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◆『機長の恋路・巡り会い初恋編』

 

「いいかげん立ちなさい!立てっ!」と遠くにジャクリーンの叫び声を聞いた気がする。
イリューの意識はすぐに混沌としてしまい、次に目を開いた時には家に近付いたタクシーの中だった。
「―――−ようやくお目覚め?…本当に世話を焼かせて」
何故か膨れっ面で隣の席にジャクリーンが居る。
「あ、そこの角を右に曲がって。次の交差点をまた右に」と運転手に指示を出しているジャクリーンに、イリューはようやく「……俺の車……?」と問いかけた。
今聞くことは他にもあるのだが、酔っているイリューの頭は依然朦朧としている。
「置いてきたわよ」と面倒くさそうに返されて、イリューの酔いは僅かだが覚めた。
「――――あんな繁華街に、俺の車………!!」
「私が運転するって言ったら、しがみ付いて嫌がったんじゃないの」
あなたには何も文句言わせないわよ、とジャクリーンは手の平でイリューの口を塞いだ。
「―――……俺は…あの店で潰れたのか?」
しばらくしてから、ゆっくりとジャクリーンの手を退かせてイリューが尋ねる。
無言で頷くジャクリーンに首を竦めつつ「……それで………ジャクリーン、君が……運んでくれたのか?」と重ねて問うた。
「他に誰が居て!?」と腰に手を当て頬を膨らますジャクリーンは重ねて「―――…置いていくわけにもいかないでしょう!あなたみたいな図体の大きな邪魔者、
お店の人に怒られちゃう!!」とイリューに指突きつけてまくしたてた。
「―――それは………色々と迷惑をかけて、本当に済まなかった」
イリューはジャクリーンに詫びる。
ふん、とジャクリーンは小さく鼻を鳴らして「本当に迷惑よ!」と唇をとがらせた。
イリューはやれやれとため息をつきながらも思う。
もし本当に迷惑ならそのまま放っておく。連れて家まで送り返そうとしてくれるとは。
…………前にも、こんな風にしてくれた人が居たような。
まだ頬を膨らましている幼い表情のジャクリーンを横目で見ながらイリューは、意外とこのお嬢さん優しいところがあるのかなと一人微笑んだ。
「――――……ぁ」
ふと、イリューは口を押さえて大事な人が居ないことに気付く。
「――――ケビン、ケビンさんは?」どうして一緒に居ないんだ?と急に上半身を起こし目眩を起こした。
「ケビンなら、あなたがつぶれた後に店を出てったわよ」とジャクリーンに返されイリューは青くなる。
「迎えに行かなければ…!!」とドアを開け路上に転がり出ようとするイリューを、ジャクリーンは慌てて背後から抱き止める。
「止めなさいこの酔っ払い!そんなに足腰立たなくてどう迎えに行くっての?」私があなたを家に置いたらもう一度戻って探してあげるから、と
ジャクリーンは言い聞かす。
「…いや、やっぱりケビンは……」俺が行かなければ、とまでイリューは口にして、そのセリフの青臭さにちょっと赤くなった。
「駄目っ、家で大人しく寝ていなさい!」とジャクリーンの声に合わせてタクシーが止まる。
イリュー家のドアからミートが驚いた顔で飛び出てきた。
「ちゃんと連れて帰ってきたわよ」とジャクリーンは車の中のイリューを指し示す。
「…あ…あぁ、…本当にご迷惑おかけしました」
ミートはイリューに駆け寄ると「さ、お父さん家に入りましょう」と肩を支えた。
「じゃあ私はケビンを探しに戻るわね」
「―――ま、待て俺も…!」とイリューはジャクリーンの背に手を伸ばす。
セクハラまがいにしがみ付いて「俺が行く!」と叫ぶイリューにも驚かされるが、「無礼者!私の背に乗るなんて100年早い!」と怒鳴りながら
引き剥がしているジャクリーンもすごい。
ミートはしばしあっけにとられて立ちすくんでいたが、「―――お、お父さん!」と気を取り直してイリューを止めにかかるのだった。

ケビンは気ばかり焦りながらふらつく足で歩いている。早く、早くあの女が居る店から遠ざかりたい。そんな自分でも信じられないような弱気な心が歩を進める。
嫌な女。我侭で尊大で自分勝手に注目を集めて甘えた口を聞く、そんな嫌な女の言うままになっているイリューを見るのはもっと嫌だった。
あんな奴に甘い顔を見せるなんて、馬鹿、大嫌い、俺が一番って言ってたくせに…とケビンの酔った頭にぐるぐると罵りの言葉が渦巻く。
口まで出かかりさすがに口を押さえた拍子に、ケビンはふと物陰から視線を感じた気がした。
「――――…?」
酔った気のせいか、と思いながらもケビンは回りに気を配りながら歩を進める。
いつに無く神経を張り巡らし、ケビンは油断無く人通りの少ない小道に入っていった。
物取りか、俺を軽く見るとつけは大きいぞ…と、酔っていても負けん気は強いケビンはやる気満々だった。
しかし少し経つうちにケビンは、なにか妙な違和感を感じ始める。
獲物を狙っているというよりは。
ふらふら歩くケビンを後方から見つめる視線は、何故か心配そうにうろうろと定まらない。
誰だよ―――?とケビンが眉間にしわ寄せ勢い良く振り返っても、姿は無い。
しかし振り向いた拍子に勢い余ってよろけ、その場に膝を付いてしまったケビンに、物陰から「―――ケビン!」と小さな叫びが上がった。
その声の方向をケビンはキッと睨みつける。
じっと薄暗い物陰を睨みつけ、…十秒…二十秒…一分も経つ頃に小さなため息とともに暗がりから追跡者が現れた。
ケビンの元へ近付いてくるその姿に息を飲む。
「…………ウォズ…?」
光の下に現れたその人にケビンは知らぬうち、まだ舌も回らぬ頃の呼び名を口にしていた。
ケビンが自分の後を付けて歩いていた幼い頃の愛称を口にしたので、ウォーズは固い漆黒の仮面の下で少し微笑む。
ウォーズは、道路にぺったり座り込んだままぽかんとこちらを見つめ続けているケビンの元へゆっくり歩み寄り、目の前で黙って手を差し伸べた。
…立てるか?と相変わらずのゆっくりした声音の静けさに引き込まれて、ケビンは目を瞬く。
手を取ってもらい立ち上がるとケビンは「ウォーズマン、…どうして?」と至極真っ当な問いかけをした。
途端にウォーズはうろたえる。
「い、いや、俺は別に…観光、いや急用で。ここを通りかかったのは、その偶然で…別に後をつけていた訳じゃ…」
「?」と単純な疑問符で問いかけるケビンの瞳からウォーズはうろうろと視線を外し、聞かれてもいない怪しい言い訳を並べ立てた。
「―――…?」ケビンは首をかしげたままぼんやりとウォーズを見つめている。
どうしてここに来たのかよりも。
今ここに来てくれた…昔大好きだったウォーズが。ケビンには、そちらの方が重要で嬉しかった。
黙って自分を見つめていたと思ったら、その顔が華が咲くように破顔する。
ケビンの青い目がとても嬉しそうに細められ、こちらに向けられているのでウォーズはなんだかとても面映い。
しばらくぼんやりとケビンの笑みに見惚れていたウォーズは、「…元気?」とケビンに聞かれ慌てて頷き同じように聞き返す。
「――――……ん…」まぁまぁだよ、と急に目をそらせ俯くケビンにウォーズの表情も曇った。
「それより、さ。どこか行こう、ウォーズマン。…久々に会ったのに、こんな所で立ち話なんて」
すぐに顔を上げて明るい口調で話すケビンの不自然さに、ウォーズは戸惑う。
腕を引いて近くの店に連れて行こうとする、ケビンの酔ってふらつく背中に手をかけた。ウォーズはケビンをゆっくり自分のほうに向き直らせ、
その瞳を覗き込むようにしてとつとつと言い含める。
「ケビン、……腰を下ろしてゆっくり、2人で話がしたいな」ここではなく、と口説くようなウォーズのセリフに、ケビンの鼓動は早まる。
しかし、昔通りの邪気の無い笑みでウォーズが自分の頭を撫で背を押すようにして歩き始めると、ケビンは妙な勘ぐりをした自分に一人赤くなった。
「―――…公園…?」夜の公園に手を引かれ連れて行かれ、ケビンは不思議そうに首を傾げる。
ウォーズはケビンをベンチに腰掛けさせた。微笑んだままウォーズは近くの自販機に歩いていき、2人分の缶コーヒーを手に入れ戻ってくる。
ひとつをケビンに手渡しながら、自分も隣に腰を下ろした。
夜の公園でひとつのベンチに並んで腰掛けている。恋人みたいに見えたりして、とケビンは一人で想像して勝手に気恥ずかしくなった。
ウォーズはどんな顔をしてるんだろう、とケビンは横目でこっそりうかがう。
ウォーズはじっとケビンを見ていた。
その目の色がひどく心配そうで不安な色に揺れていることに、ケビンのほうが驚いて息を飲む。
気まずさに慌てて目をそらし、手渡された缶に口をつけていると「―――ケビン?」と静かな声がかけられた。
「ケビン?」黙ってコーヒーを飲み続けるケビンに、ウォーズはしばらくためらったが、思い切った様子でそっと手を伸ばした。
「ケビン、……大丈夫か?」
心配そうな声音のウォーズをケビンはぼんやりと見返した。
「大丈夫か?」と聞かれて、そういえば昔もこんな口調で聞かれたなとケビンは思い出す。わずかにいやいやと首を振るとウォーズは昔のように
ケビンの頭を撫ぜてくれた。
さらさらと指通りの良い金髪を何度も何度も、ウォーズは撫ぜながら「ケビン、ケビン」と繰り返し名を呼ぶ。
心持ちが不思議なほどに落ち着いていくのを感じながらケビンは、小さい頃に額に感じたウォーズの温かくて大きかった手の平を思い出す。
大好きなウォーズは何かあると、こうやって頭を撫でて励ましてくれた。優しい大きい手が大好きだった。
そうか、だから俺。名を呼ばれると落ち着くのかと、ケビンはウォーズの手の平に甘えて自ら額を押し付けた。
「―――ケビン。…良い子だ」ウォーズは、ケビンの頭を自分の胸に引き寄せ語りかける。
「良い子だ、君は良い子だケビン」と幼い頃と同じセリフで頭を撫ぜるウォーズに、ケビンは思わず微笑んでしまう。
ケビンはふと、昔「ウォズと一緒になりたい」と甘えたことを思い出す。幼い頃のただの戯れだった、はず。
そんなこと、大きくなってからはまともに考えたことも無い。大人になった今になっては、ウォーズにはそんな言葉は忘れていて欲しい。
どうしてって、とケビンの眉は悲しげにひそめられる。大人になったケビンは、昔は気付かなかった事を知っている。
でも、…と額に乗る手を捕らえながらケビンは、昔のままに優しいウォーズに思う。
『大きくなったら、ウォズのお嫁さんに』
そうすれば良かったのかな、と温かい手を頬に感じながら思うケビンの心情を知ってか、ウォーズは穏やかな笑みを見せてケビンの額に口付けた。
一瞬、体を固くしてしまいその動揺ぶりにケビンは自らを恥じ入る。親代わりにもなってくれた男に、なにか心待ちに期待する自分が許せない。
「―――良い子だ、ケビン。君はきっと立派な大人になる」昔の通りのウォーズのセリフ。しかしケビンは、その後に続くセリフを記憶の中から呼び覚まし
背中に冷たいものが走った。
「―――ウォーズマン…ウォズ」待って、と唇は動くが言葉にはならない。
ひどく嫌いなあの言葉、ケビンを傷つけているとは露ほども気付かないウォーズのあの言葉…ケビンの予想通りのセリフが年月を経て、
またウォーズの口からこぼれ出た。
「君の父上にも劣らない、立派な大人に――――」
「―――――……」
ケビンは小さく笑みを浮かべてウォーズの手の平をもう一度頬に押し当て、そしてそっと手放した。
ゆっくり自分から体を離していくケビンの微笑が、2人を照らす月のように青白く切なかったのでウォーズは息を詰めてそれを見守った。
「ケビン……大丈夫か………?」
小さい頃「大丈夫?」と聞くウォーズの表情の方がよほど心配だったことをケビンは思い出しながら、昔のように唇を引き結び強気な笑みで
「―――…大丈夫」と返した。
「―――帰る…心配してるといけないから」
指先でもう一度ウォーズの肩に触れてから、ケビンはふらつきながらも立ち上がった。
「ケビン…送っていくよ」と後ろから付いて歩くウォーズに振り返り、ケビンは「大丈夫、ウォーズマン」とはっきり言い切る。
「じゃあ…また、もしヒマなら家にでも寄ってくれよ。―――当分帰る気無いし、……親父に…よろしく伝えておいて」
じゃ、と背中を向けるケビンに拒絶を読み取って、ウォーズの伸ばした腕は宙で止まる。
未練で数メートル後ろを付いて歩いたウォーズは、ケビンがタクシーに乗り込み去っていくのを確認してから肩を落とした。

家の前がなんだか騒がしい。
ケビンは後部座席から首を伸ばしてフロントガラスを覗き込み、そして「…げっ」と思わず唸る。
家の玄関では「迎えに行かなければ〜!!」と振り切ろうと必死のイリューにそれにすがるミート、それを「止めときなって、まだ酔っ払ってるんだから」と
支援して同じく追いすがるジェイド。その横で「いいね〜強気なお嬢さんなんて俺好みだね♪」とスカーに口説かれているジャクリーン。
そんな頭の痛くなるような光景がケビンを出迎えた。
「―――おっ、ケビン無事にお帰りか!?」と目ざといスカーが一番初めに声をかける。
「お前達のおかげで、なんでか俺たちまで駆り出されちまって」今度なんか奢れよー、とスカーは邪気無く笑った。
「ケビンさん!!す、すみません俺が酔いつぶれてしまったばっかりに…!!」
イリューは半ばジェイドとミートに抱えられるようにして、よろよろとケビンの前に来ると平伏して謝り出す。
「ケビン!ようやく戻ったわね!丁度良かった、皆でもう一度仕切り直しよ!」とケビンの傍まで来て元気良く宣言するジャクリーンだったが、
その口を後ろからスカーに押さえられる。
「はいはい、今日はもうケビンは打ち止め打ち止め。あいつ悪酔いすると器物破損に走るからさ」
飲むなら、俺と飲まねーかお嬢さんと口説かれ、ジャクリーンは頬を膨らましながらもまんざらでもないようすでスカーを見た。
イリューの肩を担いでいるジェイドの目が厳しく光る。
「―――スカー……!!」とジェイドが鋭く叫ぶ前に、スカーはジェイドの耳元に顔を寄せた。
「仕方ねぇだろ、妬くなよジェイド。…テキトーなところで車に押し込んで送り届けて帰ってくるからさ」
「―――さっき自分で言ってた…!強気なお嬢さんが好きだって」
ま…ね、とスカーは悪びれずに認める。
「でもまぁ、お嬢さんに弱いもう一人がこの先連れ回されて、修羅場を見るよりかはマシだってね。…荒れてるあいつもまぁ好みだけど、」
度が過ぎると目も当てられねぇしな、と、ふと真面目な顔でスカーは言う。
ジャクリーンに振り向いた時には、いかにも軽そうな笑顔で「さて、どこにお連れしましょう?お好みをお聞かせ下さい、お嬢さん」と笑った。

「―――…ウォズ…ウォーズマンに会ったよ」
ケビンは皆が帰っていった後、一人部屋にこもった。
心配なイリューがまた怒られるかもと危惧しながらも部屋の戸を叩くと、意外にも静かな面持ちのままケビンは自室の扉を薄く開いてこう言った。
「ウォーズマン…?ケビンが話してくれたウォーズマンですか?」
伸びてきた手に腕を捕まれ、部屋に引き入れられながらイリューは尋ねる。
うん、そう。つぶやくケビンの目がどこを見ているか分からなくて、イリューは宥めるようにケビンの背を何度か撫ぜて再度問う。
「ウォーズマンに、会ったのですか?どうして…日本に?ウォーズマンが、ケビンを訪ねてあそこまで来たんですか」
知らない、とケビンは低く呟く。
「でも俺、今日分かったことがある」
「―――何です…?」と聞き返すのも憚られるようなケビンの遠い目に、イリューは心底困った。
戻ってきてからのケビンの様子は、本当におかしい。
「―――俺がさ…」とケビンはイリューの問いに薄く笑って答える。
「どうして…好きって決めた奴、自分だけのモノにしておきたいか。…が分かった」
意味を図りかねて黙って見守るイリューの前で、ケビンはうつむき肩を震わせる。
泣いているのか、とイリューは危ぶむがケビンの上向いた顔には涙など見受けられなかった。
代わりにその目に見つけたのは、ひどく傷付いた魂。
「最初に手に入らなかったのが、こんなに堪えてたんだ…俺」
イリューは「それって、つまり…」と言ったっきり口ごもり二の句がつげないでいる。
「―――スカーにも、我慢できなかった。煩さがられても変えられなかった」
「………それは、付き合っていたらそんなものでは、」
ケビンは、なんとかフォローを入れてくるイリューに冷たい言葉をかける。
「だから、あの女に優しくするお前なんか要らない」
「ケ、ケビン」
「本当に。居なくなるかも知れない奴なら、俺は最初から要らないから」
イリューは断罪してくるケビンを前に、本当に困り果ててしまう。
優しくと言われても、別にそんなやましい感情は無かったのに、それを取り上げてここまで言われるなんて。
いや、それだけ自分が頼りにされているということかと、イリューは頭を掻きながら思い直し一度深呼吸した。
「あの…ですね。俺はケビンさんが大事です、一番好きで、…その、色んなところも合わせて一番可愛いと思ってますよ」
最近、こうやって愛を確かめられてばかりいるような気が、と気恥ずかしく思いながらイリューは訴える。
「だから、ケビンさんももう少し俺を信用してくれませんか」
お前を?とじろりと睨み上げられてイリューは汗をかく。
「頼りなく見えるかもしれませんが、いや実際頼りないところも多いのかもしれないが。俺はケビンの傍に居ますから、
―――ケビンを誰かの代わりにしたりは、しません…から」
ケビンの肩が揺れる。心に届く言葉にケビンはイリューをじっと見つめる。本当にこの自分を、誰の代わりでもない自分を必要としてくれるのだろうか?と
イリューの目を半信半疑で覗き込んだ。
「…比べたり、代わりじゃなくて。ケビンと一緒に居るための努力をしたい。それが答えでは、駄目ですか?」
イリューもケビンの目を見返す。
「あなたの好きな…ウォーズマンより、頼りないかもしれませんが」
「…――――ウォズだって…俺のほうがしっかりしていたよ」
ケビンはそこで初めて、少しだけ声を立てて笑った。
スカーなら、「お前よりか!?そりゃひでぇ」といらない軽口を叩くだろうが、イリューは黙ってケビンの頭を撫でた。
その温かい手にケビンは覚えがある。
幼い頃の優しい手はいつまでもそばには居てくれなかったが、この手はどうだろう。
ケビンは目を閉じてイリューの手を感じる。
なんだか頼りない。清々しく光る歯が一見格好よさげに見えるけど…コイツ、そこはかとなくダメっぽい。
でも、いつのまにか無くなってしまわない手の平、なのかもしれない。
「俺のそばに居るか?俺が呼んだら、」ケビンは言葉を切る。いつでもこうして頭を撫でて安心させてくれるか?とは、気恥ずかしくて聞けない。
代わりに上目遣いに見上げた。
「ええもちろん。ケビンの一番近くに居ます」あなたは俺が護ります、と胸を張って言うイリューは自身満々だが、やっぱりなんだかたくましさからは遠い。
頼りなさそ、なんでコイツこんなにダメっぽいんだろ、とケビンは勢い込んで宣言するイリューの真面目な顔を見ているうちに笑いが止まらなくなってくる。
笑い出したケビンにイリューは面食らう。
「ケ…ケビンさん?何を笑ってるんです?」
「……だってお前、俺より弱くてそんな大口叩くなんて…可笑し………」
「!そ、そんな…頼りになるよう努めますから!」
「……ははは………」
「信じてください!ケビンさんの望むように努力しますから」
「努力……はは、お前その物言いがすでに超頼り無さそう…」
ケビンは真面目に誓っているイリューの顔を指差して、ずいぶん酷いことを言う。言いながら真剣に考える。
信じて、裏切られるのは確かにこわいけど、でも…とケビンはイリューに顔を寄せ自分から口付けた。
イリューは突然のキスに戸惑いながらも、甘えるようにもぐりこんで来る舌先に頑なさが無かったことが嬉しい。
「………ま、仕方ないか。頼りないけど信じてやるよ」
その代わり俺を裏切ったら恐ろしいからなと脅すケビンに、イリューはつい嬉しそうな顔を見せてしまう。
「何だよ」と努めてケビンが不機嫌な声で問えば、「いや……ケビンさんに、こんなに真剣に思ってもらえるなんて、嬉しくて」とイリューが返す。
その幸せそうな笑顔に、ケビンは「―――――バカヤロ……ッ!!」と真っ赤になって怒鳴り返した。
「なに勝手なこと、恥ずかしくないのかよお前!」
「いっ……痛ててててててっ!!ケビンさん痛い」頬をつねられイリューは悲鳴をあげる。
「大体、お前があの女なんかに甘いカオしなけりゃ良かったんだろっ!」
よそ見が出来ないようにお仕置きしてやろうか、とケビンはもう片方の頬もつねり上げイリューにもう一度顔を寄せると、真っ白な前歯で
イリューの鼻の頭にかじりついた。
犬がキャンキャン吠えるようなイリューの悲鳴に被さって、ケビンの高い笑い声が部屋中にしばらくの間響きわたっていた。