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◆『機長の恋路・主人の留守中編』

 

「…ミート、新しいお母さんはどんな人がいいかい?」
「ええ??」
「お父さんはお見合いをすることにしたよ」
ミートはイリューをまじまじと見つめる。
―――――目の焦点が合ってないように見えるけど…大丈夫ですかお父さん…。
息詰まる心持ちで見守るミートの前で、イリューは床一面にもらってきた見合い写真を広げ楽しそうな声で
「おい、ミートこの人はどうだい?美人だなぁ」としきりに呼びかける。
またもミートはイリューをまじまじと見つめる。
―――――結局、判断基準は顔なんですか…。

イリューは決心した。今までずるずる引き延ばしてきたが、見合いでもして本当にミートに母親を迎えてやろう。
いい歳して誰も幸せにならないような横恋慕などしていて良い訳ない。
祭の夜以来、イリューはなんとかしてケビンへの恋心を断ち切ろうと必死で色々と試みている。
家で静かにしていたりミートと和んでいるほうが性に合っているのだが、急に会社の飲み会に
顔を出すようになった。
「お珍しいですねーVv」と女子社員達は喜んでくれたが、イリューは折角そんな場に顔を出してもそんなに
楽しそうではなく、話しかけられても適当に相槌をうつだけで黙って酒を飲んでいる。
「無口なところもまたイイ」とそれもまた人気だったが、本人は(どうしよう…なにを話せば良いんだろう…
仕事の話は…まずいよなぁ)と内心話題に困って黙っていたのだった。
(だったらこんな席出てくるな、とは男性社員の間で出ているブーイング)
来週にも1件お見合いの話が入っている。明るくて家庭的との紹介文を読んで、見合い初心者のイリューは
誰でも書いている常套文だとは気付かず、喜び期待している。
ケビンと顔を合わせてもイリューはにこやかに挨拶を交わすだけで、すぐにさっさとその場を離れて
しまうように心がけていた。いつまでも話していては余計別れ難くなるので心を鬼にしている。
ケビンはといえば、急に形式的な挨拶しかしなくなったイリューのよそよそしい態度に内心驚き、
なんだよあいつ、と腹立たしい思いと同時に寂しい気持ちを覚えて困っていた。
――――そんなに日々努力しているのに、イリューは自分自身に毎朝裏切られている・・・。
「・・・・・・ああ・・・また見てしまった・・・」と毎朝イリューはベッドの上でがっくり肩を落としている。
会いたい気持ちを無理に押さえつけているのに、深層心理の摩訶不思議さで毎晩夢にケビンが
出てくるようになってしまった。しかも、出てくるだけでなく自分に都合の良いように脚色された舞台設定で
いつでも二人楽しげに戯れている。夢のケビンはいつも楽しげに喉をそらせて笑い、つられてイリューも
笑いながら誰はばかることなく抱き合い話をした。・・・正確には話だけではなかった。
起きてから真っ赤になって自己嫌悪にかられるほど、夢はイリューの欲望を忠実に映し出していて、
夢の中でも色っぽいケビン相手に色々と破廉恥な真似をしてしまっている。
忘れよう、と誓いながらそんな性夢まがいの夢を毎晩見て、しかも今日の夢はちょっと凄かった
などとふり返りながら夢のケビンをオカズにしてしまうあたり、イリューは自分がかなり嫌になっている。

「少しの間家を空けますから、留守中はよろしく頼みます」
クロエに急に言われて、ケビンは「え?」と不思議そうな顔をした。出張とは聞いてない。
どこへ?と聞かれても薄く笑うだけでクロエは答えようとせず、「仕事もひとくぎりつきましたしね」と
だけしか言わない。玄関先で話し合っている二人の前をジェイドが通りかかると、クロエはわざわざ
呼び止めて「留守にするから頼みます」と真面目な顔でジェイドに頼んだ。
ケビンはそんなクロエとクロエをまじまじと見つめるジェイドを交互に見ながら、どこか可笑しそうな
表情を浮かべるクロエに不吉なものを覚えた。
「スカーにも、ケビンになにかあったらよろしく頼むと伝えてください」
どーゆうイミだよ!?とケビンが顔をしかめる横でジェイドは何度も律儀に頷いた。
「ああ、あなたも。ケビンを気にかけていて下さい」出勤途中で会釈だけで通り過ぎようとしているイリューも
クロエに呼び止められ「え?え?」ときょとんとして聞いている。
「留守の間なにかあるといけないので、面倒でしょうがケビンを気にかけてやってくれませんか」
どこまで本気か裏は有るのか無いのか・・・クロエは、狼狽して「いや、私は別に・・・」と慌てるイリューに
「頼みましたよ」と笑みを見せて軽く肩を叩いた。
「・・・・・・・・・クロエ、あてつけか」イリューが逃げ去った後で顔をしかめるケビンに、クロエは肩をすくめて
みせながら「お姫さまに護衛をつけたのですよ」とだけ言って門を出て行った。
「イリュー、クロエ当分居ないんだねー。ケビンも呼んで、皆で一緒にご飯でも食べよう。
子供と二人でおいでよ・・・」追ってきてしきりと話し掛けるジェイドに振り向き、イリューはきっぱり断る。
「仕事で忙しい」と紋切り型のことわり文句で逃げ、イリューは残念がるジェイドを残してそそくさと逃げ去った。
・・・・・・しかし困ったことに、イリューの仕事は閑散期に突入していた。
「機長、こんなに遅くまで残ってなくても良いんじゃないですかー?」仕事が詰まってない時くらい、
早く帰ってあげたらどうですか?と親切心で言ってくれる部下に、イリューは困って曖昧に返事を返す。
仕方なく「飲みに行くぞー」という一団に混ぜてもらい、夜遅くまで酒で時間を潰した。
家でミートが一人ぼっちで待っている、と申し訳なく思う気持ちはあるのだがイリューは自分の中に
生まれたさもしい思いを打ち消せない。
この留守中はチャンスだとクロエの居ない間を喜ぶような思いが、確かに頭の中に有りその思い付きの
狡猾さが嫌になり、なにより自分を律する自信が無く早く帰ることが恐かった。
結局その日は夜中遅くに帰宅し、ミートが驚いて見守る中玄関先で爆睡してしまった。
次の日もまたイリューは明け方近くまで家には帰らず、朝痛む頭を抱えながら玄関でぼーっとしていると
後ろからミートの心配そうな声がかかった。
「お父さん。・・・・・・いってらっしゃい。疲れているようだから、無理をしないで気をつけてくださいね」
良く出来た妻のように自分を送り出すミートに、ああこんなことではいけない・・・とイリューは苦悩しながらも
・・・・・・またもその日も飲みに出てしまった。

「ミート、こっちのハンバーグも食べる?」お皿貸して、とってあげるよと手を出すジェイドにミートは
にこにこ笑い「ありがとうございます」と皿を差し出した。
「いっぱい食べてくれよなー?コーンスープもっと飲む?」
「そんなこと言われたってなぁ、腹一杯食いたいほど料理上手でもねぇよな?ははは」
机をはさんで向かい合うスカーはそう笑って、怒ったジェイドにゲンコツで殴られる。
「大きなお世話!!スカー、そんなコト言うならもう作らないからな!」ふくれるジェイドに頭をさするスカー。
いつものスカー家の風景だったが、呼ばれたミートはそんなことも知らずにおろおろする。
「バカヤロ、お前、俺だから我慢して食えるんだぞ・・・ちったあ感謝しやがれ・・・っていうかお前
料理教室でも通ってみる気は起きねーの?ホント」
ぎゃんぎゃん言い合う二人に、ミートはいよいよ困ってしまい「喧嘩はやめて下さい・・・」と止める。
ジェイドはエキサイトしかけていたが、ミートの声にすぐ平静の顔に戻り「ああごめんミート」と謝った。
「でもホンにトイリュー遅いねー。もうすぐご飯も食べ終わっちゃうのに・・・」
「まったくあのバカ、なにやってんだか」
二人の争いはすぐに消え話題はミートの父親に移る。展開が早く後に引かない夫婦だった。
ジェイドがイリュー家の異変に気付き、夜遅くまで一人残されているミートの手を引き「俺の家でご飯でも
食べながらお父さんを待とう」と置手紙だけさせて、暗い家から連れ出した。
もう夜も遅いというのにまだイリューから連絡が入ってこないので、スカーは苛々していた。
「てめーの身を可愛がる前に息子の面倒も見やがれってんだ、おおかたケビンがおっかないってのが
理由なんだろーが・・・あのバカ!気に入らねぇ!」
「スカー!」子供の前で、悪く言うのは止めろよとジェイドがとがめる。
「・・・・・・ご飯食べ終わったら俺と二人でゲームしようか?」ゲームキューブの某ソフトを手に持ち
ジェイドは「スカーをやっつけちゃおう」と笑って言った。

・・・・・・・・・ああ、今日もいい気分だ。今だけはなにも恐いものはないなとイリューは酔った体を
あちこちにぶつけながら自宅の門をくぐった。酔った頭でも、部屋が暗いことにすぐに気付く。
「ミートー?おーい、お父さんだよーただいまー」靴も脱がずに這いながらリビングに行くと、
机の上に紙切れを発見した。紙を手にとり、酔っ払いのイリューは苦労して文字を拾う。
「スカーさんとジェイドさんのおうちに居ます。迎えに来てください」との文面を読み取り、イリューは
「これはいかん、早く迎えに行ってやらなければ」とふらふらと(土足のまま)立ち上がった。
スカーは酔っ払って赤い顔で家に来たイリューにひどくご立腹で、「てめーなめんな!」といきなり
玄関から蹴り出した。「スカー!」とジェイドが叫ぶのも聞かず、「酔いを覚ましてから来やがれ!」
と怒鳴ると玄関ドアをぴしゃりと閉めてしまった。
イリューはしりもちをついたまま呆然としていたが、よろよろと起き上がってドアを叩いても
中から返事は返ってこない。
仕方なく来た道をまた一人とぼとぼと歩いて戻るが、イリューは酔いが回る頭でも自分の情けなさに
泣けてきて人通りも無くなった夜道をしくしく泣きながらよろけるようにして歩く(怪しい)。
ああなにをやってるんだ俺は、無理に自分を押さえつけて、ミートにも迷惑をかけて・・・と自己嫌悪
に襲われながら道を歩くイリューに後ろから「どうしたんだ?」と声がかかった。
ゆっくりふり返ると、驚いた顔をして自分をじっと見つめるケビンが立っていた。
「・・・・・・ああ、」ケビンさんだ・・・相変わらず綺麗だなと、最近顔をまともに見ないようにしていたイリューは
幸せそうに微笑んで、「おい!?大丈夫か?どうしたよ!」とケビンが叫ぶ中その場に座り込んでしまった。
ケビンはこんな夜中にこんな形でイリューに会うとは思っていなかった。
クロエが居なくなってから余計にイリューが自分を避けていることに気付いていたケビンは、そんな
イリューの態度に内心傷付いていたが、話をしたいと思っても自分から呼び止めることも出来ないでいた。
第一クロエに、自分が居なくなったとたんに夜出歩いていると思われるのもシャクだったので、
ケビンはここ数日比較的家で大人しくしていた。
しかしそろそろストレスも限界にきていた。色々と心煩わす事柄も多いので、じっとしていてもケビンの
内心は穏やかではない。暇つぶしにいつもはめったにやらないような菓子を、チェックにレシピを教わって
焼いてみたりした。それを思いつきでジェイドの所へ届けに行こうと夜道を一人歩いていたら、変質者ならぬ
いい年して道で泣いているイリューに会ってしまった。
崩れるように座り込んでしまったイリューの肩に手をかけて、「おい、起きろよ」とケビンは乱暴に揺すってみる。
「・・・・・・ケビンさん?なんでこんな時間に?」と酔っ払いに逆に尋ねられケビンは困って眉を寄せた。
暇つぶしにクッキーを焼いてジェイドのところに持っていくとこなんだ、と素直に言葉が出てこない。
ついでに、ホントについでにイリューの家にもこの前のプレゼントのお礼を兼ねて持っていこうかな・・・と
ケビンは迷っていたので、口実をつけて会いたかった相手に聞かれて口篭もる。
「お前、立てるか?」と話を変えて腕を貸す。イリューをなんとか立たせて「帰れるかよ?」と聞いてやると
「送ってくれるんですか?」とにこにこしながらイリューは言い返した。
こいつ、今日はやけに図々しいなとケビンが顔をしかめる。酔っ払うとこんなふうになるのか、覚えておいて
後で文句言ってやる・・・と思いながらイリューの胸に収まるように肩を貸しながら歩き始める。
肩を貸しながらケビンは赤くなってくる頬を隠せず困る。にこにこと幸せそうに笑いながらイリューが、
しげしげと自分の顔を覗き込んでくる、その無遠慮な視線に耐えられなくなり「なんだよ!」と文句を言う。
「いえ、久しぶりにあなたの顔をちゃんと見れて嬉しくて」嬉しそうに返されて余計顔が赤くなる。
「なんだよ、お前、俺を避けてたくせに」さぞかし会いたくなかったんだろーなとケビンは嫌味をかますが、
拗ねているようにも聞こえる。
「いいえ、会いたかったんですよ」酔っ払いの力とは恐ろしい、イリューは普段なら口にも出来ないような
告白を無邪気に笑いながらした。ケビンの足は思わず止まる。
こんなに会いたいと思う自分が恐くて会えませんでした。ケビンは目を閉じてイリューの言葉を反芻する。
「・・・・・・・・・酔っ払いが。真っ直ぐ歩けよ」ほら、とイリューの背を叩いて再び歩き出した。
イリューの自宅の玄関先に二人倒れこむように座り込み、ケビンは困った顔で横で伸びているイリューを見る。
弱みに付け込むような罪悪感を覚えているのは、ケビンのほうだった。
イリューが何故急に自分を避け始めたのか、その訳が自分を思いやってのことだと薄々気付いている
ケビンは、こんなに無理を重ねてまで思い切ろうと苦労しているイリューの気持ちを、無駄にして
しまいそうな自分へ罪悪感を覚えて爪を噛む。
んー・・・と隣でイリューが伸びをしたのでケビンはハッと我に帰り、上体を起こしたイリューの背をささえ持つ。
「ああ・・・ようこそケビンさん、むさ苦しい我が家ですが上がってください」よっこらしょ、と立ち上がり
ふらつきながらリビングに向かうイリューの後をケビンは慌てて追った。
ソファに腰を下ろしたイリューに、ケビンは「なにか飲むか?」と聞きながら勝手に人の家の冷蔵庫を開く。
中から飲み物をみつくろっていると、イリューが後ろに立って覗き込んできた。
ケビンは近くの体温にちょっとどきっとしながらも、冷蔵庫に手を突っ込んでビールを引っ張り出そうとする
イリューの手を止めて「もう飲むなよ、飲み過ぎだ」と口やかましくとがめる。
「じゃあ・・・なにか食べましょうか」
うーん・・・と照れたように頭をかくイリューは、ふと真顔になってケビンの肩先に鼻を近付けた。
「―――――!」ケビンの動揺を気にしていないように、イリューはなおも顔を近付け
「・・・・・・良い匂いがする」と目を閉じてつぶやく。ケビンの心拍数は一気に上がる。
「――――なに・・・」唇の震えを止められず、声も細く弱いものになってしまう。
肩にイリューの手がかかり胸の中に抱き寄せられてケビンは、唇だけでなく全身を甘い震えが襲う。
「美味しそう」くすくすと笑いながらイリューは、ケビンの頭をポンポンと軽く叩いてそんなことを言う。
頬を赤くしながらケビンはイリューの胸に顔を埋め、イリューの目から動揺している自分の顔を隠す。
どうしよう、と先程からケビンの頭の中では、今の状況への一番の最善策を一生懸命考えている。
きっとこいつ、酔った勢いでこんな真似をしてるだけ、酔いが醒めたら逆に驚き慌てるのだろうと、
その時後悔されたらきっと辛いと、ケビンはイリューを止めた方が良いとも思うのだが。
止めたくないと思っている自分の、イリューの酔いに付け込んでしまいたいという身勝手さに
ケビンは気付いていて、嫌だとそんな自分を否定するように首を振る。
それでもイリューの顔が首元に寄り、少し酒臭い息が首筋にかかるとケビンは素直に欲しい、と願って
イリューの背におずおずと手を伸ばした。
「なんですか?」と突然聞かれてケビンは「え・・・?」と驚きで目を瞬かせる。
「なんですか?甘い匂いがします、この匂いなんですか?」とイリューが不思議そうに聞きながら、
ふんふんとケビンの胸に顔を寄せて匂いを嗅いだ。
「―――――ああ・・・」緊張が一気に解け足元から崩れそうになりながらもケビンは、「・・・さっきクッキー
焼いてたんだよ・・・」となんとか答えた。
「へーそうですか。美味しそうな匂いですね」お菓子を焼くのが趣味なんですか?と普通にイリューに
話し掛けられ、ケビンは苦笑しながらも「別に。今回はただ単に暇つぶしでやってみただけ」と返す。
へーふーんそうですかーと感心しているイリューを見ながら、ケビンは拍子抜けした気持ちと
ホッとする安堵感を同時に味わって、なんだよただ単に腹が減ってただけかと笑い出したくなる。
「今そこの袋に持ってるぜ。食べたいか?」とちょっと笑いながら気安く言って横をすり抜けようとした
ケビンの体を、イリューはもう一度腕に捕らえて正面に向き直らせた。
きょとんとするケビンの体をぎゅっと胸に抱き、えぇ?なんで?と不意を突かれて狼狽するケビンの顎を
持ち上げ唇にゆっくり自分のそれを合わせた。
びくっと震えるケビンの動揺が抱いているイリューの腕に伝わってくる。それにかまわずイリューは
更に舌を深く差し入れ、この前よりも強引な口付けを交わした。
「・・・・・・クッキーは後で頂きます」唇を離しても逃げようとせず呆然と赤い顔で自分を見つめてくる
ケビンにイリューはささやく。
「今はもっと、」欲しいものがありますと、潤んだケビンの瞳を閉じさせその瞼に額に頬にと軽くキスをする。
崩れそうになるケビンの腰を腕で支え、引き寄せた。そのまま抱き上げイリューは危なっかしい足取りで
歩き出す。抱きかかえられているケビンがひやひやしている中、イリューは堂々とベッドルームに
ケビンを運び込み、自分のベッドにケビンをそっと横たえた。
「・・・・・・・・・なんだよ、お前」勝手な奴、と小さくつぶやくケビンにイリューは微笑みかえし「そうですね」
と言ってケビンの首筋に顔を埋め、きつくその体を抱いた。
ケビンはゆっくり息を吐く。熱のこもった吐息が期待を表しているようで、それを悟られたくなくて
ケビンはわざと拗ねた口調で「勝手な奴。さんざ無視してから引っ張り込むなよ、バカ」と文句を言う。
「・・・・・・・・・すみません」頬寄せたままイリューが小さな声で謝罪して、かかる息にケビンは眉を寄せて
喉を反らせる。
「勝手ですね・・・俺はどうしてこう勝手なんだろう」どこまで傲慢でいれば気が済むんだろう・・・とつぶやく。
イリューがどんな顔をしているのかケビンからは見えなくて、それでも声のトーンが変わったことには気付く。
「ミートにも、・・・妻にも、お前達のことをちゃんと考えてやってるんだと・・・押し付けがましい、思い上がりも
甚だしい。だから実が無いと俺から去っていったんだ」自分勝手でわがままな男を見限ったんだよ妻は、
とイリューは声を大きくする。
ケビンは、誰に聞かせるでもない独り言のようになってきたイリューの告白に眉を寄せる。
お前、いいやつだよ、とケビンは口に出そうか戸惑う。ただの慰めにしか聞こえないなら言いたくなかった。
「・・・・・・好きなのに、」相変わらず顔を見せないでうめくようにつぶやくイリュー相手に、ケビンは
目を細めて黙って続きを聞いている。
「好きなのに、好きな人が笑っていてくれたらそれで幸せなはずなのに、自分勝手にそれ以上を
欲しがるなんて、好きなのに、すみません、俺は勝手な奴です」
あなたのためになりたいと思うのに結局自分で自分に負けてる、俺は自分の勝手な欲求を一番先に
考えてる、昔から変わっていない・・・寒いはずも無いのに、小刻みに震えるイリューの肩ごしに
ケビンはぼんやりと天井や窓を眺めている。深夜の空には星が見え、その位置でケビンはまだ
明け方までには時間が有るなと見積もった。大きな体をして子供のようにしがみ付いてくるイリューが、
悲しそうに肩を震わすイリューの腕が、ケビンは妙に心地良く愛しく感じた。
仕方ない奴・・・。
ハァ、と小さくため息をついてケビンは、この不器用そうな男の体の震えを止めてやることにした。
ケビンはしばらく黙って自分を抱いたまま動かないイリューのようすを伺っていたが、そろそろと
イリューの背に手を伸ばす。ケビンは逡巡しながらもゆっくりとイリューの背を撫でてみる。
何度かそれを繰り返し、顔を上げたイリューに、ケビンは自分から顔を寄せて唇を合わせた。
チュッチュッと冗談のように軽く音を立ててキスをする。きょとんとするイリューに、わざとからかうような
笑みを見せケビンは逆にイリューの背を強く抱き返した。
「―――なぁ」ケビンがもう一度自分から顔を寄せると、イリューは丸く見開いた目を慌てて閉じる。
「―――・・・イリュー、・・・なぁ」ケビンのおねだりはキクからなぁとスカーに茶化された声音そのままに、
ケビンはイリューの耳元に息を吹き込む。ケビンの吐息まじりの甘い声は、イリューの体の震えを止め
逆に熱いものに変えた。
―――――抱いてくれよ、したい。そんなケビンの誘いのまま、イリューの手はせっかちに白い体を
たどっていった。


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