風と、鳥と、空。   

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◆ 風と、鳥と、空。

 【風と鳥と空の哀しみを】

 ネクベトを再び頭飾りに戻し、Aリングで高らかに笑い続けるホルス。「ブラッディ・イーグルを使うなら・・・ マンタが目を醒まして
 暴れたらウザイなぁ。じゃあ固定しよう。マリポーサ様に教わったわけじゃないけど、僕も"秘技・鉄杭縛り"を使ってみようっと。」
 ホルスはコーナーポストに歩み寄っていく。

 Bリングでマルスは、ジャンの手を掴んだ手に込める。「う・・・!」ジャンが押し殺した声で呻いた。「鍛えちゃいるようだが・・・
 細っぽい腕だな。」ジャンの手がゆっくり開き、剣が落下する。「・・・あっ!」ジャンが頭を振った。マルスに押さえられ赤くなって
 いく手首。その時、ジャンの栗色の断髪がみるみるうちに、漆黒の長髪へと変化していった。苦しげに歪められた表情は、少女の
 それだった。
 「貴様ぁっ!」突如発生した凄まじい闘気。マルスはシャルロを見る。 「よくも・・・私の可愛いジャネットを!!」黄金の目に
 溢れている怒り。「娘ッ子に男の格好させてんのか?」マルスは嘲笑を浮かべる。
 怒りを全身から発散させているシャルロの肩の赤いマークが色を薄め、やがて消滅した。
 「ほう。俺の烙印を自力で消したか。最初から本気出しとけよ。そら、てめぇの可愛い小鳥ちゃんを返してやるぜ!」マルスは
 少年ジャンから少女ジャネットへ変化した身体を・・・手と首筋を解放し、抱きあげてからシャルロ目掛けて投げ出した。間髪入れずに
 ジャネットが取り落とした剣を拾う。
 「そのお嬢ちゃん、スジはいいが・・・俺の相手をするにはまだまだだ。」ニヤリとしてマルスは二人を見る。
 「貴様・・・許さん!」ジャネットを抱き、凄まじい目でシャルロはマルスを睨みつけている。
 「残念だが、てめぇと遊ぶ時間はこれまでだ。もっと美味しい獲物を潰されちまうからな。 1つ聞くがな、・・・ザ・ファルコ。
 あのホルスとかいうクソガキ・・・体は奴の兄貴のものって噂は本当か?」 その言葉にシャルロは驚きの表情を見せた。 
 「何故貴様がそのことを・・・」 「蛇の道はヘビ、ってヤツさ。 フ、死人の身体に幽霊が入り込んだ・・・正にバケモンだな。」
 マルスはBリングから飛び降りた。「待て!貴様は一体何を・・・!」マルスが振り向く。冷酷な笑いに刃物のように歪む唇。 
 「安心しろ。俺がカタをつけてやる。お前らも、身内相手じゃやりにくいだろうしな? マッドネスマスク!」 仮面を引き降ろした
 マルスは、一飛びと言っていいスピードと勢いでAリングまで来ると、電光石火の動きで結界を切断し、内部に飛び込んだ。誰一人と
 して止める手立てを持たなかった。その後ろで結界は修復される。 「なん・・・!」ホルスは振り向いて目を見張る。マルスは結界破りに
 使った剣を、ホルスの脇のキャンバス目掛け投げつけた。

 「ジャネット!」腕の中の少女に呼びかけるシャルロ。「大丈夫です、メトル・・・申し訳ありません・・・私は、貴方に代わって負った、
 フラストラーダの使命を果たせませんでした・・・!」目に涙を浮かべているジャネット。「お前のせいではない、ジャネット。」
 シャルロは少女の頬に手を当てる。「マルスは以前私に言った。 "お前の持つオモチャに興味はない"と。つまり・・・奴自身があの
 『破道の剣』を使用する気はないという意味だったんだ・・・ おそらくは、他の超人に使わせて効果を見ようと・・・・」
 少女は驚愕に目を見張る。「ではまさか・・・!」 「剣がなければ結界に手出しはできないが・・・私たちには奥の手がある。何としてでも
 食い止めるぞ、ジャネット。」シャルロをじっと見ていた少女は言った。
 「はい、メトル。」二人は立ち上がると、Bリングを降りAリングへと駆け寄って行く。

 Aリング上で。ホルスは、マッドネスマスクを装着した闖入者・マルスを見据えた。その黄金の目に宿る怒りの炎。すぐ脇のキャンバスに
 突き立っている剣。「僕の邪魔をする気なら・・・」ホルスは、マルスを睨みつける。「殺すぞ、ツバメ!」マルスは無言で殴りつけた。
 ホルスの体はコーナーポストに叩き付けられる。 「吐き違えるな、クソガキが。」マッドネスマスクの下の冷たい目がホルスを
 見据える。
 「そりゃ俺の台詞だ。」 ホルスは衝撃を体に残しつつ、マルスを見た。

 場内に響いたマルスの声。 ジェイドは目を見張った。
 「本気だ・・・」と呟く。 「ジェイド!?」声をかけるクリオネマン。
 「奴は・・・ 本気で殺すつもりだ・・・!止めろ!! スカーッ!!」ジェイドはリング上のマルスに向かって叫んだ。マルスはチラリと
 場外を見る。「・・・優等生がなんか言ってるな。大体見当はつくが。」

 ホルスは、よろけながら身を起こす。「・・・ヌートの・・・」 「消えるつもりか。させん!」マルスは彼に掴みかかり、腕で吊り上げた。
 首を圧迫され、「がっ!!」声をあげるホルス。
 「出たり消えたりうっとおしいんだよ、テメェは。」言いながらマルスは、片手をホルスの右肩にかけた。
 五本の指を皮膚に立て、そのまま一気に引き裂く。「ぎゃあっ・・・!!」噴出し、流れる鮮血。それだけでは終わらなかった。マルスは
 続けて、左肩、胸、腹部、膝、顔と・・・ホルスの皮膚に指を立てて毟り取っていく。「ぎゃあああァァ!!!」場内に響く絶叫。
 溢れ流れる血に、ホルスの身体は真っ赤に染まる。
 マルスはその身体をキャンバスに投げ捨てた。紅く彩られるキャンバス。
 「てめぇらラプトゥリア(鳥人族)ってのは、羽毛に保護色効果があるんだってな。」見下ろしながら言うマルス。「そのザマじゃ
 効果はあるまい?」
 「・・・・なんてことを・・・・」場外で、呆然と呟くシャルロ。顔を手で覆うジャネット。 拳を握り締めているジェイド。

 「・・・・・よ・・・・くも・・・・」呻き声の下からホルスは、声を絞り出す。「にいさまの、からだを・・・・・」
 「にいさまにいさま、五月蝿ぇんだよクソガキ。」マルスは獣のような鉤爪が先についたシューズをホルスの腹部に見舞った。
 「ぐあっ」潰されたような悲鳴をあげるホルス。
 「・・・お前の大好きなお兄ちゃんが・・・」マルスはその前に立って見下ろした。「この場に、助けにきてくれるわけじゃないんだぜ?」
 冷たい瞳に浮かぶ冷笑。「ましてや、こんな情けねぇ弟じゃなぁ・・・?」
 「な、にを・・・・」血塗れの顔をあげるホルス。「助ける値打ちもありゃしねぇ。」足先がホルスの顎にかかる。「う・・・・」 
 「てめぇの兄貴は」冷たく静かなマルスの声は、ホルスの心に直に突き刺さるように響く。
 「死ぬ前に・・・本来体を持たない種族『天帝鳥人』の血を引いてるてめぇに、自分の身体を譲り渡したんだってなあ?」
 ホルスは見上げた。
 「その、大好きなお兄ちゃんの身体で・・・ 28年。テメェは何をやってきた?」 ホルスの目は丸く見開かれる。
 「28年、か。フツーに考えりゃあ、1人の超人が一人前になって、場合によっちゃガキの1人もできてそいつの人格もぼちぼち出来上がる
 くらいの時間だ。テメェはその間、一体何をやった?」
 血塗れのホルスは。目をキャンバスに落とす。 「・・・ただ、泣いてただけか。」マッドネスマスクの下の氷の瞳。「ただ泣き続けて、
 他の連中に八つ当たりしてただけか。 そこで転がってるボンボンにしたみてぇに。」白目を剥く万太郎を一瞥するマルス。ホルスの
 方へ屈み込み、囁くように告げた。
 「てめぇの兄貴がそれをてめぇに望んだってのか。自分の身体を賭けて?」ホルスの目は剥き出さんばかりに見開かれ、血塗れの顔と
 唇が、わなわなと震えている。
 「もうここで死ね。」マルスは立ち上がると言った。「28年、そんな生き方しか出来なかったなら、この先何年生き続けようと同じだ。
 せめてもの慈悲ってことでな・・・」彼はホルスの首を掴み立ち上がらせる。腕は力なくだらりと垂れ下がっていた。 
 「大好きなお兄ちゃんの所に行かせてやるよ。」 スワローテイルがマルスの背で立ち上がる。

 「スカーッ!!」ジェイドの怒号。彼は結界の張られたリング目掛けて走り出す。「ジェイド!!」叫ぶシャルロ。 
 「ベルリンの赤い雨!」燃え立つジェイドの右手が、結界を切断した。ジェイドが中に飛び込むと同時に、切断された結界は修復する。
 「!!」シャルロは目を見張った。(『破道の剣』を使わず・・・・結界を破るとは!) 「メトル!・・・ 彼の"ベルリンの赤い雨"は・・・」
 ジャネットはシャルロに言う。「剣と同じ力を。」

 マルスは振り向いた。ジェイドを認め、一瞬ニヤリと笑う。「・・・お節介なことだな、優等生。てめぇは余計なマネをするな。
 死なせてやった方がこいつのためだ。」 「違う!!」怒りを湛えてマルスを見据える、真っ直ぐな瞳。 「フン。」
 刹那目を伏せるマルス。「こうゆうバカで身勝手なガキは、きちんとお仕置きしてやるべきなんだよ。甘やかすとつけあがるだけだ。」
 ホルスの首筋を掴む手に力が入ったらしく、彼は呻いた。「止めろ!」ジェイドはマルスにタックルを仕掛けた。ホルスの身体が
 投げ出される。
 「ジェイド」両腕でジェイドの腕をロックし、マルスは言う。「そのクソガキは、28年全く成長しなかった。つまり、まともに生きて
 こなかったってことさ。」そのままジェイドを投げるマルス。受身を取り身体を回転させ、ジェイドは身を起こした。 
 「生きる気がないんだからな。実際死んだ所で同じだろう。」
 「・・・お前は、何故そんな考え方しかできないんだ! 何故、何もかもを・・・破壊して終わらせようとするんだ!」 
 「この場合はな。これが正解なんだよ、ジェイド。」

 ホルスは苦しみながら僅かに顔をあげる。少し先のキャンバスに、マルスが突き立てた『破道の剣』が見えた。 ホルスは剣に向かって
 這って行く。「・・・にいさま・・・・」そこにいるのは幼い子供だった。
 紅い血の跡を残しながら、剣に向かって進むホルス。「・・・僕のこと許してくれないのにいさま・・・・」
 剣に辿り着く。「・・・ゆるしてくれなくてもいい・・・・」彼は剣を掴んだ。「力を貸して、にいさま。」血が吹き出す事も気にとめず、
 刃を握り締めるホルス。 「僕に力を貸して・・・・!」 その時結界が消滅した。

 「・・・! 叔父上!」目を見張ったシャルロ。次の刹那彼の顔に決意が漲る。「行くぞ、ジャネット!」
 「はい!」シャルロの背に駆け寄った少女の姿が消える。シャルロはリングまで走り寄り、右手を真っ直ぐ伸ばして掌を向けた。
 「ウィング・シールド!」彼が叫ぶと、透けた純白の巨大な翼がシャルロの背から広がっていく。翼はぐんぐんと広がり、リングの
 周囲を包み込んだ。「大会委員長!!」シャルロの叫び。「観客と一般人スタッフをすぐ避難させてください!巻き込まれる恐れが
 あります!」 「なにっ!? どういうことじゃ!」と委員長。「あの剣は、超人パワーを吸収し具体的な破壊エネルギーに変える
 力を持っています。 おそらく悪行超人マルスは・・・ そのことを知っていて、実験台にするため叔父にあのようなことをしたんです!
 早くしてください!私たちも長くは持ちません!」

 「遅いよ」ホルスは立ち上がった。「もう遅いよ、シャルロ。お前も一緒に吹き飛んでしまえ。兄さまの仇を討とうともしない
 腰抜けなんか。」目の前の、ジェイドの腕を押さえつけているマルスを睨みつけるホルス。だが彼の目はマルスを見てはいない。
 「お前の母親は・・・ 昔兄さまと懇ろだったのをいいことに入り込んできたスパイだったんだ。殺されて当然だ。なのにお前はいつまでも、
 母さん母さんって・・・ 兄さまの血を引いてるなんて思えない腑抜けだ!」 「ハッ。」マルスは嘲笑を浮かべた。
 「てめぇに言われたかねぇだろ。いつまでも兄ちゃん兄ちゃん言ってて、28年ダダこね続けてきたクソガキによ。」
 激怒に、目を剥きださんばかりに見開くホルス。「黙れえっ!!」次の瞬間、人のものとも思えない笑みをホルスはその顔に
 浮かび上がらせた。「はは・・・ お前もお仕舞いさ、ツバメ!『破道の剣』で増幅した超人パワーからは誰も逃げられない。少なくとも
 この会場は跡形もなくなる。お前が悪いんだ・・・ 僕を本気で怒らせたから!」 「グフフ・・・」マルスはその時、腕に捕らえた
 ジェイドを見た。
 「これから何が起こるか。よく見てな、ジェイド。」 「何・・・? スカー、まさかお前は始めから・・・」

 ホルスの背後に立った人影。ジェイドとマルスは、同時に目を見張る。人影は背後から、ホルスの両肩を掴んだ。 
 「!?」ホルスは驚愕する。 血塗れの姿の万太郎が立っていた。
 「もう、止めなよ。」万太郎は呟いた。「こんなことして死んでしまったら、本当に悲しいよ。」その額に、『肉』の字が輝きながら
 浮かび上がる。「君の兄さんも悲しむよ。」その瞳に慈愛が満ちていた。

 「万太郎・・・」場外で、シャルロの背の翼の合間からその光景を見た凛子は呟いた。「さ、君も早く避難を!」
 アポロンマンが彼女の肩に手を置き言う。凛子は首を振った。「あたしはいいよ。それにね、」彼女は振り向いて答える。
 「きっと、もう大丈夫。」一期生・二期生達が観客を誘導する中で、彼女はリングを見た。

 「・・・にいさま・・・・」ホルスの顔に、体中に張り詰めていた憎悪が抜ける。
 「本当に、大事な人だったんだね。」万太郎は僅かに微笑んだ。「いなくなって、本当に、本当に辛かったんだね。」背後から、
 ホルスを抱き締める万太郎。「君の兄さんも、別れる時は辛かったと思う。」「・・・・!」
 その言葉を聞いて、ジェイドは彼の見た"光景"を思い出す。(大丈夫だ・・・ お前はもう1人でも生きていける・・・)(やだ・・・ やだよ
 兄さま・・・ 僕を置いていかないで・・・!)
 「大事な人がいなくなるのは悲しい・・・ 二度と会えなくなるのは辛い・・・ ボクもそうだったんだ。前キン肉王妃だったおばあ様が
 死んだ時・・・父上も母上もおじい様も、みんな泣いた。おばあ様は最期に言ったんだ。"今までありがとう。皆、これからも仲良くね・・・" 
 君のお兄さんもきっと・・・自分が一緒にいなくても、君に幸せに生きていってほしかったと思うよ・・・」
 ホルスの両目から溢れ出し、血塗れの顔をつたい落ちていく涙。
 「なにもいらなかったのに」泣きながら呟くホルス。「僕は、身体も超人パワーもいらなかったのに・・・兄さまさえいてくれたら何も!」
 突如ホルスは、激しく身を捩り暴れだした。
 「お前に何がわかるんだ! お前には、大事にして甘やかしてくれる人が他にも一杯いたじゃないか!僕には兄さましかいなかったのに・・・!」
 言葉は叫び声に混じっていく。「兄さまは王位争奪戦で、お前の親父に負けて大怪我をしたけど、直動けるようになった。でも1年後に
 ある超人と戦って・・・そいつと相打ちになって死んだんだ! 兄さまは僕に身体を残してくれた・・・ でも兄さまはいない、もう世界の
 どこにもいない! 僕には何も残ってなかった・・・。だからせめて、兄さまに敗北の屈辱を与えたキン肉マンを僕が倒そうと・・・
 兄さまのこの身体であいつに勝とうと・・・ 僕は・・・」
 「でも、それは虚しいことだ。」万太郎の声が、ホルスの叫びを止める。「だって、例え父上を倒せたとしても君の兄さんは戻らない。
 そして君の気持ちも晴れない。」ホルスは振り向き万太郎を見る。悔しさと悲しさの溢れた瞳。 「・・・ホルス・・・」ジェイドは声を
 かける。「お前の兄は、お前に・・・"1人でも、ラプトゥリアに相応しく生きていけ" と望んだんだろう。」目を見開くホルス。
 「今からでも、遅くないんじゃないのか・・・」 万太郎はジェイドを見、ホルスを見て笑った。「そうだよ。」
 「駄目だよ」ホルスは僅かに首を振る。「もう遅いよ。『破道の剣』のエネルギーは、一端発動したら誰にも押さえられないんだ・・・」 
 「1人の超人を犠牲にし、その全パワーを破壊的エネルギーに変える力・・・」マルスが言った。「どんなもんか見られるってワケだな。」 
 「スカー!」ジェイドはマルスに怒りの目を向ける。 「ボクがさせない。」万太郎が静かに、だが力強く告げた。
 「うああああ!!」突然叫んだホルスは、万太郎を振り払う。

 「ウィング・シールド解除!」リングを覆う巨大な翼は消滅し、シャルロの脇にジャネットの姿が現れた。
 シャルロは跳躍し、リングに飛び込む。「皆、叔父から離れて!」そう叫ぶとシャルロはホルスに飛び掛り肩の上に飛び乗った。
 「!シャルロお前・・・」 「叔父上。もういいでしょう。 失礼!」シャルロはホルスの肩で倒立し、
 「リベンジャー・ケストラルターン!」次の瞬間両足をホルスの首に絡めて締め上げ、リングに倒した。キャンバスに突き立った
 『破道の剣』が不気味に輝き出す。万太郎は剣を見据えた。額の『肉』の字が眩い光を放つ。『破道の剣』は真中から折れた。

 「チッ。」マルスはマッドネスマスクを引き上げる。「折角面白いことになると思ったのによ。ボンボンが余計なことしてくれたぜ。」
 ジェイドと目が合うと、マルスは徐にジェイドの顎を片手で掴み上げる。「う・・・」マルスはジェイドの唇を塞いだ。突然の行為に目を
 見開くジェイド。「コレも、またおあずけになっちまったか。」 「・・・・スカーッ!お前はっ・・・」睨みつけるジェイドにニヤリと
 笑いかけ、彼の腕を解放するとマルスはリングから飛び降りた。そのまま悠々と会場を出て行く。

 シャルロと万太郎が、リングに横たわるホルスの側に跪いている。マルスの後姿を見送ったジェイドも歩み寄った。「叔父上・・・」
 声をかけるシャルロ。ジャネットがリングに上がってくる。
 ホルスは目を開いた。目の前にシャルロを認めて呟く。「にいさま・・・?」 「叔父上、私がわかりませんか?」戸惑いつつ声をかける
 シャルロにホルスは、僅かに微笑みながら言った。「そこにいたの、兄さま・・・ごめんね・・・ 兄さまの言いつけを守らなくて。
 兄さまは僕に、ラプトゥリアらしく生きろって言ったのに・・・ ごめんね・・・」 「・・・ホルス。」彼の状態を察したらしいシャルロは
 言う。「お前は、どうしようもない甘ったれだな・・・ 私がいなくては何もできないのか? 確かに、鷹と鷹匠は一心同体と言うべき
 存在。お前は何があっても、私の元に戻ってくる宿命だった・・・ だが鷹は・・・ 我々ラプトゥリアは本来自由な、孤高の存在だ。
 鷹匠がいなければ、鷹は自由に羽ばたいているもの。お前は私にしがみつきすぎたんだ。」
 シャルロはホルスの頬を撫でる。微笑んで彼を見るホルスの頬を流れる涙。「ホルス。再び目覚めた時にお前は、」黄金の目は優しく
 ホルスを見た。「私の言葉どおりに生きられるか?」 「うん・・・」ホルスは両手を伸ばすと、シャルロの手を握る。
 「ありがとう・・・兄さま・・・」ホルスの目は閉じられる。涙が一筋流れ落ちていった。

 「・・・死んじゃったの?」万太郎は言った。「いえ。叔父は『破道の剣』に、活動のため必要な超人パワーを吸収され昏睡状態に
 陥ったのです。いつかまた、目を醒ますでしょう。1年先か10年先か、それはわかりませんが・・・」シャルロはホルスを抱え起こすと
 抱き上げた。「・・・父を演じることになるとは思いませんでした。・・・お世話をかけました、万太郎さん、ジェイド。」ジャネットが
 キャンバスから、折れた『破道の剣』を拾い集めてシャルロの側に立つ。「どうするんだ、これから・・・。」ジェイドはシャルロに問うた。
 「叔父を連れてメキシコに行きます。師父マリポーサの現在の居住国です。あの方は13年間、叔父を案じて探していましたから・・・。」 
 「なんで13年なの?半端な数字だね。」と万太郎。「師父の話によると・・・叔父は、父ホークマンの死後師父の前から姿を消しその後
 15年行方不明でしたが、今から13年前・・・突然師父の前に現れたそうです。赤ん坊のジャネットを連れて。」

 (久しぶりだね、マリポーサ様。)その時黒い長髪を無造作に束ねたホルスは、肩に鳥・・・ネクベトをとまらせ冷たく笑ったという。
 (兄さまの子供・・・無事に"大きく"なってるの?)そして腕に抱いていた赤ん坊を・・・マリポーサに突き出したのだという。
 (僕ね、マリポーサ様。今キン肉マンを倒す修行をしてるんだよ。このネクベトは、修行の結果僕が作った"カー"なんだ。昔の僕と
 一緒で・・・ 人間にも変身できるよ。女に化けるんだ。ちょっと男と遊ばせたら、ちゃんとこのとおり子供もできた。マリポーサ様。
 これ、兄さまの子供にあげてよ。僕らラプトゥリアは代々鷹師の一族でもあった。兄さまの子なのに、使える鷹がいないんじゃ
 可哀相だもの。)そのまま去ろうとするホルスを引き止めようとするマリポーサに、ホルスは言ったのだそうだ。(ウソだよ。
 ホントは赤ん坊なんか育てるの面倒くさいし、修行の邪魔になるからマリポーサ様に押し付けるだけ。僕のことはもう構わないで。)

 「それじゃ・・・ジャネットは・・・」とジェイド。「ええ。叔父の話が真実なら、ジャネットは形の上では叔父の孫ということになります。」
 「・・・な・・・何なんだそれ・・・」と万太郎。重ねてシャルロに尋ねる。「そ、それとさ、"無事に大きくなってる"ってどーゆーこと?」 
 「私は・・・」目を伏せて言うシャルロ。「今から29年前に生まれました。母は情報屋をしていて、その関係で兵隊超人だった父と
 知り合ったのだそうです。私が1歳の時、父は私の目の前で母を殺しました。それを見た時から・・・私は普通の人間や超人と同じ様に
 成長できなくなったのです。」 「え?」万太郎とジェイドが同時に声を出す。「それから28年、師父マリポーサは普通の成長を
 しない厄介者の私を育ててくれました。叔父がジャネットを連れてきてからは二人一緒に・・・ 師父とジャネットがいなければ、
 私はどうなっていたかわかりません。今現在私は、肉体年齢は約19歳です。生きてきた時間は約30年ですが・・・」 
 「あ・・・頭が痛い。」よろける万太郎。ジャネットが言った。「早く病院に行った方がいいです、万太郎さん。祖父の技のおかげで
 相当出血されたでしょう?」
 「そーするよ・・・」万太郎はふらつきながらリングを降りた。「U世!」駆け寄るミート。「あ〜ミート・・・カルビ丼お腹一杯食べたいよ
 ・・・あっ、凛子ちゃん!」凛子が彼の側に来た。「頑張ったね、万太郎。」
 「見ててくれた、僕の大活躍? 凛子ちゃんも鼻が高いでしょ、こんなカッコいい恋人がいるんだから!一発ご苦労様のキッスでも
 してくれない?」唇を突き出す万太郎に、パン! 凛子は平手打ちで答えた。「凛子ちゃあん・・・」 「折角カッコよく決めたんだから、
 カッコいいまま終わったら?」凛子はクルリと背を向けて、そのまま会場出入り口に向かった。「そんなつれなくしないでよぉ
 凛子ちゃん!」 「U世っ! 駄目ですよ早く病院に行かないと!」万太郎とミートの声が遠ざかっていった。ジェイド、ホルスを
 抱えたシャルロ、ジャネットはリングを降りる。リングサイドにはブロッケンJrが立っていた。「レーラァ・・・」 Jrは歩み寄り、
 ジェイドと、シャルロの抱えたホルスを交互に見た。「彼も28年間・・・ 苦しんでいたんだな。」Jrは言った。

 「あ〜〜なんちゅー無秩序な有様だったことか! まるでメンテナンス不備の絶叫マシーンだぜ! オレ様は無軌道と無秩序が一番
 嫌いなんだ!」会場の外ではデッドシグナルが叫んでいた。どうやら観客を避難させた時のことを言っているらしい。
 「大いに同感だが・・・どういう例えだそれは。」とクリオネマン。
 観客と周辺の一般人の避難が済み、一期生・二期生と超人委員会が手配した超人警備員たちは、非常事態に備えて配置につこうとして
 いた所だった。そこへ会場入り口から、マルスを除き会場に残っていたメンバーが姿を現したのである。一期生たちは万太郎たちの
 周囲に、二期生たちはジェイドとシャルロたちの周囲に集まった。「なんだ、死んだのかこのお騒がせヤローは?」と、シャルロの
 抱えたホルスを見て言うデッドシグナル。「昏睡状態になっているだけだ。」とジェイド。その時クリオネマンが言った。
 「ジェイド・・・今思い出したが、お前さっき妙なことを言ってたな?」 「何だ?」 「この男がリング内の音声を遮断していたのに、
 お前はこいつが言ったことを知っていたが・・・聞こえたのか?」 「あ、そう言えば・・・」
 シャルロはその会話を聞き、ジェイドを見た。「貴方に・・・聞こえたのですか。」ジェイドはシャルロを見返す。「"貴方に"とは
 どういうことだ、シャルロ?」シャルロは腕の中の、眠るホルスに目を落とし言った。
 「叔父は、変身能力に優れ実体を持たない超人族・『天帝鳥人』の血を引いています。『天帝鳥人』には自分が危機に陥った時、
 何かを伝えたいと強く願った時・・・特定の相手にそのことを伝達できる能力があるそうです。一種のテレパシーですね。特定の相手とは、
 そういう下地・・・ある程度の精神感応力を持つか、精神的に近しいものがあるか・・・を持つ者を差すそうですが。」
 「じゃあジェイド、お前はこいつに精神レベルが似てるか、超能力者ってことになるな。」デッドシグナルが口を出す。
 「あのなぁデッド!」睨みつけるジェイド。「まぁ待て、ジェイド。デッド、お前も口が過ぎるぞ。」とクリオネマン。 
 「冗談だって。」 ブロッケンJr、シャルロとジャネットは笑い合った。
 (すると・・・ 俺があの時見たのも。)致命傷を負った兄にしがみついて泣く、かつてのホルス。
 (誰かに伝えたいと・・・強く願った結果なのか。)頬に、乾いた血と涙をこびり付かせ眠るホルスをジェイドは見つめた。
 その澄み切った瞳で。

 「御世話になりました・・・ 皆さん。」シャルロとジャネットは彼らに別れを告げた。ジャネットがジェイドの前に来て言った。
 「あの、ジェイドさん。あの晩にご馳走になったソーセージ・・・ 初めてお会いした肉屋さんの所のですね?」 「? ああ。」 
 少女はにっこりと笑った。「あそこのご夫婦に・・・美味しかったですと伝えてくださいますか?」 ジェイドは微笑み返した。
 「分かった、そう伝える。元気でな。」
 「ええ。ジェイドさんも。」二つに折れた剣を持つ少女は、少し先で待つ主人シャルロの元へと走っていく。

 「メトル」ジャネットはシャルロに言った。「『破道の剣』は折れましたが・・・ それでもなお、狙う輩はいるのでしょうか。」 
 「折れた状態では使い物にならないだろう。だが・・・超人界の中に、今では表の世界から失われた剣の復元法を、知っている者がないと
 は断言できない。我々の使命は終わったわけではないぞ、ジャネット。」 「はい、メトル。」 『破道の剣』――― 超人パワーを
 破壊的エネルギーに変える力を持つ剣は、彼らの持つ、万太郎に折られた物の他に数本存在し、世界各地・・・主にヨーロッパ・・・に
 伝えられる邪剣・魔剣と呼ばれるものに相当すると言われていた。シャルロの母は『破道の剣』を代々伝え守ってきた鳥人族の一員だった。
 彼女の死後、その使命は直系のシャルロが継ぐ筈だったが、一族には剣の守護は娘にのみ託されるという掟があった。シャルロの母
 ハルカ(本名ロタ・フラストラーダ)の死後ジャネットのことを知った一族は、ジャネットに剣を守る使命を託し、フラストラーダと
 いう一族代々の名を与えたのだ。 「メトル・・・ あの悪行超人マルスは、剣のことを何処で知ったのでしょう。」ジャネットは言った。
 「蛇の道はヘビ、と言っていたが・・・ 奴の所属していたdMpで得た知識だろうか? 叔父のことも・・・わからないな。」とシャルロ。
 「だが、剣のことを知ってその上で叔父を実験台にしようとしていたのなら・・・あの至近距離では、当然自分も巻き込まれることは
 わかっていた筈だ。どういうつもりだったのだろう?」 「もしかして、メトル。」少しの間、考え込んでいたジャネットが言う。
 「彼は自分の超人硬度を高めていたのではないのでしょうか?」 「!」シャルロはジャネットを見た。「そうか・・・ それがあったな。
 硬度によっては・・・自分自身の他にも、1人ぐらいは守る事ができる・・・」ジャネットは顔をあげる。「彼はあの時・・・ ジェイドさんを
 捕まえていました。」 「だとすると」一瞬沈黙しシャルロは言った。「ジェイドが結界を破って飛び込んでくることも・・・ いや、
 彼の技が剣と同じ、結界を破る能力を持つことも見越していたことになる・・・」 「メトル。そう言えば、マルスはジェイドさんと
 戦って・・・『ベルリンの赤い雨』を身に受けたことがあったようです。」 「・・・・奴は・・・」シャルロは目を伏せた。
 ふう、と息を吐いて彼は少女に話し掛ける。「ジャネット。メキシコに着いて師父にお会いしたら、私は・・・お聞きしようと思う。
 かつて母と父の間に何があったかを。」 「メトル。」ジャネットは黒く澄んだ目を主人に向ける。「これまでも師父は何度も話そうと
 してくださったのに、その度私は逃げていた。もう逃げるのは止めて事実を知る。知った上で、父を許すか許さないかを決める。
 リングの上の彼らに、私は教わった。叔父、キン肉万太郎、ジェイド・・・そしてマルスに。あの素晴らしき戦士たちに。」
 ジャネットは、ホルスを抱く主人の腕にそっと手を触れた。          


THE END

鷹覇様、お疲れ様でした〜♪もう・・・興奮しっぱなしのお話でした〜〜!途中、
「この生意気なクソガキをなんとかしてくれ」(笑)などと酷いことを申して
おりましたが、最後まで読むと少し、考えも変わってきましたし(笑)いや、
すばらしいです〜〜。当初、「オリキャラ入りの話を書きたいんですが・・・」
なんて鷹覇様からご相談があった時点で、私は二つ返事で「もちろんOK〜〜」
としつこく迫り(?)ましたよね!うふふ。私の選択は間違ってなかったと思います♪
・・例のごとくスカー様は超かっこいいし♪・・ジェイドがちょっと大人しめだった・?
最後に・・・アップが遅くなって申し訳ございませんでした〜〜(泣)(Noriko)

二期生がかっこよく活躍するのは・・・うう〜〜ん、ま、悔しいけどよしとして、あのさ、
ボクの見せ場までちゃんとつくってくれてるのが嬉しいんだよね!凛子ちゃんにはちょっと
嫌われっぱなしだけどさ(汗)うう・・たまには「万太郎、かっこいい〜〜」なんとか
言って抱きついてもらいたいなあ・・・・(初登場・万太郎)

くくく・・やっぱ俺様ってばジャスト・ア・ヒーローって感じだよなァ・・・(激しく意味不明)
ま、所詮、弱虫の坊ちゃんなんかじゃ俺様の敵じゃあなかったってことだよな!(スカー)

・・またわけのわからんことをあいつは・・・(汗)・・でもさ、あいつ、ホルスに対して
・・諭してたよな・・?あいつの28年間という時間について。あれ、少し共感したぜ?
あいつもただ破壊願望だけがあるだけじゃないみたいだけど・・・(ジェイド)