「久しぶりで、集まってみないか?」 ということで。 決まった駐屯地を持たず、世界各地を回るHF二期生が、久々に日本で一堂に会することになった。 言い出したのは、デッドシグナル。 クリオネとは、連絡が取れず。 料理提供はジェイドで。 場所提供は、スカーフェイスだった。 まあ、スカーの家とは、“難攻不落の鉄騎兵”ケビンマスクの家でもあるわけだったが。 「二期生四人で集まりたいんだがな。ここ使っていいか?」 「ああ、同窓会ってやつか? いいぞ。なら、明日は俺、出掛けてるから」 さっぱりと言って、目立つマスクを外し、その日ケビンは、早々にマンションを出かけて行った。 スカーとしては、集まり自体に興味は無かったが。 ジェイドの持ってくる、評判のソーセージには興味があったので。 ケビンの配慮が有難い。 ソーセージ、ケビンにも少し、残しといてやろうなどと考えていた。 そんな彼だったから。 集まりの直前。 デッドから急な欠席を告げる電話が入っても、一向に気にしなかった。 「それで? デッドはなんて?」 「何でも、交通規則の説明会に招かれたらしいぜ。らしいよなぁ!」 くつくつとスカーが笑う。 彼の前にいるのは、結局料理担当のジェイドだけだった。 「そっか。それなら、仕方ないか……」 「小学生相手みたいだぜ? ルール破りに熱くなって、ガキに怪我させてなきゃいいけどな!」 「お前じゃないんだから、大丈夫だよ!」 お目当てのソーセージ片手に上機嫌なスカーとは逆に、ジェイドは少しむくれている。 会えると期待していた友人二人に結局会えず。 いわゆる“赤馬鹿燕”しか、ここにいない状況が不満なのである。 いっそ、レーラァ…つまり、やっと両思いになれた、恋人ブロッケンJr.の所へ。 すぐさま、帰ってしまいたいくらいだった。 一緒にいられるのは、ひさしぶりなのだ。 しかし。 何のかんの言っても、ジェイドはスカーを一応仲間と捉えている。 そして、仲間は基本的に大切だと思っているので、そんな邪険なことも出来ない。 結果、口と態度が荒くなってしまっていた。 “青白き脳細胞”と呼ばれるスカーフェイスにも、それは分かっている。 それでも、だからといって、ジェイドを宥めて機嫌を取るようなスカーではない。 むしろ、イライラをかえって助長するように、彼をからかうのに専念した。 わざと、馬鹿にするように肩を竦めて。 「おいおい、ここは室内だぜ? そんなもん、外せよ」 「あっ! スカー!」 スカーが突然伸ばした手に、ジェイドは怒ったような声を出す。 いつもつけているメットを、勝手に外されたのだ。 「勝手に取るな!」 「んん〜〜」 叫ぶジェイドの頭では、普段隠してある髪が露になっている。 含むと甘い味のしそうな、ケビンの蜂蜜色の髪とはまた趣が違う。 ドイツ人らしい、透き通った純粋な金色。 柔らかな猫っ毛が、ふわふわと揺れる。 「相変わらず、かーわいー頭してるよな〜〜〜」 スカーは、その手触りを楽しむように、彼の頭をくしゃくしゃと掻き回す。 「その、可愛いってなんだよ?」 蛸頭のくせに…とぶつぶつ言いながらも。 ジェイドは、そんなに怒らない。 つんと顔を背けるだけで、後はスカーの好きにさせる。 HF時代によく同じことをされ、実はもう、けっこう慣れてしまっているのだ。 むきになるジェイドを期待しているスカーとしては、それではつまらない。 だからもう少し、からかってやることにして――今度は、つと顔を寄せ、項まで流れる金色の髪を分けて、その白い首筋を軽く唇で吸ってみた。 すると、途端に。 「きゃん!」 ジェイドは小さく鳴いて、身体をびくんと跳ね上げた。 「な、なな、何するんだよ!!」 そして、熟れたトマトのように、真っ赤な顔になって。 すぐさまスカーフェイスを振り払い、両手で首筋を庇う。 「へえぇ……」 予想以上の過敏な反応に、スカーはにやにやとした。 普段、人前も憚らず。レーラァ、レーラァと甘え、自分の思いの丈を全身で表現するジェイドなのだが。 実は、意外に純情なようである。 ジェイドのあからさまな狼狽ぶりが、スカーには酷く面白かった。 もう少し、と密かに舌なめずりする。 またしても、鼻でせせら笑うような声を作って。 「何だ、ジェイド。なかなか感度いいじゃねえか。もしかして、溜まってんのか?」 「!?」 ジェイドが、ぎょっと目を剥く。 「な、なな、何を言うんだ!」 あまりにも即物的な、スカーのセリフ。 うろたえるジェイドを、言葉で更につつく。 「ま、相手があんな化石みたいなじいさんじゃあな。体力ないんだろ? 満足できなくても、当然だよな」 「なっ、何だと!? レーラァを侮辱――って、そ、そんな、ま、満足って……」 「それともじいさん、下手過ぎるとか? 巧い俺様に、びっくり?」 「!!? レ、レーラァは、おっ、おお、おおおおお上手だ!!!」 挑発とも言えない挑発に、あっさりと乗ってしまう。 怜悧そうに見えて、実は頭に血が上りやすい、ジェイドの性格。 変わっては、いないようである。 クックックと腹の底で笑いながら。 あまりに他愛ない相手の反応に、スカーは悪乗りした。 「なら、これくらい、平気だよなあぁ?」 身を乗り出して、片手でジェイドのシャツのボタンを外し、もう片方をそこに潜らせた。 「ちょ、なっ、スカー!!」 細い悲鳴を洩らし、焦ったように身を捩る。 「ん? やっぱ、無理?」 「へ、平気だよ! け、けどっ……!!」 意地と怒りと気恥ずかしさと。 中途半端に合わせ目を押さえ、混乱状態のジェイドの前を、強引にはだける。 「っ!!」 「ほう……」 けっこういい眺め、とスカーフェイスは正直感嘆した。 そもそも、ジェイドは色が白い。 ケビンも、普段からフルフェイスのマスク、コートに手袋と、完全装備をしていることもあって、白人の中でも、特に白い方である。 しかし、ジェイドはそれより更に白いのだ。 白過ぎて、蒼く透き通るような肌。 その肌が、見事に桜色に染まっている。 首筋に、僅かに色濃く、たった今スカー自身が付けた、紅のワンポイント。 猫科の獣のような、しなやかな体つきもそそるし。 顔も可愛い。 ……いい眺めだ。 半泣きの、そのくせこちらを睨み殺しそうな翠瞳が無ければ、もっと良い。 いっそ、その瞳が、本格的に泣くまでやってみても面白いかと思ったが。 そこまですると、洒落にならないし。 そこまでいく前に、ジェイドが反撃してくる可能性も非常に高い。 何より、下手にやり過ぎて、スカー自身がその気になってしまってはマズイ。 スカーが床に手を突き、のんびりそんなことを思案している内に。 ジェイドの方が動いた。 まじまじと見つめるスカーの視線に、結局羞恥心が勝ったらしい。 「も、もう…いい加減にしろよ……!」 小声で呟き、退けと言うように、肩を押してくる。 ちょうど良い潮時。 「はは、分かったって」 スカーも、身体を引き戻そうとした。 その時。 派手に物を床へぶちまける音が部屋に響いた。 「え…?」 「あ」 見れば、一様に強ばった表情で、部屋の入り口に立ち尽くしている二つの人影があった。 黒コートにジーンズ。流れる金髪。 古びた、深緑の軍服軍帽。威厳ある佇まい。 二人の足元に、一体元は、何だったのか。 割れたガラスと液体、ひしゃげた軟体物が、散乱している。 「レーラァ」 「ケビン」 無意識に、それぞれの恋人に呼びかけて。 スカーとジェイドは、自分たち二人の姿を思い出し、ぎょっとなった。 前をはだけて頬を染め、スカーの肩に手を掛けたジェイド。 そんな彼に覆いかぶさり、床に手を突くスカー。 二期生四人の同窓会の筈なのに。 何故か二人だけ集まって、こんな格好をしていたら。 まるで……同窓会を隠れ蓑にした、逢引きのようではないか。 「え、あ、いや、これ――」 「……二期生のクリオネから、レジェンド・ブロッケンの所へ、荷物が届いたんだそうだ」 焦った声を途中で遮り、ケビンが静かに呟いた。 怒り故の無表情というより、あまりの衝撃に放心したような調子である。 「中のメモは、ジェイド宛だったがな。“今いる土地の名物を送る。なかなか機会が無いが、また一度集まろう”とあった。 今回は連絡が取れなかったのだろうが、折角だからせめてこれだけでもと、そう思ってな。荷物をこちらに持ってきたんだ」 「近くで、偶然お会いして。俺のマンションでもあるし、案内を、と………」 語尾が、震えて消える。 「来てみたら、これだ」 再び、ブロッケンが引き継いだ。じろりと、部屋の中を見回す。 「クリオネだけでなく、デッド・シグナルもおらんようだな」 デッドは直前になって、都合が悪くなったと連絡が…… と、正しい事実を主張しようにも。 被疑者二人は、緊張で舌が強ばり、咄嗟に言葉が出ない。 そんな二人に、ブロッケンは冷ややかに言った。 「偶然二人きりなのか、示し合わせてのことなのか……」 明らかに、後者と取っていると分かるその口調に。 二人だけでなく、ブロッケンの隣のケビンまでが、びくんと肩を揺らす。 それに気付いて、ブロッケンは労わるような目になった。 「ああ、すまん。ケビン、お前の気持ちを……」 「いえ、いいんです」 ケビンはにっこりと、蒼褪めながらも、無理に微笑ってみせる。 「俺は、マルスが好きですけど……。でも…マルスを、縛る権利なんて……俺には、無い…………。 ……か、ら……ジェイドが、マルスを好きで…マルス、もそう、な…ら………………」 言いかけて、ケビンは不意に口元を押さえ、言葉を途切らせた。 湖水の瞳から、つうぅー…と一筋の流れが頬を伝い落ちる。 「……………」 「……………」 「……………」 それっきり、一度堰を切った涙は、もう留まることを知らず。 弱い自分を羞じ、金色の睫毛を伏せるケビンの姿は、流れる涙の清らかさとその美貌とが相まって、犯罪級の美しさだった。 見守る者は、心を打たれずにはいられない。 ジェイドもスカーフェイスも、一瞬現在の状況を忘れ。 ――俺がスカーのことなんて、好きな筈ないよ! ――俺にはお前だけだって、いつも言ってんじゃねえか! そう叫ぶことも忘れ。 顔を上気させ、ただただケビンに見惚れてしまった。 そして、ブロッケンは。 「ケビン……」 声を殺して泣くケビンの肩を、そっと抱き寄せた。 その温もりに、耐えかねたように。 「レジェンド・ブロッケン……」 ケビンも彼に縋りつく。 ――浮気疑惑のレッテルを貼りつけられた恋人たちの前で。 抱きあう二人。 「ケビン!? レーラァぁ!!」 「おい、じじい! 何すんだよ!?」 「じじいぃ!? スカー、レーラァに対して何てことを!!」 「あ!? 見たまんまだろうがっ!!」 途端に我に返り、すぐさま二人が喚き出すが。 ブロッケンは、その二人共に冷たい視線を送った。 「おい、スカーフェイス。ケビンを泣かせている張本人が、何を言うつもりだ?」 「ぐっ……!」 「それに…ジェイド!」 「は、はい!」 しゃきっと背筋を伸ばすジェイドを、ブロッケンは厳しく見やる。 「……俺はこんな年寄りで、お前はまだ若い。お前が俺だけでは物足りないのは分からんでもないが、よりによって友の恋人と関係を持つとは。 見損なったぞ!」 「そ、そんなレーラァ!」 誤解ですよぅ…と泣くような声でジェイドが訴えるが。 怒りの師匠は、そんな言い訳に耳を貸してはくれない。 「とにかく、二人共少し反省しろ! 俺は家の方で、ケビンを休ませてくるから……彼が落ち着くまでは、スカーフェイス、ジェイド!! 立ち入り禁止!! 来ても追い返すからな!!」 レジェンドの気迫でびしっと言い切って――自分自身も、何だか酷く憤慨しているような様子で。 ブロッケンは、ケビンを庇うようにして、出て行った。 二人は、ただ呆然と見送るしかない―――…… ……―――その後。 「あーあ、とんだことになったなぁ……。どうしたもんかね、この後始末!」 参った参った、と床に胡坐をかき、スカーフェイスは己が頭を叩いた。 ちょっとした悪ふざけが、予想外の結末に至ってしまった。 もともと彼自身にしか分からない、不思議な劣等感の裏返しで、なかなか恋人を信じてくれないケビンだ。 その分、彼は浮気に対し、寛容ではあるが。 してもいない浮気に寛容になられても、少しも嬉しくない。 気にしてないと、言い訳さえさせてくれないから、むしろ逆に厄介である。 ……この状況からどうやって、浮気などしていないのだと、彼に納得させたものか。 あれやこれやと悩み始めたスカーの背後で。 この時おどろおどろしい効果音が鳴り響いた。 「スぅ〜カぁ〜〜ーーー……」 地を這うような低ーい声。 彼は、はっとした。 一瞬、その存在を忘れていた、この部屋にいるもう一人。 恐る恐る振り向けば。 そこには、完璧に目の据わったジェイドの姿が。 「げ…………」 ……当然と言えば、当然だが。 ジェイドはスカーの悪戯の結末に、怒り狂っていた。 スカーは冷汗が流れるのを感じる。 さすがに、自分が悪いという自覚があった。 「ジェ、ジェイド、ちょっと落ち着け、な?」 何とか、宥めようと焦るが。 聞く耳持たず。ジェイドの右手から、文字通り炎が吹き上げる。 スカーは真っ青になった。 「ここはケビンの家でもあるんだって! この上家まで壊されたら、俺はケビンにどう言い訳すりゃいいんだよ!!」 「知るかああぁぁぁーーー!!!」 ……涙混じりのジェイドの絶叫とスカーフェイスの悲鳴が。 辺りに響き渡った……。 Fin. |