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◆『Stand Aloof 〜孤高なる者〜』

 
生まれた時には真っ黒な空があった。
明ける事のない暗い空。
大人も子供も平気で人を騙し傷つけ排除した。
完全なる強者の世界。
秩序なんて塵に等しく、平和なんてどこにもなかった。
限られた箱庭の様な最悪の世界。


それが俺の世界。









Stand Aloof.  〜孤高なる者〜 











生まれた時には親なんて者はいなくて、
気付けば暗い部屋に一人だった。
どうやってここまでやってきて、生きてきたのかなんて
全然覚えていやしない。
聞かれるまで自分に名前がないことも知らなかったくらいだから。














「まてーー。このくそ餓鬼共がぁ!」

凄い剣幕で男は目の前を走る小さな影達を追った。
手には太い棍棒。
小さな突起がたくさん付いている。
殴られれば唯では済まないだろう。
小さな突起が肌を突き破り、肉を抉る。
そんな物騒な物を男は軽々と片手で振り回している。
よく見てみれば、追いかける男のがたいはいい。
むしろ鍛え上げてきた者の体つきだ。

どどどどどどぉ・・・。
男の走る後には砂煙が立ち込めていた。
だが、一向に男は目の前の小さな影達に追いつけなかった。
颯爽と人並みを縫って、走り去る影達。
たまにちらりと後ろを振り返っては男の様子を伺う。
「ねぇ。あいつしつこいよ〜」
「うーん。ちょっとヤバいかもなぁ」
「どーする?」
影達は口々に現状を問いただした。
最後の影は一番目の前を走る影に向かって現状打破を投げかける。
先頭の影は後ろを振り向くと、うんざりした顔を覗かせた。
「確かに・・追いつかれることはないだろうけど。
 ちょっとしつこいよな」
また前を向いてしばらく考える。
(はっきり言って、この辺の地理は明るくない。どこかで巻かない事には・・)
きょろきょろと逃げる為のわき道を探した。

「!」

すると、右前方の脇道の入り口から小さな手が出てきた。
手は影達を招くように2・3度上下に動き、すっとその奥へと消えた。
手の去り際に、手の主だろうか、ちらりと赤い服が見えた。
先頭の影は、迷う事無くその赤い影を追うように右へと折れていく。
それに続いて後ろの影達もすっと右へと折れた。

影達が右へと曲がっていくのを男は見て、ほくそ笑んだ。
「餓鬼共ぉ!その先は行き止まりだぁ〜」
男は喚起の声をあげ、棍棒を今以上に振り回しながら、
影達の消えた後を追った。
「!!」
しかし、角を曲がってさぁご対面と思ったら、そこには子供達の姿は無く、
がらんとした木の壁が聳えるだけだった。
男は慌てて左右を確認するが、やはり何も無く行き止まりの壁際まで歩いてくると、
悔しげに顔を歪め、「くそがぁ」と罵りと共に棍棒を振り上げた。
がぁぁぁん。
ものすごい音と共に壁は丸く抉れ、破片がちらほらと男の足元へと落ちていった・・・。













「助かった〜」
「ほんとほんと」
「良かったねぇ」
子供達は悔しげに立ち去っていく男の後姿を確認すると、
安堵の溜息をついた。、
先程まで全速力で駆け抜けていた為に思ったよりも疲労があったようで
順に座り込んでしまった。
一人、先頭を走っていた子供だけが座る事無く、
自分達を助けてくれた手の主を眺めた。
「ありがとう。助かったよ」
感謝の言葉を掛けながら目は忙しく手の主を観察する。
目の前の恩人は自分達とそう年が変わらないように見える。
もっともここでは外見からの年齢は役に立たない。
何でも有りの無法地帯だ。人を騙す為にわざと子供の格好をする者もいる。
しかし、目の前の・・少年だろう、彼は違うように見えた。

全身を赤い装束で被い、膝丈まではあろうかという長い髪のようなマスクを付けている。
もちろんこれも、赤い。
マスクに隠れるようにしてある相貌は・・整っていて、
目元から口元近くまで黒い線(?)が走っている。
色の白い顔に不釣合いのようでいて、妙に似合っていた。
一目見てここでは珍しいくらいの美形だと思った。
しかも人型の・・・。


「ねぇ、君、超人?」

子供は素直に聞いてみることにした。

「・・さぁ」

目の前の少年が初めて口を開いた。
声変わりのしていないちょっと高めの少年の声。
声を聞いて自分より下だと、思った。
もう声変わりの済んだ自分の声は彼の声よりも幾分低いから。
それから、少年は知らないと腕を持ち上げて見せた。

「そういうお前はどっちなんだよ?」

今度は少年が尋ねてきた。
どこか挑発的な喋り方。

「僕は、超人だよ。
 こっちにいる僕の仲間も皆ね」

言葉と共に後ろを振り返り、座り込んでいる彼らを指差す。
子供の指す指に従って、少年は身を乗り出すようにして彼らを眺めた。
ふぅんとあまり興味がないような態度で視線を目の前の子供に戻した。
助けておきながらその本当に興味のなさそうな態度に、子供は口の端を上げた。
(なんか面白い。こいつ)
胸の中からなんか暖かいおかしな気分が湧き上がった。

「ねぇ、なんで僕らを助けてくれたんだい?」

子供の言葉に、後ろで座り込んでいた仲間達が一斉に
目の前の少年を眺め見た。
手には・・先程男から奪った戦利品がしっかりと握られている。

「さぁ・・理由なんてないな。
 強いて言えば、『気の迷い』ってやつ?」

考え込む様な仕草を見せて、
さらりと少年は言った。

「それを言うなら、『気まぐれ』じゃないの」


少年の悪意のない回答に、子供は笑顔で返した。
子供の返しに、少年は少々罰の悪そうな顔をして顔を背けた。
照れているのか、そっぽを向いた顔はほんのりと赤い。
子供は笑みを深くすると、少年へと歩み寄った。
あと一歩で少年とぶつかる距離まで来ると、ぴたりと止まり
訝しげに振り返った少年に向けてすっと手を差し出した。

「・・もし君さえ良ければ、僕らと一緒に居ないか?」

思いもよらない子供の言葉に、少年は僅かに目を見開いた。
差し出された手をじっと眺める。



・・何だ、こいつ。
頭は悪くなさそうだが、一度助けられたからっていきなり誘うか?
ここがどこか分かってるだろうに。


そんな簡単に他人を信用するなよ。






少年は初めて目の前の子供を見た。
手を差し出したまま、笑みを絶やさない目の前の子供を。
先程までとは明らかに違う目で見始めた。
少年の探るような視線に気付いたのか、子供は更に言葉を重ねた。

「君なら信用できると思ったんだ。
 ここは僕らのような子供が一人で生きるには辛すぎる。
 仲間は多いほうがいい」

きっぱりと言い放った。
さぁとばかりに手を押し出してくる。
少年は子供の言葉を反芻した。


一人ねぇ。
別に困りはしないんだけど。
・・・・まぁ退屈してたとこだし。


少年は口の端を少し上げて、差し出された手を握り返した。
返された手を見て、子供は嬉しそうに笑った。

「じゃあ、よろしく」

「あぁ」

握った手を互いに離した後、詰められた距離を
少年は後ろへ一歩下がった。
子供は自分の後ろに居る仲間の下へと走り去り、
少年を指しながら何事かを呟いていた。
そんな様子を少し離れた所から少年は眺めていた。
大方、仲間が増えたよってところか、と彼らに分からないように
唇の端を吊り上げた。

仲間達の所へ戻っていた少年が立ち上がると、今度は仲間達を
連れて少年の前へとやってきた。
まだ警戒してるのか、仲間達は子供の背に隠れるようにして
少年を眺めた。
子供はそんな仲間達の様子に苦笑すると、済まなそうに少年へと
頭を小さく下げた。
少年は気にするなとばかりに苦笑を返した。

「僕の仲間だよ。君の仲間にもなるね。
 ・・こっちの端から順にケイト、キバリ、カギだよ」

「ふぅ〜ん。ま、よろしくな」

少年は少しだけ笑みを見せて、彼らへ視線を移した。
整った顔立ちをした少年のちょっとした笑顔は効果覿面だったらしく、
後ろに隠れて緊張していた彼らを少し和らげたようだった。
キバリと言われた子供は顔を赤くしている。

「で、僕が−−−だよ。君は?」

さらりと名前を聞かれた。






*************************************************************
それから俺は彼らと一緒に行動するようになった。
この最悪の世界で、彼らはいつも笑みを絶やす事がなかった。
一緒に行動をするようになってしばらく経ったころ。
彼らのリーダーはこう言った。

「僕の方が君より2つ上だね。お兄さんって訳だ」

「・・だから?」

「兄さんって呼んでもいいよ〜(笑)」

「だ、誰が呼ぶか!」


行動してみないとそいつがどんな奴かなんてのは分からないもんだ。
こいつは意外と性格が悪かった。
それも俺に対してだけらしい。
俺が彼の言葉に躍起になったりして表情を変えるのを面白い、と言った。

「感情があるのはいい事だよ」

ってことらしい。
だから、こんな世界に居て馬鹿みたいに笑うことができて、
用も無いのに名前を呼び合ったりできるのだ。
俺は密かに溜息をついた。






感情を殺してしまうのはとても簡単だ。
だってそうしないと生きていけないから。
そうやって後は生存本能ってものにしがみ付いて、
こんな暗い世界で自己の場所を必死に探し続ける。
俺にはそんな風に生きてる奴らしか見た事がない。
そんな奴らは他人には無頓着だ。
相手を認識するのは敵か味方かの2種類だけで、
個体を識別する名前なんてものは必要がない。



それが当たり前だと思っていた俺の世界は、
確実に変わっていった。
彼らと共に居る事で。
それはいい事なのか、悪い事なのか。
俺には判断を下す事は出来なかった。













「僕が死んだらね、僕が持っているものの中から好きなもの
 獲っていっていいからね」


これは奴の口癖だった。
何時死ぬか分からないってことは認識していたらしい。
この言葉を聞くたびにそう思った。
けれど、この言葉は他の奴に言われる事は無く、俺にだけ囁かれた。
何度かなぜかと聞いたことがある。
奴はその度に曖昧に言葉を濁してはっきりとした回答をくれた事が無かった。










そうして、奴の言った言葉は現実になった・・・・・。














ごうごうと音を上げ炎が視界一面に広がっていた。
人や物の焼け焦げた匂いが充満し、
満足に息をつく事も出来ない。
あちこちで上がる獣の唸り声のような悲鳴。
地面に散らばる醜悪なもの。
それはかつて生物であったものの名残。


一方的な殺戮の跡。
強者の気まぐれな遊び。


やはり、この世界は弱い者は生きていけない。
俺は燃え盛る視界に目を細めながら唇の端を噛んだ。


目の前には力なく横たわる奴の姿。
そこから少し離れた所にケイト、キバリ。
そして、もっと離れた所に・・・カギ。
彼らはもう冷たくなっていて、燃え盛る炎に飲まれるのも時間の問題。

俺は呆然とその様を眺めていた。
目の前の奴は動かない体に叱責しながら、何とか首だけを彼らに向けていた。
ケイト達が炎に飲まれていく様を静かに眺め続けた。
それから、一度咳き込んで口から大量の血を吐いた。
真っ赤な世界に真っ赤な血は色褪せることは無く、
俺は慌てて視線を奴に戻した。

「おい、しっ・・」

かりしろ、と続ける言葉を俺は飲み込んだ。
血を吐いた奴の口元は真っ赤で、吐いた血は地面に小さな水溜りを作っていた。
ひゅーひゅーと肺から空気が抜ける音がして、震える手で奴の体に触れた。
右脇腹がごっそりと無くなっている。
よく見れば手足には無数の裂傷。
特に右足は太腿からどくりどくりと血が流れていて止まる事が無い。
一目見て、助からないと分かった。
言葉を掛けたまま微動だにしない俺に、奴は苦しげに笑みを浮かべた。

「・・ぼ・・僕の言っ・・た・・こっと・・覚えて・・ぅ・・か?」

「・・あぁ」

「・・そ・・ぅ・・か」

「何であんな事を俺にだけ言ったんだ?」

俺は最後にどうしても聞いてみたくて、
苦しげな息の元話すのもきついだろう奴を休ませる事無く
言葉を発した。

「・・あぁ・・そ・・れぁ・・さぃしょ・あ・・・ったぁ・・ときにぃ・・
 な・・ぁま・・ぇ・・」


名前?
・・・あぁ、それでか。


俺は直ぐに奴が俺だけに言った理由が分かった。
更に続けようとする奴の口をやんわりと塞ぐと、
奴の耳に届くように言った。

「じゃあ、望み通り俺はお前の名前を頂くぜ」

にやりと不敵に笑ってやる。
俺の笑顔を目にした奴は、目を細めると唇の端を上げて笑った。
そうして、そのまま静かに落ちていった。




・・名前。
名前なんてそんな事を奴は気にしていたのか。
甘い奴だ。
名前なんて俺には特に意味があるものじゃなかったのに。
お前達に会うまで、誰も俺を呼ぶ者は居なかった。
だから、俺には名前がないなんて知らなかった。
・・それだけの事だ。






俺は抉られ血の止まらない右腕を押さえ、
刺された左足を引きずりながら、視界の端・・何か建物の壁だろうか
火の手のまだない場所へと歩いていった。
ちらりと振り返った先では奴が炎に飲まれようとしている所だった・・・・・。

























どんどん。
扉を力強くノックした。
しばらくして、重い扉がゆっくりと開いた。
隙間から人相の悪い男がのっそりと顔を出した。
目の前に立つ少年を訝しげに眺める。

「なんだぁ?ここがどこか知ってるのか?」

低いだみ声で男は言うと、目線を扉の横へと投げた。
顎をしゃくって、少年に見ろと言う。
少年は男の目線の先を一瞥すると、ふんと小さく笑った。
再度、目線を目の前の男に戻して、
挑発するように言った。

「知ってるぜ。名高いDMP樣樣だろ?」

「・・そうだ。で、何の用か?」

扉にかかる立て札を見て、顔色一つ変えるどころか
馬鹿にしたように笑う少年を見て、男は言葉を変えた。
少年はにやりと口の端を笑うと、親指を立て自分を指し示した。

「ここに入ろうと思ってな。俺が」

一瞬目を見開いた男は、一つ失笑すると、
扉を全開まで開くと、少年へ向けて手招きをした。

「名前にびびる事無く、そこまで偉そうな口聞くのは珍しい。
 入れ」

苦笑交じりにそう呟くと、男は少年へ背を向けて歩き出した。
少年はその後をゆっくりとした足取りで追った。
視線はまっすぐ、脇を見る事も無く、扉の先に聳える建物へと注がれていた。
強い視線で射る様に眺める。

「おい、お前名前は?」

後ろをついてくる少年へ男は声を掛けた。
低いしゃがれた声で名を聞かれた。
少年は、目を細め口の端を少し上げると、静かに答えた。


「俺の名は・・・マルス」












了