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◆『機長の恋路・秋祭り編』

 

ジェイドから興味津々な表情で聞かされたケビンの色恋沙汰(といえるのか)を、スカーは茶を
のんびりすすりながらにやにやと笑って聞いていた。
「へぇーイリューヒンってあの生真面目そうな奴だろ?寒い国から来ましたってカンジのちょっと貧乏臭い・・・」
ロシアの人が聞いたら「大きなお世話だ!」と怒りそうなことを平気で口に出すイタリアンだった。
「そいで、ケビンにプレゼントを渡したんだってークロエの前で。大胆だよなー」
ははは、とスカーはとうとう声に出して笑う。あのケビンがどんな顔をしたかと想像するとちょっと面白い。
「よくやるな、あいつ。俺でもクロエの反撃は恐くて手なんて出せないっていうのに」
ジェイドに睨まれてスカーは、いやその・・・と言葉を濁す。
「でもどーなるんだろうねーあの二人」
野次馬根性でジェイドがしきりと気にするが、スカーは「どーもなんねーだろ」と机の上から
あられを一枚口に放り込む。
「お前、あのクロエの目を盗んでなにをどーしようってんだ」
「えーそうなのかな。折角面白・・・・・・いや、ケビンあんまり上手くいってなさそうだったから、
ちゃんと好きで大事にしてくれる人でも出来れば良いなと思ったけどなぁ」
「別にクロエも、ちゃんと好きで大事にしてるだろ」
あんま他人のことに興味本位で顔を突っ込むんじゃねえよ、とスカーは面白くなさそうな顔になって
話を切り上げた。

他人に心配されるまでもなく、イリューはあの朝の自分の突飛な行動につくづく嫌気がさしてケビンに
会わせる顔も無く、わざわざ時間帯までずらしてこっそりと帰宅していた。
ああ、なんて押し付けがましいことをしてしまったんだろう、クロエもいる前で。きっとケビンさんは
困ったに違いない、俺のことを嫌っているかも、気味の悪い奴と思っていたらどうしよう・・・・・・。
会いたくないとイリューは頭を抱える。会ってしまって決定的な拒否を聞くのが恐ろしいのだった。
「ねえお父さん、今日は早く帰って来れますか?」
もしそうなら、一緒に近くの神社に行こうと出がけのイリューの手を引っぱって言う。
「今日はお祭りなんですよ、僕も行きたいなあ」玄関先でのミートのおねだりに、イリューにも少しだけ
笑みが戻る。もうそんな季節か・・・とイリューはミートの頭を撫でて「わかった、早く帰ってくるから一緒に
祭りに行こう」と約束して家を出て行った。
ここしばらく父親が元気が無いことにミートも幼いなりに心を痛めていたので、これで少しでもイリューが
元気になってくれたらいいなと考えながら手を振って見送った(どっちが親やら・・・)。

「ケビーン!」と大きな声で後ろから走ってくるのはここ最近いつもジェイドだった。
ケビンは立ち止まりジェイドが追いついてくるのを待ち、息を切らせるジェイドの背を撫でてやる。
「あーやっと追いついた・・・ずっとケビンって呼んでたのに全然気付かないで行っちゃうんだもんなー」
「ああ・・・・・・ぼーっとしてたかもな。ごめん」
まーいいや、とジェイドはケビンに向き直り「貸し、イチな」今日のワタアメでいいやと指を一本立てて笑った。
「え?今日?・・・・・・ああもうそんな季節か」お祭りが楽しみなんてお前は子供かー?とケビンはジェイドの
頭を抱えて小突くまねをする。止めろよーと笑うジェイドにつられてケビンも笑ってしまう。
ジェイドの邪気の無さが、ケビンには気楽で一緒にいて楽しかった。
これでダンナがあいつじゃなかったらな・・・と余計なことをケビンは思い、その考えにちょっと醒める。
「今夜・・・か。クロエも遅いし」そうだなジェイドと一緒に祭りにでも行くと気が晴れるかもなとケビンが
思案していると、ジェイドが楽しそうに顔を近づけてきた。
「スカーも一緒に祭りに行くんだよ、俺新しい浴衣着てみるんだ。スカーの見立てだから
ちょっと派手なんだけど・・・」ケビンも一緒に行こうよと誘われてケビンはさすがに嫌な顔をする。
なにが哀しくて幸せ夫婦のなかに一人混じらなきゃならんのだと抗議したら、ジェイドは待ってましたと
提案をした。「誰か誘ってみたらいいだろー?イリュー親子とか」
こいつ・・・なんだか誤解しまくってるなとケビンは額を押さえる。
子供もきっと3人で歩けばお父さんお母さんが居るみたいって喜ぶよと、ジェイドが勧めるのを
遮ってケビンは「あいつとは最近顔も合わせていない」と言葉短かに切り上げた。
「だから今日は俺は行かない」ケビンがヘソを曲げてしまったことに気付いたジェイドは慌てて、
「・・・じゃあ3人で、いや俺と2人で行こう」と誘いなおすが、ケビンはむっとした顔のまま首を縦に
振ろうとはしなかった。

「・・・・・・・・・ふん」
ジェイドと別れて一人家に戻ってきたケビンは、不貞腐れた顔のままソファに身を投げる。
誰が行くか、と思いながらもケビンは段々自分だけが幸せから取り残されているようなそんな
心持ちに支配されていく。
きっとジェイドはスカーと仲良く二人、祭りに行くんだろう。ジェイドの浴衣はあいつに良く似合うのだろう
スカーは見立てがいいからな・・・とケビンは考えてしまい、頭を振る。
なにか人の幸せをうらやんでいるような、そんな考えをしているようでケビンは自分のさもしさに頬を赤くする。
イリューも。
きっと親子仲良く行くんだろうな、とケビンは顔を反らせて天井を見上げながらまだ考え続ける。
イリューがぷっつりと姿を見せなくなってから、実は一度ケビンはその姿をスーパーで見かけていた。
一応この前の礼でも言っておくかとケビンがイリューに近寄ろうとしたが、そばに息子が居るのに
気付き足を止めた。今晩の夕食は何にしようこの菓子を買ってもいいかと、仲良く話が弾んでいたので
邪魔するようで気が引けて、ケビンはそのまま背を向けて歩み去った。
母親が居なくても、結構楽しくやってるじゃねーか。幸せそうに。
まるで自分だけ幸せと思ってないようなその思い付きが、ケビンの心をさらに重くした。
「・・・・・・・・・クロエにでも頼もうかな」
一人で家に居るのはさすがにやりきれなくて、ケビンは受話器を手に取る。
クロエに早く帰ってきてくれと駄々をこねると不審げに沈黙していたが、「一緒に祭りに行きたい」とケビンが
頼むと機嫌良さげに静かに笑って「分かりました」と承諾してくれた。
一人で居るよりは、クロエと出かけていた方がまだましだとケビンはクローゼットを開く。
濃い紺地に銀色の蜘蛛の巣が書かれた、クロエお気に入りの浴衣を肩にかける。
鏡に映る自分にそれが良く似合っていたので、ケビンはちょっと気が晴れた。
「お父さん、僕金魚すくいがしたいなぁ」
早くに帰ってきてくれたイリューと仲良く手をつなぎお祭りに向かう道筋で、ミートは大喜びで何度も
イリューに話しかけた。イリューも、こうしてミートと二人出歩くだけで気持ちが明るくなってくる。
「あー風船釣りもあるー!」子供らしい声ではしゃぐミートに、「よし、どっちが多く取れるか競争だ」と
イリューも屋台をのぞきこんで笑った。
「お父さん、ひとつ僕のをあげますよ」
上手くとれなかったイリューに、ミートはふたつ取った風船をひとつ差し出す。
二人でぽん、ぽんと同じリズムで風船を打ってみる。顔を見合わせて幸せそうに笑った。
「あーチョコバナナだ」ミートの声にイリューはよしよしと頷いて出店の中に一件一件顔を突っ込んでいった。
その頃ケビンは、クロエの帰ってくるのを待ちながら玄関で落ち付き無く立っていた。
もうとっくに浴衣を着込み長い髪も結い上げてみたというのに、待ち人は今だ現れない。
小1時間ほど前にクロエから連絡が入って「少し遅れるかもしれないから先に行っていて欲しい」と言われた。
そんな、祭に一人で行くなんて嫌だとケビンは文句を返し、家で待ってるとだけ言って携帯を切った。
もう暗くなっているのにまだクロエからの連絡は入らない。
家の前を祭りに向かう浴衣姿の若いカップルが通るたびに、ケビンはだんだん心細くなってくる。
……言われた通りに、先に行って待っててみようかな。待ち切れなくてケビンは家を出た。
祭は楽しげに賑わっていた。とり残されているような焦りが嫌で出てきてみたが、一人ぼっちだと
逆に寂しくなってくる。ケビンはつまらなさそうな顔で屋台をのぞいて周っていたが、後から急に声を
かけられ慌てた。
「ケビン、来てたんだ?」一人なの?一緒に見てまわろうよと浴衣の袖を掴んでくるジェイドの後には、
スカーの姿も見えた。
「一緒にまわろう、なっ、いいよな?スカー?」
スカーはジェイドの誘いに頷き、ケビンの和服姿に口笛をひとつ吹いた。
「良く似合うな、それ。色っぽいぜお前」
顎に手をやりにやにや笑うスカーの足を、ジェイドは力一杯踏み付ける。
「いててててっ!ジェイドお前なぁ」
なに鼻の下伸ばしてんだよお前と怒るジェイドの浴衣も、ジェイドに良く似合っている。
浅葱色が清々しく、ジェイドに良く似合っていた。ケビンはふっと顔をそむける。
「俺はいいよ。……クロエと待ち合わせてるから」もうすぐ来るんだ、二人でまわるよと言って
背を向ける。残念がるジェイドを「仲良さそうで良かったじゃねーか」と慰めるスカーの声が
ケビンの耳に届いてきた。
広くも無い境内をうろうろ歩いていたらまたあいつらに会っちまうと、ケビンは仕方なく帰ろうと考える。
クロエを恨みながら、せめてなにか土産になるような駄菓子でも買っていこうかと思い立ち、
ケビンは手近かな屋台をのぞき込んで、そしてしまったと思った。
「――――あ、…こんばんは」と最初に切り出したのはミートで、隣に呆然と突っ立っているイリューの
手を引きとりあえずも挨拶だけはさせる。
「ああ…二人で来てたのか。仲いいな」言ってからケビンは自分が一人なことに追及が来たらどうしよう
と焦るが、ミートは嬉しそうににこにこ笑うだけ、イリューは真っ赤になりながらもケビンの浴衣姿に
ぼーっと見惚れっぱなしだった。
「浴衣が良く似合ってますね。面白い模様だなー」ね?お父さんもそう思う?とミートに振られ、イリューは
こくこくと何度も頷く。ケビンはつられて赤くなりながら、なんで俺いつもコイツにつられて赤くなってるんだ
と自分に突っ込む。それでも自分の姿に素直に賞賛の目を向けてくるイリューに、ケビンは少し気分が直る。
「ん…サンキュ」照れたそぶりで首を傾げて返答すると、ますますイリューは赤くなりケビンはちょっと
可笑しかった。
「一人なんですか?」と思いついたようにミートに聞かれケビンはちょっと返答に困ったように
「ん…」と言葉を濁す。「一人で退屈だったから、来てみた」なにか面白いことでもあるといいなと思ってと、
イリューを見つめながら言うと、相手は焦りまくって真っ赤になった顔を両手で隠した。
ミートはイリューの慌てようを見ていて、思いついたようにケビンに「だったら一緒に見てまわりませんか?」と
呼びかけてみた。皆一緒の方が楽しいかも、と笑いかける。
ケビンは突然誘われ「え……」と口篭もり考え込む。イリューをからかうのは気が晴れそうだったが、どこかで
ジェイド達に会うかもしれないと思うと、そちらのほうが面倒だった。
「…悪い。遠慮しとく、俺もう帰るところ…」こんな所を奴らに見られたら、とケビンが断りかけた時には、もう
その元凶カップルは人込みの中から現れていた。
頭一つ分人よりも背の高い自分の姿が見つからないようにと、ケビンは慌てて屈む。
「あ、ジェイドさんだ」とよりによってミートが、こちらにまだ気付いていない二人に手を上げて呼びかける。
「ああスカー夫婦か。仲良いなぁ…おーい今晩は!」イリューもケビンの隣で声を上げて手まで振る。
声にジェイドが振り向く前にと、ケビンは身をひるがえして人込みの中に逃げ込もうとしたが、
「あ、どこに行くんですか?ケビンさん。ほら、あそこにジェイドさん達が居ますよ!」とイリューに
袖を引かれてしまい、離せと焦る。
スカーとジェイドが走り寄るミートに気付きこちらを向いた時、ケビンは袖を引くイリューごと抱きかかえて
人を掻き分け猛然と走り去った。
「―――それで、お父さんと一緒にお祭に来たんです。そこでさっきケビンさんとも会って…」とジェイドに
飴をもらいながら振りかえったミートの目に、父親の姿は映らなかった。
「……あれ?お父さん??」
首を傾げてまわりを見回すミートに、やがてジェイドとスカーはしゃがみ込み「……迷子になっちゃったの?」と
聞いて頭を撫でた。

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