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◆新年会にて



新年も明けて日常が通常通りの時間の流れを取り戻しつつあった。HFの生徒も卒業生達も各々の故郷へ戻り、
それぞれの家庭でのんびりと時を過ごした。
そして年明けての初顔合わせ。HFで教官達と元生徒達と現役生徒達と全員でささやかながら(?)の新年会を催す事となった。
「かーったりー。何で年明け早々おっさん達の顔見に行かにゃならんのかね。」
「おっさんって・・・先生達の事そんな風に言うのお前だけだぞ。そんなかったるいなら行かなきゃいいじゃん。」
「アホゥ。美味い酒と美味い飯・・・たらふく戴かずにどうするよ。」
「やっぱりそっちだよな、スカー・・・。先生達に新年のご挨拶だろ!」
「へーへー。食いながらご挨拶するさ。」
例外もなく、この二人・・・スカーとジェイドの元にもお呼びの連絡は入っていた。片や真面目にとらえ、片や不真面目にとらえる。
行く気全く0のスカーであったが、ジェイドの小言と必ず飲み会になってしまうであろうことを考えると行かざるを得ない。
酔っぱらってしまうジェイドが見せる、まるで【天使の笑顔】と多少の酒癖の悪さ(惚れた者から見たら可愛いと写るようだ)。
隙だらけになり、自分が見ていないと危なっかしい。
そんな風に思われているとは知らず、ジェイドはスカーの腕を引っ張りながらHFへと連れて行った。


「よー。やっぱ来たかバカップル。」
HFについて早々、彼らが出会ったのはバッファローマン。生徒として過ごしたHFの内部を懐かしく感傷に浸る間もなく
リアルに引き戻される。
「せ・・・先生!なんですかそのバカップルって。そ、そんな変な事言わないでくださいよ!誰かに聞かれたら・・・。」
「バカは余計だろが!年明け一番あんたと会うとは・・・今年はお先真っ暗かよ。」
「お先真っ暗か!こりゃめでてぇな。うはははは。」
「何がめでてぇだ!」
会うや否や、憎まれ口を叩き合うスカーとバッファローマンであるが、表情は穏やかだ。
二人の変わらぬ言い合いを横で聞いているジェイドもどこか綻んだ笑みを浮かべている。
「ところで・・・何で牛先生はそんなキチンと和服着てんだ?」
「アホゥ。【正装】してこいと通達してあっただろうが。正装して来ないと入れねぇぞ。・・・お前ら普通と変わらんが、
まさかその格好で来たんじゃねーだろーな?」
「はぁ?!何だその【正装】って?」
「ちゃんと持ってきましたよ。・・・え?スカー?」
「は?持ってきたぁ?」
「俺はスーツ持ってきてるけど・・・そういやお前荷物ない・・・。」
「知るか。そんな事聞いてねぇぞ。おい、俺の分も持ってきたんだろうな。」
「何で俺がスカーの分まで持って来ないといけないんだ。ってスーツとかって持ってる・・・?」
「ある訳ないじゃん。」
堂々と言ってのけるスカーに項垂れるジェイド。一着位は持ってろと言いたげな視線を向ける。それを受けて少しムッとする。
「着る機会なんざ、今までこっちはありませんでしたからねー。まぁいいや。センセイ貸してくれ。」
「は?何で俺のお前に貸すんだよ。サイズ合わねーってば。」
「別にあんたのじゃなくてだな。ホラ、レンタルとかあるだろ?」
「ない。」
「へ?」
「お前なー。ここは学校ですよ?貸衣装屋じゃねーんだ。」
「じゃ・・・じゃあスカーは・・・?」
恐る恐るジェイドがバッファローマンに問いかける。腕を組んでバッファローマンはキッパリと言ってのける。
「お留守番決定。入れないぞお前。」
「何―――――?!ここまで来てやったのに何だそれはーーーー!」
スカーの叫びが一面に響き渡る。そんな事は聞いてない、だとか、これが俺の正装だ、とか、まくしたてるスカーと
それを楽しげに受けては返すバッファローマン。何とかしろと言い合ってる最中に声がかかった。
「相変わらずお前らは賑やかしいなー。」
「おー、ウルフ・・・お?!」
「レ、レーラァ!」
その人物を見てジェイドの目の色が変わる。師匠の姿を捉えて喜びに満ちあふれている。
スカーを尻目にブロッケンJrの元へ駆け寄っていく。
「お久しぶりです!お元気そうで・・・。どうされたんですか?レーラァも新年会に招待されたんですか?」
「お前こそ元気そうだな。少しは・・・逞しくなったみたいだな。」
「そんな・・・有り難うございます!」
「その姿見れただけでも俺はいいのだが・・・来いと煩くてな。まさかウルフが迎えにくるとは。」
と、チラリと視線をバッファローマンとウルフマンに向ける。
「おいおいおいー。俺が行くと邪険でなんでウルフだとokなんだぁ?」
「人柄の差・・・?」
「ブロッケーン!」
「まぁまぁ。やっとブロッケンJrも来てくれたんだ。早く会場の方へ行こう。ジェイド、来賓室に案内してあげなさい。」
「はい!」
久々の師匠との対面に、喜びを隠しきれないジェイド。ブロッケンJrの荷物を取り楽しげに話しながら建物の中へ消えて行く。
それを呆然と眺めるスカーとバッファローマン。
「おい・・・お前ら大丈夫か?」
取り残された男二人の覇気のない姿に、こみ上げる笑いを堪えながらウルフマンが声をかける。
「おい・・・おっさん、あの師匠なんとかしろ!いつまで弟子べったりなんだよ!」
「うるせぇぞ!弟子が師匠べったりじゃねーか!」
「落ち着けよお前らー。師弟の久々の対面なんだから邪魔すんな。・・・で、さっきからここで何を騒いでいたんだ?
突っ立ってないで中に入ればいいものを。」
その言葉ではたと気がつく。そしてスカーはウルフマンを対峙して自分の背丈と比べてみる。
「あのさぁ・・・正装用の服貸してくんねぇか?」
「・・・忘れたのか。」
「牛先生に言っても貸してくれねぇし、入らせてくれねーし。」
「忘れる奴が悪い。それになー、俺の服のサイズじゃお前ブカブカでみっともないっつーの。」
「うーん・・・。俺の服でもワンサイズ大きいのがあったな。着物だが着るか?」
「ありがてぇ!何でもいいさ。さすがウルフ先生、話が分かってくれるぜ!」
「ウルフ、コイツはお調子者だからあんまり甘やかすな。まぁ・・・今日はグチグチ言う日じゃねーか。
おら借りてさっさと着替えてこいよ。」


HF内。通常は講義をする広い教室なのだが、この日は机も椅子も引っ込められて広い空間になっている。
まるでホテルでのディナーショウ如く白いクロスがかけられた丸いテーブルが一定の距離毎に置かれていた。
ワイングラスから通常のグラス、白い皿が数枚ずつ重ねられている。壁側には豪華な料理が色とりどりあった。
「本当は座敷にして日本的に【おせち】をしたかったのだが・・・。」
その空間を一望して、少し残念そうな事を口にするのはロビンマスク。校長でもある彼が、押し切ればこのような
内部だけでのイベント事等好きに出来るはずだったのだが・・・。
「すれば良かったじゃないか。」
先に案内されて久々の友人との対面で話をしていたブロッケンJrが横に立ち言う。
「座敷にするとな・・・変にくつろぎすぎて収拾がつかなくなるのだ。お前は誘っても来なかったが数年前のは酷かったんだぞ。」
くすり、と笑って肩をすくめる。
「バッファとラーメンマンはざるだからとことん飲むし、あげくには大バクチ大会を始めるし。キン肉スグルはカラオケだと言って
マイクを離さないし、歌を聞かせれ続けてテリーは怒って乱闘になるし。」
「ははっ。居なくてよかったな、その場に。」
「そう思うだろ?今日は生徒達も招いてる事だし、仮にも教官達の醜態は見せられないからな。」
「全くだな。ああ、ラーメンマンは元気か?ここに来てまだ姿を見ていないな。」
「相変わらずだぞ。まだ教官達の部屋にいると思う。会ってくればいい。」
「そう・・・だな。」
「お前が会いにきてくれた、と喜ぶぞ。まぁあんまり感動の再会をしすぎてバッファを刺激するなよ。」
「あいつは・・・甘やかすと癖になる。」
「これは手厳しい。」
クスクス笑うロビンに肩をすくめ、手を軽く振ってブロッケンJrは背を向けた。


その頃ウルフマンの部屋にて。
「よーし、これで終わりだ。なかなか似合うじゃないか。」
「そら元がいいから。ってか、面白いなー、着物ってよ。こうやって着るんだな。なぁ、侍とかはどこに刀さしてんだ?」
分かり易い程の和式の部屋。姿を見る為の縦長の姿鏡に自分を映して、スカーはいたく満足気であった。
体躯に恵まれ過ぎているので、かなり和服の姿に迫力があり映える。
「馬子にも衣装って諺知ってるか?刀ってお前なー。ちゃんばら大会じゃねーっての。お子様かよ?おいウルフー。
そろそろ行かねーとロビンに小言言われるぞ。」
「あぁ?!」
「おお、もうそんな時間か。生徒達ももう会場にいるだろうな。では行くか。」
時計で時間を確認して出て行こうとするウルフマンとバッファローマン。バッファローマンがふと後ろを振り返りスカーを見る。
「おいスカー。何か言う事はねぇのかよ?」
「ん?・・・あぁ、有り難な。先生方。」
にっこりと笑みを浮かべて礼を述べるスカーに満足して、二人は部屋を出て行く。
スカーも上に羽織る外掛を手にして出て行こうとして、ふと鏡に写る自分を見た。
「・・・こうなったら・・・もっとしてくか。」


会場内。
既に人は集まり、あちこちで賑やかに歓談している光景が広がっていた。みんなピシっとスーツを着用している。
ジェイドもまたその中にいた。
1期生と2期生が挨拶を交わし、一つの輪になる。
「何かみんなスーツって変な感じ〜。」
と一際派手なスーツを着用している万太郎。こういった賑やかしい雰囲気と、豪華で美味しそうな食べ物が山の様にあり、
楽しくて仕方が無い。
「正装で、ってあったのにユーの正装はそれか?」
「何言ってんの〜。決まってるじゃん。新年会だよ?こう派手にパーっと!」
「派手過ぎ!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎながらこの雰囲気を楽しんでいる面々。その中にいながらジェイドはスカーの姿を探していた。
やはりここには居ない。折角ここへ連れて来たというのに、正装という事を綺麗に忘れていた。
バッファローマンの話では入れないと言っていたが、彼が大人しくお留守番をする訳が無い。
きょろきょろとしているジェイドを見て万太郎が話しかけてくる。
「ジェイド、メット外さないの?」
「え?だって正装じゃないとダメなんでしょ。」
「んー・・・そうなんだけどさぁ、ちょっと違和感あるよ。」
「そ、そうかな?」
「うーん、なんとなく。」
真剣に頷かれて、ジェイドはあまりすすまないが外してくると言ってその場を出ようする。
一段高い壇上にロビン達があがりこれから新年のスピーチが始まろうとしていた。
「うわ。早く置いて戻らなきゃ・・・!」
そっと扉を開けて、ダッシュで着替えた更衣室へと走る。急いで外して自分の衣服の上に置くと、
軽く手櫛で髪を整えて再び会場へ向かって走り出した。
会場まであと一つの角を曲がればすぐ・・・の所で鉢合わせする。
「何慌てて走ってんだ?」
「え・・・・。」
自分の目の前にいる人物を驚く様に見る。先ほどまで会場を見回しても姿がなかったスカー。
その彼が今どういう訳か和服で全身を包んでいる上に、鮮やかな赤い髪を濡らして後ろに流していた。
いつもと全く違うスカーの容貌。服を持ってきていなかった彼がどうするのか・・・という事を考えていたのも忘れて、
ただ目の前にいる彼を見る。
「ス、スカー?・・・」
「決まってんだろ、誰と思うんだよ。」
「どうした・・・んだ?その服・・・」
「借りた。」
凝視してくるジェイドににやりとして、顔を覗き込む。
「どうした?見惚れたか?」
「・・・・え?!」
一気にジェイドの顔に朱が走り、言い返そうにもしどろもどろになっている。
どうやら図星を付かれてスカーを見ないジェイドの顔を両手で包んで、スカーはジェイド口唇に自分の口唇を重ねた。
「ん・・・んぅ。」
動揺しているジェイドをあやす様に、軽く触れた後離して、そっと抱きしめてキスをする。急かすようではなく、
ゆっくりと口を開かせて舌を絡ませる。くぐもった声を出しても、ジェイドはスカーのキスを受け入れていた。
「さてと・・・俺先に行ってるわ。・・・お前顔真っ赤だぞ。落ち着いたら来いよ。」
ひとしきりキスをして満足したスカーはジェイドを離して、彼の髪を梳いて会場へと向かっていく。
ジェイドはスカーの方を見る事が出来ずに、壁に背を預けたままずるずると座り込んでいった。
「ず・・・ずるいだろ・・・。あんな格好で・・・。」
指摘された赤くなっている頬を自分の手で覆って、高鳴っている鼓動も落ち着かせようと大きく息を吐く。


「乾杯!」
スカーが会場の扉をくぐると、丁度乾杯の音頭がとられた所であった。それまで大人しくしていた元生徒や生徒達が
一斉にご馳走とお酒に群がっている。
「ぬお?もう食ってんのか、こいつら!」
後から参戦したスカーも押しのける様に奪って行く。とりあえずの量と酒を確保して、空いているテーブルへと戻る。
「あーーーー?!スカーだろ?!スカー着物着てんのぉー?」
万太郎に発見されて、一斉に万太郎が指を指す和服の赤い頭の男に視線が行く。
「ずるいーーー、ボクも着物にすればよかったーーーー!」
「うるせーぞ!俺は食うんだ。邪魔すんな。」
とは言うものの、誰も見た事がないスカーの出で立ちに注目して、わらわらと人垣が出来る。
万太郎が大声で言わなかったらスカーと気づくのに時間がかかったであろう。
和服であるが、正装してきたスカーのいつもとは全く違う容貌に視線が集まらない訳がない。
「食うっつってるんだろうが!ジロジロ見んな。ヤローに見られても全く嬉しくねぇよ。」
それでも、万太郎は引くはずもなく、着物が着たいと駄々をこねる。視線を無視して一先ず取ってきた食事を平らげると
スカーは再度料理を取りに行く。
「よーし、誰も食わねぇならこれは全部俺がもらった。」
その一言で、スカーの周りにたむろっていた者達ははっとする。滅多にありつけないような豪華な料理を目の前に、
和服の男にかまってはいられない。食欲も旺盛な年頃の彼ら生徒達はこぞって食事の方へと気を反らしていった。
「なかなかの先導だな。」
「あー・・・煩くてかなわねぇ。」
自分の周りから人垣が消え、再度食事をしているスカーの横にバッファローマンが来た。
手には升にグラスが差し込まれた酒を二つ持っている。
「ほらよ。」
「ん?何だよ・・・。気持ち悪ぃなぁ。あんたから酒を薦められるってよ。」
「今日だけだ、アホ。美味いぞー、この日本酒。」
「アホにアホと言われたくねぇな。」
いつもの言葉のやりとりにどちら共に笑みが浮かぶ。バッファローマンが奥を指差してスカーに耳打ちする。
「奥にいらっしゃるから挨拶してこいよ。」


鼓動の高鳴りがようやく治まり、ジェイドは立ち上がり深呼吸をする。角を曲がると既に歓声が会場から響き渡っていた。
「間に合わなかったな・・・。」
呟いて会場へと向かう。先ほど平静を取り戻したはずなのに、近づくにつれてまた鼓動が早くなる。
あの向こうにスカーがいる。見惚れただろ、と言われたその通りである格好のスカーが。
きっとまた見たら視線を奪われるに違いない。折角治まった鼓動も、赤くなった顔も、またそうなるだろう。
スカーとの関係はほんの一部の人しかしらない中で、まして自分の心より尊敬し敬愛する師匠もいる中で、
そうなるのは何としても避けたい。
「もう・・・!」
何かを決してジェイドは大股で歩き扉を開く。既に盛り上がっている中へ入り、
一番に酒のある所へと歩いて行った。


「どんも。」
「・・・馬子にも衣装だな。」
バッファローマンに促されてブロッケンJrの元へと来たスカー。棒読みでもいいから挨拶をしろ、
と言われたのだが相手の先制パンチにそんな事は消える。
「・・・会うなりそれかよ。あ?」
「それはこっちの台詞だろうが。何が【どんも】だ。挨拶くらいちゃんとしろ。・・・お前の出で立ちは本当の事を言ったまでだ。」
「ケッ・・・。あーそうですか。あんま関わりたくねぇけど、どーせこれからも関わってくるんだろ。
煩く言わずにひろ〜〜〜〜い心で宜しく。」
「何の嫌味だ?こっちこそお前と関わるのはゴメンだ。が煩く言いたくなる言動はどうせやらかすんだろ?」
お互いに引きつった笑みを浮かべながらの応酬を、後ろで肩を震わせながら笑いを堪えているバッファローマンがいる。
その姿をキッと睨んだブロッケンJrが怒鳴る。
「おい!バッファ!!・・・お前・・・俺たちの反応を楽しんでやがるな!貴様を面白可笑しくさせる為に会わせんじゃねぇ!!」
「おっさん・・・。」
「ククク・・・うははははは!さーすがブロッケンJrだなぁ。バレてらー。だってお前ら見てたらもう・・・可笑しくて・・・」
ヒーヒー一人笑っているバッファローマンに二人の刺す様な視線が注がれるが、動じていない。
うけまくっているバッファローマンに二人の顔が引きつり怒りの色があらまさかに出てきた。
その時、
「レーラァー。こんなとこにいたんですか〜。」
上機嫌な声でジェイドが乱入してきた。頬もほんのり赤く染まっていて、手にはビール瓶とそれが入っているコップを持っている。
「ジェイド?!」
「今まで俺をずーっと鍛えて面倒みてもらってきて・・・俺凄くレーラァに感謝しきれないほどです〜。」
そう言ってジェイドはコップに入っているビールを飲み干して、空になったそのコップをブロッケンJrへ手渡す。
そしてそれにビールをなみなみと注いだ。
「俺早く一人前になって・・・レーラァに胸はってお会い出来る様に・・・それが俺の今年の目標ですー。」
幸せいっぱいのような笑顔を向けてニコニコとしているジェイドを唖然と見つめながらも注がれたビールをとりあえず飲み干す。
空になったコップにまた注ごうとするジェイドを止めようとするが、ビールがもう入ってなかったらしい。
コップの半分まできて、ジェイドは首を傾げる。
「ああ、ごめんさない〜。もう入ってなかったー。俺取ってきます〜。」
「ジェイド、もういいぞ。の、飲む時は勝手に飲むから・・・!」
初めて目の当たりにする弟子の酔った姿に、珍しくブロッケンJrも動揺する。
師匠の制止も聞かずに、ジェイドは空き瓶を置いて取りに行こうとする。そしてスカーの姿を捉えた。
ジェイドの酒癖を知っているスカーは、あちゃ〜という表情でジェイドを見つめる。
上機嫌になり誰かまわずに笑顔を惜しげも無く振りまく彼が、もっと暴走する前にこの場を離れさせなければ・・・。
そう思うスカーの前に立ち、ジェイドは見上げてくる。
「いいなぁ・・・。」
「へ?」
それだけ言うと、ジェイドはスカーの外掛に手をかけて脱がしだした。大胆な行動に呆気に取られるスカー。
それをよそ目に脱がした外掛を羽織り、上機嫌のままジェイドはお酒を取りにコーナーへと消えて行く。
「あ・・・あいつ・・・焦った。マジ焦った・・・。」
ヘナヘナとその場にへたりこむスカーと硬直したままのブロッケンJr。足取りが危うくて、
慌てて付いて行くバッファローマンがいなくなり二人溜息をつく。
「なぁ・・・。アイツに酒の嗜み方とか教えた?」
「酒の飲み方なんぞ子供に教えるか。」
「あんたのお弟子さんはいつもあーなっちゃうんですけど?」
「初めて・・・知った・・・。っていつも?!」
自分の膝を軽く叩いて立ち上がり、視線を合わせる。片手で髪をかきあげながらスカーは苦笑した。
「そんなキツく睨むなって。無理矢理飲ましてる訳じゃねーよ。飲み事なんてあの1期生見てたらわかるだろ。
2期生同士っての飲み事あっけど、それは当然じゃねぇ?」
「・・・だからと言って・・・。」
「いつの間に飲んだんだ・・・ジェイドは・・・。」
スカーは視線を会場に巡らせる。だが、ジェイドの姿はない。そしてバッファローマンも。
「牛のおっさんもどこ行きやがった!あーくそくそ。俺がする役目だろうが。」
「役目?なんだ?」
「ジェイドのお守り。決まってんだろ。危なっかしくて見てらんねぇっつーの。」
ボソッと呟く様に言って、スカーもまたジェイドを探しに行った。


「ホラ水飲んどけ。ピッチと飲む量考えて飲めよー。」
酒のコーナーに来たはいいが、ぼーっとしているジェイドを捕まえて一先ず給湯室へと連れてきた。水を手渡すと、
ジェイドはそれを一気に飲み干した。
「大丈夫です・・・。俺まだそこまで酔ってません。」
「酔ってません、は酔った奴が言う台詞だぞ。」
「えへへ・・・。少し酔ったくらいかな?」
クスッと微笑むジェイドの頭を軽く叩いてバッファローマンも苦笑する。
「しっかし、どうしたんだ?そら今日は酒飲むの止めはしないがなー。」
「・・・だって・・・ずるいじゃないですか。」
「ん?」
コップを流しへと置いて、ジェイドは俯いて言葉を続ける。
「びっくりした・・・。あんな格好で来るなんて・・・。見惚れた?ってそういう格好してるのに、そう言うんだ。
・・・ずるいです。それにわざとレーラァの所に一緒にいるなんて・・・。レーラァに俺のそんな姿見せられない。」
告白を聞きながらバッファローマンは頭をかいた。あまりのこの教え子のラブラブっぷりにやってらんねーの思いと、
ブロッケンJrとスカーフェイスの子供じみたやり合いを見てるのが面白くて、自分が二人を同席させていたのを
目の前のジェイドが知る由もなく。
「まぁ・・・お前の酔っぱらいぷりのが奴にとったら衝撃だと思うがなぁ。」
「え?お、俺レーラァに失礼な事しました?!」
「いんや、ちゃーんと挨拶してたけどな。えらいハイテンションで。」
「う、嘘だー。」
「弟子の成長が見れていいんじゃねぇの?俺は師匠の所に戻ってるぜ。もちっと酔い覚ましてから戻ってきな。」


片手を軽く振り、バッファローマンはジェイドを給湯室に置いて会場へと戻ろ
うと廊下を歩いていると、前からスカーが走ってきた。
「おっさん!どこ連れて行きやがった!」
「何を?」
「何をじゃねぇよ!決まって・・・」
「お前のおひぃ様は給湯室にまだ居るんじゃねーかなぁ?」
「・・・はぁ?」
ニヤニヤと笑みを浮かべているバッファローマンを眉根を寄せて見る。
「ったくよ、おめぇら年明け早々見せつけてんじゃないっての。いちゃつきたい年頃はだとは分かるがなー。
時と場所を選べ。バカップル共が。」
「何だとぉ?」
スカーを追い払う様に手を振って、バッファローマンはスカーが来た方向へと歩いて行く。
「何だってんだ・・・あのおっさんは・・・って、こっちか。」
そしてスカーはバッファローマンの来た方向へと歩き出した。


給湯室で。
「スカー・・・。」
「お前なー・・・。飲む量いい加減に覚えろよ。」
姿を認識して、スカーが借りている外掛けを羽織ったままのジェイドの側へ歩み寄ってくる。
真正面に立たれてジェイドは俯いてしまう。
「あと、これ返してもらうぜ?俺も借りてんだ。」
そう言って着ている外掛けを脱がそうと手をかけると、ジェイドは体をよじってその手から逃れる。
再度脱がそうとするも、また逃れてしまう。
「おい遊んでんじゃねーよ。」
溜息を付くスカーにジェイドは両手を差し伸べて、挟むとその顔をじっと見つめた。
「ジェイド・・・?ってぇ!」
すっと手を離したかと思えば、先ほどと同じ様に両手で挟む。少し勢いをつけてはたくように。
そして、ジェイドはスカーに抱きついた。
「ずるい・・・。」
「何なんだよ、まだ酔っぱらってんのか?」
「酔ってる方がいい。酔ってたらこんなドキドキしなくて済む。」
「ジェイド?」
「煩い。そうだよ、スカーの言う通りさ。そんな格好してくるから・・・いつもと全然違うから・・・。」
強く抱きついて離れようとしないジェイド。まるで顔を見るのを避ける様に。
そんな彼の背に腕を回して、背を撫でた。それでもまだ抱きついたままのジェイドの耳元で話す。
「俺に見惚れすぎて困るか?」
「うるさいな。」
「見惚れさすようにしてんだけどなぁ?見てくれねーと意味ないじゃん。」
「・・・バカ・・・。」
すっと力が抜けて、互いに真正面から視線を合わせた。自然と口唇が触れ合って重なっていく。
体を抱きしめ直して、舌を絡めながら深く口付けを交わす。
角度を変えては互いに貪る様に激しくキスをした。
「は・・・ぁ。」
長いキスが終わり、深く艶のある溜息がジェイドの口から溢れる。更にその先の行為に移ろうと思う矢先に現実を見た。
「あ・・・やべぇ。俺着物の着方ってわかんねぇ・・・。お前知ってるか?」
「は・・・?」
「くそくそ。ヤりてぇのに服着直せなかったら・・・あれだ。いかにもで、あのおっさん達にしたり顔されんのが癪に触る。」
「スカー・・・ここに来てこんな所でするのかよ・・・。」
「お前もその気だろー?」
「・・・幻滅した・・・。」
「あぁ?幻滅も何も、俺に見惚れてるのによく言うぜ。」
「正装してるスカーにドキドキした俺が馬鹿だった。全然いつもと変わんないのに。俺あの時おかしかったのかな。」
「服変えただけで中身が変わるかっての。・・・あー、もう何で和服なんか借りてんだろ俺。」
本気の様な表情で悔しがるスカーを見て、ジェイドは笑い出す。そんなジェイドの口を塞ごうと、
スカーは口唇を奪いにいった。飽きる事無く繰り返し、吐息を漏らして身体を互いに預ける。
「ねぇ・・・。やっぱここはダメだ。皆がいるのに・・・。」
「場所変えりゃいいじゃねぇか。」
「そうじゃなくて・・・その戻ってから・・・・でも。」
「お預け食らわす気かよ?」
「お預けって・・・先週あ、あれだけしたじゃないか・・・。それに俺だって着物の着方なんて知らない。」
「ちぇ。」
そっと身体を離して距離を置く。互いに体温を感じないように。並んで横に立ち、熱を冷まそうとしてる様が可笑しくて、
クスクスと笑っていた。


「おーい、センセイ。服サンキュ。でさぁ脱ぐの適当に脱いでいいんだろ?」
宴もたけなわ、で終わりお開きになる。たらふく食べて飲んで騒いで誰も彼もが満足したようで、
人が減り始めた会場でウルフマンを見つけたスカーが声をかけた。
「おお?!何だスカーちゃんと着たままじゃないか。」
「え・・・?」
「よし!よくやったな!これは幸先いいぞー。」
「何言ってんの?酔いが脳に回ってんのか?」
握りこぶしを作りガッツポーズをするウフルマンを怪訝な顔で見ていると、そこに珍しくラーメンマンがやって来た。
「よし、これで私とウルフの勝ちだな。オッズは10倍だったよな?」
「ああ。証拠を取っておかねば。後でケチつけてきたらかなわん。」
「バッファとロビンだからな。負けず嫌いすぎるから証拠はいるぞ。」
おもむろにデジカメを取り出して写真を撮られる。彼らの行動の意味が読み取れないスカーは素直に聞いた。
「あのさぁ・・・あんた達何やってんだ?」
「ああ・・・賭けだ。怒らずに聞いてくれるか?」
「賭け?!」
ラーメンマンとウルフマンは顔を見合わせて頷く。
「お前がこの新年会が終わるまで、その着物を脱ぐか脱がないか、の賭け。」
「・・・・・・・・・はい?」
「あの二人はダメだなー。もっと生徒を信用せんと。いくらなんでも皆が集う新年会で抜け出して・・・ヤるわけないだろー。」
豪快に笑いながら、賭けに勝った事が余程嬉しいらしい教官二人。その内容を聞かされて、
賭けの対象にされていた事への怒りでどこかの血管が切れそうになりながらも、行為を踏みとどまって良かったと心から思う。
「ちょっと待て・・・。この俺を賭けの対象とはいい度胸だな・・・。怒りをぶつける前に2つ聞きたい事がある。」
「ん?」
「ウルフセンセイが何で賭けやってんだ?そして・・・言い出しっぺは誰だ・・・。」
声のトーンが低くなっていくスカー。それに気にする事無くアルコールも適度に入ってる二人は話す。
「私もバッファもロビンも一言も言ってないぞ。」
「聞いてない聞いてない。俺もにわかには信じてなかったんだがなー。ホラお前達が此所に来た時さ。
バッファと二人分かり易い程に沈んでただろー。あれで確信を掴んだ。」
「言いだしたのは・・・バッファ?ロビン?どっちかだな。年明け始めの大勝負。
ウルフの参戦はびっくりしたが・・・やらずにはおれまい!勝負師ならば。
ブロッケンJrにばれたら大事になるから私らも冷や汗ものだったぞ。」
そしてまた二人高らかに笑い出す。スカーは血管が何本も一気に切れた様な感覚をうけながら、低い声で乾いた笑いをする。
「ふざけんな、このおっさん共がーーーーーーーーーー!!!!」
スカーの怒号が響き渡り、新年会は乱闘で幕を閉じた。