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◆『機長の恋路』

 

『あのー・・・ミートの母親を探しているんですが・・・ええ、まだ息子が小さい時分に居なくなって・・・』
「ねぇ、ボクのお母さん、どうして居ないの?」
「えっ・・・、お、お前が小さい頃病気で亡くなってしまったんだよ」
「そうなの・・・」
『息子のためにも、もう一度戻ってきて欲しくて・・・』
「でもボク、他の子のお母さん・・・うらやましいな・・・」
「ミート・・・そ、そんなにお母さんが欲しいのかい?」

妻の行方は知れない。色々と食い違いの多い夫婦だったから、もしかしたら私のことを嫌って会いたくも
ないと思っているのかもしれない。
イリューヒンは出ていってしまった妻のことで思い煩うとき、いつもどこでも大きなため息をつく。
通行人や同僚が変な目で見るのもお構いなしだ。
航空機の機長を務めるイリューは生真面目な性格と花形的な職業柄、スチュワーデスにもバツイチ子持ち
の割には人気があったが、本人が公私をきっちり分けるタイプだったので社内では浮いた噂のひとつも無い。
同僚上司には、しっかりした頼りになる人材として評判が良い。
上背の有るイリューの、背筋を伸ばして指示を下す姿には迷いや悩みなどないように見える。
回りからは面白みは無いが頼りになる男として信頼されていた。
しかしイリュー本人の内面は、色々と悩み多き青年(そんな歳でもないけど)だとは誰も気付かない。
一人息子が年頃に近付き、母親を恋しがり「お母さんはどんな人だった?」とか「お母さんは何が
好きだった?」と聞いてくるたびに、息子に嘘をついていることへの罪にイリューは苦しくなる。
妻に一目成長した息子を見せてやろうという思いで、しばらく前から妻の居所を色々と手を尽くして
探している・・・が、結果はまだ出てこない。
「あなたはたてまえばかり大事にする人だ」と昔妻に皮肉られた言葉を、イリューは時折思い出す。
私が良かれとしていることは、迷惑で不幸なことなんだろうかと不安に思うたび、イリューはいつもの
傲慢なくらいの冷静な落ち着きが無くなる。
探し始めてしばらくして、一度妻から電話があった。
離れていてもその声を聞き間違えるはずも無く、深夜だったが急いでミートを起こしてくるからと、喜びの
にじんだ声でイリューが保留を押そうとしたときに、冷たく妻の声がそれを拒んだ。
私を探さないで。
息子と話すことも拒んで自分を放っておいてくれと言う妻に、イリューは深く傷付く。
もうこれ以上傷付くことはないと妻の姿を見失った日から思っていたのに、簡単にイリューの予想は裏切られる。
怒りやら恋しさやらが胸の内にごちゃ混ぜになるのだが、何故だかイリューの口にのぼってくる言葉は、
いつもの抑揚の無い一本調子な皮肉だった。
それはさぞかし迷惑だったろうな。しかし子供が親に会う権利は保障されているからな・・・息子が会いたい
と言えば仕方ないだろう私の立場としては。
久しぶりに妻と話し合うというのにこの傲慢な物言いはなんだと、言いながらイリューは自分に腹が立つ。
今何処でどんな思いを抱えて生きているのか、俺のどこが悪かったのかどこを直せば良いのか
今度話し合うことになったら必ず聞こうと、イリューは心に決めていたはずだったのに。
しかしイリューの口にはそんな血の通った言葉はのぼらず、再度放っておいてくれと繰り返す妻に傲慢に
返って来いと繰り返した。
やがて電話を切られて、イリューはやっと弱気な顔になり背中を丸めてシクシクと泣き出した(弱・・・)。

「機長、どうかなさったんですか?今日は沈んでらっしゃいますけど・・・」
「悩み事なら、私でよろしければ伺いますよVv」
珍しくぼけっとしているイリューにスチュワーデスは次々と声をかけていく。
生返事を返しながらイリューの頭に(そろそろ再婚・・・考えたほうがいいのかなぁ)との考えがよぎる。
しかしイリューは周りに居るスチュワーデスに目を向けるわけではなかった。(そうしておけば良いのに…)
仕事が終わり帰宅路に着くイリューは、最寄りの駅から徒歩でてくてくと歩き出す。
数少ない趣味である、少し値が張った自慢の車は自宅の車庫にしまわれたままだ。
今日は良い時間態に帰れた。会えるだろうか…と珍しく落ち付き無いそぶりできょろきょろと見回すイリューの
目にお目当ての人影が映った。
日暮れの薄闇の中前を行く長い金髪の後姿を、イリューは目を輝かせて見つめる。
近所に住むケビンにそっと付いて歩くが、いつも声をかけそびれて後を付け回すだけで終わっている。
(こんなことを繰り返していたら、そのうちストーカーで捕まる…かもしれない)
今日こそは声をかけてみよう、普通に世間話でもしながら肩を並べて歩いてみたいと、毎日イリューは思う。
そして思うだけで終わっている。
しかし今日こそはさりげなくでも何か言葉を交わしてみようと、イリューは心に決めていた。
言葉を交わして自分を印象付けたい、関心を持ってもらいたい、出来れば好意を持ってもらいたい、
そして出来れば二人…。夢想家というより、ちょっと妄想の域に入っているかもしれないイリューだった。
息子のミートにもお母さんを迎えてやって喜ばしてやりたいとイリューは考えるが、どうしてそこで
無理っぽい人妻(笑)に目を付けるのかが本人にも良く分からない。(ただ単に面食いなのかもしれない)
こんばんは、今お帰りですか、夜道で一人歩きは危ない、よろしければ御一緒させて下さい…。
妙な期待感で一杯のおかげで喉に引っ掛かる、精一杯のさり気ない(本人はそう思っている)セリフを
口に出そうとして何度かためらった後、イリューは意を決して目をつむったまま呼びかけようとした…が。
「ケビーン!今帰りなんだーっ!?」
「――――!!!!(泣)」
イリューを追い越しケビンに抱き付いたジェイドは、「暗くなってきたし、二人で帰ろ」とイリューの出番を
奪ったことには頓着せずにっこり笑みを見せた。
「ああ」面倒臭そうにケビンが短く返事をする。それでもまんざらではない様子で、すりよるジェイドの
肩に軽く手を置いた。
「もー一人で歩くと変な奴に付きまとわれちゃうからヤなんだよなー」
後のイリューが胸を押さえ、うっとつぶやく。
「怖いのかよ、ジェイド?」ケビンはジェイドの頬を指で突つき「半殺しにしたって聞かされたぞ?」と笑う。
「煩いなー正当防衛だろー?」膨れるジェイドの頭をポンポンと叩き声を立てて笑うケビンの横顔を、
イリューは後ろをつけながらうっとりと眺める。
………いいな…美人だ。思わず一人、噛み締めるようにつぶやく姿が怪しい。
「そんなに鬱陶しいなら、今度出たら言って来い」シメてやる、とケビンは綺麗な顔に似合わないことを言う。
「頼むよー。もーホントに変な奴でさー、またSM好きっぽいのそいつ、最悪だろ?」
SM、と聞いてケビンの顔が僅かに引きつる。
「………やっぱり、パス」俺SMとは相性悪いからと首を振るケビンに「えーそんな、マジで期待したのにー!」
とジェイドは裾を引っ張って抗議した。
「ダンナのSM度に比べればマシだって、頼むからーケビンー」
人事と思ってお前…!とケビンがジェイドの頭をぱちんと叩いた同時期に背後から「え?そうなのか?」と
間の抜けた声が上がる。
振りかえるケビンとジェイドは、焦って口元を押さえるイリューのあたふたと慌てる姿を夕闇の中に見出した。
「・・・・・・・・あ・・・こんばんはー」ジェイドが一応会釈する。が、胡散臭そうな目つきでイリューを見る。
「こ、こんばんは、今お帰りですか、夜道で一人歩きは危ない、よろしければ御一緒させて下さい」
誰が一人で歩いてるよ、とケビンの突っ込みにイリューは冷や汗をかく。
「あっ、いや私が」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・あっ・・・じゃあ一緒に帰りますか?なっ、ケビン!皆で歩けば恐くないってね」
ジェイドが無理に明るく振舞い、ケビンの肩を押してイリューの隣に押しやり3人並ぶ。
「お子さんは一人でお家で待ってるんですかー?大変ですねー」などと意外にもそつなくイリューに話しかける
ジェイドの隣でぼけっと退屈そうにして話にも入ってこないケビン。イリューは話に乗りながらも、目では
ケビンの横顔を一生懸命追っていた。
「あーそうだケビン、今日うちに夜食べに来いよ」ジェイドが突然話を振り、ケビンは慌て気味に目を瞬かせる。
驚いた顔も愛らしくていい・・・とはイリューの感想だった。
「スカーからさっき電話入ったんだ。競馬で当てたから、今日はいいもん食うぞーって」
なにやってんだかあいつ、とジェイドは楽しそうに口を押さえる。
「いつも上手くいってるわけじゃないよ、今日はたまたま。小遣い、すーぐ使っちゃうんだから。
まったくあいつの遊びグセってどーしょもないよなー」
文句を言いながらもジェイドは楽しそうだ。いいな、仲良さそうで・・・とイリューが夫婦関係をうらやましく思う。
「クロエも呼んで4人で食べよう。ケビンは何食べたい?」
そうだな、とケビンが首を傾げて考えているとジェイドが可笑しそうに「あ、でも俺の作れるモノにしてよ」と
軽口を叩きケビンの腕に自分の腕を絡める。
「ケビンも呼びたいってスカーに言ったらさ、ケビンの食べたがるような小難しいモンなんて、お前に作れる
ワケねーだろなんて馬鹿にするんだぜ?ホントあいつ、口悪い」
イリューの目には、ケビンの形良い眉がわずかに寄ったように見えた。
「・・・・・・悪いなジェイド、今日・・・クロエ遅くて」少し用事もあるから、とケビンは残念がるジェイドの誘いを
丁重に断った。
「今度絶対来てくれよ?じゃあ、ケビンお休みー」
イリューにも手を振って去って行ったジェイドが角を曲がって見えなくなると、ケビンは付き合って振っていた
手を下ろし笑みの無くなった顔で「俺がいつお前に小難しいモノなんてねだったよ?」と独り言をつぶやく。
イリューは急に沈んでしまったケビンに慌てて「どうしたんですか、大丈夫ですか?」と回りをうろうろするが、
「うるせえな、関係無いだろう」と鞭打つ調子で厳しく言い返されてしまった。
確かにその通りだけれど、とイリューは愛の力か何時になく勇気を振り絞り「急に元気が無くなると心配で、
何か出来ることがあったらと思って・・・」と食い下がるが「無い。別に何にもしてもらいたいことなんて無い」と
ケビンに横を向かれてしまった。
今度はさすがに何も言えずしょげて下を向くイリューに、ケビンの方が苛々して「何だよ、お前さ」と責める。
「人のことに首突っ込むなよ。・・・昔、ちょっとスカーと遊んでた時があったから、あいつの物言いが
気に食わなかったんだよ」俺をワガママ育ちみたいに言いやがって、とケビンは無理に笑みを浮かべる。
「昔?付き合っていたんですか?」
違う、遊んでやってただけだ、とムキになるケビンの薄く染まった頬をイリューはつくづく眺める。
そのしょんぼりとした哀しそうな表情に、同情してるのかコイツとケビンは余計頬を染め更に言葉を重ねる。
「もう今はどーでもいいんだよスカーの・・・ことなんか!他人他人」
手をひらひらと振るケビンをイリューは呆然と見守る。いくら美人に色恋沙汰は不可欠といっても、
・・・・・・この人、想像に余りある過去を背負っていそうだとイリューは考える。
「俺ダンナ居るしな。いくら嫌いで無理矢理結婚させられたっていってもな」
「え、そうなんですか!?」
「・・・・・・・・・そうだよ!悪いか!」いえ、そんなとイリューは慌てて首を振る。
「逃げ出しても、絶対追いかけてきそうだしな。上手くまけるボンクラなダンナだったら良かったけどな」
ケビンが鼻で笑い、イリューは酷い侮辱に思わず胸を押さえる。
「・・・・・・それに、・・・俺どこに行っていいかなんて思いつかないしな。」
いくら惚れている弱みがあるといっても今の暴言は捨てておけず、抗議しようとイリューは口を開くが
ケビンのふいにかげった表情とポツリとつぶやく弱気な一言に何も言えなくなる。
「クロエはあんなでも一応俺を必要としてくれてるからな。・・・ここを離れたら誰も俺なんか構わない」
今言われた悪態への怒りも忘れてイリューは、憂いを帯びた俯く白い顔を、下唇をわずかに噛締める
その表情を隠す長い金髪を愛しく見入る。
今まで自覚はなかったがとても相手を愛しく思う自分にイリューは驚く。
愛しさは、相手の力になれとイリューを急かす。
「げ、元気を出してください!元気出して」
きょとんとした瞳で自分を見上げるケビンの顔のふっと浮かんだ幼さに、イリューは内心ドキドキしながらも
熱心にケビンに「あなたはとても魅力的な方です!だから、そんな哀しいことを考えないで下さい。
あなたを必要としないなんて、そんな事ありませんから自信を持って、元気を出して!」と諭す。
「口説いてんのか?・・・てめぇ、相手選びやがれ」ケビンは相手の勢いに押されていたが、眉をしかめ
イリューを睨む。が、「違う!」と勢い良く相手に否定されケビンは今までに無い展開に驚く。
「元気になるにはどうすれば良いか、考えて。クロエさんと話し合うとか」ケビンが横を向いてしまったので、
イリューは慌てて「気分転換になるようなことをするとか」と付け加える。
「たとえば、私が気を紛らわせるときには酒を飲んだり・・・あ、これはいけないな。温かい飲み物をとると
落ち着くそうですよ。あと好きなクラシックを聞くとか淡い暖色系の部屋でのんびりするとか」
犬とかふかふかした動物と戯れると楽しくなりませんかと、見た目に似合わないことを勧めるイリューに
ケビンは呆れた目を向けながらも、その熱心さに思わずくすっと笑ってしまう。
笑った、笑ってくれた、なんて綺麗な笑顔なんだとイリューはますます熱心に口を動かす。
「体を動かすのも良いらしい。運動は心身の健康を保ちます。最近体を動かすこと、何をしました?」
「え・・・・・・あの、・・・・・・」
突然振られ赤くなるケビンの動揺に、イリューも察して赤くなって黙った。
「――――失礼」わざとらしく咳払いするイリューに、赤い顔を誤魔化すようにケビンはわざときつい
物言いをする。
「俺のことなんか構うな」下手な口説き文句みたいな説教を延々聞かせてんじゃねーよと、大人しく
聞いてた癖に、ケビンは顎を上げ小憎らしい仕草でイリューを挑発する。
「口説いてるんじゃないんだろ、好きでもない奴にそんなにお節介やくのは止めとけよ、面倒の元だぜ」
こいつモテないだろうなと馬鹿にしているのが伝わってくるケビンの物言いに、イリューは思わず言い返す。
「好きですよ、だから元気になってもらいたいのに、・・・・・・・・・!」
言ってから、イリューはやばいと口を押さえるが一旦口から出てしまった言葉はもうしまい込めない。
「いや・・・あの・・・俺は・・・・・・す、すみません!」
「な・・・なんだよっ・・・・・・!」真っ赤になってしまったイリューにつられてしまい、ケビンも顔に血が上る。
「・・・・・・し、失礼します!」上手く誤魔化すことも出来ずに、イリューは背中を向けて逃げ出していった。
猛ダッシュで走り去る後姿を呆然と見送って、ケビンはようやく我に帰る。
動揺した自分に腹立ちを覚え、「なんだよ、あの野郎」と鼻を鳴らして不機嫌そうに首を振った。
が、頬は未だうっすらと赤いままだった。

「・・・・・・なあ、ミート。元気になってもらいたい時には、どうすればいいのかな?」
「元気になってもらいたい人がいるんですか?」
う、と胸を押さえるイリューにミートはニコニコと笑って「それは誰なんですか?」と聞くが、イリューは
咳払いをするだけで、はっきり口にしたがらない。
ミートはなんとなく察して「・・・そうですね。よく相手を観察して、何を欲しがっているかそれを分かって
あげれるといいですね」それを自分が叶えてあげれたら、とても素敵なことですねとミートは笑う。
イリューは感慨深げに何度も頷き、(ミートも立派に大きく育って・・・)と我が子の成長に涙した。
「しかし・・・俺には良く分からない。あの人が何を求めているのか」しょげるイリューの背を、ミートは
優しく撫でてやる。どちらが親だか分からない。
イリューは考える。ケビンが何をすれば喜んで笑ってくれるのか、自分にはどうにも分からないと。
自分程度にそんな大それた試みは無理なのかもしれないと、イリューは弱気にもなる。
大体そんなに人の心に聡いところがあったら妻も出て行ったりしていないと、イリューは自分自身を
皮肉ってみたりする。
それでも、なにか出来ることを精一杯してみたいと、ケビンの為に何かしてあげたいという気持ちで
イリューは懸命に頭を捻る。イリューは何度もああでもないこうでもないと悩みながら、紙袋に色々と
思いつくものを突っ込みはじめた。

朝っぱらから門の前にイリューの姿を見つけたケビンはそれだけでも目眩がしたのに、外まで出て行った
クロエと何事か話し合っている状況に恐くて貧血を起こしそうだった。
イリューといえば、そっと玄関先にケビンへのプレゼントを人知れず置いていこうと思っていたのに、
もたもたしている間に玄関のドアが開いて、あろうことかクロエが姿をあらわした。
妙に慌ててしまい、イリューは折角置いた紙包みを取り上げ胸に抱え直す。おはようございますこんな
朝早くから、手に持っているそれは何ですか?とクロエに冷静に聞かれ、顔を真っ赤にして口篭もる。
冷や汗を流しながらイリューがクロエに対峙している時に、ケビンが遅れて出てきた。
慌て気味にケビンはクロエの腕を引き、「どうした?」と聞く。「さあ」と皮肉な調子で肩をすくめるクロエを
忌々しげに睨んでから、ケビンはイリューにも咎めるキツイ目を向ける。
「あ、あの・・・これ!」これどうぞとケビンに包みを押し付け、イリューは背を向けて逃げ出す。
「・・・・・・なんですか、それは?」クロエに聞かれしかたなくケビンは監視の下包みを開く。
妙なものが入っていたらどうしよう、あいつ何をやらかしてくれるんだまったくと、ケビンは心中で散々悪態
をつきながら包みに手を突っ込んだ。
「・・・・・・へえ」クロエの小馬鹿にするような物言いにカチンと来ながらも、ケビンもちょっと赤くなる。
包みの中に入っていた画集やらCDやらを、クロエは小突き回していたが缶を手に取ってケビンに見せる。
「イリューはどうやらコーヒー党なのですね。あなたが紅茶しかお気に召さないとは知らなかったわけですか」
ああ、でもこの豆私は好きです深炒りで味わい深いとクロエが缶を眺めて言うが、ケビンはその手から
「返せ、クロエ」と缶を取り上げた。
じっと見つめてくるクロエに、こんな怪しい態度を取っていては自分の首を締めるだけだとケビンは思うが。
色々、思いつくものを突っ込んだような入浴剤やらキャンドルやらがごっちゃになった袋の中に、
しおりにされた四葉のクローバーを見つけて(レトロな男(*イリュー)はこーゆうレトロなアイテムが
大好きだった…)ケビンはイリューを馬鹿にする気がいまいち起きてこない。
「・・・・・・・・・俺が飲む、から」クロエ飲むなよとケビンに言われ、クロエは首を振って背を向ける。
「どうぞご自由に。ただの交友は咎めませんよ」部屋に戻りながらのクロエの忠告にケビンは
眉を寄せて返事を返さない。
「・・・・・・なんだよ、あいつ、こんなモン・・・・・・・・・バーカ」
ふん、と鼻を鳴らしてケビンは腕の中の包みを抱え直す。
しおりのクローバーをもう一度手に取る。ちょっと笑みを浮かべてしばらく眺めてから、中から呼ぶ
クロエの声に返事をして家の中に入っていった。


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