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◆ 永遠を感じた夜

 次元の壁が薄紙のように裂け、その向こうに右手を赤く燃え立たせるジェイドの姿が見えた。
 マルスは、自嘲の笑みを浮かべる。「チッ・・・ やっぱり、いらんお喋りが過ぎちまったようだな。」
 彼は凛子に言った。「人質の必要はなくなった。出ていいぜ。」
 ジェイドはマルスの姿を捉えると一足飛びに飛び込み、一気にマルスにタックルを仕掛けながら、
 凛子に向って叫んだ。「逃げろ! 早くっ!」凛子はジェイドとマルスを交互に見ると、裂けた次元の壁から飛び出した。
 マルスは、ジェイドの腹部に蹴りを入れて引き離すと、後ろの壁に手を当てる。
 ジュウウウウゥ・・・ 音と共に視界を遮っていた薄い蒼がみるみる"蒸発"していき、次元の壁は透き通った。同時に、
 ジェイドが引き裂いた壁の傷も閉じられ、その向こうに凛子と万太郎の姿が見えた。
 後転から身を起こしたジェイドにマルスは言う。「やはり、最初から邪魔なのはお前だけだったな。お前を黙らせなけりゃ、
 計画の成功は有り得んというわけか。」 ジェイドは、マルスの頭目掛けて蹴りを放つ。
 マルスはそれをかわし、ジェイドの首筋を両手で掴み挙げた。「ぐっ・・・」
 「ジェイドよ。お前のフェイバリット・ホールドは2つ・・・ ベルリンの赤い雨とビーフ・ケーク・ハマーだが、どっちも
 入れ替え戦準決勝で俺に見切られてる。手の内知られてんだから、お前にゃ俺は倒せねぇぜ。 だろ?」 
 ニヤッ、と笑うマルス。
 「くっ。」 「・・・折角だからな・・・ お前が魔界の瘴気に耐えられる器かどうか、試してやるよ。」
 マルスはジェイドを吊り上げたまま、空間の中央に歩み寄った。 「いよいよ始まりだぜ。」

 「万太郎っ! どうにかしなさいよ! あのままじゃジェイドが殺されちゃうでしょ!」凛子は万太郎を怒鳴りつける。
 「どうにかって言われても・・・ この壁が閉じちゃってるんだから、どうにもできないよ。」
 と壁をつつきながら万太郎が言う。 「あんた超人なんだから、こんなものすぐ壊せるでしょう! ジェイドはさっき
 破って入ってきたじゃない!」
 「ムチャ言わないでよ。ボクはあいつみたく物騒な凶器なんか内蔵してないんだからさぁ。
 ・・・それより凛子ちゃん。あのバケモンがジェイドに気を取られてる隙に逃げちゃわない? その方が断然賢いよ、
 君子危うきに近寄らずって・・・」 万太郎はそこで言葉を失った。凛子は、ぞっとするほど冷たく突き放した目で万太郎を
 見ている。「・・・え・・・ いやその、そういう意味じゃないよ、外に出たら助けが呼べるでしょ、ミートとか、仲間の
 駐屯超人とか委員会とか・・・に・・・」
 「勝手にすれば。」感情の篭らない彼女の声。「あたし、あんたを一生軽蔑するよ。」
 「!・・・・こっ、この壁ってさ・・・! さっきはカムフラージュしてたみたいだけど、今はちゃんと中身が見えてるし、
 悪魔超人の異次元殺法目くらましって言っても、結構伝説超人は気合で破ってたらしいんだよね、ボクにも破れないことは
 ないさ!」 「・・・そんなの、気合でどうにかなるわけ?」
 「さっき、ジェイドに聞いたんだけど・・・ なるらしいよ。なんでもあいつの師匠のブロッケンJrもやったとか何とか・・・」

 「悪魔超人特有の目くらまし、というのは・・・」 そう万太郎に語りながら、ジェイドはあの日の講義を思い出していた。

 ―――「では次に、悪魔超人が多用する戦法のごく基本的なものについて説明しよう。」教壇に立つ伝説超人バッファローマンは
 言った。「簡単に言えば、"目くらまし"ということになる。」教室内に、興醒めしたような雰囲気が流れる。
 「・・・何だその程度か、と思った者がいるようだな。確かにチャチなようだが、諸君の殆どには実戦経験がない筈だ。
 戦ってみればわかるが、姿を見られず好き放題に攻撃できるというのは、勝利を決定づけてしまう要素と言っていい。
 超人の場合は、そうと言えないこともあるが。要は如何に見切るかというのが重要だ。」 バッファローマンは続けた。
 「現キン肉星大王キン肉スグルは、かつて姿を消せる超人2名と戦ったことがある。悪魔六騎士の一人スニゲーターと、
 王位争奪戦の飛翔チーム先鋒ザ・ホークマンだ。それぞれ爬虫類と鳥の化身で、保護色効果で自分の姿を消すことができた。
 ただ、結局は"自分の姿を見えなくする"だけのことだったから、キン肉スグルに見破られた。前者には自分の血を付着させ、
 後者は相棒の鳥の帰巣本能を利用し、居場所を突き止めた。」
 彼はそこで一拍置く。「悪魔超人の目くらましは、ただ消えるのとはわけが違う。ここでビデオを見てもらおう。
 7人の悪魔超人の一人・・・つまり私の元の仲間だが・・・ミスターカーメンと、わけあって今君たちを指導してはいないが、
 かつて地球を守った伝説超人の一人、ブロッケンJrの試合を記録したものだ。」
 (・・・・レーラァ!)ジェイドの胸は、急速に高鳴った。

 「くぅっ・・・」吊り上げられた状態から、何とか反撃を試みるジェイドだが、マルスの頑丈な腕はびくとも動かない。
 「グフフ・・・ 優等生。お前、結界の作り方ってのは聞いてるか?」余裕でマルスは問い掛ける。
 「ここは、何もねぇ空間だろ? "結界"とか聞きゃあなんぞのマンガかゲームみてぇに、仰々しい道具だの呪文だのが
 要りそうなイメージだろうが・・・ 実際に必要なのは次元操作の知識と、」
 とジェイドの目を見る。「並外れた超人パワーだけだ。」マルスの足元が、歪んで目に映る。
 「つまりこの状態で俺のパワーを注入すれば、魔界のパワーの方から吹き上がってきて、この通常空間と隔てられた
 別次元の中で勝手に結界を形成する、というワケさ。」
 「な、んだと・・・ スカー、お前はそれがどれほど危険かわかっているのか・・・!」
 「危険だからこそ面白ぇんじゃねえか。超人てのは、危険の中でさらなるパワーを発揮してこそ本物だぜ。」

 「あいつの足元が・・・何だかぼやけて見える・・・ 万太郎っ!」凛子は万太郎に顔を向ける。一方万太郎は、壁を破ろうと
 必死だ。「あ〜もうっ! なんで破れないんだよっ!!」と蹴りを入れる。
 「やっぱそんなことしてもムダなんじゃないの!?」 「これでも気合は入れてるよっ! え〜とジェイドは何て言ってた
 っけ・・・ 悪魔超人は次元の壁を利用して・・・」

 モニターに映し出された、軍服を纏う若き超人の姿。 若き日の、ブロッケンJr。
 ジェイドは自分の鼓動がいつもより強く、早いのを、ハッキリと感じていた。こうして自分が知らないレーラァの、
 若き日の活躍を見ることができるとは。
 モニターの中で急に空に暗雲が立ち込め、不気味な高笑いと共に、空中に男の首が現れた。カーメンという呼び名のとおり、
 古代エジプトを連想させるスタイル。 身構えるブロッケンJr。 首は、鋭い牙を口から覗かせながらJr目掛けて飛び掛る。
 Jrの手刀が閃き、カーメンの首から"その下にある筈の"体目掛けて振り下ろされた。 首はニヤリと笑うと、Jrの右肩に
 喰らいつく。
 吹き出す血飛沫と、Jrの叫び声。「ウワアアアァ!!」鋭い大きな牙が、なおも肩に食い込む音。Jrの右肩に食いついた
 カーメンは、そのまま頭を上下に揺さぶる。立て続けにJrは絶叫した。
 (レーラァッ)過去の映像の、自分と出会う前の師の姿。 だがその絶叫に、ジェイドの心は凍りついた。

 「さぁ、泣いて謝りな! そうすればこの牙地獄から解放してやるぜ。」ニヤリとしながらカーメンの首が言う。 
 脂汗を顔一面に浮かべたJrが言い返した。
 「ケッ・・・ ヘドが出らぁ! 死んだ親父やラーメンマンなら、こう言うだろうぜ・・・ 敵に許しを乞うくらいなら・・・」
 彼は左手で、肩に喰らいついたカーメンの頭を掴む。「ウッ!」 「右肩をくれてやれ、とな!!」Jrはそのまま、
 カーメンの頭を肩もろとも引き剥がすと放り投げた。 凄まじい音が響く。
 軍服は流れる鮮血に濡れていた。Jrは喘ぎながら、口を血塗れにして笑うカーメンの首目掛けて突進していく。
 「正体を現しな、エジプト野郎! 喰らえ、ベルリンの赤い雨!!」手刀が、カーメンの頭の下の空間を抉る。
 一文字に裂けた傷口から鮮血が溢れ、「ギャアアァ!!ウウ・・・」カーメンの体が"現れた"。

 ジェイドの両目から、涙が滂沱として流れていた。隣席のクリオネマンとデッドシグナルは、訝しげにジェイドを見ている。
 (ブロッケンレーラァ・・・ )二人の視線に気付いて涙を拭いながら、ジェイドは心の中で師に語りかける。
 (俺は、・・・俺は貴方の弟子であることを、誇りに思います!)

 「・・・ここで注目してほしいのは、ミスターカーメンの体の現れ方だ。一度目にブロッケンJrに斬り付けられた時は、
 全くのノーダメージだった。それもその筈、ビデオを見て妙だと思った勘のいい者もいるだろうが、実体がそこにある割に
 不自然な角度でブロッケンに食いついている。その時、奴の実体はそこには"なかった"のだ。」バッファローマンは語った。
 「このカーメンは、おそらく古代エジプトに何らかの縁があると思われる秘術を、魔界の悪魔霊術と合わせて戦いに
 使用していた。これは悪魔霊術の典型的な例となっているのだが、"別の空間を利用して自分の実体を隠す"というものだ。
 人間達が言い伝える伝説の中に、"自分の心臓を別の場所に保管することにより、不死身となる悪魔"というものがある。
 それと同じことだ。悪魔超人たちは、魔界という現世とは次元の違う世界に暮らし、そして現世と魔界を頻繁に行き来できる
 能力を持っている。つまり彼らは、大抵は次元を操る能力を持つ超人たちなのだ。」バッファローマンは今一度、生徒達を
 見据えた。
 「それを如何にして打ち破るか。ブロッケンJrの例を見て欲しい。次元を歪めて操る悪魔超人の力を打ち破ったのは、
 彼の気合で引き出された超人パワーだ。我々超人は全て、そういったパワーを持っている。それを悪魔超人達のように、
 何かを歪めるために使うか、ブロッケンJrのように、曲げられたものを正すために使うかは、」バッファローマンは
 こう締めくくった。「君たちの心次第だ。」

 マルスは腕をゆっくりと降ろした。吊り上げられていたジェイドの足が地面に付く。 「?」
 訝しむジェイドにマルスは笑いかけると、右手でジェイドの首を捕らえたまま、左手で彼の衣服のボタンを外しにかかった。
 「な!?」白い滑らかな胸をある程度まで露出させると、マルスの左手はジェイドの衣服の内側に滑り込む。 
 「あっ・・・?」 大きな厚い手が、胸板を弄る。「や・・・やだ・・・っ」震えが体の奥から這い上がってくる。
 胸を弄りなぞる指が、小さく固い蕾を摘んだ。「あんっ・・・」体の芯が疼き出す。
 マルスは手を止めると、ジェイドの胸から引き抜いた。喘ぎそうになるのを必死に堪えていたジェイドの表情に、
 一瞬切ない色が浮かぶ。だが、すぐにキッとした表情になるとマルスを見据えた。「貴様っ・・・」マルスはジェイドの耳元に
 口を寄せて囁く。「生殺しだと、ツライだろ?」「このっ・・・!」マルスの頬目掛けて拳を放つジェイド。マルスはその手を
 掴む。次の刹那、
 「うああぁっ!?」ジェイドは悲鳴を上げた。彼の手袋が溶けていく。

 「う、うわっ。」万太郎はマルスがジェイドにした行為に眼を丸くした。凛子は思わず目を逸らす。恥ずかしかったのか、
 ジェイドを気の毒がったのかはわからないが。
 「うわ、よ〜やるよアイツ・・・ 男のムネなんか触って楽しいワケ?」
 次の瞬間、ジェイドの叫び声に万太郎はギョッとし、凛子はすぐさま顔を向けた。煙が上がり、ジェイドの右手の手袋が
 溶けていくのが見える。歯を食いしばり、苦痛に耐えているジェイド。
 「ま、万太郎! あれ・・・」 「サ・・・サディストだなあのヤロ〜! 今度はSMプレイでもやる気?」

 「ぐ・・・ くぅうッ・・・」右手を抜こうとするジェイド。マルスは冷たい瞳で見据えると、首を捕らえていた手を離し、
 片手を振ってジェイドを投げ出した。放り出されて身体を打ちつけたジェイドは、自分の右手を見る。手袋が溶け、
 その下の皮膚は火傷を負っていた。
 「残念だったな、ジェイド。やはり今のお前は、魔界の瘴気に耐えられる器じゃねぇ。」
 「・・・これも・・・ お前の力なのか、スカー・・・」 「そういうことだ。今の所は、最高で鉄が溶けるくらいに
 熱を上げることができるが。」 
 地鳴りのような音が低く響く。遅れて、地面が揺れ出した。「ククク・・・ ようやくショーの開始だな!」
 「止めろ、スカー! お前は、自分の超人硬度を変えることができるのか!? もし出来なければ命取りになるんだぞ!」
 マルスはジェイドに顔を向ける。「何だと?」
 凄まじいエネルギーの噴出。二人のいる空間が、白い光に満たされる。
 「ぐわぁっ!?」エネルギーが瞬時に身体を満たし、溢れ出ようと・・・爆発しようとしている。顔を顰めながら抑制
 (コントロール)しようとするマルス。身体が引き裂かれるかのような衝撃。「うぐうぅっ!!」
 「スカー!」充満するエネルギーに圧倒されながらもジェイドは叫ぶ。
 「あの時、バッファローマン先生が一生懸命話してくれてたのに・・・ お前は居眠りなんかしてたから!」

 2時間に及ぶ特別講義は終盤に近付いていた。最後にバッファローマンが語ったのは、当時悪魔超人の頂点に立っていた、
 神の残留思念と魔王サタンの意志の合体した究極の超人・悪魔将軍のことだった。キン肉マンさえ敗れなかった恐るべき
 必殺技を数多く持ち、頭以外に実体を持たず、悪魔六騎士の化身した鎧は、超人硬度を自由に変化させることができたと
 いう。超人硬度を高めれば、強力な攻撃にも比較的長時間耐えられるようになり、同時に攻撃すればその威力は増す。
 また、もともと超人は生身でも地底・海中・宇宙空間といった過酷な環境にある程度耐えられるが、超人硬度を高めると
 その能力をさらに増大させることができる。 
 「悪魔超人は次元を行き来する性質上、超人硬度を高めている者が多い。またそれによって、彼らが破壊活動を行う時に
 多用する、魔界の結界が発生させる凄まじいエネルギーに、自分たちは耐えられるようになるというわけだ。超人硬度の
 コントロールを怠った超人が、核爆弾並みのエネルギーを有する結界に迂闊に触れた結果、自滅するという事件が魔界では
 多発していた。」バッファローマンは結びに入った。「最後に話した悪魔将軍はかなり特異なケースだが、諸君が卒業の
 暁に戦うだろう悪行超人の中に、魔界の流れを汲む者もいる可能性は充分考えられる。その時に、今日の講義を参考にして
 欲しい。」 その時だった。 「ふあ〜あ・・・」誰かが大欠伸をした。全員の視線が集まり、ジェイドも振り向いた。
 スカーフェイスが思い切り伸びをしているのが目に入る。スカーはジェイドと目が合うと、いつもどおりに薄笑いを浮かべた。

 凄まじいエネルギーの噴出はますます激しくなる。ジェイドは押されながらもマルスの元に歩み寄ると、
 彼の肩に両手を置いた。「スカー! 聞こえるか? 俺にパワーを向けるんだ! 俺が避雷針の役割をすればあるいは・・・」 
 「・・・ジェイド!」 「お前が力をコントロールできない以上、結界の膨張を防ぐにはこれしかない!」 
 「何をほざいてやがる・・・ 死にてぇのか、てめぇは!」ジェイドはそのまま動かない。
 「この、バカヤロウが!」マルスは、ジェイドを引き離そうと肩に手をかけ、叫ぶ。 
 「離れろ、ジェイド!!」

 「・・・万太郎。」二人の姿を見ている凛子は、ポツリと言った。少女の叫び声が響く。
 「二人を・・・ あの二人を、助けて!」

 ――― 次元の壁が弾け飛び、魔界から流れ込もうとしていたエネルギーは、突如発生した巨大なエネルギーと中和される。
 光が弾け、地鳴りと地震が収まっていく。公園を覆っていた竜巻も消滅した。藍色の夜空と、柔らかく輝く満月が姿を見せる。 
 思わず地面に伏せた凛子は、身を起こし隣の少年を見た。彼の額に、神々しいとまで言える輝きで浮かんでいる、『肉』の
 文字。凛とした光を宿している両目。
 少年は、ポツリと呟いた。 「・・・ボクは、あんな奴まで助ける気なかったのに。」

 「スカー・・・」身体の至る所に火傷のような痕を残して横たわっているマルスの側に、ジェイドは膝まづいて声をかける。 
 マルスは目を開け、ジェイドを見た。
 「へっ・・・ ザマぁねえな。お前に助けられてりゃよ。」皮肉に笑うマルス。「教訓、お勉強はきちんとやっときましょう、
 ってとこか。」 ジェイドはマルスを見、空を見上げた。そこには優しい光を放つ満月。
 「・・・随分と、静かだ・・・」 「そう見えるだけのことだ。まだ完全に次元の壁が消滅したわけじゃねぇ。"膜"の外じゃ、
 まだ警察や野次馬が騒いでるかもしれんぜ。」マルスは起き上がろうとして、顔を歪めた。 「無茶するな、スカー。
 ここから出たら、すぐ病院に行くといい。」
 「相変らず甘ちゃんだな、てめぇは。」マルスは笑いを浮かべた。 「これしきの怪我、病院なぞ必要ねぇ。大体、行ったら
 すぐ超人警察に拘束されるぜ。以前のお前に対する拉致未遂と、病院での器物破損罪、それにここでの器物破損罪が加わってな。
 そんなチンケな罪で捕まってたまるか。」ジェイドを見るマルス。
 「このスカーフェイス様がよ。」 「・・・・」ヘラクレスファクトリーで、皆で過ごした日々がジェイドの脳裏を過って行った。
 「スカー・・・ もう一度、ヘラクレスファクトリー二期生になるつもりは、・・・ないのか?」 言いながらジェイドは目を
 伏せる。返ってくる答えはわかっていた。 「このお人好しめ。」マルスは嘲笑を浮かべる。「そりゃ、お前に悪行超人に
 なれと言ってんのと同じだ。まっぴら御免だぜ、あんな偽善者どもの仲間入りするなんぞ。」 「それはどういう意味だ、
 スカー・・・?」静かにジェイドは問うた。
 「俺が入れ替え決勝戦で、一度そこのボンボンをマットに沈めた時だ。委員の一人が俺にこう言った。
 『この入れ替え戦に参加できるのは、心・行い正しく、格闘能力にも優れる真の正義超人だけだ。悪行超人のお前は、
 このリングに上がる資格はない!』とな。
 ・・・今まで聞いた中で最高のギャグだったぜ。一体誰のことを言ってたのかねぇ?」グフフ・・・ マルスは喉の奥で笑った。
 静かに、彼を見ているジェイド。
 「心・行い正しく、だと? あの入れ替え戦に参加してたのは、使命を忘れ遊び呆けたバカガキどもと血に飢えた戦闘狂、
 それと悪行超人の俺だけだ。あの委員、本気で言ったんなら余程厚顔無恥か、本物のバカかのどちらかだぜ。」 
 マルスは、手を伸ばすとジェイドの頬に触れる。「人間を守る為に正義超人となりたいと、本気で思ってたのは
 てめぇだけだった。ついでに、二期生同士という仲間意識を持ち、ファクトリーでの"常に紳士たれ"なぞという戯言を
 真面目に信じてたのもてめぇ一人だよ、優等生サン。」
 ジェイドは、マルスをじっと見つめている。
 「超人の戦いにゃ、反則という概念がそもそもねぇ。そりゃあの委員長も認めてただろ。大体、正義超人てのは、
 勝つためにゃわりと手段を選ばん奴らなんだ。ヒマがあったら、伝説超人の戦いを調べてみろ。てめぇに紳士たれと
 教えた奴らが過去どんな紳士サマだったか、よくわかるぜ。」
 ジェイドは目を伏せた。僅かに首を振ったようだった。
 「ジェイド。お前は素直の度が過ぎてんだよ。教わったことを端から鵜呑みにするな。てめぇの目で見て、てめぇの頭で
 考えろ。正義なぞ果たして実在してるのか、超人はどう生きるべきなのか、ってことをな。」 「スカー。」ジェイドは
 口を開いた。「俺は、正義はあると信じる。そのために生きるべきだと信じる。」 
 「好きにしろ。」マルスは言う。 「この俺は、正義もそれを自称する奴らも信じん。・・・だが、ある意味お前は信じられる
 かもな。その馬鹿げた生き様を貫き通して・・・」マルスは、身を起こした。
 「まだまだ俺を楽しませてくれるだろう、ってことはよ。」彼は、ジェイドの耳に口を寄せて囁く。
 「この次会ったら、お前の体の方を楽しませてやるぜ。」 「・・・!」ジェイドの顔が、ぱっと赤らむ。
 マルスは立ち上がり、凛子と万太郎を見て呼びかけた。「おい、凛子! そのバカの手綱しっかり締めとけよ!」 
 凛子は穏やかな表情で聞く。ウインクして、ニッ、と笑った。「わかったよ!」
 マルスはニヤリと笑い次の刹那、鷹の如く宙高く飛び上がっていた。彼の姿は、満月に吸い込まれるように見えなくなる。
 その跳躍が、残っていた次元の膜を破ったらしい。

 「り・・・凛子ちゃん? なんでアイツに呼び捨てされてんの? 何かあったんじゃ・・・?」
 「うるさいよ、万太郎。」にべもなく言う凛子。
 「おい、誰かいるぞ!」と、公園内に駆け込んでくる複数の人物。外灯に照らされたのは、制服の警官だった。
 「君たち! 一体ここで何があったんだ!?」先頭の若い警官が、3人に声をかける。
 「警察!? やっば・・・! 母さんに怒られちゃうよ、警察なんかと関わっちゃったら!」と凛子。
 「ボクだってマズいよ! ミートや委員会にたっぷりお小言喰らっちゃう!!」と万太郎。
 「数時間前、向かいの建設中ビルが謎の崩壊を起こしたんだが、君たちは何か知ってるのか?」と警官が問う。
 ジェイドがその前に進み出た。「悪行超人が現れました。ビルの倒壊はそいつの仕業です。この街に害をなそうとしましたが、
 我々で何とか阻止しました。」 「悪行超人・・・ あっ!! 貴方はジェネレーションEXのジェイドさんですね! 
 TVで見ました! いやぁ感激だなぁ、本物に会えるなんて・・・ 自分は貴方のファンなんです、握手してください!」
 とその若い警官はジェイドの手を嬉しそうに握り締めた。「はっ!? はぁ・・・」と面食らうジェイド。他の数人の警官も、
 ジェイドを取り囲んで騒ぎ出す。
 「何をやっとるかぁ、お前達!!」と、新たに駆け込んで来たコートの人物が怒鳴る。「警部補!」と慌てる警官たち。
 「君たち、この事件について何か知ってるのか? 事情を聞きたいので、署まで来てもらえるかね?」その警部補が言う。 
 「わかりました、同行します。これは悪行超人が起こした事件なので、超人警察に連絡してもらえないでしょうか。」と
 ジェイドは答えた。 「超人警察に・・・? おおっ! ひょっとして正義超人二期生の一員ジェイドさんですか!? いや
 これはこれは・・・ 握手してください。実は私も家内も娘も、皆貴方のファンでしてねぇ・・・」相好を崩す警部補。
 「あ、あの・・・」またしても面食らうジェイドだった。
 一方、取り残された万太郎と凛子。万太郎は怒り出した。「なっ・・・何なんだよこの連中! 実際にこの件を片付けたのも、
 日本駐屯超人なのもボクだってのに、なんでジェイドにだけ群がってんだよ!!」
 凛子は万太郎を横目で見て言う。「仕方ないんじゃない? 遊び呆けるヒーローに憧れる人いないよ、多分。 万太郎!
 このスキに逃げようよ、あとはジェイドが何とかしてくれるだろうし。あたしは事情聴取なんかされるの真っ平だよ。」
 しかし万太郎は、ジェイドを取り囲む警官たちに向って怒鳴る。
 「こらーぁ!! ホントのヒーローはここにいるんだぞ! こっちを向けーぇ!!」
 「万太郎ってば! もう、あたし一人で逃げるよ!」と凛子。
 「みっ・・・ 皆さん、真面目にこの件に取り組んでいただけますか!」と警官たちに握手と質問攻めにされているジェイド。

 全ては、明るく柔らかな、満月の光の下で。 
END

凛子ちゃん編(って呼んでいいのか・・?)完結、おめでとうございます〜!鷹覇様って、
本当に小説を進めるのがお早い!それでいてこのすばらしい文章力にはいつも感心させられる
限りです!いつも自信家ででかいことばかりぬかす(笑)スカーは私の憧れですが、今回は
・・どうも万太郎に反感を持った・・のは私だけ?(笑)最後には小突きたくなったよ。
・・ところどころにスカーを心配するジェイドの姿があるのが印象的でした。うふん(Noriko)

俺の居眠りのせいかァ〜?かっこわりイな〜まったく。あんな優等生に説教されるほど俺は
  おちぶれちゃいねェんだけどなあ?(笑)俺さ〜、ここの小説の俺とジェイドの関係ってのが
すごく、気に入ってるぜ?だってよ?野性味(笑)があるじゃん?変にベタベタしてなくて。
俺に相応しい奴になるためにジェイドが成長していく様を見てると・・燃えるね(笑)
もっと進展して欲しいものだな。ん?いろいろと・・・サ!(スカー)