SCAR FACE SITE

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◆『いつも傍に』



 

がんがんがんがん!
玄関のドアを乱暴にノックする音で、スカーフェイスは目を覚ました。
手探りで目覚し時計を探し出し、眠い目をこすりながら時計の針を見やる。
時刻は午前五時ちょうど。
スカーフェイスは時計を放り出すと、布団の中に深く潜り込んだ。
今の時刻が昼前とか、そういったものならば
ドアを開けて対応してやろうかとも思ったが、
しかしこの時刻。そんな優しい気持ちはみじんも芽生えなかった。
第一、こんなに朝早くから自分を尋ねてくるような非常識な知り合いを、
自分は持った覚えはない。
がんがんがん!
今だ迷惑なノックの音は続いているが、
こちらが対応しなければあきらめて帰るだろう。
そう思い、スカーフェイスは再び訪れた睡魔に身を任せようとした……、が、
「ベルリンの赤い雨―!!!!!」
突如としてノックの音が鳴り止んだかと思うと、
次の瞬間、聞こえてきたのは誰でもない、自分の恋人の声だった。
「……」
スカーフェイスはその声で、眠りの世界から覚醒させられた。

「……どうしたジェイド」
心労で微かに頭痛を訴えてくる頭を抑えながら、
何かをあきらめたような声音でスカーフェイスは、
先刻ドアをぶち破って進入してきた非常識な恋人に向かって尋ねた。
ジェイドはソファに腰掛けるスカーフェイスの正面ではなく隣に腰掛けると、
何かを思いつめたかのような真剣な眼差しで彼を見つめる。
それを感じ取ったスカーフェイスは、またジェイドが何か勘違いして先走っているの
かもしれないという疑念を頭から追い出し、
こちらも真剣な面持ちで彼の言葉を待ってやる。
ジェイドは己の中にある気持ちをなんとか言葉に精製しようと、四苦八苦していた。
己の気持ちを相手が理解できるように、上手く言葉にするという行為が、
どうにもジェイドは苦手なのだ。
「ゆっくりでいいから、な」
スカーフェイスは、普段の彼からは考えられないほどの優しい声音でジェイドに告げ
ると、気長にジェイドが言葉を紡ぐのを待つことにした。
「……ごめ、……ありが、と……」
彼の優しい心遣いと言葉が嬉しすぎて……。
ごめん、ありがとう。
そう告げたかった言葉が、嗚咽にかき消されて、
酷く聞き取りにくい物になってしまった。
それでもスカーフェイスはそれを聞き取ったのか、
ジェイドの頭にぽんと手を乗せて、
ぐしゃぐしゃと少々乱暴気味に、ジェイドの頭を撫でた。

「……いないんだ」
嗚咽を収めたジェイドは、しばしの沈黙の後、ぽつりと口を開いた。
「いない……」
途切れ途切れに紡がれる言葉。
口を挟まず、スカーフェイスは聞いている。
「……レーラァがいない。それに……お前も、オレの前からいなくなったんだ」
寂しさに震えるその肩を優しく抱き寄せる。
まるで幼子が母親にすがりつくかのように、
ジェイドは、スカーフェイスにしがみ付く。
「解っている。レーラァはオレのためにいなくなった。
オレを一人前にするために……。
それでも、オレは寂しかった。
……それで、今日、夢を見たんだ。
その中でお前もオレの前からいなくなった。
オレは本当に一人になって……。
それは夢だって……夢だって、解っている。でも、怖かった」
「……それで、オレの所に来たのか?オレがいるかどうか不安になって?」
尋ねると、彼はこくんと頷いた。
そうか、とスカーフェイスは小さく呟いた。
彼が寂しがっている事は理解していたつもりだった。
ブロッケンJr.という親代わりの存在を失って、
不安に思っている事も知っているつもりだった。
だが……。
それは所詮、自分が勝手に理解しているつもりになっていただけにすぎなかったの
だ。
自分が思っていたほど、ジェイドが抱えていた寂しさは軽いものではなかった。
それなのに……!
……きちんと受け止めてやれなかった自分が情けなかった……。
「……スカー?」
急に黙り込んでしまったスカーフェイスに、
微かに不安を感じたジェイドは彼の顔を覗き込む。
「悪かった……」
「え?」
小さな声でスカーフェイスが何か言ったが、聞き取る事が出来ずに聞き返す。
しかし、彼がその言葉を紡ぐ事は二度と無かった。
代わりに……。
「ジェイド、お前もうここに住め。今すぐ荷物持って来い!」
そう言われて、目をぱちくりさせる。
「お前がここに住んだら、お前はオレがいなくなるかもしれないなんてこと、
思わなくて住むわけだし、
オレはもうドア壊されなくて済むわけだし、一石二鳥だな」
一人勝手に納得して、うんうんと頷いているスカーフェイスに、
しばらくの間ついて行けなかったジェイドだが、
「いいから荷物持って来い!」
とスカーフェイスに急かされた瞬間、彼の言葉の全てを理解した。
彼は、自分にここに住む事を許可してくれたのだ。
すなわち、それは……。
(オレの傍にいてくれる。そういうことだよな……)
ジェイドは嬉しそうに微笑むと、立ちあがり、
先刻壊したドアを踏み越え、荷物を取りに、
きれいな朝焼けに染まる外に駆け出して行った。