SCAR FACE SITE

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◆ act.3 時の記憶


一期生との入れ替え戦、数日前。
「ジェイド」
授業を終え、部屋に戻ろうとしたジェイドを呼び止めた。
振り返り、その人物を確認して一礼する。
「ロビンマスク校長。何か?」
「スカーフェイスを見てないか?」
「スカー、ですか?見てませんが…、どうかしたんですか?」
「提出してもらわなくてはならないレポートがあってな」
「レポートですか?」
「スカーフェイスだけへの、特別レポートだ」
「特別レポート?」
「知ってると思うが、あいつは実技以外の時間まともに授業を受けていない。かといって、学科の点数はジェイドと僅差。
まぁ、問題がないともいえるが、正義超人は生活態度も、正義超人であるにふさわしいかどうかを観察されるわけだ」
「確かに、あいつの素行は良いとはいえませんからね」
「かといって、入れ替え戦は決まってしまったから、留年させるわけにもいかずにな。
それで、レポートを書くということで卒業資格を得るということにした。その提出
日が今日なんだが、全く姿が見えないものだから探しているんだ」
「わかりました。見かけましたら、首に縄をくくりつけてでも持って行かせます」
「すまんが、頼む。ところで、ジェイドの用意はもう済んだのか?」
「はい。これといって持っていくものもないですし、早くに終えました」
「そうか。用意周到だな」
そしてロビンは立ち去った。
ジェイドは後姿に一礼し、スカーを探しに行った。
「レポートか・・・仕方ないよな」
ジェイドはスカーの授業態度を思い浮かべた。
授業に出席はしていたものの、単位取得ギリギリの日数だったし、起きているのを見たことがない。寝ているのかと思いきや、
注意がてら先生に質問されるとスラスラと返答し、また、個人研究などの発表ではその知識の広さと深さに、学校一の博識家で
知られるラーメンマンを唸らせた。そして実技では、スピードはやや劣るものの、力技では右に出る者はいなかった。
実際それはジェイドが身をもって知っている。教える者としては、手を焼く生徒だともいえる。
とはいえ、ジェイドは数回話した程度の関係で、スカーフェイスは要領の良い超人だという認識しかなかった。
それに関しては、要領の良さも個人が持つ才能の一つなわけで、経験の豊富さを上手く使いこなしている、という観点を持つジェイドは
特に気にするものでもなかった。
そんなことを考えながら学校内を隈なく探すものの、スカーの姿は一向にない。
部屋にも戻っておらず、ジェイドはため息をついた。
廊下の窓からは西日が差し込み、きれいな夕焼けができていた。
窓枠にもたれながら、ジェイドは探していない場所があることを思い出した。
「…そうだ」
そして足早に、屋上へ続く階段を駆け上がった。
大きな鉄扉を開けると、差し込む眩しさに思わず手をかざした。
しばらくして目が慣れると、探していた人物の背中が長い影となり入り口まで伸びていることに気付く。
再び前を向くと、その光景にジェイドはしばらく絶句した。
廊下で何気無しに見た夕日と違い、空一面が赤く染まっていた。
(なんて赤…)
きれい、なんて言葉では言い尽くせないほどの光景がジェイドの眼前に広がる。
吸い込まれそうな光景に、ジェイドはただ立ち尽くしていた。
どれくらいそうしていただろうか?
ジェイドはスカーの声で引き戻された。
「ジェイド」
「あっ・・・」
気付けば、スカーが振り返ってこちらを見ていた。
「きれいだろ、ここから見る夕焼け」
「あ…うん」
ジェイドはスカーの元に近づき、再び空に目をやる。
一瞬の間に空はその表情を変え、先程の吸い込まれるような美しさはなかった。
「一瞬なんだよな」
「えっ」
「お前が入ってきたときの空の色は」
スカーは屋上にジェイドが来たことに気付かなかったわけではない。ただ、その空の一瞬の美しさを見逃すまいとすぐには振り返らなかったのだ。
楽しげに、それでいてどこか落ち着いて空を見るスカーを、ジェイドは不思議な気持ちで見ていた。
「なんだ?」
視線に気付き、スカーが尋ねる。
「なんか、いつもと感じが違うなって思って・・・」
「夕日なんか見るような奴じゃねぇってか?」
皮肉っぽい口調で、いつものように。
ジェイドは思わずそれに苦笑する。
「わかってるじゃないか、自分のことを良く」
「うるせーよ」
スカーは視線を空から外すことなく笑った。
その時、ジェイドはふと感じた。





あぁ
こいつはいつか遠くに行く
誰も知らないところへ
たった一人で
それを止めることも
それに追いつくことも
誰もできない
きっと誰にも





持ち前の風体と力強さに惹かれて、群れてくる者も少なくない。
けれどスカーはそれを嫌った。
きっと煩わしかったんだろう。
いつも我が道を進み、それを妨げる者も賛同する者も振り払ってきた。
スカーには相応しい生き方かもしれない、と。
「ところで」
「ん?」
「なんで、お前こんなところに来たんだ?」
「・・・あっ!!しまった」
ジェイドは当初の目的を思い出して、口早に話した。
「あー、あれね。忘れてた」
「忘れてたぁ?!どうするんだよ、今日が期限なんだろう!」
「なんとかなるんじゃねぇの?」
「なんとかじゃない!もし、卒業できなかったらどうするんだ!!入れ替え戦どころじゃないだろう!」
「大丈夫だって。入れ替え戦のことは大々的に発表したわけだし、今更卒業単位が足りませんでした、とかいって不参加になることもねぇし」
「…」
一向に悪びれた様子を見せないスカーに、あせっている自分が馬鹿らしく感じたジェイドは返す言葉を失った。
「まあでも。わざわざクラス委員長が探してくれたんだ。その労力に報いましょ」
顔を上げたジェイドの前に、いつもの不敵の笑みを浮かべるスカーがいた。
嫌味なはずの表情に、なぜかジェイドは安心感を感じた。
「さて、暗くなってきたしそろそろ戻るか」
「そうだな」
「ジェイド」
「?」
「ここに俺がいることは誰にも言うなよ。他の奴らに来られたら、うっとおしい」
「わかった。でも授業サボって、探し出してくれって頼まれたら、俺は迷わずここに来るぞ」
「いいぜ。俺とお前の秘密だ」
「ああ」
そして、ジェイドとスカーはそれぞれの部屋に戻った。
間もなくして日が暮れ、空には満天の星が輝いていた。