ここより暗い闇にいたことがある… 一体いつのことだった…? タッタッタ… (やばい…デッドと約束があったんだ…) ジェイドは誰もいない廊下を走っていた。 図書館で本に読み耽り、気づけば辺りは暗く就寝時間をすでに越えていた。 ジェイド達二期生は一期生との入れ替え戦の後、皆、生徒兼監督という形でHFに戻され、生徒ほど規則に縛られることもなく大目に見られている。 と、まあ表向きはそうであるが、事実は少し違っていた。 試合後、実力は一期生同等とされた二期生の今後の活動と、スカーの処分が問題と なった。 悪魔超人を簡単に入校させた学校側と、その姿が明かされていた後でも、HFの二期生として試合続行を許可した委員長の責任の擦り合いとなった。 委員長としては即刻にでもスカーをプリズン送りにしたかったのだが、校長のロビンがそれに待ったをかけた。 元は悪魔超人でありながらも、今は正義超人として活躍する者も少なくない。これを機に更正させてみてはどうか、と。 試合後のスカーの行動は大人しく、悪態はつくものの至って尋問にも協力的態度を示したこと、そして何よりもスカー自身が、HFへの復帰を示唆したからである。 委員長は猛反対したものの、悪魔超人から正義超人への転向した者の前例があるため、認めざるを得なかった。 しかし、ただ復帰させるというわけには委員長の名目が立たないとういうこともあり、保護監察期間を設け、生活態度を監視下に置くということで 戻ることを許可した。この事実は、委員会と学校長のロビン、そしてスカーのみが知っている。監査官として、ジェイド、クリオネ、デッドの3人となった。 スカーには当然このことは知らされていない。そして、この3人も自分達がそんな役目を担っているとは露も知らない。 事実を知ることで、少なからずも私情を挟まないと言い切れないからだ。特にジェイドに至っては、事の経緯が他の二人とは違うことと、 真面目な性格が故に任務を全うしようとして躍起になり、墓穴を張らざるを得ない。知らなければ、第三者として客観的に物事が見れる、と判断したからである。 そうなると見落としてしまう部分が出てくるのでは、と委員長に指摘されたが、仲間を裏切った者を、そう簡単に受け入れることはできず、 こちらからあえて何も言わなくてもジェイド達はスカーの行動を意識的に監視するとロビンは見ていた。 かくして、二期生メンバーはHFへ復学することとなったのである。 そして、知らず知らず監査官の一人に選ばれたジェイドは、廊下を走らないという規則を思い出し、その足を止めた。 規則が緩和されている事は理解しているものの、生真面目なジェイドは、就寝時間を過ぎ、デッドとの約束の時間も過ぎ、 その為廊下を走ってしまった自分の行動に溜息をついた。 (…なんだかな〜、最近疲れてるのかなぁ…) 生徒として学ぶだけでなく、監督として教師達の仕事を担うという生活、それに付け加え、同任務のスカーへの対応と行方不明の師匠、と 体力的にも精神的にもに見えない疲れがジェイドに蓄積していた。 (と、こんなところで休んでる間はないんだ。早く戻らないと…) 再び歩き出そうとした時、ふと窓に目をやった。 (そうだ、外に出たほうが早いや) 廊下の窓を開け、ジェイドはそこから部屋を目指し走り出した。 森の中を走り抜ければ、すぐそこにジェイド達の寮が見える。 外は完全に暗闇になっていた。曇っているため、月の姿が見えない。とはいえ、これだけ生い茂っていると、晴れていたところでここまで光が入ってこない。 「今晩は雨か?」 と、上に気を取られた瞬間、ジェイドの体がその場から消えた。 「えっ?…うわああああぁ!!」 ドスン!! 「……痛ぅ、なんだよ」 ジェイドはゆっくりと目を開けた。しばらくして暗さに目が慣れ、次第に辺りが見え始めた。 「何、ここ…。あっ?」 ジェイドは上を見上げて、あっけに取られた。 上にはポッカリと大きく開いた穴。 「何やってんだよ、俺」 体を起こし、穴から飛び出ようとしたそのとき。 「!!」 ジェイドはその場にうずくまった。 「痛っ!!…足、挫いた?」 もう一度力を入れてみると、右足に痛みが走った。 「これぐらいなら…」 と、再度脱出を試みたが、飛ぶことはできても予想以上に地上までの高さがあった 為、失敗に終わった。 しかも、着地に左足を使ってもその衝撃ですら右足に響く始末。 これ以上の行動は、悪化の一途を辿ると考えたジェイドは、その場に腰をかけた。 「明日になれば、少しは引くだろう」 しかしその矢先。 ポツッ…ポツッ… 上を見上げると。 「…最悪かも」 雨が降り始めたのである。 「ジェイド?見てねえが、どうした?」 「そうか。明日のカリキュラムの打ち合わせをするということになってたんだが、まだ部屋にも戻ってないんだ」 デッドはプリントの束をスカーに見せた。 「早急に、ってわけでもないんで明日でもいいんだが」 「どうせ、図書室だろうよ。行くついでに持ってってやろうか?」 「いや、いいさ。調べ物をしているのなら邪魔するのも悪い。それに今からじゃ遅くなるしな。また、明日にでも、と伝えておいてくれ」 「あぁ」 そういってデッドは自室に戻っていった。 スカーは誰もいなくなった廊下を、図書室に向けて歩き出した。 ふと、窓の外に目をやった。 「雨か…」 次第に強くなる雨をしばらく見つめていた。 「寒い…」 ジェイドは両肩をぎゅっと抱き込んだ。 あれから数回脱出を試みた。 壁をよじ登ろうともしたが、人を支える程には強くなく崩れた。 降り出してから間もなく雨は強くなってきたが、身を隠せる場所もなく、穴を掘るにもそれだけの体力がなかった。 (暗い…なぁ) ジェイドは重くなっていく目蓋に逆らうことはできなかった。 ここより暗い闇の中にいたことがある… 一体いつのことだった…? あまりに暗くて、自分の姿さえも見えなくて… 違う…自分で望んだんだ。 自分の姿を隠そうとして。 誰にも見られたくなくて。 自分でも見たくなくて。 存在自身を消してしまいたかった。 自分がいることで、愛しい人達に振りかかった災難。 それをどうすることもできなかった自分の無力さ。 涙を、流すことしかできなかった。 そんな自分を、消してしまいたかった… |