SCAR FACE SITE

前画面へ



◆『smile』

 


 耳に届くのは、蔑みと嘲りと……止め処ない憎しみに、充ち満ちた囁き。
 投げられるのは、激しい拒絶と憤怒に満ちた拳。


 隙を見せれば、最期。


 何度も言い聞かせ、人から……
  そして、街からも“隠れる”様にして生きる日々。




 死を恐れ……それ以上に、生きる事へも恐れを抱いた毎日。






 幸いだったのは、「超人」としての強靱な肉体。
 自身をも忌み嫌って止まない「其れ」が、悪戯にも……生を長らえさせている。
 生きろと命じ続ける。

 思うたび、
  感じるたび……

 何度、己の首を掻っ斬ってやろうと思った事か……






 何処より見付けた、小さな硝子の破片。

 手首に押し付けては、何度も何度もきつく押し当て……
 幾筋もの筋を書き加えた。


 求めたのは、全ての終焉。
 でもそれは、どうしても出来なくて……


 両極の思いが、
  硝子を握る手の力を弱め……また、強めさせた。





 ------オレは、生きてちゃいけないの……?----- 




 疑問に対する答えも、
  また……両極に別れた。

 どちらが “ 正しく ” 、また…… “ 誤り ” だと明言するのか。


 降りしきる雨も、
 降り注ぐ陽光も、
 吹き荒ぶ寒風も、

 酒を呑み、口々に杯を掲げる男達も、
  子を呼び、手中へと抱きかかえる女達も、


 誰も、それを答えてはくれない。




 いや……
   “ 答え ” だとは思えない。

 思いたくもない。




 願う事はただひとつ。
   ・
   ・
   ・
   ・
 “ 生きたい ”

 それすら口には出せず……
  ただ、きつく噛み締めては飲み込むだけの日々。






 そんな時だった。
 「 彼 」 の事を知ったのは……






 今となっては、遠い……「 おとぎばなし 」 の様な過去。
 そう思っていた主人公の1人が、此処……ドイツの何処かに居るというのだ!!



 感じたのは……
  浮かんだのは……

 淡い、ひとすじの “ 希望 ” 


 たった、それだけ。



 でもそれは……
 何事にも代え難い、大きな 「 希望 」 であり 「 支え 」 になった。


 「 彼 」 ならば、求めた問の “ 答え ” を持っている気がして……

 知らず、高鳴りを見せる胸が、嬉しさと苦しさで微かな痛みを訴え……涙が自然と頬を濡らした。






「おじさん、 “ 超人 ” なんだろ……」



 外観とは裏腹に。
 誰の手によるものか、見事なまでに荒らされた室内。
 生活の後など微塵もなく……
 ただ、すさみきった日々の跡だけが残る。

 忍び込むにも。
 余りに簡単すぎて……正直、拍子抜けした。




 …………でも。
 問い掛けた声へと返された視線で、そんな事は全て吹き飛んでしまった。




 濃紺の瞳に灯る光は、溢れる酒気を帯びて、少し濁って見えたものの……
 そこから伝わる “ 何か ” が、瞬間にしてオレを捕らえた。



 俗的に言うなら。
 “運命”とでも、称するべきなんだろう。
 そんな無音の引力と衝撃が、脳裏を忙しく駆け回り……オレは、独り確信した。





-------オレは、この人と出逢う為生まれたのだ……と-------





「オレを、弟子にしてよ」



 気付けば、吐き出していた言葉。
 庇護してくれる相手を求めるだけだった自分は、何時しか……きれいに消え失せていた。




「帰れ」




 掛けられたのは。
 取り付く島もない、冷たい一言。

 ……だが。
 そんな言葉程度にくじける時間すら、惜しいと感じる自分が居た。
 決して離れては行けないと。
 理性や思考よりも先に、自らを奮い立たせる何かが、ひたすらに身体を突き動かしていた。





 見せたのは、軽いパフォーマンス。

 雑踏の中でひた隠し。
 人気のない路地裏ですら、使うのを自ら禁じた超常の “ 力 ” を、ためらいすら浮かばないまま……
 ただ、見せる為だけにふるった。





 …………と。
 そんなオレを、男は何も言わないまま……抱き上げた。

 ずっと昔。
 そう感じるまでに、遠く霞んですら見える頃。
 オレを育ててくれた養父が、笑みを持ってしてくれたのと、寸分違わぬ仕草で。



 懐かしさに、ともすれば零れそうになる涙を堪え。
 突然の行動に付いていけず、ひたすらにまばたきを繰り返して居たオレへ、男は誇らしげに言い放った。
 さっきまで、薄く……濁りを漂わせていた瞳へ。
 天上の月を思わせる、静謐で居ながらも、暖かな光を宿して。




「お前は、今日からオレの弟子 ( シューラァ ) だっ!!」




 部屋中に木霊したのは、高らかな宣言。

 この瞬間。
 オレは…………


 “ 生きる事 ” を、許された。








□■□■□■□■□■□■□■□■ 








 日課でもあるトレーニングの後。
 反省会も兼ねた、ささやかな午後のひととき。
 薫り高いアールグレイに、嬉しそうに目を細めていたJrの耳へ、小さく笑う声が聞こえた。



「何を笑っている、ジェイド」



 ロッキングチェアに身を委ねる横。
 暖炉前に敷かれたカーペットの上へ、たくましく成長した体躯を横たえているジェイドへ、叱るではなく視線を向ける。



「いえ……何でもありません」



 少し儚げな微笑を浮かべ、短い謝意すら言葉に乗せるジェイドへ、Jrは訝しげに眉をしかめた。
 気付けば。
 随分と同じ時を共有しているにも関わらず、時折。
 この幼い少年が見せる行動に、首を傾げる事も少なくない。

 視線だけで説明を促してみれば……
 何故か、すこし照れくさそうな笑みを返してきた。



「………ちょっと、昔の事を思い出しただけです……」



 レーラァに、初めてお逢いした頃の事を……

 そう付け足し。
 はにかんだ貌を見せるジェイドに、Jrは何とも複雑な笑みを浮かべるしか出来なかった。




 戦いの無い、平穏で安穏とした日々。

 その中。
 己の存在理由を見いだせず……
 ひたすら、酒に溺れる毎日を送っていた。


 今となっては、 「 羞恥 」 としか認識出来ない 「 過去 」 ではあるものの……
 その代償として、掛け替えのない者を得る事が出来た。
 「 生き甲斐 」 とも言い切れる、自分の新たな 「 可能性 」 を見いだす事も。




「…………そうか」



 短く、それだけ返し……
 ジェイドにつられる様にしてJrも、過去へと思いを馳せる。

「Ja、レーラァ」

 ……と。
 心地よく、聞き慣れた響きを持って返される声に、うっすらと微笑すら浮かべて。
 過去を懐かしむ……という。
 弟子を得てから、初めて知った思考のひとつを、のんびりと楽しみながら。







 一方。
 ジェイドも、微かな笑みを湛えた瞳を細めていた。


 発した言葉に返される、何気なく……それでいて、優しさと暖かさに満ちた言葉。
 寒さや餓えに震えた夜は無く。
 暖炉の中ではぜる火は、懐かしさすら伴って……ひたすらに、暖かい。



 かつて。
 自分の中で、幾度も繰り返された疑問と、数多の問い掛け。

 死ぬ事も出来ず。
 ただ。
 “ 生かされていた ” 過去の自分へと、今なら告げられる。


 こんな自分を愛し、育ててくれた養父母をはじめ。
 かけがえのない、大切な人達が教えてくれたと……心から思える今なら。




-------オレは、生きてて……良いんだよ-------




 遠く。
 はるか……遠く。

 薄汚れた服をまとい、痩せ細っていた幼いオレが。
 冷たく、暗い闇の中で……泣いていた。


 何度も、
  安堵の息を吐くのと同時に。




 そして……

 夜明けを告げる、陽光の眩しさと明るさに満ちた表情 ( かお ) で……

 しあわせそうに……
 うれしそうに……



 ………………笑った。






〜Fin〜