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◆『憎らしい機械』

 

俺がゲームに賭けるのはお前だとマルスに指先を向けられ、俺は文句で返す。
どうして俺がお前の賭けに付合わなきゃいけないんだ?馬鹿らしい。
何でって、そりゃあ一番大事なもの賭けた方がゲームは盛り上がるだろう?
大事な、と言われて不覚にも顔が赤くなる。俺は乗らないからな、と
そっぽを向くがマルスは笑って人垣の中に消えていきやがてゲームが始まった。
マルスがカードゲームにはめっぽう強く負け知らずなのは知っていたから、
俺はそんなに心配もせずに後ろで見守る。
でもその日マルスは連続して負けが込み、俺は焦ってマルスと可笑しそうにマルスを
やじっている相手の男達の顔を見比べた。
・・・マルス、おい。・・・俺は知らない、嫌だぞ。
負け続きの割に余裕の表情でマルスは振り返って俺の耳に口を寄せる。
なら願えよ。俺が勝つように。
お前を手に入れるのが俺でありますようにってさ、とマルスはいたずらな笑みを見せ俺に返事を促す。
ずいぶん長いこと聞いてなかった気がする、マルスの低い優しげな声音に俺は思わず頷いて、
それから慌てて首を横に振ろうとしたがあいつの手に止められる。
口に出せ。
マルスの琥珀みたいな瞳が目の前で光る。本当に獣のようだ、野生の精神を持っていると心に思う。
嫌、と喉まで出るのに、口に上るのはマルスが望んだとおりの言葉。
そして俺も望んでいる言葉。
満足したのかゆっくり俺の顎にかけた手を外し、マルスはテーブルに向き直った。
・・・ケビン、ケビン。俺だったろ?
見事に勝ちを収めたマルスと一室で抱き合う。
この部屋前に来たことがある気がする、いつだったかは思い出せない。
お前をこの手に入れるのは・・・さ。
キスの合間にそう囁かれて、その声に俺の身が震える。
マルスのことだ、知らない関係ないと突っぱねればそのまま帰してもらえただろう。
それでも俺はマルスから離れがたく、帰すのが惜しく自分から身を寄せた。
帰す?・・・・・・誰に帰すのが嫌なんだろうとふと思う。
マルスの素肌に手を伸ばす。
首筋に手を触れ鎖骨をかすり、徐々に指先を下に滑らす。
形を変え始めているマルスに手を伸ばす。軽く握ると熱が伝わる。
とても熱いマルスの体に、求められている嬉しさに俺の体の温度も上がる。
久しぶりにすぐ傍に感じるマルスの体温の高まりに、その心地良さに愛しくなり
マルスの立ち上がりかけたそこに舌先を当てた。
「――――ケビン」
「馬鹿っ!」
いきなり目を覚ましたとたんに頬をしたたかに張られて、クロエは苦痛に顔をゆがめてケビンを見る。
「――――勝手に、勝手に押し入るな!クロエ、何度も言ってるだろう!」
「あなたの身に何事も起こらなければそれは守りますよ。あなたの様子が尋常とは
思えなかったので、寝室に勝手に入らせてもらいました。―――声が、」
大きな声がとクロエが言うのを聞いてケビンの顔が蒼ざめる。
「声、声ってなにか俺寝言でも言っていたのか・・・?」
「その先を聞きたいのですか?ケビン」
乏しい表情の中に、どうやらからかいを含んだかすかな笑みを見つけて、ケビンの蒼い顔が
一気に真っ赤に変わる。
「――――聞きたくない!まだ眠いんだ出て行け!」
はいはいと首を振りながらドアを閉めるクロエが憎たらしく、ケビンは枕を閉まったドアに投げつけた。
「・・・・・・くそ・・・っ、何て、何て夢・・・」
もう一度力が抜けたようにベッドに突っ伏し、ケビンは夢を反芻しては唇をかんだ。
まだ寝たことのないマルス相手にあんなおかしな夢を見るなんて、一体どうしたのだろうと
ケビンは目を閉じる。
夢の中のあの部屋、思い出したあれは・・・初めて男と入った部屋だとケビンは思い出し、
なんで今更忘れかけていたのに、マルスだったら良かったのかと自分を笑う。
夢の随所には馴染みのある光景が出ていて、賭博場はDMP内にあったものだし、
男達の顔もよくよく思い出してみれば心当たりがある。
つい最近会ったばかりのマルスがしばらく会っていないように夢で感じたのは、どうしてなのか
その訳にケビンは気付いていてケビンの眉が一層寄る。マルスを待っているのは、夢ではなく
現実に待っているのはあいつだとその事実に苛立ちながらケビンはそっとシーツから出た足を撫でた。
・・・・・・・・・あ、くそ・・・俺、起ってる。
クロエの奴、気付いたかなと気にかかりながらケビンの指がまだ熱を持った自身に伸びる。
「・・・・・・ん・・・っ・・・あ、あぁ・・・」
あまり声を出すのはまずいな、とドアの外を気遣いながらもケビンは、
自然に自分の手にマルスの大きな手の面影を重ねて熱くなる。
「・・・・・・マルス・・・」
呼びたくない、あの男の名など呼びたくないと思いながらもケビンは果てる瞬間
その名を甘く呼んでしまい、我にかえってから滲んだ涙にも気付き慌てて拭った。
大人しく数刻待っていたのに、寝室から出てきたケビンが一層不機嫌になっているので
さすがにクロエの眉も寄る。
「ケビン、」
「出かける。いつ戻るか決めてない。付いてこなくていい」
足音高く大股でクロエの前を横切り、ケビンはホテルの部屋から出て行ってしまった。
「・・・食事を一緒にとろうと待っていた私の立場は一体」
呆れたクロエは一人腕を組んでため息をついた。
マスク姿で背の高いケビンが街を歩けば、嫌でも人の目にとまる・・・しかも今は
不機嫌さを全開にして地面を蹴飛ばすように歩いている。
遠くから、「おい、あれ見てみろよ」と指差す奴はいても近寄ってくるような勇気ある者はいない。
「あ、ケビン・・・さん」といきなり声をかけられて、正直ケビンの方がびっくりした。
「ケビンさん、今オフなんだ?俺も次の試合までの間空いてて・・・
移動済んじゃうと結構ヒマだよね?」
ケビンの返事も待たずに話し掛ける相手に、暫しケビンは返す言葉を失う。
目の前にいるジェイドの屈託のなさ、少なくとも表面上は相手を立てる物言いに
こちらも取り繕った返事をしなければと思うが、先程の夢のせいか言葉が出ない。
むすっと黙り込んでいるケビンにジェイドはちょっと肩をすくめ、「じゃあ」と
行きかけるが数歩行ったところで「あ、そうだ」と振り返る。
「ケビンさん、スカー知らないか?この辺で見かけなかった?」
マルスをスカーフェイスと呼ぶのも気に食わなかったが、続いて「さっきから
ケータイかけてるのに、ちっとも連絡とれないし」と言うのでケビンの表情が険しくなる。
幸いマスクに隠された表情はジェイドには読めず、黙って首を横に振るケビンに
「ああ、そう・・・もしスカーに会ったら言っといて、俺に連絡とれって」とそれだけ頼むと早々に去っていった。
自分の腹立ちが自分自身で許せないままジェイドを見送ったケビンは、
もしマルスに会ったら奴のことを伝えるだろうかと自分に問う。
意図的に教えない自分にも嫌なものを感じ、出来ることならマルスに会いたくないと思いつつ、それでも
何故かケビンの足はマルスが行きそうな場所、二人で馴染んだ街の暗がり、いかがわしい小道に向いた。
夢に出てきた洞窟のような薄暗がりの賭博場でケビンはマルスを見つけた。
本当に見つかるとは思っていなかったので、心構えが取れずにケビンは戸惑い
しばらく近寄るのをためらった。
マルスは人込みに溶け込むような普段着を着込み、なにか夢中になって人だかりする
テーブルに身を乗り出していた。
その部屋の出入り口の壊れかけた壁掛けにマルスの上着が掛かっている。
ケビンはマルスに近寄る前にその上着を探り、携帯を見つけた。
何度か掛かってきた相手先の名前を見て、とっさに握りつぶしたい欲求を覚える。
自分の服にしまいこんでやっと、ケビンは大声を上げているマルスの傍に寄った。
「・・・おっ!なんだよお前、こんなトコまで。有名人がいいのか?」
一目でそれと分かるマスク姿に、夢中になっていた盤の上からマルスは目を離し、
笑いながらも驚いて心配する。
「・・・まずいかもな」確かに、と苦笑してマルスの顔を見る。
マルスは鷹揚に笑いながら「ケビン、丁度よかったぜ?俺今勝ってんだよ、
何かいいもん食わしてやるから待ってろ」と、テーブルを指差す。
なんならついでに増やしてやろうか?ケビン、と相変わらずのことを言うので、
ケビンは声を立てて笑った。
「・・・・・・お前が負けたところ、俺は見たことが無い」
ケビンの言葉に気を良くして、マルスは何度も頷く。
「そこで座って俺が勝つまで待ってろ」俺に会いに来たんだろ?とマルスに問われて
ケビンは数秒迷ってから思い切って頷く。嘘はつきたくなかった。
「光栄だねぇ、ケビンちゃん。少―し待っててくれよな、すぐに体空けるから」
テーブルを向くマルスを後ろから見て、ケビンは注意深く指示された椅子に
腰を下ろしかけた。途端、ケビンの上着から電子音が響く。
なんの変哲も無いただの着信音に助けられ、ケビンは「俺の携帯が鳴ってる」と
咄嗟の嘘で逃げ、トイレに駆け込んで薄汚れたタイルにマルスの携帯を叩きつけた。
壊れて音が止まってから、ケビンは自分のしたことに気付く。
慌てて拾い上げ色々試すが元には戻らない。こんなことするつもりじゃなかった、
ゲームが終わったらジェイドのことを伝えようと思っていたのに、と自分に言い訳するが
それでマルスが去っていってしまったらと考えなかったなど、自分に嘘はつけなかった。
壊れた携帯をもう一度マルスの目を盗んで上着に戻す。
マルスは気付かず夢中になって盤の上を巡るカードに目を向けていたが、
やがて大袈裟にガッツポーズをとるとケビンに向き直った。
「ケビン、待たせたな。資金は貯まったしどこか行くか」
そう笑ってぽんとケビンの背を叩く。ケビンが口篭もると何だ?用でもあるのか?と不思議がられた。
「そういやさっきケータイ鳴ってたな」誰か予定でも入ったかとマルスの言葉に不審なほど
勢いよくケビンは否定する。
「ふーん、・・・しかしお前ケータイ持ってんのな。もしかして、あのちびっちいのに持たされてんのか?
さっきの電話ももしかーあいつか?・・・ならいいか、行くぞ」
帰さねぇよ、とマルスが冗談か本気かケビンの肩を抱いて歩き出す。
「マ・・・マルス・・・」
「んーなに?あ、なに食べるか考えたか?お前の食べたいトコでいいや」
舌が肥えてるからなお前、高いところでもまぁ連れてってやるぜとマルスに額にキスされ
ケビンはそんなマルスの仕草のひとつひとつに反応してしまう。
下を向いていつもよりも大人しいケビンにマルスは不思議そうな目を向けるが、
思いついたように「そーだお前のケータイ着信音俺と同じだな」と言い出しケビンをびくりとさせる。
「俺もさーあれ押し付けられたんだけど、あんなん持ち歩くのうざくねー?
とりあえず持ってっけどほとんどかけねーし、いちいちチマチマ飾る奴の気が知れねぇ」
ぎゅうっと肩を抱いた手を握り返されてマルスは驚く。
「行きたいところ―――――・・・」
ケビンがマスクを外し甘えるように顔をマルスの胸に摺り寄せてきたので、
めったにこんなふうな甘え方はしない奴なのになと意外に思う。
「久しぶりに、・・・お前と飲みたい、昔に戻って」
またケビンらしくないセリフが出た、昔だって?とマルスは不審に思いながらも頷いた。
その店もまた薄暗かったが、なんとなく懐かしさを感じる空間だった。
俺とマルスの思い出には暗がりが多いってことだなと、ケビンは改めて思う。
「お前、そんなに強くもねぇから飲みすぎるなよ」
酔っ払ったお前のお守りなんざもうご免だからなと、マルスはハイピッチでグラスを
空けていくケビンを止める。
ケビン自身も危ないなとは思っていても手が止まらない。言いようのない苛立ちに
つい杯をあおってしまう。
思わずケビンの手を握って止めたが、酔った目でキッと睨まれてマルスはため息をつく。
「お前なんかあったのか?朝まで付合えって言うなら付合うけどな、
もう少しペース落とせよ、体もたねーぞ?」
わざと聞こえないふりでグラスに口を持っていくケビンに「あーあ、もう好きにしてくれ。
こりゃ、貫徹決定だな」とマルスは額を押さえた。

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