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◆『思い出話』

 

ガタン、と大きな音を立ててケビンが戸口に現れた。
不用意に物音をたてる奴ではなかったので、マルスは不審げに眉を寄せる。
マルスが見たことも無いほど酷く泥酔したケビンは、こんな夜中にもかかわらずとても陽気だった。
危なっかしい足取りで、いたるところにつまづきながらマルスに近付き倒れかかるようにすり寄る。
「酒臭ぇぞお前。ケビン、何があった?」
一人でケラケラ笑っているケビンの鼻をつまむ。マスクどうした、とマルスは尋ねかけて止めた。
ケビンがマスクを外しラフな姿で街に出て行くことは薄々気付いている。
「お前、ちっと落ち着け。よくこんなに酔っ払って戻ってこれたな。襲われでもしたら―――――」
ケビンの胸元、白い肌についた赤い痣を見つけて、マルスの小言が止まる。
唇で強く吸って残した、小さな痕。白い肌を冒す赤い痕に、マルスは思わず手を触れた。
そういえばと、マルスは自分の獣並みの勘が嫌になる。
馴染んだケビンの香りにまとわりつく、知らない他人の匂い、異臭。
「ケビン、趣味悪ぃぜ」とマルスは歯を見せて笑う。その笑顔が引きつるのをごまかせない。
こんな安物のきついコロン使う奴なんざ、ろくなもんじゃねぇと鼻に感じる残り香に不快な思いが増す。
笑顔がいつのまにか消え、マルスは歯噛みしながら胸におさまるケビンの顎に手をかける。
促されるまま素直にキスを受けるケビンに、余計身勝手な怒りが増しマルスはケビンの両腕をきつく握った。
痛いのか、ケビンが顔をしかめわずかに声をあげる。
逃れようと身をよじるのもかまわず、マルスはケビンを乱暴に引き摺っていき自分のベッドに倒した。
腹立たしい思いのままケビンの上に圧しかかり、マルスはケビンの肌に残る痕を消すようにそこをきつく吸う。
きょとんとして空を見ていたケビンの頬に朱が差す。余韻を追っているのかと、マルスは怒りでまた熱くなる。
「なあケビン、俺ともしようぜ。こんな夜中に来るんだからお前もそのつもりだろ」
ケビンがわずかに唇を動かすのを指で制して「なんだよ、物足りねーから来たんじゃねーの?」と笑う。
その顔は笑っていても、金色の目が物騒に光り獲物を前にした獣のようだ。
「・・・・・・・・・マル・ス?」
不思議そうな表情がまったく罪の無いあどけない顔で、マルスの力も一瞬弱まるが、鼻に残る男の匂いに
むかむかして、自分を叱咤するように再度腕の力を込める。
「痛・・・・・・」
「すぐによくなるぜ」わざと下世話な物言いで、手を触れるのをためらい続けたケビンの肌に指を走らせる。
「――――――あ・・・・・・」
横腹を軽くひっかくように撫でるとあがる声が、マルスの思っていたより頼りない震えた吐息で、
いつもあんなに強がった声出すのになと、マルスは余計切なくなる。
くそっ、くそっ、くそっ・・・と自分とケビンとケビンに気に入られた男への悪態を、胸の内で繰りかえしながら
性急にケビンを煽る。
どんな顔すんだ見せてみろと、大事にしていたものをわざと壊す自虐的な心持ちで、マルスは指を進めた。
「マル・・・ス・・・、い・・・嫌だ、マルス・・・」
嫌とケビンに拒まれ、マルスは余計かっとなる。
「うるせぇ、そんなに俺が嫌か。お前そこまで俺が」
傍に居ついたくせに、はっとするような笑みを見せるくせにと、マルスは意地になってケビンを押さえつける。
酔いのせいで易々と動きを封じられてしまうケビンを、残酷な心地良さを感じながらマルスは見下ろす。
シャツをたくし上げ、ケビンの白い胸を腹を晒した。
陶器のような肌の中に微かに色付く胸の突起を、指の腹で軽く押し潰す。
ぴくりとケビンが体を震わすのを意地悪く観察しながらゆっくり指を動かし、やわやわと胸を焦らすようにさすり、
声が聞きたいと立ち上がりかけたそこをつまみあげる。軽く引っぱりあげながら、指で弄ぶように擦りあげた。
「あ・・・・・・ぁ、んん・・・や・・・・・・・・・だ」とケビンが切れ切れに制止の声をあげるのを、
「何、口のがいいって?」と茶化し、感じて赤味を増している乳首に舌を這わせる。
固くなったそこに歯を立て舐めまわし吸い上げて卑猥な音を立てる。もう言葉も無くなったケビンは、
マルスの動きに合わせて高いかすれた声をあげているが、それでもその首は頑固に横に振り続けられていた。
「―――――なあ。何でそんなに嫌なんだ?・・・ちゃんと良くしてやるって」
ケビンの抵抗におもわず聞いてはみたが、決定的な拒絶を聞くの怖さにマルスは笑いに逃げる。
ぼんやりと焦点の合わないケビンの目がマルスを捉え、じっと見返してくる。
その目に涙がにじんでいることに、マルスは気付き苦い顔をした。
「なあ、お前なんで俺、そんな嫌がんだよ。俺と―――――――すんのは、嫌か?」
「――――――嫌・だ・・・」
言いやがったなと、マルスは苦笑いを浮かべようとするが上手くいかない。
「そっかそっか、俺が嫌いか、ケビン」
ケビンの上から退き、横にあぐらをかく。髪を乱暴にがしがしと掻き、顔を作ろうとする努力はとうに諦めて、
浅い息をつくケビンをつくづく見下ろした。
「俺はケビン、お前―――――――まあ、結構好きだけどな」
口にしてから自分らしくない場違いなセリフに眉をしかめる。
「―――――嫌い」
「言ってくれるなよ、ケビン。分かったからよ」いつになく力無い声音でマルスが呟く。
口に出して言うなよ余計に堪えんだろと、やっと弱気ながらも苦笑いを浮かべてマルスは腕を組む。
ケビンは聞いているのか、もう一度「嫌いだ」と呟くとぽろりと涙をこぼした。
泣くなよ、泣くくらい嫌ならどっか行ってやるから、泣くなよと、そうマルスが言うがケビンは堰を切ったように
涙を流しながら嫌い、嫌いと繰り返した。
「ケビン、分かったから。無茶はもうしねぇから落ち着けって」
いたたまれずにケビンの頬に手を当てると、ケビンはその手に濡れた頬を押し付けてきた。
「嫌いだ、こんな、俺。・・・・・・弱い、弱すぎる」
・・・何?何つった?今お前、とマルスは泣きながら手にすり寄るケビンを前に固まる。
「お・・・お前?お前がなんだって?」
俺の好き嫌いの話じゃなかったっけか?と頭が混乱しながらもやっとの思いでマルスがそう聞き返すと、
ケビンの瞳からまたあらたな涙が溢れてきて、マルスは余計慌てる。
「こんな俺は・・・嫌だ・・・逃げてばかり」
マルスは驚きでケビンの頬に当てた手を止め固まっていたが、はっと我に返ってその手でケビンの頬を
何度か軽く叩いた。
「おい、目ぇ覚ませケビン。どうした」
マルスの呼びかけにも応じずにケビンは「あの頃から何も変わっていない」と目を両手でおおう。
マルスはとりあえず落ち着けとケビンを抱き起こすが、ぐったりともたれかかったままのケビンは、
依然ぽろぽろと涙をこぼしていた。
その泣き顔が、白い頬を濡らす涙が、辛そうにしかめられた形の良い眉と綺麗にそろった濡れた睫毛が、
あまりに綺麗だったので、マルスは一瞬見惚れてしまうがそんな場合じゃないと慌てて頭を振る。
お前今えらく扇情的な顔してるぞとマルスは心の中で呟きながら、ケビンを宥めるように背中をさする。
「誰も傍に寄せつけたくないのに、お前の傍に居ると安心するなんて」
ケビンの言葉にマルスの口元に自然と笑みが浮かぶ。
「いっそ一人になりたくて出てきたのに、また一人になるのが怖いなんて・・・・・・変わってない、弱いままだ。
ダディに嫌われるの怖さに逃げ出した頃のまま・・・・・・」
そんなことねぇよと、自分を責めるケビンにそんなことないお前は強い、自分をまっすぐに
見つめてるじゃないかとマルスは静かにさとす。
「お前を、怖がってる・・・俺が強い・・・わけ無い」
「俺が?怖いのかケビン」マルスはちょっと笑って、俺はお前が怖いぞとケビンの涙を拭き取りながら返した。
「お前の目に俺がどう映っているのかと考えると、俺怖いぜ」
輝きの無い、特別な存在でなかったらどうしようとマルスはいつも思い、それが強気ややる気につながる。
「・・・・・・怖がりたくないのに・・・・・・」
「そう、そうだなケビン。俺もだ」
「・・・・・・笑っていたいのに」
「そうだな、俺もお前の笑った顔は好きだ」
好きだから、泣くんじゃないと頬を撫でられ、ようやくケビンは落ち着いたのか泣き止み、少し腫れた目蓋を閉じた。
その閉じた目に、まっすぐな鼻梁にも、素肌を晒してもたれかかるケビンの上背のあるしなやかな体の
そこかしこに、マルスはキスを落としたい欲求を覚える。
キスの代わりに戯れに肌に残った赤い痕を指でかすめて、ふと、頭も随分と冷えたマルスは気付く。
マルスは改めて顔を近付けケビンの体を検分した。
上半身、形良く筋肉のついた胸から引き締まった腹にかけて、指でたどりながらじっと見る。
金髪の乱れかかる首筋や胸元には点々と赤いしるしがついてはいるが、すべらかに白い肌は
情交の後にしては綺麗過ぎないか――――――?
自分の勘違いに気付いたとき、マルスの顔は一旦笑みを浮かべ、次にバツの悪い苦い表情に変わった。
「・・・・・・ちぇ。俺何やってんだか」
めったに無いマルスの照れたような頬を赤らめた苦笑いは、いつのまにかマルスの肩先に頭を乗せて
寝入り始めたケビンには見られずに済んだ。
「―――――ケビン、あのな」真面目な顔をして、マルスはケビンの肩を抱きながら語る。
「せいぜい強くなれよお前。お前が望むくらいに強くなれ。自由になれ」
優しくケビンの頭を撫で長い髪の感触を楽しみながら、目を閉じて寝入ってしまったケビンをしっかりと胸に抱く。
「お前が強くなるまで、ちゃんと俺が傍で見ててやる。しがらみも迷いも全部ふっきれるくらい強くなれよ・・・。
ま、俺も負けてねぇけどな」お前には負けらんねぇよとマルスは笑う。
「―――――それで。強くなってケビン、お前その時俺を見てくれよ」
お前の目に嫌でも入るくらい強敵になっててやるからさ・・・と、マルスは寝息をたて始めたケビンの額に
軽くキスをして、そっとシーツに横たえた。そしてひとつ伸びをすると、自分もその横に寝転がった。
次の日、頭を抱え顔をしかめてベッドに沈み込むケビンに、マルスはからかいながらも水を手渡した。
何も覚えていないケビンがマルスの部屋を見回し「―――――よく帰ってこれたな・・・。というか何で
ここに来たんだ俺・・・」と呟くのも笑って聞き流す。
ベッドサイドに置かれた鏡を覗き込んでいたケビンが、胸元の点々と残る赤い痕に気付き、
「おい!・・・・・・・・・何か妙なことはしていないだろうな!?」と顔を赤くしてマルスを睨んだ。
「知らねーよ、俺がつけたんじゃねぇって。お前覚えてねーの?お楽しみだったんじゃねぇのか昨日は」
ケビンが一層顔を赤らめ口篭もってから、「・・・だとしても関係無いだろう、報告義務は無い」と強がるのも
相手にならず笑っておいた。
「メシにしようぜ、ケビン。動いたから腹減ってるだろ?」
「気持ちが悪くてそれどころじゃ・・・動いて、何?」
「動いて、さ」
卑猥な手つきで指し示すマルスにケビンは言葉を失い、次の瞬間体の不調をものともせずに起き上がり、
マルスに拳を向ける。
それを軽く掌で制しながらマルスは声を立てて笑った。
あまりに楽しげな笑い声にケビンは余計機嫌を損ね、むすっとした顔でもう一度ベッドに倒れこみ不貞寝を
決め込むが、ふと思いついてマルスに尋ねる。
「マルス、俺、夜中にここに来たのか?」
お前ほんとに記憶飛んでたのか?危ねー奴とマルスの呆れた口調はあえて聞き流しケビンは問い続ける。
「俺の様子・・・どこかおかしかった・・・とか、無い・・・よな?」
「おめーはいつも変だよ」
ちなみに、今も変だとマルスは指で頭を指し示す。くるくる回す指先に、ケビンは怒った顔を向けるが、
ほら、その顔のほうがまだ二日酔いの不景気な面よりゃましだと茶化される。
「おかしかったなんて、そりゃ夜中に陽気に騒いで現れりゃあおかしいぜ。人の睡眠の邪魔しやがって
さっさと人のベッドに上がりこんで寝ちまうし。十分変だよお前は」
なんか結構迷惑かけたみたいだなと感じ、ケビンは思わず「・・・すまん」と頭を下げる。
「昨夜あったことは・・・それだけか?」ほっとした表情を浮かべるケビンをマルスはじっと見た。
その視線を感じ、ケビンはマルスの目を避けようと寝返りを打つ。
「お前のベッドに来たんだな・・・俺」背を向けたケビンの小さな呟きにマルスは肩をすくめて見せる。
「マルス、お前。俺にはほんとに・・・何も」しない、と噛締めるようなケビンの呟きにマルスはその問いを
引きとり逆に静かな声で尋ね返す。
「ケビンお前、俺が何もしないか、そのわけ分かんねーの?
お前に何で手ぇ出せねーのか、ほんとに気付いてないのか?」
耳の後ろをそっと撫でられ首に手を添えられ、マルスの珍しく真剣な表情にケビンは体を固くして、
動悸も速まりながら言葉を探す。
しばらく口篭もるケビンを楽しんでから、マルスはにやっと笑いケビンの鼻を摘んで言った。
「俺は酔っ払ってる奴は嫌なんだよ!正体無くなるまで酔っ払いやがってみっともねぇ、誰がたつかよ!」
びっくりして空色の瞳を大きく見開くケビンの顔を覗き込んで、面白そうにマルスは続ける。
「大体俺様を誰だと思ってるんだ?天下のマルス様だぜ、俺様にやって頂きたかったら、
頭下げてお願いしやがれ!」
お前みたいに俺に楯突く可愛げ無ぇ野郎なんか反撃もおっかねーし手なんか出せるか・・・マルスの
暴言にケビンの丸い目が三角につり上がる。
「まーお前が泣いて頼んだら考えてやってもいいけどな」
「―――――誰が頼むか馬鹿!馬鹿じゃないのかお前、前からそう思っていたけどっ!」
真っ赤になって怒りながら元気良くベッドから下りるケビンを、ふと満足そうに見てからマルスは言い返す。
「あーてめ、言いやがったな!?もう絶っ対お願いしますと頭を下げてくるまでやんねーぞ」
「誰が下げるか馬―鹿、マルスの馬鹿!」
帰る、馬鹿とは話したくないとケビンはマルスの前を横切り扉に手をかける。腹立ちのまま勢い良く戸を閉めた。
来たときと同じく大きな音を立てて出て行った相手を見送って、マルスはちょっと切ない顔をしたが、
やがてくつくつと笑い始め、ベッドに倒れこんで腹を抱えて笑い続けた