クリオネは、眼下に広がる一面の緑の景色を眺めていた。それが緑地帯によるものなのか、青々した農村地帯によりできたものなのかは 分からないが、その光景は緑の絨毯といったところか…。 (何故、私はこんなところにいるのだろう…?ましてや今は超人オリンピックの各国予選も佳境を迎えている…。 自分は今回のオリンピックには出るのを控えたが、国内予選とはいえ決勝・準決勝ともなると、 それなりの強者達の華麗なるファイトになるだろう…。それを観戦することがどれほど勉強になるか・・・) クリオネは入れ替え戦を通じ、自分がまだまだ未熟であることを悟りヘラクレス・ファクトリーへ戻りリハビリと 再訓練に勤しんでいた。超人オリンピック開催のしらせを聞くころには、すっかり傷も癒えた為、何人かの教官に出場を勧められた。 「どうだ、クリオネ自分の力を試すいい機会だぞ。」 いつも練習をみてくれているウルフマンが背中をポンと叩き笑顔を向ける。<そうですね>と答えようとした瞬間、 クリオネの心に電撃が走った。 「同期生のジェイドもでるみたいだしな。」 =ジェイド= ジェイドという名前を聞き、<そうですね>と答えるつもりだったクリオネの口から出た言葉は正確には自分でも 覚えていない。しかし出場はしない旨を丁寧に言っていた気がする。 「そうか?でもなー」 と、なおも言葉を続けようとしたウルフマンから逃げるようにクリオネは、その場から去った。 自分の部屋へ戻るとベッドに横たわり天井を見上げる (何故、あんなことを言ってしまったのだろうか・・・) オリンピック出場が、どれほどいい経験になるか、そんなことは良く分かる。しかし今クリオネに分かるのは 心の底から出場しなくて良かったと思っている自分がいることだった。 自分の中に、もう一人の自分がいる。そんなことを考えていた。 (私が自覚している私というのは、正義超人として自らの能力を高めたいと思っている自分…そんな自分は オリンピックに勿論、参加したがっている。今ならまだ間に合うだろう。だが、そんな正義超人として持つべき 心を遮るような事をしてしまったのは私の知らない私なのだ…。) その事がクリオネは怖かった。もしかしたら、これから先も今回のように自分の知らない自分が自分の邪魔をし続けるのかもしれない… クリオネが、もう一人の自分に気付き始めたのは入れ替え戦の後、ファクトリーへ戻りしばらくたってからのことだ。 ジェイドから手紙がきたのだ。内容は近況報告程度の簡単なものだったが、懐かしいジェイドの字…それをみているとジェイドがそばに いるような気持ちになった。クリオネは無意識のうちに手を、自分自身にあてがい、ゆっくりと上下させた。 「・・・んっ…くっ!!!…」 ジェイドの手紙を見ながら、ジェイドの手を思いながら、さらに激しく上下させる。 「…はっ・・・あっ…あっ…!ジェ…イドッッ」 ドクドクと流れる粘り気を帯びた液体を眺めながら、クリオネは冷静さを取り戻した (な…何てことを・・・) 急いで手を洗う。クリオネも健全な青年だから自分で自分を慰めたことぐらいあった。誰もがしているコトで恥ずかしいコトではないと 思っていた。だが、さっきの行為は恥ずかしいとゆうより、嫌悪感を抱く。 (どうしてしまったんだ…私は・・・) それからクリオネは、その手紙を二度と見なかったし再びジェイドから手紙がきた時も封さえあけなかった。そうしなければ自分が 壊れてしまう。そんな気がしたからだ。クリオネはジェイドの存在を消したかった。そして今まで以上に練習に励んでいった。 だからこそオリンピックに出場しないと言ってしまった自分に腹が立った。あれだけ練習に打ち込んできたのに・・・! オリンピックの各国予選が始まるとファクトリーでも、ちょっとしたオリンピックブームが起こった。生徒たちは目を輝かせてTVに 釘付けとなり、大声で選手を応援したり、試合についての議論に花を咲かせたりしていた。彼らは明日の正義超人を夢みている のだから、当たり前といえば当たり前なのだが。 そんな中でクリオネは孤独だった。誰もいないスパーリング場でサンドバックにむかって気のないパンチを繰り返す。意味のない 行為だ。しかしみんなのところへいくと、嫌でもオリンピックのコトが耳にはいる。ジェイドのコトを考えてしまう・・・ それよりはマシだった。 「ジェイド…」 そう呟いたのと、ある男に声をかけられたのは、ほぼ同時だった。 「よう!調子はどうだ」 後ろをふりむくとバッファローマン先生が、立っていた。 「まぁまぁですよ」 クリオネは精一杯の作り笑顔で答えた。 「あんまり、俺をなめるなよ」 鋭い眼光がとぶ。 「ウルフが心配していたぞ、お前の様子がおかしいって」 「そう・・・ですか・・・」 クリオネは、そう言うとバッファローマン先生から目をそらす。これ以上、目をあわせていると自分の心が読まれそうな気がした. そうしたら最後、この率直な男はクリオネ自身認めたくない言葉を言ってしまうに違いない <お前は、ジェイドが好きなのか?>と・・・ 「ジェイドが、ドイツ予選で優勝したぞ。さっきブロッケンから連絡があった。」 ジェイドとゆう言葉をきくだけで胸が熱くなる。 「そうですか・・・まァ!あいつならそうでしょう、予選くらい軽く突破してくれなきゃ!なんたって2期生の主席ですからねェ!」 ハハハ・・・と一生懸命ジェイドの友達だという顔をする (そう…友達なんだ…ジェイドは同期でクラスメートだっただけだ、それ以上の想いがある分けがない、ましてや…恋愛感情!?) 心の中で連呼する。そうしなければ壊れてしまう いつしか友達だ…友達だ…と地面に膝をつき、クリオネは小刻みに震えていた。はたから見れば今のクリオネの方が、壊れて いるという表現がふさわしいのかもしれなかった。しかし壊れているように見えるが、この行動こそ、クリオネの自分の知らない 自分に対する最後の抵抗だった。 ややあって、バッファローマンはフゥとため息をつくと、クリオネの前に封筒をさしだした。 見上げてみると、軽蔑したわけでもなく、慌てているわけでもない優しい兄貴の様な笑顔がそこにはあった。 「こ…これは…?」 クリオネは立ち上がり尋ねた。 「お前が今、何をかんがえているのか擦しはついてる。あいつに会ってこい」 「あいつ?」 クリオネが封筒の中を見るとベルリン行きの飛行機のチケットが一枚入っていた。バッファローマンが誰に会いに行けと言いたい のかは、すぐに分かった。 「で…でも」 間髪入れず、バッファローマンが怒鳴った。 「うるせェ!!いいから行くんだよ!!!命令だ」 そして諭すように、 「いいか?いつまでも逃げてる訳にいかねェだろ、自分からもあいつからも俺はてっきりお前があいつに惚れてるのかと思って いたが…」 「冗談はやめてくれ!!」 次に怒鳴ったのはクリオネの方だった。 「何を言うのかと思えば、私が奴を?だいたい奴は男ですよ。」 自分の言葉が、胸に突き刺さる。それでも続ける 「まァ、確かに私はジェイドに好意を持っています。でも!それはあくまで友としてであって2期生の仲間としてです!そう! あなたが、レジェンド・ブロッケンjrに対して抱く気持ちと一緒です。」 さっきブロッケンjrの名前がでたので引き合いにその名前を使っただけだった。しかしバッファローマンの目が微かに哀しみ を帯びたことを今のクリオネは、気付く余裕がなかった 「俺のブロッケンjrに対する気持ちか・・・俺はあいつに惚れている」 「なっ…!」 クリオネは自分の耳を疑った。 「こういう気持ちに男も女もカンケーないんだ、ただ一つ言える事は、自分の気持ちに正直にならないと、すげーツライって ことと、相手に気持ちを伝えなきゃ一生後悔するってことだな…俺みたいに…。」 この人は、嘘をいっていないクリオネは、そう思った。でも掛ける言葉が見つからない 「まァ、お前があいつを友達だっていうなら別に本戦に出場する友達に祝いの言葉でも掛けに行くぐらいいいだろう」 ほらよっとクリオネの手にしっかりと封筒を握らせた。 そして、じゃあなと片手をあげてスパーリング場から出ていった。再びスパーリング場で一人になったクリオネはドイツ行き の航空券を眺めていた。 そして今クリオネはベルリンへ向かう飛行機の中にいた。 (どうすればいいのか、どうしたいのか私にも分からない、でもあいつに会えば何かしらの答えは見つかるはずだ…。 そう…、私に答えをくれるやつは、この先にいる。緑の…いや、この翡翠の絨毯の先に…) 翡翠の絨毯〜第一章〜 end |