夜半過ぎ。 幼い頃の夢を見て、目が覚めた。 「っっ……!!」 目覚めた瞬間、悲鳴が零れる。 抑えきれない呼吸が、激しく喉を突く。 ……それでも、それらはすぐに部屋の闇に融けた。 「…………………」 後に残るのは、沈黙だけ。 どんな悪夢も、所詮はただの夢。 目覚めた後まで、俺を苦しめに来はしない。 俺も、もう昔とは違う。 夢を夢と思えず錯乱し、目覚めた後も、ただひたすら震え続ける。 そんな自分は、もういない。 夢は夢とすぐに理解出来るし、悪夢の中の影に、怯えたりしない。 ……それでも。 今夜もまた、眠れない。 夢は夢だけど、夢の中でそれは、現実だから。 忘れたい過去を、生々しい現在に変える“夢”が怖くて。 今夜も俺は、眠れない。 心細くないよう、毛布でしっかり自分をくるんで。 まんじりともせず、一人朝の光を待つ。 ……その、筈だった。 しかし。 「どうした」 突然、闇の中に静かな男の声が響く。 一瞬、びくりとしてしまったけど。 それは当然、たった今、夢に出てきたばかりの俺の父親じゃなかった。 つい最近、知り合ったばかりのセコンド。 名前はクロエ。セコンドとして、しごく有能。 ……それだけ。 それ以外、知らない。それだけの、関係。 なのに、こいつはいつの間にか、俺の住処に入り込んでいて。 俺は、それを咎めもしない。 変な……関係。 黙ったままの俺に、不審を感じたのだろう。 「どうした、ケビン。何があった?」 離れていた気配が、近づいてくる。 「いや……何でもない」 「そんなことはないだろう。声が聞こえたぞ」 暗くて、相手の姿はよく見えなかったが。 動く気になれず、横になったままでいた俺の額に、ぴたりと手が当てられる。 「それに、随分汗をかいている」 「何でもないんだ、本当に」 ひんやりとした、体温の低い掌の感触が心地よく。 それが、くすぐったくて。 俺はちょっと微笑った。 「昔の夢を見たんだよ。それだけだ。気にせず眠っててくれ」 夢は夢。現実の俺に、危害を加えたり出来ない。 今夜は、もう眠れないだろうけど。 それだけ。 何でも、ない。ただ、一人で朝を待てばいい…… そう思って、身構えていたのに。 そんな俺の隣に。 するりと。 「おい」 唖然となった俺の肩が、ぽんぽんとあやすように軽く叩かれる。 そして、横になった二人分の身体の上に、一枚の毛布。 「これでいい。さ、寝よう、ケビン」 「おい! お、お前……」 このふざけた行動に焦った俺は、自分の方から寝床を抜け出そうとした。 しかし。 「何でもないなんてことはない。夢を見たんだろう? 眠りを邪魔されるくらい、嫌な夢を。それは充分、重要なことだよ」 優しく、抱き締められて。 「また、見てしまうかもしれない。だから、一緒に寝よう。お前が魘されるようなら、すぐに起こしてやる」 闇の中、静かな口調が、あまりにも優しい。 ……そのせいで、俺は。 「馬鹿。夢は、夢だ。別にどうってこと、ない……」 口ではそんなことを言いながら。 俺は……抱き締めてくる腕に、縋りついてしまった。 他人の気配は、嫌いな筈なのに。 何故だか、こいつには甘えてしまう。 少し低いめの体温と。 闇の中、姿は朧に。 静かに落ちる、ロシア訛りの英語のせいだろうか? 「本当に…俺が魘されてたら、起こしてくれるのか…………?」 「ああ、ケビン。大丈夫だ。安心しておやすみ」 背中を撫でる、手が優しい。 あまりにも、優しくて。 ほー、と全身の力が抜ける。 大丈夫。こいつがいてくれれば、おかしな夢を見たりはしない。 何故だか、無条件にそう信じてしまう。 そうして俺は、瞼を閉じる。 闇の中、優しい温もりに包まれながら。 もう訪れることがないと思っていた、穏やかな闇の中へ。 ゆっくりと、落ちていく。 Fin. |