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◆『What do you do?』

 


「久しぶりで、集まってみないか?」

 ということで。
 決まった駐屯地を持たず、世界各地を回るHF二期生が、久々に日本で一堂に会することになった。


 言い出したのは、デッドシグナル。
 クリオネとは、連絡が取れず。
 料理提供はジェイドで。
 場所提供は、スカーフェイスだった。
 

 まあ、スカーの家とは、“難攻不落の鉄騎兵”ケビンマスクの家でもあるわけだったが。

「二期生四人で集まりたいんだがな。ここ使っていいか?」
「ああ、同窓会ってやつか? いいぞ。なら、明日は俺、出掛けてるから」
 さっぱりと言って、目立つマスクを外し、その日ケビンは、早々にマンションを出かけて行った。

 スカーとしては、集まり自体に興味は無かったが。
 ジェイドの持ってくる、評判のソーセージには興味があったので。
 ケビンの配慮が有難い。
 ソーセージ、ケビンにも少し、残しといてやろうなどと考えていた。

 そんな彼だったから。
 集まりの直前。
 デッドから急な欠席を告げる電話が入っても、一向に気にしなかった。



「それで? デッドはなんて?」
「何でも、交通規則の説明会に招かれたらしいぜ。らしいよなぁ!」

 くつくつとスカーが笑う。
 彼の前にいるのは、結局料理担当のジェイドだけだった。

「そっか。それなら、仕方ないか……」
「小学生相手みたいだぜ? ルール破りに熱くなって、ガキに怪我させてなきゃいいけどな!」
「お前じゃないんだから、大丈夫だよ!」


 お目当てのソーセージ片手に上機嫌なスカーとは逆に、ジェイドは少しむくれている。

 会えると期待していた友人二人に結局会えず。
 いわゆる“赤馬鹿燕”しか、ここにいない状況が不満なのである。 

 いっそ、レーラァ…つまり、やっと両思いになれた、恋人ブロッケンJr.の所へ。
 すぐさま、帰ってしまいたいくらいだった。
 一緒にいられるのは、ひさしぶりなのだ。

 しかし。
 何のかんの言っても、ジェイドはスカーを一応仲間と捉えている。
 そして、仲間は基本的に大切だと思っているので、そんな邪険なことも出来ない。
 
 結果、口と態度が荒くなってしまっていた。


 “青白き脳細胞”と呼ばれるスカーフェイスにも、それは分かっている。

 それでも、だからといって、ジェイドを宥めて機嫌を取るようなスカーではない。
 むしろ、イライラをかえって助長するように、彼をからかうのに専念した。


 わざと、馬鹿にするように肩を竦めて。

「おいおい、ここは室内だぜ? そんなもん、外せよ」
「あっ! スカー!」

 スカーが突然伸ばした手に、ジェイドは怒ったような声を出す。
 いつもつけているメットを、勝手に外されたのだ。

「勝手に取るな!」
「んん〜〜」

 叫ぶジェイドの頭では、普段隠してある髪が露になっている。

 含むと甘い味のしそうな、ケビンの蜂蜜色の髪とはまた趣が違う。

 ドイツ人らしい、透き通った純粋な金色。
 柔らかな猫っ毛が、ふわふわと揺れる。

「相変わらず、かーわいー頭してるよな〜〜〜」
 スカーは、その手触りを楽しむように、彼の頭をくしゃくしゃと掻き回す。

「その、可愛いってなんだよ?」
 蛸頭のくせに…とぶつぶつ言いながらも。
 ジェイドは、そんなに怒らない。
 つんと顔を背けるだけで、後はスカーの好きにさせる。

 HF時代によく同じことをされ、実はもう、けっこう慣れてしまっているのだ。


 むきになるジェイドを期待しているスカーとしては、それではつまらない。

 だからもう少し、からかってやることにして――今度は、つと顔を寄せ、項まで流れる金色の髪を分けて、その白い首筋を軽く唇で吸ってみた。
 
 すると、途端に。

「きゃん!」

 ジェイドは小さく鳴いて、身体をびくんと跳ね上げた。

「な、なな、何するんだよ!!」
 そして、熟れたトマトのように、真っ赤な顔になって。
 すぐさまスカーフェイスを振り払い、両手で首筋を庇う。

「へえぇ……」
 予想以上の過敏な反応に、スカーはにやにやとした。

 普段、人前も憚らず。レーラァ、レーラァと甘え、自分の思いの丈を全身で表現するジェイドなのだが。
 実は、意外に純情なようである。


 ジェイドのあからさまな狼狽ぶりが、スカーには酷く面白かった。
 もう少し、と密かに舌なめずりする。

 またしても、鼻でせせら笑うような声を作って。

「何だ、ジェイド。なかなか感度いいじゃねえか。もしかして、溜まってんのか?」
「!?」

 ジェイドが、ぎょっと目を剥く。

「な、なな、何を言うんだ!」

 あまりにも即物的な、スカーのセリフ。
 うろたえるジェイドを、言葉で更につつく。

「ま、相手があんな化石みたいなじいさんじゃあな。体力ないんだろ? 満足できなくても、当然だよな」
「なっ、何だと!? レーラァを侮辱――って、そ、そんな、ま、満足って……」
「それともじいさん、下手過ぎるとか? 巧い俺様に、びっくり?」
「!!? レ、レーラァは、おっ、おお、おおおおお上手だ!!!」

 挑発とも言えない挑発に、あっさりと乗ってしまう。
 怜悧そうに見えて、実は頭に血が上りやすい、ジェイドの性格。
 変わっては、いないようである。

 クックックと腹の底で笑いながら。
 あまりに他愛ない相手の反応に、スカーは悪乗りした。

「なら、これくらい、平気だよなあぁ?」
 身を乗り出して、片手でジェイドのシャツのボタンを外し、もう片方をそこに潜らせた。
「ちょ、なっ、スカー!!」

 細い悲鳴を洩らし、焦ったように身を捩る。

「ん? やっぱ、無理?」
「へ、平気だよ! け、けどっ……!!」

 意地と怒りと気恥ずかしさと。
 
 中途半端に合わせ目を押さえ、混乱状態のジェイドの前を、強引にはだける。
「っ!!」
「ほう……」 
 けっこういい眺め、とスカーフェイスは正直感嘆した。

 
 そもそも、ジェイドは色が白い。
 ケビンも、普段からフルフェイスのマスク、コートに手袋と、完全装備をしていることもあって、白人の中でも、特に白い方である。
 しかし、ジェイドはそれより更に白いのだ。

 白過ぎて、蒼く透き通るような肌。

 その肌が、見事に桜色に染まっている。
 首筋に、僅かに色濃く、たった今スカー自身が付けた、紅のワンポイント。

 猫科の獣のような、しなやかな体つきもそそるし。
 顔も可愛い。

 ……いい眺めだ。
 半泣きの、そのくせこちらを睨み殺しそうな翠瞳が無ければ、もっと良い。

 いっそ、その瞳が、本格的に泣くまでやってみても面白いかと思ったが。

 そこまですると、洒落にならないし。
 そこまでいく前に、ジェイドが反撃してくる可能性も非常に高い。
 何より、下手にやり過ぎて、スカー自身がその気になってしまってはマズイ。


 スカーが床に手を突き、のんびりそんなことを思案している内に。
 ジェイドの方が動いた。
 まじまじと見つめるスカーの視線に、結局羞恥心が勝ったらしい。

「も、もう…いい加減にしろよ……!」
 小声で呟き、退けと言うように、肩を押してくる。

 ちょうど良い潮時。

「はは、分かったって」
 スカーも、身体を引き戻そうとした。


 その時。
 派手に物を床へぶちまける音が部屋に響いた。


「え…?」
「あ」

 見れば、一様に強ばった表情で、部屋の入り口に立ち尽くしている二つの人影があった。

 黒コートにジーンズ。流れる金髪。
 古びた、深緑の軍服軍帽。威厳ある佇まい。

 二人の足元に、一体元は、何だったのか。
 割れたガラスと液体、ひしゃげた軟体物が、散乱している。

「レーラァ」
「ケビン」

 無意識に、それぞれの恋人に呼びかけて。
 スカーとジェイドは、自分たち二人の姿を思い出し、ぎょっとなった。


 前をはだけて頬を染め、スカーの肩に手を掛けたジェイド。
 そんな彼に覆いかぶさり、床に手を突くスカー。

 二期生四人の同窓会の筈なのに。
 何故か二人だけ集まって、こんな格好をしていたら。
 まるで……同窓会を隠れ蓑にした、逢引きのようではないか。


「え、あ、いや、これ――」
「……二期生のクリオネから、レジェンド・ブロッケンの所へ、荷物が届いたんだそうだ」

 焦った声を途中で遮り、ケビンが静かに呟いた。
 怒り故の無表情というより、あまりの衝撃に放心したような調子である。

「中のメモは、ジェイド宛だったがな。“今いる土地の名物を送る。なかなか機会が無いが、また一度集まろう”とあった。
今回は連絡が取れなかったのだろうが、折角だからせめてこれだけでもと、そう思ってな。荷物をこちらに持ってきたんだ」
「近くで、偶然お会いして。俺のマンションでもあるし、案内を、と………」

 語尾が、震えて消える。

「来てみたら、これだ」

 再び、ブロッケンが引き継いだ。じろりと、部屋の中を見回す。

「クリオネだけでなく、デッド・シグナルもおらんようだな」

 デッドは直前になって、都合が悪くなったと連絡が……

 と、正しい事実を主張しようにも。
 被疑者二人は、緊張で舌が強ばり、咄嗟に言葉が出ない。

 そんな二人に、ブロッケンは冷ややかに言った。

「偶然二人きりなのか、示し合わせてのことなのか……」

 明らかに、後者と取っていると分かるその口調に。
 二人だけでなく、ブロッケンの隣のケビンまでが、びくんと肩を揺らす。
 それに気付いて、ブロッケンは労わるような目になった。

「ああ、すまん。ケビン、お前の気持ちを……」
「いえ、いいんです」

 ケビンはにっこりと、蒼褪めながらも、無理に微笑ってみせる。

「俺は、マルスが好きですけど……。でも…マルスを、縛る権利なんて……俺には、無い…………。
……か、ら……ジェイドが、マルスを好きで…マルス、もそう、な…ら………………」

 言いかけて、ケビンは不意に口元を押さえ、言葉を途切らせた。
 湖水の瞳から、つうぅー…と一筋の流れが頬を伝い落ちる。

「……………」
「……………」
「……………」

 それっきり、一度堰を切った涙は、もう留まることを知らず。
 弱い自分を羞じ、金色の睫毛を伏せるケビンの姿は、流れる涙の清らかさとその美貌とが相まって、犯罪級の美しさだった。
 見守る者は、心を打たれずにはいられない。

 ジェイドもスカーフェイスも、一瞬現在の状況を忘れ。

 ――俺がスカーのことなんて、好きな筈ないよ! 
 ――俺にはお前だけだって、いつも言ってんじゃねえか!

 そう叫ぶことも忘れ。
 顔を上気させ、ただただケビンに見惚れてしまった。
 
 そして、ブロッケンは。

「ケビン……」
 声を殺して泣くケビンの肩を、そっと抱き寄せた。

 その温もりに、耐えかねたように。
「レジェンド・ブロッケン……」
 ケビンも彼に縋りつく。

 ――浮気疑惑のレッテルを貼りつけられた恋人たちの前で。

 抱きあう二人。


「ケビン!? レーラァぁ!!」
「おい、じじい! 何すんだよ!?」
「じじいぃ!? スカー、レーラァに対して何てことを!!」
「あ!? 見たまんまだろうがっ!!」
 途端に我に返り、すぐさま二人が喚き出すが。

 ブロッケンは、その二人共に冷たい視線を送った。

「おい、スカーフェイス。ケビンを泣かせている張本人が、何を言うつもりだ?」
「ぐっ……!」
「それに…ジェイド!」
「は、はい!」

 しゃきっと背筋を伸ばすジェイドを、ブロッケンは厳しく見やる。
「……俺はこんな年寄りで、お前はまだ若い。お前が俺だけでは物足りないのは分からんでもないが、よりによって友の恋人と関係を持つとは。
見損なったぞ!」
「そ、そんなレーラァ!」

 誤解ですよぅ…と泣くような声でジェイドが訴えるが。
 怒りの師匠は、そんな言い訳に耳を貸してはくれない。

「とにかく、二人共少し反省しろ! 俺は家の方で、ケビンを休ませてくるから……彼が落ち着くまでは、スカーフェイス、ジェイド!! 
立ち入り禁止!! 来ても追い返すからな!!」

 レジェンドの気迫でびしっと言い切って――自分自身も、何だか酷く憤慨しているような様子で。
 ブロッケンは、ケビンを庇うようにして、出て行った。

 二人は、ただ呆然と見送るしかない―――……



 ……―――その後。

「あーあ、とんだことになったなぁ……。どうしたもんかね、この後始末!」
 参った参った、と床に胡坐をかき、スカーフェイスは己が頭を叩いた。

 ちょっとした悪ふざけが、予想外の結末に至ってしまった。

 もともと彼自身にしか分からない、不思議な劣等感の裏返しで、なかなか恋人を信じてくれないケビンだ。
 その分、彼は浮気に対し、寛容ではあるが。
 してもいない浮気に寛容になられても、少しも嬉しくない。
 気にしてないと、言い訳さえさせてくれないから、むしろ逆に厄介である。

 ……この状況からどうやって、浮気などしていないのだと、彼に納得させたものか。


 あれやこれやと悩み始めたスカーの背後で。
 この時おどろおどろしい効果音が鳴り響いた。

「スぅ〜カぁ〜〜ーーー……」

 地を這うような低ーい声。

 彼は、はっとした。

 一瞬、その存在を忘れていた、この部屋にいるもう一人。

 恐る恐る振り向けば。
 そこには、完璧に目の据わったジェイドの姿が。

「げ…………」

 ……当然と言えば、当然だが。
 ジェイドはスカーの悪戯の結末に、怒り狂っていた。
 
 スカーは冷汗が流れるのを感じる。
 さすがに、自分が悪いという自覚があった。

「ジェ、ジェイド、ちょっと落ち着け、な?」
 
 何とか、宥めようと焦るが。
 聞く耳持たず。ジェイドの右手から、文字通り炎が吹き上げる。
 スカーは真っ青になった。

「ここはケビンの家でもあるんだって! この上家まで壊されたら、俺はケビンにどう言い訳すりゃいいんだよ!!」
「知るかああぁぁぁーーー!!!」

 ……涙混じりのジェイドの絶叫とスカーフェイスの悲鳴が。
 辺りに響き渡った……。

 
                                Fin.