「ジェイド…」 「俺…お前のことが…好きだ。」 あれから、一日が経とうとしている。 …時が巡って来た。 今夜、キッドは知る。 ジェイドの心を。 ジェイドが自分のことを、どう思っているかを。 夜になった。 キッドは公園のベンチに座っていた。 「…あいつ、来るかな?」 口ではそういったが、実は内心諦めていた。 ジェイドでも、自分が女にだらしのないこと位は知っているはずだ。 そんな自分にジェイドが好意を持つはずなど、ない。 きっと来ないだろう。…そう思っていた。 空に、満月が輝く。 その周りには、星が散りばめられている。 「…寒いな。」 それでも、待ち続ける。 「…俺もバカだね。来ないって分かってるのに、こんな寒い中まーだ待ってやがる。…自分でもよく分からねえ。」 それでも、待ち続ける。 多分、心の中のどこかでは、まだ来ると信じているのだろう。 それから、しばらくの時間が過ぎた。 「やっぱり…来ねえ、か。…ま、仕方ねえけどな。」 そういって、キッドはベンチから立った。 そして、キッドは公園を後に… しようと思った、が。 「どこへ行くんだ?」 はっきりと、そう聞こえた。 キッドが振り向くと、そこには… 「…ジェイド?」 「昨日、言ってたよな?『もしも、俺を受け入れてくれるんなら、明日の夜、今朝の公園に来てくれ。』…って。 …なんで帰ろうとしてたんだよ?」 「お、お前…」 キッドは言葉を詰まらせた。 心のどこかでは来ると思ってはいた…ような気はする。 けれど、それでもこれはキッドを驚かせた。 「…分かってんのか?この意味が。」 「ん?」 「そ、その…ここに来たってことは…お前、俺のことを…」 「受け入れた、ってことだろ?」 キッドは呆然としていた。 「…お前も俺のことぐらい、知ってるだろう?」 「何が?」 「お、俺がその…女にだらしないってこと。…軽い男だってこと。」 「そりゃ、知ってるさ。万太郎先輩達からウワサは聞いているから。」 「じゃ、じゃあ何故…」 「それとこれとは話が違うだろう?それとも、何か関係でもあるのか?」 「か、関係あるも何も…お前、それって要するに、すぐに俺が心移りするかもしれないってことじゃないか。 お前、それでも俺のこと…」 「…するはずないさ。キッド先輩がそんなこと。」 「え?」 「だって…昨日、あんなに真剣な顔して俺に言ったじゃないか。『お前のことが好きだ』って。」 「…そ、そうなのか?」 どうやら、無意識のうちに真剣な顔をしていたらしい。 「すぐに心が移るくらいなら、普通あんな顔はしないだろう?」 「……………………」 なんとなく、照れくさくなった。 「…本当に、いいのか?俺なんかで…」 「…ああ。」 「そ、それじゃその…キス、してくれよ。」 「え…き、キス?」 「あ、ああ…ダメか?」 「…え、えーと、その…」 ジェイドはしばらく考え込んだ。 「…い、いいよ。その…き、キス、しても…」 「…!!」 キッドはまたも驚いた。 (キスして…いいって?今、そう言ったか?) そう思ったつもりだったが、どうやら口に出していたらしい。 「そ、そう言ったよ…間違いなく。」 「…で、でもお前…いきなりキスって…」 「動揺するくらいなら最初から言わなければいいのに…」 「ゔ…わ、分かった。じゃ、じゃあ…目、閉じろ。」 「うん…」 ジェイドは目を閉じた。 (ま、まさか…いきなりキスをOKしてくれるとはな…) 次第に互いの緊張は高まっていく。 (う…うぅ…お、俺だって男だ!も、もうこうなっちまったら…やってやらあ!) そうして、キッドはジェイドに顔を近づけ… 口付けを交わした。 その後。 二人はしばらくの間黙っていた。 「また…」 口を開いたのは、ジェイドだった。 「またどっか、連れてってよ。」 「…ああ。」 キッドはまだ呆然としていた。 でも、事実ジェイドは自分のことを受け入れてくれた。 「…ずっと、一緒にいような。…これからも。」 「うん…」 そういうとキッドはジェイドのことを抱きしめる。 ジェイドも…スカーフェイスがこうした時のように拒絶はしない。 ところが、次の瞬間…奴が現れた。 「へぇ、そういうことだったのか。…ジェイド。」 「!?」 ジェイドが振り向くと、そこには… 「スカー…フェイス!?」 「まさか…そんな弱っちい奴がいいとはな。」 「な、何しに来たんだ…!?」 「決まってるだろ…お前のことをいただきに来たんだよ。」 「ま…まさか、お前!」 「…見てたぜ、全部。…いきなりこいつからキスを奪えるとは…あんたもなかなかやるなあ?」 ジェイドは赤くなった。 「…覗き、か?あまりいい趣味じゃねえな。」 そう、キッドは言った。 「覗きで結構だよ。…とにかくだ。俺の方が先にコイツに目を着けてたんだ。あんたにゃ悪いが…こいつは頂いていくぜ。」 そう言うとスカーフェイスはジェイドの腕を掴む。 「い、嫌…だっ!」 ジェイドは必死に抵抗する。 すると、キッドがジェイドを掴むスカーフェイスの手をヒネる。 「なっ!?て、テメエ…」 「…こいつは渡さねえよ。特に、お前みたいな変態覗き魔にはな。」 「キッド先輩…」 「テメエ…やる気か?一度は俺に負けたくせに。」 「悪いが、あのときの俺とは違う。…今度は負けない。」 その場に沈黙と緊張が走る。 そして、戦いの火蓋が! …切られなかった。 「…ジェイドオオオオオオオォォォォオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!」 『ん?』 誰かが奇声を発してこちらへ向かってくる。 三人がいっせいに奇声の発せられた方角を見る。 そこには何と。 『ブロッケンJr.!?』『レーラァ!?』『老いぼれジジイ!?』 三人の声が一斉にハモる。 「ハア、ハア…ジェ、ジェイド、助けに来たぞ!」 「え?た、助けに…って、何が?」 「嫌な予感がして急いでドイツから日本へ飛んできたんだ!そしたら…案の定こんな奴に!」 どうやら、空港から走ってきたらしく、かなり疲労しているようだ。 「なんだよ…老いぼれジジイはすっこんでろよ!」 スカーフェイスがそういうと… 「すっこむのはお前だああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 ズバシャッ! 「ギャアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァ…」 …そしてスカーフェイスは空のかなたへ飛んでいった。いつ見ても哀れな奴だ。 「ありゃー…」 キッドはしばらくスカーフェイスの飛んで行った方角を見る。 Jr.の手が燃えているのを見ると、やはり… 「今のは…ベルリンの赤い雨…?」 腐っても鯛。亀の甲より年の功。 「さすがレーラァですね!一撃であいつを倒してしまうなんて…」 「あんな奴私にかかれば朝飯前だ。」 「でも…なぜレーラァがここに?」 ふと、ジェイドは気になっていたことを投げかける。 「あ?さっきも言ったじゃないか。」 「そ、そうですか?その…聞いてませんでした。」 「まあいい。それならもう一度言おう。」 そう、Jr.は言った。 しかし。 「いや…その必要はない。」 そう、キッドが制す。 「え…?」 「大方…俺みたいなチャラチャラした奴にジェイドは渡せない…こんなところだろう。」 「そ…そんなっ!?」 「…よく分かっているようだな。その通りだよ。」 その場が沈黙で支配される。 「れ、レーラァ…スカーフェイスはともかくとして、キッド先輩は…」 「お前はだまされとるんだ!コイツが女にだらしないのはお前だって知っているだろう!? お前もそのうち捨てられるのがオチだ!」 「で、でもレーラァ…」 「目を覚まさんかジェイド!自分がだまされていることに何故気づかん!?」 ジェイドは黙り込む。 …心なしか、握りこぶしが震えている。 「とにかくだ。お前をこんな奴と一緒にさせるわけには行かん!…テリー・ザ・キッド。お前にジェイドは渡さん!」 Jr.がまくし立てる。 「まあまあ…もう年なんだからそんなに興奮してると血圧上がっちまいますよ?」 「そんなことはどうでもいい!…全く、どんな方法を使ってジェイドのことをたぶらかしたのやら!」 …なんとなくだが、Jr.の頭から湯気が上がってるように見える。 それに、顔が赤い…ような気もする。 「ジェイドはお前と違ってな…誠実な奴と一緒になるべきなのだ!それを…それをお前はたぶらかして!」 「…あー、なんか勘違いしてるみたいだけど…俺はたぶらかしてなんていませんよ、別に。」 「嘘付け!どうやってジェイドのことをたぶらかした!? あ、それともまさか…まさかジェイドの弱みでも握って脅しているんじゃないだろうな!?」 ……………… さすがにキッドも、こればかりはブチ切れた。 「ふざけんな!さっきから聞いていればいい加減なことをぐちぐちと…たぶらかした?脅している?俺はそんな事してねえよ! 証拠でもあんのかよ!?」 「そうでもしなきゃジェイドがお前に好意など持つはずがないだろう!」 ここでキッドは溜息をつく。 「…あんたさぁ、そこまでジェイドのことを大切にしたいんだったら、最初から1人暮らしなんてさせねえで一緒に暮らしてろよ…」 「今からそうしようとしてたところだ!」 「…どういうことだ?」 「ジェイドに変なことが起こらないようだったら…1人暮らしをすることは認めた。 だが、現実にはジェイドはこんな軽い男に…!…こうなったらもうジェイドを連れ帰るほかにない!」 「…!そ、そんな…」 キッドは動揺する。 「…さあ、帰るぞ、ジェイド!」 そう言ってJr.はジェイドの手を引いて連れて行こうとした。 が。 「…?どうしたジェイド。早く来んか。」 Jr.がいくら手を引こうとも…ジェイドは動かない。 「…がう…」 「ん?」 いままでずっと沈黙を守り続けてきたジェイドが、口を開く。 「…違う…」 「ジェイド?」 …キッドには、それが見えた。 Jr.にも、見えた。 不意に、ジェイドの頬を伝った、一筋の涙。 そして、それが雫となって落ちていくのを。 「…あなたは、何も分かってない…レーラァ!」 「ど、どうしたんだ急に…ジェイド?」 いきなりジェイドに睨み付けられてJr.は困惑する。 「俺は…俺が、今ここにいるのは…たぶらかされたからでも…脅されたからでもない! …俺は、俺は自分の意思でここに来たんです!」 「ジェ、ジェイド…」 泣きながらジェイドは訴えかける。 「…確かに、周りから見たキッド先輩は、軽い男なのかもしれない…でも…それでも… 彼は、俺のことを捨てたりなんてしません!」 「…な、なぜそんなことが言える?」 「…自分でも、分からない。…分からないけど…でも、俺…!」 そこまで言うとジェイドは言葉を詰まらせる。 沈黙。 それは短い時間だったのだろうが、永遠の時間に思われてきた。 「…そこまで、言うのなら。」 沈黙を破ってJr.が口を開く。 「え…?」 「…テリー・ザ・キッド。」 「…何だい?」 「もしお前がジェイドのことを悲しませないのならば…お前たちの仲、認めてやってもいい。」 「…!!ほ、本当ですかレーラァ!」 「ただし、少しでもジェイドのことを悲しませたりしたら…分かっているな?」 「…ああ。」 「ならば、頼むぞ。…ジェイドのことを。」 そういうと、Jr.は去っていった。 「キッド先輩…俺、キッド先輩のこと、信じていいよな?」 「ああ…俺はお前のことを裏切ったりなんてしない。…絶対に。」 「なら…もう一回だけ…」 「ん?」 「もう一回だけ…キス、してくれないか?」 「…ま、またか?」 「…やっぱり、嫌、かな。」 「い、いや…分かった。じゃあ、目、閉じろ。」 「う、うん。」 そして、二人は二度目の口付けを交わす。 『約束しろよ?…絶対俺のこと、裏切ったりしない、って。』 『ああ。…約束するよ。』 二度目の口付け。 そして、月の下の誓い。 これが、彼らの始まりとなった。 これから先。 彼らにはいろいろな出来事が待ち受けるだろう。 そして、災難も降りかかるだろう。 けれど、もしこの二人の愛が本物ならば。 それらを乗り越えることも、きっとできるだろう。 そして、この月の下の誓いを、キッドは守り続ける。 これからも、ずっと… 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 『クソッ…あのジジイのおかげでとんでもない目に遭っちまったぜ。 …だが、覚えてろよ。俺はまだあきらめたわけじゃないからな。 どこまでも執念深く追いかけ続けてやるぜ。…地獄の果てまでも。 そして、いつか俺のものにしてやるぜ… その時まで…その時まで待っていろよ。…俺の可愛いジェイド…』 その夜。 追跡魔と化した赤い燕の、まるで悪魔の様な笑い声が轟いたと言う… |