SCAR FACE SITE

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◆Home,Sweet Home

 
1
 外出許可が下りたのである、という言葉が最初だった。
「何だそれは?」
思わず真顔でジェイドは聞き返してしまった。
混ぜっ返したつもりはない。本気で意味が分からなかったからだ。
「っめえ、ケンカ売ってんのか」
だから、むっとしたように切り返したスカーフェイスに、逆に慌てた。
「いやそうじゃない。本気で言ってる」
「お前の切り出し方もいい加減イキナリだろ、スカーさんよ。」
と、二人の真ん前に座ったバッファローマンはちょいと顎を上げてみせた。
 ここは、ファクトリー内にある、教師が生徒と話し合いを持ったり、個人的指導をする際に使われる面談室
──通称『説教部屋』である。
「あのな、ジェイド」
「はい。」
「なんだかんだで一年経ってるんだよ。お前等大忙しで忘れてるかもしれねえがな」
 確かに。
言われてみれば、例の入替戦及びその後の『マルス』処分のすったもんだから、速いもので一年近い時間が経過しているのである。
 ヘラクレスファクトリー一期生・日本駐留組──それは、『レジェンド』の中のレジェンドとも言うべき、錚々たるメンツの
御子息を含む顔ぶれだったりするのだけれど──の、余りの品行不方正に端を発する二期生トップグループとの入替戦が
行われたのは、昨年の夏である。
 最後に勝ち残った一人が属する方のチームを、今後の日本駐留組とする、という条件で始められたトーナメント戦は、
途中スカーフェイスが『脱皮』(最近事件関係者の間ではこの言葉で通っているらしい)するわ、全く予定外の、
スカーフェイスとジェイド二期生同士の戦いを挟むわとプログラム進行まるで無視、空前絶後波瀾万丈の内容となり、
挙句の果てに、最大のクライマックスが決勝戦でやってきた。
それも戦い自体とは殆ど何の関係もない所でである。
 スカーフェイスが以前、『マルス』の名で悪行超人の本拠地であったd.M.pに身を置いていた事が、他ならぬロビンの家出息子、
ケビンの口から暴露されたのである。
 当然会場も関係者も(恐らく本人も)大パニックになり──結果、決勝戦で万太郎に敗北を喫したスカーフェイスは、
経験豊富にして思慮深い教授陣による、非常に高度な政治的駆け引き及び緻密な工作の末、二期生としてファクトリーに
復帰する事が許された。
 ただし、『身元引受人』という名目での強烈なお目付け役、ブロッケンJr.の監視による、保護監察期間付きという条件で、である。
 バッファローマンが言い出したのは、どうやらそろそろその監察期間が終りそうな気配であり、その前振りのように、
この度スカーフェイスに外出許可が下りたと言う事なのであった。
その言葉に、見る見るジェイドの顔が明るくなった。
「え、じゃあもうスカーは大丈夫だって、認めていただけたと言う事…」
その余りにもストレートな喜びの表現に、バッファローマンは苦笑しながら指を横に振ってみせた。
「って訳じゃあねえ。まあせいぜい一先ず仮出所させて、様子をみようって所だろうな」
はあ、そうですかとちょっと肩を落としたジェイドの脇で、ソファにふんぞりかえったスカーフェイスが天井に向かって、
これまた聞こえよがしに呟いた。
「仮出所って…少年院かここは?」
「そういう言い方はいけません。素直に受け取るべきですよ、スカーフェイス。」
と、バッファローマンの左側から、澄んだ声がそんなスカーフェイスをたしなめるように響いて、思わずジェイドはそちらに
顔を向けた。
 四角いテーブルの、ジェイド達が座っている側にちょうど直角に向かい合う辺に、すっと背筋の伸びた姿勢の良い姿で、
一人の青年がきちんと座っている。
 スカーフェイスと同じく、元d.M.pに籍を置きながら、今はここで保護されている形になっている、チェックメイトである。
身元引受人は、バッファローマンだ。
 ケッ、と横を向いて息を吐き出したスカーフェイスに、その細い眉を顰め、困った人ですねと呟いた彼の姿に、この人も
随分変わったとジェイドは思う。
 初めて彼がこのファクトリーに現れた時、それが初対面だったのだが、まるで人形のような人だな、と思った。
 焦点が曖昧なアイスブルーの瞳、驚くほどに滑らかな、陶磁器のような肌。左右が完璧な対称を作り出す、端正な、無表情な顔。
 実際にはチェックメイトの面にはいつもうっすらと微笑みのようなものが漂っていて、決して無口な訳でもなく、むしろ
誰に対しても人当たりがいいとさえ言える応答を返していたのに、それでもジェイドには、それがなにか精巧なからくり仕掛けの
ように感じられたのだ。
 少なくとも、師匠やケビンの面にある、激し過ぎる感情を無理矢理抑圧した挙句の無表情とは、明らかに質が違う、と。
 一度そう口にしたら、だから怖いんだよ天然モノは、とスカーフェイスに一発鼻を弾かれた。意味が良く分からなかったが、
どうも突っ込まないほうがいい話題らしいと思ったので、その後は誰にも訊ねていない。
 しかし今、スカーフェイスのひねくれた言葉に眉を八の字にしている顔に浮かんでいるのは、掛け値なしに本音の『表情』だ。
スカーフェイスより遥かに先に『外界』との接触を許され、いやむしろロビンやウォーズの態度を見る限りでは、積極的にそれを
後押ししているとしか思えない扱いを受けているこの人は、確かに「作られた」表情から、「生まれてくる」表情へと
変わりつつある。
それは、判る。
そしてそれが、たぶんとてもいい事なのだろうな、と言う事も。
「で…まあ、来週の頭から1週間ばかし、お前は晴れて自由の身、なんだけどよ」
チェックメイトを見詰めて物思いに耽っていたジェイドは、そんなバッファローマンの声にふと我に返った。
「どっか行くとことか、会いたい人とか希望はあるかスカー?」
「ねえ!」
これまたきっぱりした回答が間髪入れずに返ってきた。相変わらず天井を向いたままの横顔に、ほんのちょっとだけジェイドは
溜息交じりで呟く。
  とかなんとか言って、絶対監視をまいてケビンさんにだけは会いに行くんだよね、お前は。
それはもう、絶対の確信だ。
瞬間、目の前に、どこか人を突き放すような瞳を持つ、ケビンの華やかな美貌が過ぎった。
 この二人の間に流れている感情は、決して相手を守るとか思い遣るとか、そんな柔らかく温かいものではなく、ぎりぎりに
突き詰めたような激しいものである事の方が多くて、昔はそれがお互いを手ひどく傷つけた事もあったらしい。それは双方から
それぞれ少しずつだけれど、聞かされた。
 だが二人には、とても余人では手の届きようのない根深い所で、確かに太く強く繋がっているものがあって──
当人達は全く意識さえしていないだろうがそれぞれがお互いを語る時、言葉や表情の端々に過ぎるその絶対的な存在感には、
時々圧倒されそうになるのを感じる。
 この二人は、多分出会うべくして出会ったのだろう、と。
「そうかあ。そいつは案外な話になりゃあがったな」
と、咥え煙草のまますぱすぱ煙を噴き上げながらバッファローマンは首を傾げた。
「おめーなら行き先の3つや4つ、ささっと調達できるだろうと思ったのに」
「後顧の憂いを残さず身奇麗に、が人生のモットーですんで」
遊んだ女は残さずきっちり片を付けてきましたと言う事なのだろうが。
「んじゃしょうがねえ。やっぱパターンBで行くしかなくなったな」
「は?」
スカーフェイスの顔が変な風に歪んだ。
なんですかその、パターンBっつーのは。
「そのようですね、バッファローマン先生。」
でもってそこ、何にこやかに理解してる、チェックメイト。
 お前までぐるなんじゃあるまいな、と言わんばかりの横目を向けられて、ジェイドは思い切り身の潔白を主張して首を横に振った。
振ったついでに、聞いてみた。
「何の事ですか、パターンBって」
「ん?ああ、まあこっちもこの件振るに当たって心構えが必要だったんで?話始める前にロビンと一緒に幾つかシミュレーション
組んどいた訳よ。で、こいつに予定も希望もないと分かれば、そいつで行こうと、そうなってたんでね」
ああ、と軽く納得して頷いたジェイドの脇で、スカーフェイスはと言えば一瞬ざっと肩の辺りまで血の気が引くのを感じていた。
 ロビン校長が絡んだ話で、まともな展開があったためしがない。そりゃもう100%。
「あーっと、そう言えば俺今日中に出さなきゃならないレポートあったんだ。いち抜け…」
「まーそう逃げ腰になるなツバメちゃん。」
とんでもなく嬉しそうにスカーフェイスのベルトをひっ捕まえてソファに叩き落とし、バッファローマンはにっこり笑った。
「俺達だってオニでも悪魔でもねえよう。お前の幸せを一途に願ってやまないこの親ゴコロ、信じてみなさいってばほら」
「おめえらの場合、親ゴコロより下心のほうが見え見えだからやなんだよ!」
だん、とテーブルに拳を叩き付けるスカーフェイスへ、ちょっと嫌そうにシェリー酒色の瞳が細められた。
「あ、そういう事言う。…まー人が折角、二人で羽根伸ばして来られるようにセッティングしてやろうと思ってたのにねー」
「は?」
二人ってなに?
思わずスカーフェイスとジェイドが目を見交わした姿に、バッファローマンはぷかぷか煙草の煙を吐きながら、肘掛けに
載せた腕で頭を支えた。
「…なーんか、そういう所になると、とにかく察しが早いよねお前等二人って」
「えっ、お、俺もですか!?」
思わず自分を示しながら大声を上げたジェイドに、バッファローマンは灰を落しながら言う。
「ああ。お前さん等、あれから地球帰ってねえだろが。ツバメの無事を報告しておきたい相手だっているんじゃねえかと思って。
んでついでにちょっとはのんびり出来る所でゆっくりね」
「バッファローマン先生。灰は灰皿に落してください。床は良くありません」
それはもう良く訓練されたソムリエ並みのタイミングでぴたりと灰皿をその手元に突きつけているチェックメイトである。
「へいへい。…なんだジェイド、嫌なのか?」
「嫌なんてそんな」
間髪入れずに言ってしまってから、その言葉を口にした事を後悔するかのように軽く唇をかむ。
「…スカーフェイスが…迷惑でさえないのなら、俺は別に」
「迷惑もなにも」
はん、と顎を上げて、スカーフェイスは背凭れに体を倒す。
「要するにジェイドはお目付け役だろ?俺がどっか行ってバカやらかさないように」
なんとなく気まずい雰囲気が漂い出したその場の空気に、バッファローマンはやれやれと言いたそうに溜息をついた。
「…どうしてそう、話をややこしくしたがるかねえスカーフェイスさんよ。」
「ああ!?」
「いーじゃん、こっちが折角気持ち良く口実作ってやってんだからよう。気が済むまでべたべたべたべたしてこいやこの
人道踏み外しコンビ。」
ジェイドが目を見開いたまま凍結し、スカーフェイスは腕を組んだまま横に崩れ、側にある壁に頭をがんと音がするほどぶつけている。
「べっつにぃ、お前がジェイドを監視役だとかそういう風に勝手に勘繰り回して、放っぽらかして逃げてもそりゃまあ自由だけどよ。」
ちょっと底意地の悪い目付きになって、バッファローマンは片目だけ細めた。
「それで置き去りにされるジェイドの気持ちとかまでこちらはフォローしねえからな。」
そこで改めて二人はお互いに目をやった。
  一緒に。
  地球に戻って。
「いいじゃありませんか、スカーフェイス。ジェイド。」
さらりと言う優しい声に思わず目を上げれば、そこにはチェックメイトの端正な顔が微笑んでいる。
「折角の先生方のご配慮ですよ。お受けした方が」
「ん…まあ、な」
なんとも居心地悪げに目を逸らすスカーフェイスへ指を1本立ててみせ、にこやかにチェックメイトは爆弾を落した。
「そうです。あなた方、愛する人と一緒にいられるチャンスはもっと大切にしないと。」
今度はジェイドがテーブルに突っ伏し、スカーフェイスは中腰で指をわきわきさせながらバッファローマンに噛み付いた。
「……おい一体どーゆー教育してんだてめえらこいつに!!?」
「ナイスだ見事だ、お前すごいぞチェックー」
そんな抗議はどこ吹く風、バッファローマンは厚い掌を打ち合わせて賛嘆の拍手を送っている。
「ツッコミのタイミングも落ちも完璧だ!それならファクトリーでも主席取れるぞ!」
ファクトリーの主席ってそういう所で決まるのか?
「ありがとうございます、バッファローマン先生。ところで、何故スカーフェイスはあのように怒っているのでしょうか?」
「あー気にすんな。きっとバカなんだ」
「てめえにだけは言われたかねえ!」
物凄い騒ぎになった部屋の中で、ジェイドはテーブルに額を付けたまま首まで赤くなって思っていた。
  愛とか人道踏み外しとか、こういう所で大声で言われて、嬉しい事じゃないんだけどな……。

  「あのな、スカー。」
部屋に戻る途中で、ジェイドは足を止める。切り出すのに少しだけ勇気が必要だった。
果たして、スカーフェイスはその金色の瞳を無表情なままこちらに向けてくる。
「……と」
言いかけた言葉が喉で途切れ、ジェイドは息を呑みこんだ。
「何だよ。」
「あ…うん」
握りこんだ掌に薄く汗が滲んでいるのに自分で気がついて、余計緊張してしまう。
「いや、地球行きの件だけど」
スカーフェイスが眉を寄せたまま、ゆっくり振り返る。
「お前が行く所とか、本当はあるんなら、俺は別に」
逸らされた視線に、ぴく、とスカーフェイスの眉が微かに動いた。
「構わないから…だから、好きにしてい…」
ぐいと肩口を掴まれて壁に押し込まれ、思わずその先が途切れる。だが、そこから見上げたスカーフェイスは妙に余裕のある顔で
笑みを漂わせた。
「…好きにしろって?」
「あ、ああ。」
「んじゃ、好きにさせてもらう。」
言いざまに唇を塞がれて、ジェイドの喉の奥から驚きの声が上がる。肩を掴んでいたのとは反対の手が顎を掴み、その指先で頬を
押さえて口を開かせられると、深く深く、熱っぽい舌が絡んでくる。
下肢は完全に相手の脚で押え込まれているから、抵抗のしようがない。食い尽くすように自分の中で暴れている舌を噛んでやろうにも、
頬を押え込まれているから顎が動かせない。
 冗談にも程がある。
 今はたまたま人気がないが、ここはいつ何時学生やスタッフが通るか分からないエリアなのだ。
 考えただけで全身にどっと熱い汗が噴き出してくる。
 からかうように少し唇を離して、そしてまた音がするほどの激しさで探って。
 そんな事を何度か繰り返して、やっとスカーフェイスはジェイドの唇を解放した。
 頭がくらついて、すぐには目が開けない。
「馬っ…お前…人来たら…こんな場所で」
ずっと塞がれていた呼吸が乱れて、言葉が途切れる。ふらつく足許を脚一本でぐいと引き上げ、その顔のすぐ傍に肘を突いて、
紅く染まった面を覗きこみながらスカーフェイスは囁く。
「好きにしろっていったじゃねえか」
「そういう意味じゃないのは分かってるくせに」
恨みがましく上目遣いに睨むと、涙の滲んだ目尻にちらりと舌を這わせて、スカーフェイスは短く笑った。
「あ、違った?悪ィな俺バカだから分かんなかったわ」
「こういう時だけバカになるのはずるくないか?」
「だってバッファ先生お墨付きのバカじゃん俺」
そして、にいっと人の悪い笑顔を顔一杯に浮かべる。
「だからもう、オマエに『好きにして』なんて言われるとそっちにしか頭働かなくてな?」
  だめだ勝てない……
  最初から勝てるなんて思ってないけど……
うう、と呻いてジェイドがその肩に額をぶつけると、乱れた蜜色の髪を指先で梳きながらスカーフェイスは低く囁きを落してきた。
「…余計な気ィ遣うな。すげえ不愉快」
ひくりと震える肩を更に強く掴み、スカーフェイスは膝で軽くジェイドの腿を蹴った。
「俺が迷惑じゃないなら、なんてセリフは、遠まわしにご遠慮しますって言ってるように聞こえるぜ?」
思わずジェイドは変な顔になる。
「…それ、物凄くひねくれた受け取り方じゃないか…?」
「うっせえな。俺はそういう風に解釈すんだよ。覚えとけ」
で、と言葉を継がれて、ジェイドは目を瞬いた。
可笑しそうに輝く金色の目が、こちらを覗きこんでいる。
「ジェイド君的にはどうなんだよ。俺と一緒に地球に行くのは」
その目を見た途端、胸の奥から痺れるような感覚が湧き上って来た。
 地球は、日本は、今頃丁度夏だ。
 もう一度あの熱い日差しと、叩き付けるような雨と、濃い風を一緒に感じる事が出来る。
 全部やり直す事が出来る。
「嫌な訳ないだろ」
そう言いながら軽く腹を拳で打つと、スカーフェイスはくすくす笑った。
「あっそう…じゃあ、先生のおっしゃる通り、気が済むまでいちゃいちゃしに行くか」
「…先生はそんなことひとッ言もおっしゃってないような気がするんだが。」
「は?お前がべたべたする方がいいんならそうするけど、ほんとにいいのか?」
両者の内容的差が分からなくて、ジェイドは一瞬真剣に悩んだ。
「そうか意外だなー。ジェイド、べたべたする方が好きなのか。やっぱニンゲン見た目で判断しちゃいけねえなーうわー結構
ナンだなー」
「ええっ!?何だそんなに驚かれるような事なのか!?」
「いやーもう、可愛いカオしてマニアックv」
この辺でからかわれているという事に気付きそうなものなのだが──ジェイドは物凄く焦りながら首を横に振った。
「いやあの、普通でいい普通で」
「普通にも松竹梅と3ランクあるんだけどね」
流石にやっと、あ、と言う顔になって、ジェイドは思い切り踵でその足を踏みつける。
「…痛ってえなもう…」
「人をからかうからだ。俺はちゃんと正直に言ったぞ」
きらりと翡翠色の瞳が光を放って、琥珀の瞳を見上げ返す。
「お前はどうなんだ?」
ちょっとだけ間があって、ふっと整った唇が笑みを浮かべる。と、その顔が再び傾いてくる。
「…おいおいおいおいッ!!」
両手で顎を抑えて押し上げると、スカーフェイスはにいっと笑った。
「何だよ、誘ってくれたんじゃねえのか」
「こんな所で誘わない!」
「だって俺の返事聞きたいって言ったじゃん。あんだけ仕掛けた後なのによ。それって不足だったって言う事になんじゃねえの?」
ジェイドはかあっと全身が赤く熱くなるのを覚え、次いで冷汗が吹き出してくるのを感じる。
  もう本当にこいつ、油断してるとどこで何を始めるか分からない。
「とにかく、もういいから離せって」
「や・だ・ね。」
壁に押し付けられた体勢から逃れようとして縺れ合ったその時、廊下の曲がり角から三期生が数人、テキストやらなんやらを
山のように抱えて現れた。
 はた、と目が合って、そして数秒。
 どさどさどさーっと音を立てて、彼らの手の中から書籍の山が廊下に散乱する。何かの資料をコピーした後だったらしい。
大量の白い紙が空に舞い飛んだ。
「ジジジ、ジェイド先輩っ!?」
「うわーっお前等こっちは気にしなくていいから教科書拾え教科書!!」
真赤になってスカーフェイスを払いのけながら叫ぶジェイドを無視して、三期生一同は拳を握って口々に叫び出す。
「噂は聞いてますけど!」
「俺達現場見てる訳じゃないですし!だから何も言えないんですけど!!」
「「こういう人気のない所で絡むのって反則じゃないですかっ、スカーフェイス先輩!?」」
「はい?」
物凄く嫌そうな顔で腰に手を当てたスカーフェイスに、三期生が口々に言う。
「一期生との入替え戦の時、お二人に色々あったのは俺達も聞いてます。差し出がましいようですが、それをこういうやり方で、
なんて言うか決着ですか、そういうのをつけるっていうのはやっぱり良くないんじゃないかと」
「……」
「そうです、やっぱりどうせなら堂々と皆の前でやってください!」
「お二人のファイトなら俺達も見たいです!」
「凄く見たい!!」
一斉に言われてジェイドが座りこむ。スカーフェイスは耳を小指で掻きながら天井を見た。
「…あーまあ、分かった分かった。うん。考えとく」
「ジェイド先輩…大丈夫ですか」
心配そうに呼びかける三期生の一人に、無理矢理笑顔を作ってジェイドは顔を上げた。
「ああ心配要らない。悪かったな」
そうか良かった、おいこれ順番滅茶苦茶になってるぞどうするんだと、慌てて散らばり放題に散らばった資料をかき集める彼等を
置いて、二人は無言のままそこを離れる。
無意識のうちに妙に早足になる。足音だけがやたら辺りに反響している。
「『こーゆー遣り方で決着着けるのはよくないんじゃないですか』ねえ…」
どきっとして体をびくつかせるジェイドにお構いなしで、スカーフェイスは続ける。
「俺とお前が二人っきりで人気のないとこにいると、発想はそっちかおい。」
「いやでも普通そっちだろう…まあ事実を知られるよりましじゃないかと…」
真赤な顔で口元を押さえてぼそぼそ言っているジェイドに、スカーフェイスはふん?と顎を上げて見せた。
「事実とくっつけちゃうと後の発言が死ぬほど笑えるけどな」
「……」
「『どうせなら皆の前で堂々と』、『すっごおく見たい!』だそうだぜジェイド先輩。どうするよ。この際リクエストに
お答えして公開で一発……」
飛んできた拳をひょいと躱して、スカーフェイスは笑う。
 だが相変わらず口元を押さえて赤い顔をしたままのジェイドは、心の中で呟いていた。
  ……絶対、口を裂かれても、俺もそれ連想しちゃったとか言えない……。
なんだかんだいって、朱に交わって真っ赤ッ赤になりつつある自分が怖い。

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