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◆『うろ覚えの歌』

 

「何で、マルスお前俺のところに来るんだ?」
「他に行くところが無いからに決まってるだろ、そんな頭も働かせられねーのかお前」
そんなことを言ってるんじゃなく、とケビンは苛々して言葉を繋げる。
「俺は一人で居たいんだ、他を当たれ」
「冷てぇ、つれな過ぎるぜお前、よくもまぁ長々と一緒に飯食ってきた奴に
そうつれない態度とれるよなお前。感心するぜ、育ちが良い奴は皆そんなんなのか?」
「マルス!」
ケビンが声を荒げても、相手は動じていない。ケビンははぁっと大げさにため息をついて額を押さえた。
表彰会場で自分の行方先を、(そんな気は全然無かったのだが)公に発表してしまった
自分の浅はかさに気がめいる。
「まぁそう言うなケビン、昔を思い出して仲良くやろうぜ?仲良くさ」
俺達まあ仲良い方だったろ?あの中でもさとマルスが小さく笑う。
面白そうに金色の目が笑いを含んで自分を見つめている・・・ケビンは軽く頭を振った。
「俺は一人で強くなりたい、マルスお前は」
いらない、とまでは言葉に出来なかった。それを言ってしまうのはケビンにはある種決別を指していた。
マルスが察してくれればいいのに、と思いながらケビンは言葉を濁す。
「いらねぇか俺?ケビン、お前よ相変わらず言ってること嘘っぽいんだよな、
お前自分でもそうとは気付いてねぇだろ」
顔の前で手を振るマルスを目を見開いてケビンは見つめ、やがてゆっくり目をそらす。
「大体、お前は嫌いだとか傍に寄るなとかチームは組まねぇとか、散々に昔から言ってくれてよ。
今更お前にどんな悪態つかれても怒る気はしねぇな、大概聞き飽きた」
懐かしいと感じてしまうマルスの人をくった笑い方に、ケビンは目を閉じる。
昔からこの男の怒りを知らない。
何故だろうとたびたびケビン自身も考えるが、マルスはケビンに対して怒りを見せたことが無い。
喧嘩早い激しやすい性格の男なのに、他の者が言おうものなら即座に乱闘騒ぎになるだろうに、
ケビンが突っかかっていっても薄く笑うだけで軽く流してしまう。
「んなつまんねー話よりさ、腹へってきたろ?食い物は調達済みだぜ」
今もケビンがつれなく「要らない」と首を横に振っても、マルスは動じる様子も無く軽く笑い飛ばして
手荷物を開き始める。
「マスクとってさ、飯でも食って、もうちっと落ち着いたらケビン、俺にもう少し優しい言葉
かけようかって気にもなるだろうぜ?」
仮面の話をされてケビンは動揺する。
さっと隠すように手を顔に持っていき、その動作をマルスに笑われて余計ケビンは身を固くした。
人前で仮面を外す習慣が無かったケビンの、金髪に縁取られた色の白い顔とその中で光る青い瞳を
間近で見た他人はマルスが初めてだった。
どういういきさつでマスクが取り払われたのか、ケビンは昔のことであまり覚えていない。
劇的なきっかけなどではなく、マルスが何度も「マスクをとれ、顔を見せろ」と繰り返したので
根負けした形でケビンは素顔を見せた。
感心したように口笛を吹いたマルスに上手く乗せられて、ケビンはそれからは何故か二人でいる時は
仮面を外してくつろぐようになった。
その遠い昔にしたい習慣を忘れきれず、マルスの気安く差し出した包みを受け取った時にケビンは、
慣れたしぐさで自分の指をマスクにかけてしまい、我に返って慌てて手を離す。
マルスはそんなケビンに笑いながら、腕を伸ばしてマスクを取り外す。
ケビンの抵抗など有りえないという、自信のあるマルスの動作だった。
少し潤んだ青い瞳で強がるように睨んでくるケビンに、マルスは満足そうな顔をする。
「ああ・・・・・・相変わらず、ぬくぬくと甘ったれた顔してやがるな・・・安心した」
すばやく顔を近付け軽く音を立てて唇を合わせると、反撃を受ける前にマルスは身を離す。
角の取れた柔らかい目つきで自分を見るマルスにケビンは俯き、お前のその目が、
身動きとれなくなるような目が嫌なのにと言えずに苦しむ。
一人で居たいのに、もう人の温もりで単純に一喜一憂するなんて、そんな自分は捨て去りたいのに。
マルスらしくない、恐れられる無慈悲な男らしくない、包み込み絡めとるような手数を踏んだやりくちに
ケビンは昔から抵抗を試み、そして相手に笑い飛ばされまた相手の懐深くに落ち込むのを感じる。
「おい、飲めよケビン」
熱いから気をつけんだぞというマルスの言葉に素直に頷き、思わず頷く自分にケビンは嫌になる。
「・・・・・・熱っ・・・」
「だから言ったろドン臭いなお前」
「触るな!」
鋭い声に手を止めたマルスは、「―――――何もしねぇよ」とだけ言い気分を害した顔で手を引っ込める。
そんな傷付いた顔するな、とケビンは心の中で呟き、弱気な自分に顔をしかめた。
「俺に気安く触るな」
「別に何もしやしねぇよ、さっきのは挨拶みたいなもんだろ?そんなに警戒するな。
何の腹積もりもしてねーよ。――――してたら、とっくにお前」
食っちまってるぜ、とマルスはまた笑いで流した。
「お前なんか・・・嫌いだ」誰がお前なんか、ケビンは顔を背ける。
「だからそれはもう何十回、いや何百回か?聞き飽きるくらい聞いたから今更言うなって」
そう言うわりにマルスは指先でケビンの頬をつつく。
触るな、というケビンの静止は聞こえないような顔をしている。
こいつは自分のどこをそんなに気に入ったのだろう、ケビンは未だに分からない。
座り込み自分の持参した食料に食いつくマルスは、その行動は荒っぽくて下品だったが
顔つきは秀麗といっても良い気高さがあった。
じっとケビンは相手の目元のきつい整った顔を見ていたが、また目が合い笑いかけられ
再度この男にはつかまりたくないと思い直す。
昔、初めてマルスにつかまりたくないと思った時、ケビンは他の誰かと寝ようと思い立った。
今にして思えば短絡的で、幼稚な考えだがその時のケビンはかなり思いつめていた。
マルスが冗談のように自分の肩に腕を回す、ふざけて胸に抱く、そのしぐさを温かく感じてしまう
自分を恐れてケビンはどこか逃げ道を探した。
「お前とだけは嫌だ」その言葉の裏に、また他人の為だけに有るような自分には戻りたくないと
恐れていることを、マルスに感じとって欲しかった。
つかず離れずの距離をおいて接して欲しいと思いながら、ケビンは何度も「嫌」と口にした。
マルスはそんなケビンの態度を、・・・簡単に笑い飛ばして変わりなくその腕の中に留めた。
自由になりたい。
マスクを取ることもマルスの前だけの特別な行為にしたくなくて、ケビンは顔に当たる夜風に
戸惑いながら、人込みに紛れて夜の街を歩いてみた。
そしていくつかの発見、人の見る目と自身のこだわりなどを思いがけなく見つける。
人の目、それはどんなに自分を賛美していても、鬱陶しいものに感じる。
物珍しいものを遠くから眺めるように見られケビンは苛々しながら、どうも自分は人の目が
つくづく苦手なんだと再認識して、殴りつけたい衝動をぐっと押さえた。
見られるどころか、と当時を思い返しながらケビンはマルスを見る。
この男にべたべたと触れられて少しも気付かなかったが、自分は基本的に他人に
触れられることが嫌い、いや苦手らしい・・・ケビンには嬉しくない発見だった。
とりあえず街におりた数晩、女を誘って酒を飲んだ。残念ながらそこから先には進めず、
諦めて最後に金で女を買った。そんなお粗末な結末はマルスには一切話していない。
――――――最初は上手くいくのにな。
急にため息をつき額を押さえるケビンを、マルスは怪訝な目で見る。
「なんだ?どうしたケビン」早く食べちまえよ手が止まってるぞと言われ、ケビンは煩そうに
「鬱陶しい放っておいてくれ」と返し、こんな煩い奴が平気なのになんであの場で嫌になるんだろうと思う。
上手い話が出来ない、のが続いた失敗の原因か。
適当な作り話でもしておけば、それでその場は流れるのにケビンにはそんな器用さはない。
酒の席だけのことと割り切ってもケビンは自分を語りたくなかった。自分の話を、色々な思いを
聞き流され笑いで紛れさせられたらと思うと体の芯が冷える思いがする。
相手の身の上話を聞かされるのも苦手だった。
人の痛みを共有したくない、分かち合うとそれで自分が相手に縛られてしまうような気がする。
裏切れないような、そんな気がしてケビンは深く相手を知るのを怖がった。
そんな腰の引けた話、マルスに聞かれたらどんなに笑われるかと思い返しケビンは苦い顔をする。
「もう一杯飲むか?」
良い育ちが出る仕草で食事を取り終えたケビンに、マルスが聞く。
いらないと首を振るケビンに、マルスは「ならお坊ちゃま、食後に酒でもたしなむか?」と
缶ビールを投げた。受け取るケビンを促しながら、自分も美味そうに飲む。
「いーねぇ、お前の顔見ながら飲むと酒が美味い」
言われるまま大人しく口をつけているケビンを見て、マルスはまたニヤニヤ笑う。
「ケビン、お前の顔、酒が入ると色っぽくなるぜ。俺の好きな顔だ」
アルコールで赤くなった頬をつつかれてケビンは眉をしかめる。それもまた色っぽいと揶揄されて、
ケビンは思わず「お前がそんなことばかり言うから・・・」と口走る。
自分を落としてみたかったのかもしれない。街で男の誘いに乗ってみたことがあった。
どうにも他人を寄せ付けたがらない、触れられると嫌悪を覚えてしまう自分のそんなところが、
ケビンは自分の生まれから来ているのかもしれないと考え、その自分の中の特権意識をとても嫌った。
とにかく、マルス以外なら誰でも良かった。
いまだに嫌な記憶として残っているあの晩、ケビンが無遠慮に自分を眺める視線に我慢したのは
初めから心積もりがあったからだった。
カウンターに寄りかかるようにしてグラスを空ける、酔いに身を任せているケビンの端正な横顔に、
いくつもの視線と賞賛や揶揄する声が飛んだ。
目を閉じてグラスを額に当てていたケビンは、やがて伏せていた顔を上げると
自分に集まる視線のうちの、ひとつを選び取ってじっと見返した。
べつに誰でも良かった。
どうして相手を選んだのかはもう忘れかけているが、多分煩く語らなそうに見えたんだろうとケビンは思い返す。
自分の話も相手の詮索もしない相手、そして一晩で忘れ去れるそんな相手を探していた。
隣に並び、頼みもしないのに新しいグラスを手渡され、ケビンはそれでも黙って大人しく受け取った。
相手が決まったのなら、いつまでもこんな所に居ることはない。
受け取ったグラスを一息で飲み干したケビンに、相手は驚いた目を向けていたが
腕を引き外へと促すケビンに、合点がいったように頷き嫌な笑い方をした。
胸が悪い。
部屋を取って、その部屋の大きなベッドに仰向けに横たわり、言葉もほとんど交わしていない
相手に上に乗られ上着を性急に取り払われる。
すでにその時、ケビンの眉間は深くしわが寄り目には危険な光があった。
気持ちが悪い、触られるのが我慢できない。
お前、まさか潔癖症なのか?とケビンは自分自身を皮肉に笑ってみるが、押さえきれない恐怖感が身を蝕む。
(怖い?・・・怖い、他人に侵されるのは、従わされるのは)
綺麗に鍛え上げられた胸に、腹に、男の指先がじかに触れた、その感触にぞっとしてケビンは限界を超えた。
「触るな」と相手を跳ね飛ばし部屋を出てきたが、あの男、今でも無事に生きているかが少し気にかかる。
「―――・・・ビン、ケビンおい」
どうした、おい?とマルスの声で我に返る。
「お前ぼーっとしてるな相変わらず」
再度頬をつつかれて、マルスは平気なのにとケビンは思い、そういえばもう一人触れても
平気な男がいたなと思い出す。
「お前人の話聞いてるか?」
「――――何だ」
聞いてないのな、とマルスは呆れたような声を出したが、別段怒ったようすも無く先を続ける。
「お前、これからどうするつもりだ?」
それはそのままお前に返すとケビンに切り返され、マルスは高い声で笑う。
「俺のことが気にかかるか?ケビン?」
「お前がまた何かやらかさないか、気が気じゃないだけだ!」
「くくっ、・・・ま、そのうち何かやらかすだろうよ。そのうち、今の暮らしに飽きてきたら、な」
機嫌良さそうに笑いながらマルスは木陰で横になる。ひとつ伸びをしてケビンを手招きした。
「で、お前は?どうすんだ何をやらかしてくれるんだ?」
穏やかな眼差しで問われ、ケビンは招かれるまま横たわるマルスの隣に腰を落ち着ける。
「―――――一番強く、なってみる。この世で並ぶものが無い、最高の存在になってみる。
そうなれた時初めて俺は、」
あの父に、自分を縛ろうとする様々な事柄に、打ち勝てる。そう思うとケビンは呟くように言う。
「そりゃいいぜ、ケビン。お前がNo1になれば、そのお前を倒す俺様が
この世で一番強いってことになるよなぁ」
腕を伸ばしてケビンの長い髪を弄びながら、マルスはそう茶化す。
お前、絶対に従わせてやるぜと意味ありげに笑うマルスの手を、ケビンはそっと払った。
「お前には負けない」そう、とケビンは自分に言い聞かす。
「俺は誰にも負けられないんだ」
誰にも縛られたくないから、一人、誰よりも強くなりたい。そうなった時初めて、怯えずに居られる。
無くすことを恐れず大切なものに手を伸ばせる、そんな願いに近いケビンの確信は、
それでもマルスには告げられず自分の胸のうちにだけ留められる。
マルスは、ケビンの心が見えるのかニヤッと笑い「でもなぁケビン」と返しながら横抱きに腰に手を回す。
「俺もお前には負けられねーんだよな。お前を従わせてやる、
いつだって俺を無視できないようにさせてやるぜケビン」
そう言いながらケビンを横倒しに引き寄せたので、ケビンは慌てて逃げ出そうとしたが
マルスは添い寝させれば満足らしく、手を離して仰向けになると空を見上げた。
「あーあ、退屈なのが一番体に良くねーよなぁ。まぁお前の起こす騒ぎにでも期待するか」
お前の顔や体も好きだがお前の強さにも期待しているぜとの、マルスの言葉をケビンは噛締めるようにして聞く。
それからマルスは目を閉じて、渡る風を気持ち良さそうに頬に受けて動かなくなった。
隣に寄り添うように横になっているケビンは、落ち着かないふうに何度か寝返りを打っていたが、
鳥の声や風の音、木々のざわめきに段々と目蓋が下りてくる。
横を向けばマルスの横顔が静かな佇まいでそこにあった。
こんなのどかさもいいのかもしれない、つかの間の休息でも、二人並んでこんな日の当たる場所で
休むのも悪くないとケビンは目を閉じた。
大切なものを大切だと言える、そんな強さを見つけるための試練はまだもう少し先だ。
「・・・・・・・・・マルス、俺も、お前の顔」好きだ、半分寝かけたケビンのつぶやきにマルスは
閉じていた目を薄く開き声を立てずに笑うのだった。