きの若い衆に大きな朱塗りの傘を差しむけられ豪奢に登場します。また、『髪結新三』では永代橋の場面で新三が差していた傘で忠七を打ち付けて、七五調の「傘尽くし」の名台詞で悪道ぶりを見せつけたり・・・と枚挙にいとまがありません。また、舞踊でも誠に絵になる道具立てとして使われていますし、現代のドラマや映画でも効果的に使われているように思います。傘は実用品としてだけでなく、どこかストーリー性を感じさせるような所に魅力があるよう思います。 傘はよく失くすから適当な物しか買わないという方も多いかと思います。私も以前はそうでした。電車やバス、行った先などで今まで何本の傘を失ったことか。しかし、思い入れ充分の気に入った傘を手に入れてからというもの、手放すまいという執念からか、傘を失くすことはなくなりました。今、思い返してみると失った傘たちにはどこか少し好きになれない点があったりして、やはり縁がなかったのかな、と思います。傘に限らず、正当な思い入れと一点の曇りもなく好きと思えるものは不思議と自分から離れていかないものなのではないでしょうか。 前回にも少し触れましたが、私のお気に入りの傘の一つにあじさいの傘があります。これは折りたたみ式のもので、4年ほど前に購入しました。その頃、傘をずーっと捜していたのですがなかなか気に入ったものがありませんでした。たまたま目にしたデパートのセール品のワゴンの中に見つけたのがこれでした。大好きなアジサイの柄は梅雨時にぴったりですし、白地というのもさわやかで珍しく一目で気に入りました。セール品だし、この機会を逃すと2度と手に入らないだろうと思って即決。実は失くすかもしれないと思い2本手に入れたのですが、まだ両方とも健在です。それからしばらくして、私が傘にますます興味を持つようになるきっかけとなった展覧会に出会いました。名古屋の御園座へ行った折、時間が空いていたので伏見のINAXギャラリーへ立ち寄りました。(東京・京橋にも同ギャラリーはありますが、名古屋の方は地元の文化をユニークな視点で取り上げた独自の企画展が多いようです。)そこで「傘」と題した展覧会が行われていたのです。展示には歌舞伎の白波五人男が差しているあの傘や、美しい色の美濃和紙が貼られた和傘やお茶の野点に用いられる爪折れ傘などが出品されていました。けれど、特に貴重な傘ばかりというわけではなく、大正時代や昭和初期に一般的だった傘なども展示されていました。私はそこで初めて傘の各部の名称、例えば傘の先端部分を「石突き(いしづき)」、骨の先端の雫が流れ落ちる部分を「露先(つゆさき)」ということを知りました。なんともきれいな響きではありませんか。洋傘の展示品を見ると、柄の部分はもちろん石突きや露先の意匠が実に凝っているのです。彫りを施した立派なもの、鋳型を使って模様を押し出したものなど。女物の傘は露先もぽってりと丸く可愛らしかったりします。それがほんの1世代前のそんなに昔のものでもなかったりするのです。 この展覧会は小規模なものでしたが、併せてとても充実した内容の図録が発行されました。和・洋の傘の歴史から、傘にまつわる白秋の詩、傘職人による傘作りの工程、果てはあの太神楽の染之助・染太郎の傘の芸まで実に幅広く取り上げられています。その中に、傘の起源についての記述がありました。世界各地の宗教的な儀式に傘(天蓋)は使われていて、古代中国では聖なる者にしか傘(天蓋)の下に入ることは許されなかったとか。つまり、天界と通信するアンテナみたいな役割として傘(天蓋)が使われていたというのです。傘から神が降りてくるというと全く畏れ多いけれど、雨の日にみんなで空に向けてアンテナを張っていると思うと何だか愉快な気がします。 この展覧会を見た後、再び傘を捜すようになりました。アジサイの傘は好きだけれど、やはり夏以降は差したくないと思ったからです。展覧会で見た少し昔の傘、手に入らないものかしらと思い、アンティーク・ショップを何件か覗いてみましたが、あってもピンとこない割に法外な値段だったり、なかなか思うようなものがみつかりませんでした。傘は誰もが持っていたであろうものなのに、消耗品だからなのか意外とよいものがないのです。 そんな折に出会ったのが豹柄の傘です。恵比寿にあるかばんのお店にほんの数本だけ入荷されていたフランス製の傘。傘にしてはちょっぴり高いかなと思いどうしようか迷っている内にとうとう1本だけになってしまいました。そして思いきって購入。柄の部分は節のある細身のまっすぐな竹。広げて見ると骨も傘の山も薄く、小ぶりで軽く、繊細な感じ。ジョルジュ・ガスパールというタグが内側に貼られていますが、フランスの傘メーカーなのでしょうか。今まで他で同じような傘を見たことはありません。私の秘蔵っ子です。この傘は当初捜していたアンティーク風のものではないけれど、全体の細身の繊細なシルエットに惹かれました。中でも最大の魅力は柄の部分です。以前、黙阿弥の散切り物の芝居を見て、小道具に出てきたパラソルがまっすぐな竹の柄で、「あぁ、そうこんなのが欲しい!」と思っていたのでした。 次に私が食指を伸ばしたのが日傘。前述したまっすぐな竹の柄が理想でした。やはり4年位前ですが、これもほうぼう探し回りましたが、ないんですね。竹ではないけれど、やっと持ち手がまっすぐなものを見つけたのは銀座・和光の2階。さすが和光です。純白の綿のレース。広げてみると傘の山がまあるく出て古風ないい感じ。1年の内、そんなに使うものではないけれど、だからこその贅沢、これこそ傘道楽というもの。この傘を差す時はなるべく見た目に涼しげできちんとした恰好をします。そうしないとこの傘が可哀相な気がするので。ところで、パラソルと言えば、戦前の女学生は飾り房のついたものを必携していたようです。遅れてきた乙女としてはなんとも羨ましい限り。ついでに夏につけるレースの手袋も1世代前までは皆さん普通につけていたようですね。これも憧れ。現在ではどうも単なる回顧趣味の「扮装」に陥りそうで気後れしてつけられないのが残念です。夏の着物姿にレースの手袋は案外合うかもしれませんね。余談でした。和光には、他にいかにもジェントルメンなイギリス製の華奢で細身の傘もありましたが、大雨には向かないものだとか。霧の都にはちょうどよい品なのでしょうね。 ![]() こうして、お気に入りの傘たちを手に入れて、もうしばらく傘を買うこともないだろうと思っていた昨年、また出会ってしまいました。 ガーリッシュな洋服を揃えている「ジル・スチュワート」というお店をたまたまひやかしていたら、私の目に飛び込んできた傘がありました。しかも1本だけしか置いていませんでした。柄の部分がアンティーク調の渋いメタルで花の模様がエンボスされています。広げてみると、大きくて「蝙蝠」といった感じ。持つとどっしりと重たいのもそれらしくて嬉しい。けれど、無骨なのではなく、生地に小さなバラの手刺繍が施されていたりします。骨も16本あります。感心しました。あれだけ探してもなかったのに、こうして流行のデザイナーがアンティーク調を細やかに再生させるなんて。デザイナーのネームもベルトの部分にそれと分からないくらいに控えめに入っているのも気が利いています。 というわけで、現在は3本(正確には4本)の雨傘と1本の日傘を時と場合に応じて使っています。 今のところ、これ以上傘を捜すつもりはありません。でも、「出会って」しまったら別なのですが。やはり縁のあるものは大切にしたいと思うので。 私が持っている傘は全て洋傘。和傘をまだ1本も持っていません。ほとんど洋服で生活している私には当分必要がないようです。用と美を見事に兼ね備えた和傘、いつかは手に入れたいと思っています。私にとって雨仕度の究極の目標は、和服に雨ゴート、雨下駄、蛇の目。そんな姿がさらりと板についた人になりたいものです。 ←戻る |