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◆ act.2 時の扉


(…久しぶりに、思い出した…)
ジェイドは過去を思い出していた。
幼い頃、超人である自分を実の子のように育ててくれたおじさんとおばさんのことを。
決して裕福ではないのに、自分の事を何よりも考えてくれていた。幸せだった。
こんな日がいつまでも続けばいい、そう思っていた矢先に振りかかった悲劇。
何もかもが失われ、そこに残ったものは後悔と復讐。
だが。
「人を恨んじゃいけないよ…お前はその力は、人を守るために備わっているんだ…いいね、ジェイド…」
「…人は弱いんだ…弱くて、ずるくて…だから、お前は強く生きなさい…お前は私達の子であり超人でもあるんだ…人の心を持った、強い超人に…」
ジェイドは何も考えられなかった。
自分を育ててくれたのも人間、その大切な人を殺したのも人間。
殺された人は、殺した人を恨んじゃいけないと言い残した。守って、ともいった。
人の心を持った超人。
おじさん達も人間なら、殺したのも人間。
でも、自分が殺人を犯した人間に抱いた心は、明らかにその者達と同じ心だった。
「わからない、わからないよ、おじさん!おばさん!」
呼びかけても返ってくるはずもなかった。
(…それから、俺は師匠のところに行ったんだ…)
ブロッケン師匠はジェイドに、超人としてあるべき心技体を教え込んだ。
特に心に重点を置いて。
技と体は超人として生まれつき、人より備わっている。しかし、心は違う。持ち方によって、人とは守るべきかそうでないかの判断を見誤るときがある、と。
守らなければいけないのは何か?守るとは何か?
人に助けを求められたからといって、その助けがすべて正しいものとは限らない。それが、却って人を傷つける結果にもなりうる。
それを理解するには、自分の判断とたくさんの経験が必要だと。
(…あれ?…)
ジェイドはふと顔を上げた。
(前にも聞いたことがある…師匠に聞いたときよりも前に…)
一つの疑問が湧いた。
「俺はどうして師匠のところに行ったんだろう?」
おじさん達から、生前にブロッケン師匠の話しを聞いたことはない。他の超人の話も聞いたことがなかった。
近所の誰かから聞いたのかとも思い返したが、それもない。
それにジェイドの住んでいた所は、ベルリンからは遠く離れた郊外だった。にも関わらず、ブロッケンJrの元に迷わず行けたのはなぜか。
ベルリンに行くまでにも、数々の超人はいる。その中で、なぜ師匠の下にたどり着いたのか。
ふと湧きだした疑問に考えを集中させようとするが、体に当たる冷たい雨と疼く右足に再びジェイドは目を閉じた。




暗い…
何も見えない…
このままここで、死んでしまおうか…


ガチャ


扉の開くのと同時に差し込んでくる光
ゆっくりと顔を上げ、目をやる
そこに誰かの立つ姿が見える
…誰?
眩しくて…顔が見えない


「何やってんの、お前?」
「…」
「名前は?」
「…ジェイド」
「へぇ、翡翠か。暗くて見えねえじゃん。こっち来いよ」
光から差し出される手。
ここから出るつもりなんてなかった。
ずっとこのまま、ここにいようと思っていたのに。
自然と出された手に、無意識に自分の手を出して…
そして暗闇から…



助けてくれた



あれは、誰…



「…イド、ジェイド!!」
はっとジェイドは呼ばれる声に反応した。
目の前にいたのはスカーだった。
「スカー…?」
「おう」
「…何してんだ、こんなところで」
「そりゃこっちのセリフだ。規則の塊みたいなお前が、就寝時間を過ぎても帰ってこねえ、デッドとの約束もすっぽかした。
どうせ、図書室だろうと思いきや、そこにもいやしねえ。寮から図書室までは長ぇ廊下一本だ。そこで会わないとすれば、大方、
時間を守ろうと近道したんだろうが、森の中でトラブルに巻き込まれた。違うか?」
「…ご名答」
スカーの言葉にジェイドは苦笑いした。
「しかし、落とし穴に落ちるとは、お前らしいというかなんというか?」
小馬鹿にしたような笑いに、ジェイドは悪かったな、と一言。
「で、足、挫いてんのか」
「なんで、わかるんだ?」
「これぐらいの高さ、お前なら楽勝だろうが。それでも出れないって事は、足を負傷してるってことだろ」
「そっか…」
スカーの言葉に受け答えはしているものの、ジェイドの意識は次第に朦朧としていた。
「抱えてやろうか、お姫様抱っこで」
「馬鹿か…」
「冗談だよ。立てるか?」
「…ああ」
立ち上がろうと身を起こしたジェイドの前に、手が差し出された。
「…えっ」
「踏ん張れねえだろ。手ぇ貸しな」
「あっ…うん…」

ドクン
ここより暗い闇の中にいたことがある…

ドクン
自然と出された手に、無意識に自分の手を出して…
そこから手を引いて

ドクン
助けてくれたのは…

「ジェイド?!」
重ね合わせたと同時にジェイドの体が、糸の切れた操り人形のように倒れた。寸前のところでスカーの腕に抱えられたため、壁への衝撃はなかった。
浅い息を吐くジェイドを見て、スカーは舌打ちした。
(体が完全に冷え切ってやがる)
「じっとしてろよ」
スカーはジェイドの体を抱え込み、そして飛び上がった。
雨は完全に上がり、月と星が姿を見せている。
スカーは木から木へと飛び移り、森を抜けていった。
そんな様子を、朦朧とした意識の中ジェイドは見ていた。
「スカー…」
「もうすぐで着くから、じっとしてろ」
スカーの腕の中で、ジェイドはポツリといった。
「昔…お前と会ってるよな…」
そういうと、ジェイドは再び意識を手放した。
「…」
ジェイドの問いにスカーは答えることはなく、寮への帰路を急いだ。






自分の部屋に着いたスカーは、意識のないジェイドをソファーの上に座らせた。
バスルームに行ってバスタオルを取り、体を拭き始めた。
服を脱がし上半身に手をやったとき、ふと右腕の付け根に目をやった。
自分が付けた傷が、生々しく残っているのをしばらく見て、静かに、そして満足げに笑った。
体を拭き終えると、スカーはジェイドをベットに運んだ。
深く息をして眠るジェイドの両側に手を付き、その顔を覗き込んだ。
そして囁いた。
「そうだ、ジェイド。お前の言うとおり、俺は昔お前と会っている。だがな、お前が思い出すには、まだ早い。もう少し、時間をかけねぇとな。
心の傷が深い分、俺への思いも強くなるだろう」




翌朝。
「…ん…ここ、は…」
「よう、起きたか?」
隣からする聞きなれた声に、ジェイドは驚いた。
「ス、スカー?!何でここに?」
「何、ぼけたこといってやがる。ここは、俺の部屋だ。昨日てめえは、穴に落ちて熱出して寝ちまってたんだろうが」
「あっ…」
ジェイドは昨日の記憶を蘇らせていった。
そして、自分の姿と隣にいるスカーに目をやった。
「…なんで、裸で?それに一緒に…?」
「服はずぶ濡れ、体拭いてやってるときに座らせていたソファーも同じ。俺に床で寝ろってか?」
「…すいません(でも、パンツぐらいは…)」
「ほらよ。服、乾いてるぜ」
ジェイドがベットで溜息をついている間に、スカーは昨日洗濯した服を取り出した。
「あ、ありがと」
ジェイドはベットから下り、手早く着替え始めた。
「あっ」
「なんだ?」
「そういえば、昨日…俺何かいってなかったか?何か思い出したような気がするんだけど…」
「別に何にも。グースカと寝てたぜ」
「そっか…」
「なんか気になるのか?」
「ううん。何か懐かしいようなそんな感じがしたから」
「んなことより、早く用意しろよ。授業始まるぜ」
「そうだ、デッドのとこにも行かないと。悪い、俺先に行くよ。ありがとな」
ジェイドはバタバタしながらスカーの部屋を後にした。
静かになった部屋で、スカーは一人笑った。



もう少し…時間、かけねぇとな…お前が完全に思い出したとき、お前は俺のものだ…