SCAR FACE SITE

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◆ Intermisson Violence Cindellera



深夜というにはまだ早すぎる時間だった。
 オリンピック選手用に借り上げられていたホテルのITルームは、ちょっと前までなら国の家族や恋人にメールを送るもの、
HPの管理をする者などがひしめいていたが、決勝進出者が決まった今、影もまばらだった。


 プライベートを重視した造りの部屋にある、一番端の端末に彼は座っていた。
 マウスの音さえもエアコンの音にかき消されてしまうほどの静寂の中、本来なら場の中心にいる男…
ケビンマスクが身を縮めるようにして片隅にいた。
 
 
 彼が毎晩この部屋でパソコンに興じている、というのは早いうちからうわさになっていた。
 最初のうちは珍しさや好奇心から話しかけてくる者もいたが、鼻にもかけず。
 彼はただ一人、黙々とネットサーフィンをしていた。
 

「もうやめたのか?」
 誰かが入ってきたのに気づかなかったわけではない。
 誰が来ようが、彼には関係なかった。
 だが、上から降ってきた声の主にちらりと眼をやったとき、そこだけ露出している目がひそめられた。
 普段の彼からは想像できないことに、その人物は缶ビールを片手にケビンの前のパソコンに映し出される画面に見入っている。
「…もうやめだ」
 マウスを取り、ブラウザを閉めようとした右手をその人物の手が制した。
「もっと調べろよ。『スカーフェイス』について」
 酒に濡れていた声音は、いつになく荒く、そして乱暴にマウスを持つ手に手が兼ねられたかと思うと、容赦なくマウスを手ごと操り、
ブラウザの履歴から彼が見ていたHPを次々と暴き立てていく。

 次々と現れるページに必ずある『Scarface』という単語に、その人物は鼻で笑った。
「…で何かわかったのか?」
 協力してやろうという気はさらさらないと言わんばかりに、冷淡に言い放ったとき、ケビンは掴まれた手を振り払い、
椅子を蹴飛ばして立ちあがった。
「うせろ、ジェイド!」




****




「確かにオレには関係ないね」
 空になったビールの缶を捨てるゴミ箱を探しながらジェイドはあっさりと言う。

 自動販売機の横のゴミ箱の前で、底に残っていたビールを飲み干すと、殺してやるとばかりに睨みつけるケビンの元へと戻ってきた。
「あんたが何でいまさらスカーフェイスに関して色々とかぎまわっているのか、オレには関係ないけど・・・。」
 
 ケビン横をすり抜けた彼は、今までケビンが座っていた椅子を引くと、そのまま席についた。
 
 履歴で手繰り寄せたサイトには、いわゆるUG系というものまで含まれていた。
 その中から真実を探し出すのは、砂浜から一粒の砂金を拾うようなもの。
 それにさえもすがりたい気持ちがひしひしと伝わってくる。


「いい加減にしろ」
 激しい語気とと共に肩を掴まれ、椅子から引きずりおろされそうになったが、ジェイドはそれを難なく振り払った。
「パソコンが使いたかったら他のヤツを使えばいいじゃないか。ここにはあまるほどあるんだぜ。」
 もっともな言い分に返す言葉もないケビンの目の前でジェイドは次々と履歴にあるサイトを巡っていく。
 そして、とあるページにたどり着いた時だった。
「ふーん、なかなかいい線いっているじゃないか」

 Is he still alive or?
 (彼はまだ生きているのか、それとも?)
 
 黒地に血糊と髑髏をあしらった壁紙に大きく書かれているサイトに何が書かれていたのか記憶の糸をたどった。
 スカーフェイス謀殺説、HFではなく監獄にいる、脱走して宇宙にいる、dMpの残党に殺された……。
 勝手な憶測はいくらでもネットに散らばっている。
 運び込まれた病院から突然姿が見えなくなった、というのはどの説も一緒だった。
 そして、ケビンが自身で得た数少ない信憑性のある情報も一致する。

 だが、それ以外は一つとして信じるにたりるものはない。
 いや、いっそりこと信用できない、と切り捨てられたらどんなにか楽か、という情報ばかりが氾濫していた。
 
 
「帝政ロシアのアナスタシア皇女じゃあるまいし。勝手に色々と書けるもんだ」
 現実に引き戻したのは、椅子で伸びをするジェイドの呟きだった。
「・・・であんたはスカーを探して何がしたいわけ?」
 延びあがったまま、ジェイドは横に立つケビンに視線を移したが、視線が交錯する寸前でケビンは顔をそむけた。
 鋼鉄のマスクに被われた表情がどうなっているか分からない。
 首の角度、筋肉のこわばりからして本当はうつむきたいところを必死にこらえているのは明らかだった。

「ただ・・・あいつがどうしているのか知りたいだけだ・・・」
 三瞬間ほどの間を置いて、ようやく搾り出された言葉には力強さはない。
 だが、それを見つめるジェイドの眼差しは冷ややかだった。
 視線をはずし、ディスプレイにもう一度向きなおった。
「なるほどね。あんたがオリンピックの舞台から引き摺り下ろされるネタを持つヤツを一刻も早くなんとかしたいんだ」
「違う!」
「あんたはスカーの正体を暴いた。その報復を恐れるのは別におかしくもなんともない。
 優勝するためにスキャンダルを避けたいって言ったって誰も笑いはしないさ」
「おまえの口からそんな言葉が出るとは思わなかったな」
 怒りよりも侮蔑の色が、ケビンの瞳に浮かんでいる。
「オレもいつまでも甘チャンではいられないさ」
「だったらなぜオレに突っかかってくる。オレがマルスのことを調べていようがおまえには関係ない」
「関係はなくてもだ、あんたがかぎまわっているってのが気になるんだ」
「おまえに語る筋合いも必要もない」
「そういうと思った」
 ジェイドはそれ以上何も語らず、開いていたブラウザを一つ一つ閉じていく。
 最後にリセットボタンが押され、ケビンが見ていた情報は完全に消えた。
 マウスを指定の位置に戻し、キーボードテーブルをしまい込むと、ジェイドは立ちあがった。

「あんたの毎晩の苦労も大した成果は上がってなかったぜ」



***




「どういうことだ」
 ケビンは去っていこうとするジェイドの二の腕を掴み、自分の前に向き直らせた。
「そのまんまのイミだよ。あんたが調べたことには一粒の事実も紛れこんでいなかったぜ」
 ここまで言われたら、相手が何をもって自分よりも優位に立っているのか明らかだ。
 
「何かわかったのか!」
 ケビンの手を振り払ったジェイドはそれに答えない。
 踵を返したところで、今度は肩を掴まれたので邪険に振り払った。
「自分で調べろよ。あんたにはそれだけの財力も知力もあるんだろ?」

 どこを探しても、誰に探させてもついに見つけることはできなかった。

 
 生死さえも。
 その屍がどこにいったのかも。

 いつまでも途切れない記憶の中にあるのは、担架に乗せられた『スカーフェイス』だった。
 反転した目に自分が映ることはなく。暗闇の中に吸い込まれていく姿を見送るところでいつも眼が覚めていた。

 
「頼む・・・。教えてくれ。生きているかだけでも」
「離せよ」
 激しく拒絶するジェイドの肩に、食い込んでいる指に更に力が入っていた。
「さっきも言っただろ。オレはあんたに話してやる義務も筋合いもない」
 ジェイドはケビンの手首を掴むと強引に外し、食いこんでいた個所をさすった。
「オレはただ……」
「あいつがあんたの優勝のジャマをしに立ちはだかったら息の根を止めるだろう?キングキャッスルの頭を砕いた時のように」
 どうしても拭い切れない不信が二人の間にある。
 この平行線の会話を打ちきるには・・・どちらかが譲るしかない。


 ジェイドの目の前でいきなりケビンの体が沈んだ。
 誰かにひれ伏すことなど想像もできない男が、目の前でひざをつき、頭を垂れていた。

 突然のことに言葉を失っているジェイドに向かって、ケビンはさっきの言葉を繰り返す。
「・・・生きているのか死んだのかだけでもいい。お願いだ」
 
 空調の音しか聞こえない静寂が、二人の間に流れていた。
 頭を下げたまま動かないケビンを立たせようともせず、ジェイドはじっと見つめている。

 何が彼にプライドをこうも簡単に捨てさせるのか。
 答えは彼が言うとおりことかもしれない。
 だが、元仲間の消息を知りたい、という気持ちだけでここまで動けるか、というのは理解できなかった。

「驚いたね。こんなことまで出きるとは思わなかったよ」
 だが、その言葉には労りや同情はこめられていない。
「オレの持つ情報のためなら土下座くらいはするっていうわけか」
 わずかなためらいの後、眼の下の鋼鉄のマスクが微かに動いた。
 ひざまづく彼にとっては最大限の譲歩だったにちがいない。
 
「…土下座ぐらいでオレがあんたを信用すると思っていたのかい?」
 じゃあどうすればいい、という消え入りそうな声が下から響いてきた。
「あんたのプライドと、誠意……それを見せてもらってから決めるよ」
 プライドと誠意という言葉の意味を確認しようとしたケビンにジェイドは上から命じた。
「来いよ」
 反転したジェイドは、さっきまで使っていた一番奥の席に向かい腰を下ろす。
 椅子を後ろに引き、自分の前にスペースを作り、ついてきたケビンにそこを指差す。

 
「マスクを取ってこそこに座れ」
 マスクを取る理由は命じた側がベルトを外し始めたことで分かった。

 この男が洗いざらしのズボンのファスナーに手をかけ、男の前でくつろげる姿なぞ想像がつかなかった。
 だが、明らかにそれを命じていた。

 指し示されたスペースに立ち、闘いを生業にていることが信じがたいような優美な指が硬質のマスクを捉えた。
 目の前に落ちかかる髪を払いのけるように数度首を振り、面を上げるのは扇情のためなのか、元からのクセなのか分からない。
 だが初めて見るこの男の素顔は男であると分かっていても息を飲まずにおれないほど美しいものだった。

「予想はしていたけど、あんた綺麗だな」
 相手が跪いたおかげで、自分の足の間に見えるようになった金髪に指を絡める。
 前髪で表情が分かりにくくなるのが嫌なのか、丁寧に指で梳き、左右に掻き分けた。
 

 くつろげたジーンズの奥からジェイド自身を取り出しながら、ケビンはさっきの彼の仕草の出所を思い出していた。
『せっかくの顔がみえないだろ』
 落ちかかってきた前髪を何度もたくし上げては覗きこむので文句を言ったときにマルスが良く言っていたセリフ。
 ジェイドが示した態度は、偶然・・・というよりは知っていてやっているとしか思えなかった。
 自分に取りつづけているこの態度の理由。
 根底にあるものは同じものかもしれない。

 まだすれたところのない、初々しさの残るそれをゆっくりと掌中で揉みしだいてみるが、飢えていないのか、早急な反応はなかった。
 出きることならさっさとすませてしまいたい気持ちがわかるのか、ジェイドはいきなりさっきまでもてあそんでいた前髪を
鷲づかみにし、ケビンの頭を引き寄せた。
「それじゃあ、何のためにマスクを取ったのか分からないぜ」
 口元に押しつけられ、仕方なしにケビンはそれを含んだ。

 そのときだった。
 自動ドアが開く気配がした。
「…んあ?ジェイドか?」
 ろれつの回っていないドイツ語が、響いてきた。
 慌ててジェイドのモノを口から外し、息を潜めて伺う。

 ジェイドは体をねじって声のした方を見た。
「…せっかくここまで残っていたのに残念だったな」
 話しをしている相手がこちらに歩んでくる気配はない。
 同じくドイツ語で返しているところを見ると、ドイツの代表で最終予選で落ちた人物なのだろう。
「まあな。
ところで今から外に繰り出すけど、おまえの壮行会もしてやるぜ…?」
 ホテル内ですでに一次会をしていたらしく、彼の背後には大勢の超人のざわめきが聞こえてくる。
「ん。せっかくだけど気持ちだけもらっとくよ」
「ブロッケンオヤジさんの許可がいるのか?」
 彼の背後で笑いが起こった。
 それに腹を立てることもなく、ジェイドは軽く受け流す。
「ま、そんなところさ。じゃあ楽しんでこいよ」

 自動ドアが閉まる音と共に、体から力が抜けた。

 さっきの人物がジェイドと話をするために・・・パソコンを使うためにこちらに来ていたらと思うと頭から火が出る思いだった。
 平然としていたように見えたジェイドも軽くため息をつく。
「・・・やっぱりここは落ちつかないな」
 ジェイドが椅子から立つのと同時に、ケビンも立ちあがった。
 
「場所を変えるか・・・」
 ケビンの返事も待たずにジェイドはそのまま部屋から出てしまったので、慌ててマスクをかぶりなおし、後を追った。
 
「何階にとまっているんだ?」
 先に乗り込みボタンに手を差し伸べながらジェイドが質問した。
「オレの部屋はダメだ」
 ちらりと向けられた視線に、ケビンはその理由を言う。
「クロエがいる」
 ジェイドは24階のボタンを押した。
 誰も呼び出さないのかランプは滞ることなく『24』へと向かっていた。
 意識的に聞き出さない限り、どの超人がどの部屋に泊まってるかは知らない。
 何のためらいもなくその階数を押したところを見ると、そこの階には彼が宿泊している部屋があるのだろう。
 
 ポーン…。
 電子音でわれに帰った。
 エレベーターが静かに止まり、そして扉が開く。
 
「・・・・・29階だ」
 エレベーターから1歩踏み出そうとしたときだった。
 改めてエレベーターの中に入り、相手の指が29を押すのを確認したジェイドは軽くうなづく。

 それからすぐにエレベーターは目的の階に着いた。



***




案内された部屋はオーソドックスなツインルームだった。
 
 ケビン自身はルームキーを持っておらず、ノックするとすぐにドアが開き、昼間二人三脚でケビンとコンビを組んでいた人物が
二人を出迎えた。

 クロエはこの奇妙な組み合わせに戸惑いを隠せなかったようだが、無言で二人を招き入れ扉を閉じた。
 テーブルの上にはノートパソコンが広げられている。
 周りにメモや筆記用具が散らかっているところ見ると、目の前にいるクロエのものらしい。
 見られたくないデータがあるのか、手早く保存しプログラムを閉じるクロエに、ケビンが口を開いた。
「クロエ、ちょっと席を外してくれないか?」
 パソコンから顔を上げたクロエは二人の顔を見比べた。
 決勝トーナメント進出の祝いをするとか、友情を深め合うという雰囲気ではない。
 
「ちょっとでいいんだ。三十分でも・・・」
 クロエはパソコンの電源を落とし、周りのメモを手早く纏め始めた。
「理由は話してもらえそうにないな」
 彼は集めたメモを整えブリーフケースに詰め込むと立ちあがり、サイドテーブルの上のカードキーを手にすると
「30分だけヒマをつぶしてくる・・・」
 とだけいいドアの向こうに消えた。


 今度こそ本当に二人だけになった。
 律儀にもジェイドはどちらがケビンが使うベッドなのかと問い、ケビンは窓際を指差した。
 示されたベッドに腰掛けたジェイドの足元に、マスクを外したケビンが跪く。
 話し合いをするために来たのではないのだから。

 ベルトを外し、ファスナーを下げると狭い布地に圧迫されていたジェイド自身が勢い良く突き出ていた。
 下着を下げ、露にしたそれを手にすると一気に含む。
 時間が限られていることと、早く終わらせてしまいたい焦りがあった。
 激しい舌の動きと愛撫にあっという間に翻弄されはじめたジェイドは、駆け引きも何も忘れ、目の前の快楽に身を投じた。
 
 頂点がそこまで来た瞬間、ジェイドは立ちあがり、逃すまいとするかのように金色の頭を押さえつけると、息を詰めた。
 喉の奥にまで突き入れられたモノに蒸せることなく、ケビンは流れ込んでくる体液を飲み下していく。
 
 大きく息を吐いたジェイドが離れると、口の端をぬぐいながらケビンが顔を上げた。
「・・すごいな」
 賞賛とも侮蔑ともとれない言葉には答えず、後始末まではしてやるつもりはない、とばかりにケビンは立ちあがった。
 バーからビールを取り出すと、さっき口にしたものを忘れるつもりなのか、一気に煽る。
 気持ちの整理をしたいのか、それとも後悔しているのか分からないが、ビールが空になっても彼はジェイドに背を向けたままだった。


「あいつは生きてるよ」
 振り向くと、身仕舞いを完全に済ませたジェイドがベッドから立ちあがろうとしているところだった。
「どこにいるんだ?」
 質問には答えずドアの向こうに出ていこうとするジェイドを、すがりつくような声が引き止めた。
「・・・生きているかどうかを知りたかったんだろ。
 心配するな。これはネットに散らばっているようなガセネタじゃない」
「ど、どこでそんな情報があったんだ」
 情報ね、鼻で笑ったジェイドはゆっくりと振り向いた。
「・・・この目で見て、そして手で触れて確かめてきた、ってだけ言っておくよ。じゃあおやすみ」


「ま、待ってくれ」
 体を半歩ドアの外に出していたジェイドは、一応振り向いた。
 顔を一目見ただけで彼が何を言いたいのか分かった。
「もう話すことはない」
「おまえが望むなら・・・何でもする。だから・・・」
 何がこの男にこうまでさせるのか、もうとっくにわかっていた。
 何も知らせたくなければそのまま突っぱねればいいだけのこと。
 
 だが、同時に一筋の糸でも掴みたいという気持ちもいたいほど分かる。
 
「自分の言っていることのイミが分かっているのか?」
 もう一度扉を閉めなおしながらジェイドはたずねた。
 返事は返ってこない。
 
 だが、もう答えは出ていた。
 自らのベッドに腰掛け、Tシャツを脱ぎ始めたケビンの元にジェイドは戻っていった。



***




ジェイドが辿り着くと共に、上半身裸になったケビンは立ちあがった。
 ベッドボードの時計をちらりと見たのが目に入る。
 時間を気にしているのは確かだった。

 自分よりも頭一つ高い相手が身をかがめてくる。
 口づけなど交わすつもりもないのはどちらも一緒だったらしく、ケビンの唇はそのままジェイドのうなじに押し付けられた。
 うなじから胸元にとがらせた舌の先を這わせていくのと平行してシャツのボタンを外していく。
 そのさりげなさと的確な刺激に思わず体をすくめてしまうほどだった。
 胸の突起に辿り着いたとき、ケビンは自分が目的としていた場所に赤いアザがついているのを見つけた。
 生まれついてのものではない証拠にその付近にいくつも散らばっている赤い痕跡。
 
 舌の動きは暫くそこで止まっていた。
 だが、思いなおしたようにその部分に唇が押し当てられ、激しく吸い上げ始めた。
 まるで、そこの痕跡を消してしまいたいかのように。
 それを付けた人物に訴えたいかのように。

「・・・もういい」
 ケビンの肩に手を添え、軽く後ろに流して退けた。
「そんな悠長なことをしている時間はないんだろ?」
 それは確かだった。
 もうまもなくクロエが返ってくる。
「・・・下慣らしはあんたがしろよ」
 靴を脱ぎながらジェイドが命じた。
 残っていた衣服とズボンを取り去り、ケビンはベッドに横たわった。
 ベッドの上に上ってきたジェイドは、ズボンから自分のモノを取りだし、しごきはじめた。
 最低限の準備のないまま受け入れる覚悟はあった。
「オレの言うことを聞くんじゃなかったのか?こっちはあんたの痛がって泣き喚く声なんかききたくないんだ」
 ベッドに投げ出されていた長い足が折り曲げられ、開かれた。
 わき腹から中心にかけて右手が降りていく。
 中心にある自身には触れず、彼はその奥にまで指を滑らせた。
 自分の指とはいえ、何の潤滑剤もないままに挿入するのはかなりきつかったらしく、美しい眉根がひそめられた。
ようやく指の根元まで飲み込ませたところで、彼は息をつき、入り口を揉み解しにかかり、苦痛を快感で紛らわせるためなのか、
空いている手が自らの首筋をなぞってすでに硬くなりつつある乳首に辿り着いた。 
 見ているだけでも気が狂いそうな情景だった。
 白い肌にまつわりつく金髪、半開きの唇。
 自らの入り口に潜り込ませた指はすぐにそこになじんでしまい、最初のぎこちない動きから奔放な動きにあっと変わった。
 演技だとしても、相手を刺激することには違いない。

「その態勢はやりにくいだろ?」
 ジェイドはケビンの頭の方に回り、両足首を掴むと、ひざを折り曲げるようにして引き寄せた。
 突然の態勢の変換に指が離れてしまった秘所がさらけ出されてくる。
「続けろよ」
 刺激で勃ちあがってしまったものを素通りした指を、秘所は再び咥えこんでいく。
 ジェイドはケビンの足を開かせたままの態勢でそのまま腰を進めた。
 硬く屹立したものが頬を掠め、暗に口を開けと催促してくる。
 開いた唇に押し当てると、一気に飲み込ませた。
「・・・よく濡らしておかないとな」
 言われなくても、舌が執拗に絡んでいた。
 下の方では擦りたてるように指が出し入れされ、切なげに揺れ始めた腰に耐えられなくなったジェイドは一つ荒い息をつくと、
腰を引いた。
 そして、乱暴に体を引き寄せると、そのまま裏に回り、高く掲げさせた腰の露になった中心部に自らをあてがい、
そのまま腰を沈めた。
 
 結合部を露にされ、相手に眺められるという屈辱的な己の姿に、歯を食いしばり、目を硬く閉じたケビンの耳にジェイドの声が
入ってくる。
「・・090」
 荒い息の下で聞こえてきたその数字が携帯の電話番号であるのはすぐにわかった。
 つき下ろすだけの動きではもどかしいのか、ジェイドは一端己を引き抜き、ケビンを横にする。
 そして、そのまま腰を挙げさせると一気に進めていった。
「い・・1度しか言わないからな」
 経験がないのか、慣れていないのか分からないが、ぎこちない動きと焦りの中でジェイドは続ける。
「XX△△・・・」
 まるで殺してしまいたいと思っているかのように肉に食い込んでくるものを受け止めながら、ケビンは集中しようと必死だった。
「・・っ、○●■◆ッ」
 最後の番号を言うと、動きを止め、ジェイドはケビンの中に放出した。
 そして崩れ落ちるように自分にのしかかっていった。

「ジェイド・・・」
 背中の上で荒い息を整えている相手に声をかけてみた。
 返事はない。
「そろそろあいつが・・・」
 刻限が迫ってきていた。
 ナイトテーブルにあったティッシュで後始末をし、なんとか衣服を着終わったときだった。
 ガチャリ、とドアが開き、彼らに30分という猶予を与えた人物が姿をあらわした。


 部屋の様子と、二人の様子を見渡したクロエの目に不信と非難の色が浮かんだ。
 乱れまくっているシーツ、シャツをズボンに入れていないジェイドに、振り乱したままの髪のケビン。
 そして、二人ともどこか疲労の色が濃くなっている。
 二人から何も聞かなくても、状況はわかる。

 クロエは他国の選手を問いただしてことをややこしくするよりも、外交上の配慮やしがらみのないほうから事情を聞き出すのを選んだ。
 ケビンをまっすぐに見据え、彼の元に歩みよっていったときだった。

 何の障害もないはずのところでクロエは無様に転倒した。
 転ばせたのがドイツ選手の足だと気付き、矛先をそちらに変えようと思ったところ、出きればあまりことを荒げたくないと
思っていた相手にスリーパーホールドをかけられてしまった。
 ケビンが唖然としている間に、ジェイドはギリギリとクロエを締め上げる。
 ちょいっと力をこめなおしただけでクロエはあっさりと崩れ落ちた。
「・・・行ってこいよ」
 ハッとわれに返ったケビンはそのまま駆け出していく。
 ドアを乱暴に閉じ、その後に非常階段のドアを開ける音、駆け下りていく足音が続いて、消えた。

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