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◆ 繋がらない楽園・後編

 「ケビン、ここから逃げるってコトがどういうことか、わかってるよな?」
 陰惨に笑うと、死魔王は両側から腕を取られて引き据えられている俺を覗き込んだ。
 「……逃げる――つもりじゃない。だからこうして挨拶に来たんだ」
 「アイサツだぁ?」
 奇妙な顔をして、ついで不気味なものでも見るかのような目をした死魔王は、すっと俺から離れた。
 「……」
 そして、いつも首領たちが人間界を眺める水鏡の縁に無言で片手をかけた。
 もう一度、死魔王は俺をじっと見つめ――にやりと片頬で笑うと、指を軽く鳴らす。
 とたんに物陰からさっと飛び出し、俺の周囲に立つ男たち。
 「まあ――いいぜ? 出ていくのはちっともかまわねぇ。ただしキッチリとケジメはつけていってもらわなけりゃ、
 他のヤツにしめしがつかねぇからな」
 その言葉が終わらないうちに、男のひとりが濡れた手でぞろりと俺の胸をひと撫でした。
 反射的に殴り飛ばしてやりたい衝動にかられたが、すんでのところで俺はそれを止めた。
 両腕をつかむ男たち、俺のまわりに立つ男たち。だが――闇の中にはそれ以上の息づかいが感じられる。
 ……――独りでは、下手な抵抗をしないほうがいい……
 そう判断できるほどの人数だった。
 口唇を噛み、嫌悪に身震いする俺を楽しげに見下ろすいくつもの――光った目。
 そのとき、ふと思い出したように死魔王は囁いた。
 「ケビン。てめぇは確か、マルスの野郎に可愛がられてたんだよなぁ?
 あいつのカラダ、凄ェだろう? なのに出てくッてんだから――よっぽどヤバいコトでもされたのかよ?」
 そして視線が俺から、麒麟男に流れる。
 何かの――無言の合図のようだった。
 麒麟男は側に寄り、俺に顔を近づけた。
 「このカラダ――アイツの匂いがするぜ?」
 卑猥な言葉に周囲の男たちから笑いが漏れる。
 「その匂い――消してここから出てかなけりゃなァ? ケビン……」
 麒麟男の息はすでに炎の熱さを滲ませていた。
 熱い――気色悪いほど――おぞましいほどに、熱い。
 「オレたち全員で、しっかりと消してやるぜ?――その前に、コレだ」
 強く硬い指が俺のマスクにかけられる。
 その瞬間、俺は叫び――大きく体を捩っていた。
 「や……やめろっ!!」
 そう声に出して――俺自身がいちばん驚いていた。
 マルスが俺のものだと言った、俺の素顔。子供じみた我が儘さで、他の奴の前で見せることを禁じていた、俺の素顔――。
 心臓が早鐘をうつように響きだす。
 俺はいま、何を考えた? ――マルスのことを――……俺が――?
 「今更ぶってんじゃねぇよ。マルスの野郎に使いこまれて、もう充分に馴れてんだろうが!」
 「……」
 もう死魔王の声さえ、俺の耳に届いてはいなかった。
 ふたたび麒麟男の手が、俺のマスクにかかる――。
 そのとき、不意に肉体のぶつかりあう、聞き慣れた音が響いた。
 「……テメェもよっぽどの馬鹿だよなァ、ケビン……」
 数人がいきなり殴り倒されて、地面で呻いている。
 「……こんなこともあるんじゃねェかって、戻ってきてみてよかったぜ」
 物騒な金色の光を瞳に宿し、右腕をすでに血にまみれさせて、マルスがそこに立っていた。
 「マルス」
 片眉をかるくあげて、癇に障ったように死魔王がその名を呼ぶ。
 「……テメェだってわかってるんだろうが。こいつは――」
 「ここから出てくって言ってるんだろ? いいじゃねぇか。好きにさせろよ」
 「……」
 じっと感情の色のない眼で、死魔王はマルスの真意を探るように見つめている。
 「それに、もう知ってるんだろ? 悪魔超人の連中が何をやってるのかを――よ」
 「サンシャインが自分の弟子どもと一緒に、勝手に動いてるってことか?」
 「そうさ。dMpに似合わねェ、こんなお坊ちゃんひとりに構うより……」
 マルスはちらりと左右に視線をはしらせた。
 「あの砂ジジイたちの勝手をなんとかした方がいいんじゃねェのか?」
 麒麟男がどうするのかと判断を求めるように死魔王を見て、死魔王は軽く舌打ちした。
 「マルス……このことはキッチリ覚えておかせてもらうぜ?」
 「テメェの腐った頭で覚えておける限りだから、たいしたこたァねぇだろうがな」
 「……口のききかたも知らねぇガキが……」
 ギラリと鈍く光る死魔王の眼。
 だがマルスに向けられたそれは――威嚇の意思をこめつつも、まるで頼もしい自分の後継者を眺めるかのような、
 どこか興味深げな視線だった。
 俺はそのときようやく、マルスがこのdMp内部でどのような位置を占めているのか、そしてそれによって俺自身もまた、
 どこかに一線を引かれて眺められていたことを察した。
 乱暴で風変わりだが、首領らに期待をかけられている“若様”のお手つき――そんな感覚だったのだろうか。
 知らなかった――俺は、ある意味ずっとマルスに護られて――いたのだ。
 「いいぜ、連れてけよ」
 死魔王が顎をかるくしゃくった。
 麒麟男が俺を放す。
 「来い!」
 マルスはその俺の腕を乱暴に取ると、そのまま引きずるように歩き出した。
 暗いアジト内部を抜けて――俺が連れて行かれたのは、初めて会ったあの日にマルスが傷ついた俺を連れていった、
 あの場所だった。
 生い茂る木々、足下には柔らかな草。
 もう3年も経つというのに、そこは俺の記憶の光景と、ほんのわずかも変わっていないように思えた。
 ただあのときに梢から零れた明るい真昼の光だったものが――今は夜に近い夕暮れの、昏い朱色の光であるということだけが
 違っていた。
 「マルス……」
 俺がそっと言うと、マルスはぴたりと足を止めた。
 「テメェの馬鹿さ加減に、涙が出るぜ……」
 疲れ果てたようにそう呟くと、マルスは俺の方を向く。
 「――dMpを抜けるって……ノコノコ挨拶なんかしに行くんじゃねぇよ!ここが悪行超人の巣窟だってことぐらい
 わかってるんだろうが!!」
 「……」
 言葉を出そうとした俺の口唇が震えた。
 ……マルス……俺のことを心配して……?……
 何も――もう何も言えなかった。
 すがりつくように俺はマルスの背に腕をまわした。
 予期していたかのようにマルスはたじろぐこともなく俺を受けとめて――抱きしめる。
 優しい抱擁に、俺の体はふたたび震えた。
 それを感じたか、マルスは問う。
 「……そんなに恐かったのか?」
 俺はマルスの腕に抱かれたまま、頷いた。
 それは――嘘だった。次にマルスが何と言ってくれるのか知りつつ、それを期待して、俺は無言の嘘をついた。
 そしてマルスも、そんな俺の嘘をよく知っていた。
 だから、思っていたとおりの言葉で続けた。
 「オレに慰めてほしいのかよ?」
 俺はもういちど頷いた。
 今度の肯定は――甘えだった。
 マルスは俺のマスクをはずし、そっと接吻する。
 「――最後かも知れねぇもんな。どんなふうにでも、オマエの好きなように抱いてやるよ。
 どうして欲しいんだ? ケビン……」
 「……どんなふうにでも?」
 「ああ。言ってみろよ」
 「なら――……」
 俺はマルスを見上げた。
 夜に近い空の色――そこに鮮やかに輝く明星は、マルスの瞳と同じ色をしていた。
 「……優しく――してくれ。マルス……」
 軽く眼を見開いて、マルスは俺を見つめた。
 何かにうたれたような顔。
 それは――マルスが初めて俺に見せた、年相応の少年の顔のように見えた。
 鋭い形をした月の、わずかな光が俺たちを照らしている。
 そんな淡さの中で見た一瞬のまぼろしのような――それは、そんな表情だった。
 「優しく……」
 おずおずと、困惑したような手が俺の頬に触れた。
 「優しく、か……」
 そっと風が撫でるように、マルスの口唇が俺をかすめてゆく。
 そして幾度も幾度も――俺たちはそんな接吻を交わした。
 この3年間、俺は数え切れないほどマルスと寝たが、そういえばこんなに優しい接吻を交わした覚えはない。
 接吻自体も――あまりした記憶はない。
 だから、もしかしたらこの夜に交わした接吻の数は、3年間のぶんすべてを合わせたよりも多かったのかもしれなかった。
 手が滑り、脱がされてゆく服。
 全裸になって、立ったまま、一度――強く俺たちは抱きあった。
 肌の感触――少年と大人との境目に立つマルスの鍛えあげられた肉体。
 刻まれた傷も、たくましく盛りあがる筋も、すべて――すべて美しかった。
 そして、その背に残る傷。
 俺の生命を救ってくれたときの傷。
 指先だけでそれを探り、撫でたとき――マルスがかすかに浮かべた表情。
 痛みを訴えるのにも、かすかな微笑にも見える静かな表情は、俺がいちばん好きなマルスの顔――だった。
 じっとそれを見つめていると、ふわりと俺は抱きあげられ、そのままそっと地面に横たえられた。
 「優しくってのが――どんなものかわからねェけど……」
 柔らかな草の上で俺に覆いかぶさり、マルスはそっと困惑したまま囁いた。
 その指が、そして口唇が滑ってやわらかな陶酔を生む。
 そして――マルスはごく自然に、ゆっくりと、俺の中に入ってきた。
 優しいSEXがどんなものなのか、俺も知っていたわけではなかった。
 だが、もどかしいほどゆっくりと動くマルスの胸に抱かれて、俺は今までになく満たされ、そして――やすらいでいた。
 初めてかもしれない。こんなにもマルスが愛しいと――可愛いと思ったのは。
 熱い吐息をこぼす薄い口唇が、かたく眼をとじて快楽の表情を浮かべる顔が、
 なめらかな革のような肌が――そのすべてが愛しかった。
 ……どうして――どうしてここが、俺の探していた楽園ではなかったのだろう…
 …
 そう思って、俺はマルスの背にまわした腕に力をこめた。
 そうであったのなら、マルスを――こんなにも愛しい少年を残して、たったひとりで旅立つようなことなどせずに
 すむというのに――。
 「……泣いてるのかよ。ケビン……」
 頬を擦り寄せたときに、それに気づいたのだろう。
 マルスは囁き、そして慰めるように優しく、俺の瞼から頬に口唇を滑らせて涙を拭った。
 俺はそっと顔をそちらに向け、求めるように舌で軽く口唇を撫でる。
 熱い接吻。
 舌をからませているうちに、マルスの息が僅かにあがる。
 それが――俺とマルスの肉体に不思議な悦楽を呼んだ。
 「……あっ……!」
 小さくマルスが口唇を離して呻いた。
 「――ケビン……やっぱり……我慢できねェ、オレ……動いて――いいか?」
 荒い呼吸とともに零れる、熱い囁き。
 「マルス……」
 俺はわずかに微笑むと、口で答えるかわりに、せがむように腰を使った。
 そして――そんな俺の動きに合わせるように、マルスは次第にその動きを激しくしていった。
 まだ生殖の意味すら知らないような、若い牡の快楽の動き。
 熱い肉体の感触。夢のようなひとときの陶酔――過敏に反応する、体。
 かすかな風にさざめく木々の葉――鮮やかな光の鋭い月――夜に溶けるような俺たちの体。
 溶ける――そう、溶けあうように熱い血の脈動さえひとつにして、そして――
 ……。
 「あ……あ、っ……!」
 弾けるようなマルスの小さな叫びとともに、俺たちは同時に達していた。
 短く熱い吐息。
 「……悪い、ケビン……何か、思いきり燃えちまったな、俺……その……」
 それに混じって、どこか照れたような、少年じみた言葉が俺の耳に零れる。
 「……その……凄ェ……出しちまったような、気がする……」 
 俺はマルスの逞しい背を撫でた。
 「気にするなよ――俺のほうが、それ……求めたことなんだし……」
 「“求めた”って……なんか恥ずかしいぞ、その言葉……」
 ……マルス……
 ぎゅっと強くマルスの背を抱いて、俺は思わず笑いだした。
 なんだか幸福で――同時に寂しくて、笑う俺の頬を、静かに涙が伝った。
 そのままマルスは俺の側にいてくれた――らしかった。
 俺はいつしか静かに安らかに、気怠い幸福感のなか、眠りについていた。

 そして――白々とあたりが明るく染まりはじめる頃、俺はふと冷たい空気に身震いして眼を覚ました。
 ……マルス……?……
 半分眠ったまま、俺は手をのばしていつものようにマルスを探ろうとして――
 草の感触に昨夜のことを思い出した。
 はっと瞼をあげると、俺の体にはコートがそっとかけられている。
 マルスは俺の側に横たわってはいなかった。
 思わず体を起こしてぐるりと辺りを見まわし――近くの立木に背をもたせかけてぼんやりと明けてゆく空を見つめている
 マルスを、俺は見つけた。
 「マルス」
 「――……ああ、起きたのか」
 なんとはなしに、その顔に浮かんでいる虚無の表情。
 俺は立って服を身につけると、側にゆき――黙ってマルスの肩に額をおしあてた。
 痛み――俺は自分の理想のために、マルスを残してゆくのだという実感が、途端にこみあげてきたのだ。
 震えた。
 俺はどうしようもなく残酷な自分の決断に肩を――全身を震わせていた。
 「また、泣いてるのかよ、ケビン――……」
 困惑したようにマルスは呟く。
 「どうしてテメェが泣くんだよ。ここから出てくのは――俺をおいて行くのは、テメェの方なんだぜ?」
 いつもの挑発じみた強気な口調は、どこへ消えたのだろうか。
 自分の中の痛みと優しさをすら自覚していない少年のために、俺はただ、黙って泣くしかなかった。
 やがて、俺が落ち着くのを見はからって、マルスはそっと俺の体を離した。
 マスクを取り、俺に手渡す。
 「真っ赤な眼なんざ見られたもんじゃねェぞ。――こんなときにもそのマスクって役に立つんだな」
 「マルス……」
 「テメェみたいな奴をひとりにしておくってのも不安なモンだけどな、仕方ねぇ」
 「……」
 「いいか。俺以外の奴の前で、その鉄仮面を外すなよ。それから――……」
 かすかに笑って、マルスは続けた。
 「……オレ以外の男に、泣かされるんじゃねぇぞ?」
 不敵な笑み。
 だがそんなマルスの頬にはかすかに照れの色が浮かんでいた。 
 俺はひとつ微笑んで、頷く。
 そして最後に、ちょっと迷ったような表情を見せてから、マルスは囁くように言った。
 「――なァ、ケビン。オレはやっぱり此処しか知らねェけど、いつかテメェがその“理想郷”ってのを見つけたときには――……」
 戸惑って言葉を失ったマルスに、マスクを手にしたまま、俺は応えた。
 「ああ。その時にはきっと、おまえに会いに来る。そして――……」
 ふと気づいた。
 それは――初めて交わした、命令の色のない約束だった。
 だが、そして――……ふたたび会って、俺はいったいどうしようというのだろうか。
 同じく言葉を失った俺に、マルスはかすかに微笑んで言った。
 「……行けよ」
 暖かかった。
 わかってくれている。
 俺の戸惑いも、想いも、すべてマルスはわかってくれている。
 そう感じて俺は頷き、マスクをつけた。
 
 道は木々にさえぎられながら長く――遠くへのびている。
 ゆっくりと歩き出し、しばらく行ってから、俺はふと後ろを振り返った。
 マルスはまだそこに立っていて、まるで俺が振り向くことを知っていたかのように軽く笑った。
 そして、俺が見ているうちにくるりと背を向けて――姿を消した。
 そんなマルスの後ろ姿に、何故か不思議な安堵を感じて、俺も再び歩き出す。
 朝日がゆっくりと世界を白く、その輪郭を際だたせるように染めてゆく。
 明るい光。
 だが、もうそれが俺の眼に眩しく感じられることはなかった。

        〜 Fin 〜
やってくれるなァ〜〜♪何をおねだりしてしてくれるのかと思ったらあのお坊ちゃんは
「優しく」してくれだって?く、くう〜〜っ、たまんないぜ!(悶えている(笑))
で、言うに事欠いて俺様ってば動くのに許可求めてやがるし(笑。・興奮気味)
俺はしつこいのやウダウダ言うのや、ましてや泣いてすがりつくシチュエーションなんて
虫唾が走るほどキライだが、まァ・・・奴がdmpを離れるって言ったときはちょっと
機嫌を損ねたかな・・・。あ!この女王様の執筆する俺様ほどじゃないがよ!?俺だって
ちょっとはあの鉄仮面のこと、気にはなってたんだぜ?ふふふ・・(スカー)

俺が年上(推定(笑))ってこともあって、どうしてもあいつは子供みたいにしか
見えなかったんだがな。今回助けてくれたことで少し頼もしい感じがしたよ。
あいつ・・・これから1人で大丈夫かな・・(ケビン)

それはこっちの台詞だ(笑)(スカー)

ああ・・2人で勝手に会話をすすめられてしまった・・(笑)(Noriko)