とある昼下がり。ふと、電話のベルが鳴る。 「もしもし…?」 ジェイドは受話器をとった。 「よう、ジェイド。」 「あ…」 電話の相手は、キッドだ。 珍しい事もあるんだな。ジェイドは思った。 日本で1人暮らしを始めて、そろそろ三ヶ月だろうか。 その間、電話で会話をしたのは師匠であるブロッケンJr.だけだった。他の人物から電話がかかってきたのは、 これが初めてだろう。 そんなわけで、ジェイドは少しだけ驚いていた。 「どうしたんだ?いきなり。」 ジェイドが問う。 「…今度の日曜日、開いてるか?」 「は?…まあ、開いてるけど。」 「じゃあ、一緒にどこかに遊びに行こうぜ。…遊園地とかな。」 「え…別にいいけど。」 遊びの誘いだ。…断る理由も見当たらないのでとりあえず行くことにした。 「…あ、じゃあ万太郎先輩やガゼルマン先輩やセイウチン先輩も…」 こういうことは大勢でいった方が楽しいだろう。そう思ってジェイドは万太郎たちも一緒に誘おうとキッドに言おうとした。 が。 「あー、いや、アイツらはいい。2人で行こう。」 「え?…どうして?」 「あいつらと一緒にいるとうるさくてかなわん。…特に万太郎はな。」 「うーん…そ、そうかもしれない、ね…」 (おかしいな…いつもあの3人と一緒に遊びに行くのに。)…ジェイドはそう思った。 「それじゃあ、今度の日曜日の…10時位に公園で待ち合わせをしよう。…いいか?」 「う、うん…」 「分かった。じゃあな。」 そして、電話は切られた。 「何であの3人は誘わないんだろう?…もしかして、喧嘩でもしたのかな?あ、それで俺のことを誘ったのかも…」 多少気になってはいたが、とりあえずそう思って納得した。 そして、日曜日。 とりあえずジェイドは時間通りに約束していた場所に向かった。 すると、もうそこにはキッドが来ていた。 「あれ…早いね。」 ジェイドは少し驚いた。キッドのことを時間にルーズな人間だと思っていたからだ。今日も多少待たされるだろうと 覚悟までしていた。 その気持ちを察してか、キッドが言った。 「おいおい…俺はこう見えて時間は守って行動する方なんだぜ?見た目で人を判断してもらっちゃ困るな。」 「ご、ごめん…」 「まあいい。とにかく行こうぜ。…でないとチケット売り場でかなり待たされるかもしれんからな。」 「ああ。」 そして2人は、遊園地に向かう。 その途中。 「なあ…おまえってさ、恋、したことあるか?」 「えっ!?」 いきなりの質問にジェイドは戸惑う。 「な、何だよいきなり。べ、別に俺は恋なんてしたことないぞ?」 そう答えた。だが、次のキッドの反応を見てまたジェイドは驚くことになる。 「…そうか、まだしたこと無いのか…」 「…?」 (あれ?…キッド先輩のことだから「恋をしなきゃ、立派な男にゃなれねえぜ。」とか、言うのかと思ってたのに…) そう思ったが、ジェイドは口に出さなかった。 そうこうしている間に、遊園地に着く。 チケット売り場で一日券を二枚買って、さっそく中に入る。 「ジェイド、何に乗りたい?」 キッドがそう言った。 「え?…そうだなあ、じゃあまずコーヒーカップに乗ろう!」 「コーヒーカップか…分かった。行こう。」 そうして、まずコーヒーカップに乗りに行く。 その後も、ジェイドのリクエストによって、ジェットコースター、ゴーカート、メリーゴーランド…と、周っていった。 しかし。 ジェイドは多少違和感を覚えていた。 (…どうして俺の乗りたいものばかりなんだろう…) そうだ。 ジェットコースターにしても、ゴーカートにしても、メリーゴーランドにしても、キッドがジェイドに「何に乗りたい?」と 聞いて乗ったものばかりだ。 自分の意見ばかり押し通しているような気がして、悪い気がしたので、ジェイドは言った。 「なあ…キッド先輩は何か乗りたいものは無いのか?」 「え?いや、別にお前が乗りたいもんなら何でもいいぜ?」 「でも、さっきから俺の乗りたいものばっかりじゃないか…自分だって乗りたいものあるだろう?」 「うーん、そうだなあ…」 キッドは考え込む。 (本当に乗りたいものが無いのか?そんなだったら誘わなければいいのに。…なんか今日のキッド先輩、ヘンだ。) 確かに、今日のキッドはおかしい。 いきなり他のやつらは誘わずに二人で遊園地へ行こうと言い出し、遊園地に来る途中にも変な質問をしていたし… だが、ジェイドはそれを口に出して言うことはしなかった。 「まあ、その…乗りたいモンはあるんだがな…」 「何だ、それならそうと早く言えばいいのに。じゃあ、それに乗りに行こうよ。」 「でも、今乗ったってちっとも面白くねえ。…後で乗ったほうが面白いぜ。」 「…そんな乗り物があるのか?」 「まあ、な。」 「へえ…どんな乗り物だろう。」 後で乗ったほうが楽しい…どういうことだろう? 少しだけ気になったが、それ以上問うのはやめた。…どうせ後になれば何の乗り物か分かるんだ。今、知ることでもないだろう。 そう、思ったからだ。 その後もジェイドの乗りたいものを中心にしてアトラクションを周っていく。 そうして、楽しい時間は過ぎていった。 そして、夕方。 「そろそろ帰ろうよ。…ほら、あたりも暗くなり始めてきたし。」 「ん…ああ、そうだな。…その前に、後一つだけ乗りに行こうぜ。」 「ああ…そういえばキッド先輩の乗りたいものってまだ乗ってないよね。…で、何の乗り物なんだ?」 すると、キッドは指差して言う。 「…あれだ。」 その指の先にあったのは…観覧車だ。 「観覧車か…じゃあ、乗りに行こう!」 「ああ…」 この時。 ジェイドにはキッドが…なんとなく、緊張しているように見えた…様な気がした。 観覧車。 係員にチケットを見せてそれに乗り込む。 「けど…あとから乗ったほうが面白いって言ってたけど、観覧車が?…どういう風に?」 ジェイドは気になった。 観覧車なんていつ乗ったって一緒じゃないか? そう、思ったのだ。 「まあ、見てなって。…そのうち分かるさ。」 だが、キッドはそう言うだけだった。 観覧車が回る。 ジェイドたちを乗せたゴンドラが、もうそろそろ頂上へ着こうとするころ。 なぜ、キッドがこれに乗りたかったのかを。 なぜ、観覧車に乗るのにここまで時間を延ばしたのかを。 ジェイドは、ようやく理解した。 「わあ…!」 茜色の空に、沈みかけた真っ赤な夕日。 やわらかく光を放つ、赤色。 その美しさにジェイドは見惚れ、言葉を呑んだ。 「すげえだろ?…万太郎たちとこの遊園地に来ることはあっても、この観覧車だけには、やつらと乗ったことはないんだ。」 「え?…なんで?」 「そりゃあ…誰だって独り占めしたくなるだろ。こんな景色は。」 「ん…まあ、ね。」 ジェイドは納得した。 こんな景色、独り占めしないほうがおかしい。自分だってきっとそうするだろう。 しかし。 ジェイドはふっと思った。 「あれ…でも、じゃあ何で俺には見せてくれるんだ?」 そうだ。 万太郎たちにも見せることはなかったという、この景色。 それをなぜ、自分には見せてくれたのか。 すると。 「…独り占め、って言うのは、ちょっと違うかな?」 キッドが言った。 「お前達がニュージェネレーションEXとして俺たちに戦いを挑んでくるよりちょっと前に、万太郎たちと この遊園地に来たことがあるんだ」 そういって、窓の外の風景を物思いにふけって見やる。 「たまたま、ちょうどこのぐらいの時間にこの観覧車に乗って、この景色を見たんだ。…最初この景色を見たとき、 俺も驚いたよ。ここまできれいな景色を見たのは初めてだった。 …観覧車に乗ってる時間が、このままこうしてずっと続けばいいと。そう思ったくらいだ。…そのときに、な。 その…何ていうか。」 そこまで言って、キッドは言葉を詰まらせた。 「…?」 今度はさっきとは違って、あからさまにキッドが緊張しているのが分かった。 自分でも鈍い方だと思っているジェイドでさえもだ。 そして…キッドが口を開く。 「その時に…その…いつか自分の本当に愛する人と、この景色を見られるといいなって…そう、思ったんだ。」 「ふーん…」 だが、ジェイドはそのキッドの言葉の重大さにまだ気づいていなかった。 「…?」 「え?どうしたの?」 「お前…気付かないのか?」 「は?」 いきなり何を言い出すのかとジェイドはわけが分からなくなっていた。 「だ、だから…その…お、お前とこの景色を見られて良かったって…そう思ってるんだよ。」 「ふーん…」 だが、さすがにここまで言われると気がついた。 「え…?」 ジェイドは戸惑った。 まさか… 「ジェイド…」 まさか…? 「俺…お前のことが…好きだ。」 ジェイドの頭の中が、いきなりのことで混乱し始める。 キッドが自分のことを…? 実はジェイドは、そのときまでに一回、告白を受けたことがあるのだ。 「お前のことが、好きだ。」 「え…?」 いきなりそういわれたので、ジェイドは呆然と立ち尽くした。 目の前にいる人物。それは…スカーフェイスだ。 「お前のこと、前々から可愛いやつだなって思ってたんだ…」 そう、スカーフェイスは言った。すると… 「…!?…な、ちょ、ちょっと…や、やめっ…!」 スカーフェイスはいきなりキスを強要しようとしてきた。 「な、何…するんだっ!」 バキッ!ザシュッ! 「グェッ…」 …ドサッ。 ジェイドは驚いてパンチを食らわして「ベルリンの赤い雨」でK.Oさせて、逃げてしまった。 スカーフェイスはその場に倒れる。…哀れな奴だ。 赤い空の中での、二度目の告白。 「…今すぐに返事をしろとは、言わない。」 まだジェイドは呆然としていた。 「…もしも、俺を受け入れてくれるんなら、明日の夜、今朝の公園に来てくれ。それまでに…考えておいてくれないか。」 キッドはそう言うと、少しうつむき加減になった。 ジェイドたちを乗せたゴンドラが地上に戻ってくる。 ゴンドラを降りて、キッドは「じゃあな」と言って帰っていった。 ジェイドは、一回目の告白に続き二回目の告白もいきなりのことだったので、ただ呆然と立ち尽くすのみだった。 ジェイドは迷っていた。 確かに、あの人は恋にだらしないと聞く。 それでも… …キッド先輩なら、自分のことを本気で愛してくれそうな気がする。 そんな気持ちが、ジェイドの心に芽生え始めたのだ。 キッドの真剣な眼差し。 それがジェイドに種を植え付けた。 そして、その気持ちは少しずつ大きくなってゆく。 ジェイドが揺れる。 「…レーラァに、相談してみようかな?」 そう思ったが、思いとどまった。 ブロッケンJr.のことだ。 もし自分が告白を受けたなんていったら、キッドのことを殺しに行きかねない…ような気がする。 「やはり…自分で決めるしか無いのか。」 ジェイドはマンションに戻ってきた。 明日の夜。 明日の夜までに、結論を出すのか… ジェイドの心が、激しく揺れ動く。 …明日の夜。 ジェイドは明日の夜、どこにいるのだろうか? 続く |