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◆歪められた思い〜後編〜

 
「クソッ!あの野郎…ふざけやがって!」
キッドは無我夢中で走っていた。
ただ、ある場所を目指して…一直線に走り続けた。
「ジェイド…!」

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時間は少し遡る。
「毎日毎日こればっかじゃな…栄養が…」
いつものようにキッドはコンビニ弁当の昼食を済ませ、万太郎達と一緒に遊びに行こうとしていた。
「しかし…遊びすぎか?今月は少しキツいな。」
ちょうどその時であった。

プルルルルルル...プルルルルルル...

不意に、電話が鳴った。
「電話か?一体誰から…」
ここ最近は、ジェイドからの電話が多かった。
だから、この電話もジェイドからの物かと思っていた。
「もしもし?」
何の疑いもなしに受話器をとってみる。



…だが、その電話から飛び出してきたのは、ジェイドの声ではなかった。



その電話から飛び出してきたのは…



             キ ッ ド に と っ て の 、 悪 夢 の 始 ま り だ っ た 。




「”久しぶりだな…テリー・ザ・キッド。”」
「…!?だ、誰だ!?」

いきなり、どこかで聞き覚えのある声が聞こえてきた。…ジェイドの物ではない、誰かの声が。
「”…この間は、せっかくジェイドの部屋に仕掛けておいた盗聴機を…よくも壊してくれたな。”」
その言葉を聞くと、キッドはその声の主が誰かを、容易に理解できた。


(『とうちょうき』?『壊した』?…俺が?
  …っ!?ま、まさか…っ!)



「まさか…お前…スカーフェイス…なのか!?」
声の主に向かって怒号の声を浴びせる。
「”ご名答。…その通りだ。”」
「…一体、何の用だ?」
キッドには、スカーフェイスが電話をかけてきた目的を理解することができなかった。
そもそも、なぜ彼がキッドの電話番号を知っているのか。…それさえも分からなかった。
「”まあ、そう焦るなよ…とりあえず、まずはこれを聞くことだ。”」
そういわれた後、しばらく受話器の向こうからは何も聞こえてこなかった。
キッドの緊張は高まる。

…そして。
次の瞬間、キッドはようやく知ることになる。



ジェイドにとっての悪夢が、既に始まっていることを。



「”…キ…キッド…先輩…”」
「…な!?」
その声はスカーフェイスのものではなかった。
その声は…ジェイドのものであった。
「ジェ、ジェイド…!?一体、何がどうなって…」
「”それは…俺が説明してやろう。”」
スカーフェイスは不敵にそう言った。
「”…いいか?よーく聞けよ?”」
「な、何だ!早く言え!」
じらされて苛立ちを抑えることができず、思わず大きな声を出してしまう。
「”…ジェイドは預かった。”」
「…?」
「”もっと分かりやすく言えば…『誘拐』だな。”」
「ゆ、誘拐…だと!?」



一瞬、目眩がした。

ジェイドが…誘拐された?

それはあまりにも突発的なことで…信じ難かった。
だが、先ほど受話器の向こうから聞こえてきた、ジェイドの声…
あれを聞いてしまっては、もう信じざるをえなかった。



「よ…要求は!お前の要求は何だ!」
もう、頭の中にはジェイドを助け出すことしかなかった。
ただ、それだけを考えていた。
「”案外、物分りがいいな…だが。”」
「『だが』…何だ?」
「”俺は、物は要求しない…お前に指定場所まで来てもらう。”」
「指定…場所?」
「”いいか…3:00までに○×△まで来い。そこでケリをつけよう。もし来なかったら…”」
「ジェイドの命はない…ってか?」
「”いや、殺しはしない。…だが。”」
「だが…何だ?」
「”…このままだと、アイツは、壊れちまうかもなァ?”」
「こ、壊れる…だと!?どういうことだ!?」
「”そのまんまさ。人格も、精神も、思考も…完全にイカれちまうかもなァ?…死んだ方がマシなくらいに。”」
「な、何だと…お前、一体何を…!」
「”じゃあな。まぁ、せいぜい頑張ることだな。”」

プッ…

スカーフェイスは、そう言うと一方的に電話を切ってしまう。
「!?お、おい待て…!」



こうして、今に至るわけである。

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時間はもっと遡る。

「スゲエ…気持ちいいぜェ?ジェイド…」
「も、もういや…んああっん!!」

ジェイドは、媚薬で高ぶったその体をスカーフェイスに犯され続け、半ば放心状態にあった。
「お前はやっぱり…可愛いなァ、ジェイド?」
そう言うとスカーフェイスはまた舌を絡めてくる。
「ん…っ!」
もう、抵抗するほどの体力すら残っていない。
ただそれに従うことしかできなかった。
あまりの激しさに唾液が漏れる。
「どうだ…?もう俺のことしか考えることはできねェだろう?」

もう、ジェイドにはほかの事を考えることすらできなくなっていた。
ただ、犯されて、弄ばれて…それに従うことしかできなかった。
それは、悪夢だった。…いや、もはや悪夢と言う言葉ですら表すことのできない位の恐怖なのかもしれない。

そして…ジェイドは少しずつ狂っていく。
抑えようのない、欲望と快感によって。

「もう、お前は…俺のモンだ。」
不敵な笑みを浮かべてスカーフェイスが言った。
ジェイドは否定しようとした。
しかし、声を発することができない程疲れていて、それどころではなかった。
(こんなの…嫌だ…)
ジェイドの目から、涙がこぼれる。
「そうやって泣いてる顔も可愛いぜ?ジェイド…」



もう…
もうこの男に屈服するしか、無いのか?
もうこの男の性欲処理玩具となるしか…道は無いのか?
そう思ったとき。



ふっと、頭の中にある人物が映し出される。



優しい目に、金髪。


そして、額には「K」のタトゥーマーク。







(キッド…先輩…」



その名を口に出すつもりはなかった。
もし、今の状態のスカーフェイスにそれを聞かれたら…何をされるか分からないからだ。
だが…
あまりの恐怖に…無意識のうちに口に出してしまったらしい。
スカーフェイスの顔から、不敵な笑みが消える。
そして…その顔に怒りが生まれているのが分かった。

「なぜだ?」
スカーフェイスに問い詰められる。
「…なぜ、俺よりもあの男の方が…?」
ジェイドはスカーフェイスをその目で見据える。…だが、何も言わない。
「一体…俺とあの男とどう違うと言うんだ?」
ジェイドは沈黙を守り続ける。
「…答えろ!」
痺れを切らしたのか、スカーフェイスは首を締め上げる。
「なぜあんな男の方がいいんだ…奴は弱い。それに…第一、女にはだらしない。なのになぜだ!…なぜ、俺のものになろうとしない!」
首を絞めるスカーフェイスの手に、更に力が入る。
「ぐぁっ…!」
ジェイドはその痛みと苦しさに、思わず声をあげる。



しばしその状態での沈黙が続く。
だが。


不意に、スカーフェイスがその手の力を緩め、ジェイドを開放する。



「…よし…」
「?」
また、スカーフェイスの顔に笑みが生まれる。
怒りは残したままで。
「それなら…こうしよう。…今から奴に電話をかけ、奴をここへ誘い出す。…お前にも出演してもらうぜ?」
「で…でんわ?」
「ああ。…それでもしも奴が来たら、お前を解放しよう。助け出すことができなければ…」
スカーフェイスはそこでいったん言葉を打ち切り、そして、不敵な笑みをさらに不敵にする。
「そのときは…お前は一生…俺のモンだ。」
「…」
しばしの沈黙。そして…
「…わ、分かった。…お前の提案を…飲もう。」
ジェイドは覚悟を決めた。
もし、キッドが自分のことを本当に好いていてくれるならば、来ないはずは無い。
キッドが来なければ…彼にとっての自分と言う存在は、それほどのものなのだ。
そう、考えることにした。
「…決まったな。それじゃあ、早速奴に電話をかけるか…」
そういうとスカーフェイスは、ジェイドからキッドの電話番号を聞きだした。
そして、電話をかける。…

「”もしもし?”」
「久しぶりだな…テリー・ザ・キッド。」
「”…!?だ、誰だ!?”」


      ・

      ・

      ・


そして、今に至る。
「さぁてと…指定した時間まではまだ時間があるな。」
そう言うと、スカーフェイスは立ち上がると、何かの容器と縄を取って来る。
「…な、何だ…それ…」
嫌な予感がした。
背筋がゾクッとする。
一体、何が飛び出してくるか…不安でいっぱいだった。
「お前にはもう少しだけ、付き合ってもらうぜ…」
そういうと、いきなりジェイドの両手を縛り付ける。
「な…!?」
それにより、ジェイドはベッドに固定されてしまう。
「い、一体…何をするつもりだ…!」
必死に縄を解こうとする。
だが、先ほどよりは体力は回復したものの、まだそれを解く程の体力は残っていなかった。
「これでお前はもう、逃げられねェ。」
スカーフェイスはそう言うと、容器から白いクリーム状の物を指ですくってとる。
そして、それを…ジェイドの体中に塗りたくる!
「な、何だそれ…ぅぁああっ!?」
ジェイドの体のそれを塗られた箇所が再び熱くなる!
そして…再び欲望が膨らんでいった。
「これはな…催淫剤入りクリームだ。…さっきの媚薬よりもずっと強力なヤツさ。」
「な…っ!?」
「ククク…心配するこたあねェ。俺がお前の欲望をキチンと処理してやるからな。」
「い…嫌…」
「感じさせてやるよ…お前が狂ってしまうくらいにな!」


「うわ…うわあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァアアアァァァァアアアアアァァァァっ!!!」



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午後三時少し前に、キッドは指定場所に着いた。
「…奴が指定してきたのは、ここのはずだが…?」
キッド以外の人影は、そこには無かった。
ただ、崖の端に小屋みたいなものが一軒、ぽつんと有るだけである。
「…クソッ」
キッドは苛立ち始めていた。
もうそろそろ三時である。
しかし、スカーフェイスが現れる気配は…無い。

そう思ったその時。



  ダァン!


  キュン!

「!?」


いきなり破裂音がして、キッドの近くの地面の一部が火花を吹く。
「こ、これは…!」
「チッ!外したか…」
「え…?」
振り向くと、そこにはスカーフェイスがいた。
…右手に、『何か』を握って。
「お、おい…」
「何だ?」
「その…右手に持ってるものは…」
キッドもそれに気づく。
「…これを見ても何かわからねえ程バカじゃねェだろう?」
「やはり、それは…銃か。…本物の。」
最初見たときは…ただの模型かと思っていた。
しかし、それでは地面の一部が火花を吹いたことについて説明がつかない。
…本物の銃と、認めざるを得ないだろう。
「ったく、盗聴機といい銃といい…一体どっから手に入れてくるんだ?」
自らの不安を紛らわすようにキッドは言う。
「しかし随分と物騒なことだな。以前ブロッケンJr.に飛ばされた時とはまるで別人みてぇだ…」
あの時は、敵ながら哀れにさえ見えた。
だが…
あの時とはまるで…雰囲気が違う。
「…お前がここで消えさえすれば、ジェイドは俺のモンだ。…もう、誰にも邪魔することはできない。」
スカーフェイスが口を開いた。
「…だから…お前にはここに眠ってもらうぜ…永遠に。」
そう言うとスカーフェイスは、再び引き金を握った。
とっさにキッドはそれを感じ取り、すんでのところでかわす。
近くにいては危険だと考え、少し距離をとろうと走り出した。
「逃がさねえ!」
今度は、五発発砲した。
「…ッ!」
それら全てをかわすことはできず…二発、当たってしまった。
左肩に一発、右腕に一発。
だが、苦痛に悶えている暇も無かった。
また、三発発砲される。
とっさに近くの森の中に逃げ込んでこれをかわした。
「ハァ…ハァ…ハァ………」
森の中を迷走する。
森の中に逃げ込んだこの決断が吉と出るか、凶と出るか…分からなかった。
だが、キッドはいつまでも逃げ回っているわけにはいかないことを思い出した。
「…!!」

ジェイド…
ジェイドを一刻も早く助け出さなくては!

ジェイドはおそらく、崖にあった小屋に監禁されているのだろう。
と、すれば。
ジェイドを助けるならば…森を出なくてはならない。
少なくとも、森の外よりは中のほうが安全だろう。
ジェイドを助け出すには、森の外に出なくてはならない。
そして…スカーフェイスを倒さなくてはならない。
当然、こうなることは予想外だったため、遠距離攻撃ができる武器など持っていない。
…どうする!?

ここでキッドは一つの選択に迫られた。


   自分の命か?

         ジェイドを取るか?




「…考えるまでもねぇ、な。」
キッドは走り出した。
……森の『外』に向かって、走り出した!



しかし。
カチャ。
「!?」
森の外に出たとたん、キッドのこめかみに何かを突きつけられた。
(…これは…銃!)
「残念だったなァ…テリー・ザ・キッド。」
「く…!」
そこには、不敵に笑うスカーフェイスがいた。
「…もう少しでジェイドを助けることができたのになァ…」
「ち…畜生…」
キッドは、自分の最後を悟った。
「…あばよ。」
覚悟を決めて…目を閉じた。
そして、キッドの意識は…そこで途絶えて…


      ・

      ・

      ・

      ?



意識は…途絶えなかった。


何故だろう。
カチャカチャと言う音がするだけで、一向に予期した衝撃が来る気配が無い。
そっと目を開けてみる。
「な、何だ…?こ、故障…か?」
どうやら、弾が出ないらしい。
そのスキを突いて、スカーフェイスの手から銃をもぎ取り、転倒させる。
そして、両足を掴んでその体を左肩と右腕の激痛に耐えつつ回し始める。…ジャイアントスイングだ。
そして…力一杯投げた。
「ぐわあああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
スカーフェイスの体は崖の方へ飛んで行き…そして、落ちていった。
…スカーフェイスを倒したのである。



「い…今のはさすがに…無理、しすぎた…か?」
さすがに、傷ついた体でジャイアントスイングをするのは無理があったようだ。
左肩と右腕に激痛が走り、血が出続ける。
だが、いつまでも休んでいる暇は無かった。
早いところ、ジェイドを助け出さなくてはならない。
とりあえず、ズボンの裾を切って応急処置を施し、崖の小屋に向かう。


      ・

      ・

      ・


小屋の中は、ごく普通の部屋、と言ったところか。
丸くて小さなテーブルに、イス。
そして、ジェイドが今寝ているベッド。
普通に住んでいればごく当たり前にあるようなものがあった。
そして、ベッドの上には…

「…ジェイド?」

ジェイドは完全に放心していた。
縄で手を縛られ、ベッドに拘束されていた。
手首にその痕が、くっきり残っている。
…よほど酷い事をされたのだろう。

「ジェイド!しっかりしろ!…大丈夫か!?」
その呼びかけに、ようやくジェイドはかすかながら反応した。
「…キ…ッド……先…ぱ…い…」
「待ってろ、すぐに縄を解いてやる…」
キッドは手早く縄を解く。

その途中、ジェイドはキッドの肩と腕から血が滲んでいるのを見つける。
「…その…ケガは…?」
「ん?ああ、これか?…こんなの、お前の受けた苦しみと比べたら…屁でもねぇ。」

そうしているうちに、縄を解き終えた。
「よし、これで大丈夫だ。
「…あの。」
ジェイドが問いかけてきた。
「ん?何だ?」
「…どうして、こんなムチャしたんだ?…こんな…怪我までして。」
そう言うと、キッドの腕のケガをそっと触った。
これに、対して、キッドはジェイドの肩をポンと叩く。
「言ったろ?」
「え…?」
「…『これから先、お前に何が起きても…俺が…きっと俺がお前のことを守ってみせる。』…そう言っただろ。」
キッドがそう言うと、ジェイドは涙をこぼした。

そして、二人は、抱きしめあった。




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あの事件の後。


どうやらキッドの左肩と右腕のケガは、キッドの超人生命に関わる問題でもなく、
これからも超人としてやっていけることになった。


ジェイドも、まだほんの少しだけ後遺症が残ったが、それもたいした問題でもなく、
今ではすっかり立ち直った。


スカーフェイスの行方は、ようとして知られていない。
ひょっとしたら死んだかもしれない。だが…生きている可能性も否定できない。
だが、あの事件以後、キッドとジェイドの前に姿を現すことはなくなった。
あれほどジェイドに歪められた思いを抱いていたので、再びジェイドを誘拐する可能性もある筈だが。
…やはり死んでしまったのだろうか?
だが、もし生きていたとすれば…何かがあったのだろうか?



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さて。
これで、キッドとジェイドの物語は、一つの節目を迎える。
だが、彼らの物語は、まだ、終わらない。
これから先。
彼らには多くの出来事が降りかかるだろう。
それは災難かもしれないし…そうではないかもしれない。

だが。
今回は、ひとまずこれで終わりである。
彼らに降りかかる多くの出来事。
それはまた、機会があれば話をすることになるだろう…

                                       fin