SCAR FACE SITE

前画面へ



◆ Green Christmas 

  その日、いきなりオレはジェイドに呼び出された。
  もうとっくにドイツに帰ったものと思っていたのに――急に呼び出すなんて、いったい何があったのかと、
 オレは急いでジェイドの指定したホテルへと向かった。
  街はところどころ、緑と赤と金色のりポンやイルミネーションで飾られていて、こんなに寒い季節なのに
行き交う人の顔もなぜかどことはなしに晴れやかだ。
  街頭に立つ、福々しいサンタクロースの仮装をしたチラシ配り。
  ガラスに吹きつけた白いスプレーの中、浮き出すような『Merry Christmas !』の文字。
  そういえば――もうそんな時期なのだ。
  山奥に篭っていたり、どうも普通の人間世界から離れていると、そんなイベントなぞも忘れてしまう。
  誰も、いつも以上に他人のことなんて気にかけていないような、浮き足立った人波のなか、オレは特別
その中に身を隠すこともなく、ジェイドの元へと向かった。
  そしてようやく着いた、どうもジェイドと言うよりは、あのお師匠の好みらしい、落ちついた佇まいのホテル。
  そこで、オレを待っていたのは――いつになく晴れやかな笑顔を浮かべた、ジェイドだった。

*                     *


 「オマエ――どうした? お師匠は一緒じゃねェのか?」
  思わず出たオレの第一声は、それだった。  
  きょとんとした眼をオレに向けて、ジェイドは困惑気味に答える。
 「レーラァはドイツの家にいるよ?
  俺はこうしてここにいるけど、別に変わったことは――……」
 「いや、そうじゃなくてだな……」
  確かにジェイドは問いかけに答えているが――オレの聞きたいことはそれじゃない。
  ホテルの一室。
  特別変わった様子もないジェイドの戸惑ったような姿を眺めつつ、オレはぐるりと部屋の中を見まわした。
  ご丁寧に――ちょこんと飾られた花にも、緑と赤のリボンが結ばれている。
  平和な、オレにとっては妙になまぬるい感触の光景。
 「……――別に、何か起きたとか、何か事件があった、ってわけじゃねェんだな?」
  がっくりと――その半分は安堵の思いで――ソファに腰を下ろす。
 「あ……」
  そのときようやく、ジェイドは何ごとかに気づいたように、まじまじとオレの顔を見た。
 「……ゴメン。そういえば、いきなり用件も言わずに呼び出しちゃったんだな、俺……」
 「いや――何事もないってのなら、それはそれでイイんだけどな。
  オレも特別、用事があるわけじゃねェし」
  街は浮かれている。
  街を行く人々も、忙しそうなサラリーマンらしきスーツ姿から、学生らしい制服姿から、誰も彼もが
忙しそうなくせにどこか浮かれた気分を漂わせているような気がする。
  冷たい風が吹き、空は曇っている。1年の終わりという、何故かは知らないが慌しい季節なのに。
  それでも人々はどこか表情を晴れやかにさせて、嬉しそうだ。
  そんな中に、久々に出てくると――どうも自分がこの人々とは違う時間の中にいるような気がしてならない。
  言ってみれば――まァ、そんなコトを気にする性質ではないが――奇妙な居心地の悪さを感じてしまって
仕方がなかったというのは、あった。
  だから、ジェイドに会って、幾分ほっとしたような気分になったのは正直なところだ。
  だが――だからこそ、気になった。
 「……クリスマスだろ?」
  思わず口をついた言葉。
 「そう、だから、なんだか一緒にいたかったんだ」
  にっこり笑ってジェイドが答える。
  どうも――たまにコイツと話が通じていないことがあるような気分になるのは、オレの気のせいなのだろうか。
 「……じゃなくてだな。
  普通、オマエみたいなボーヤの場合は、おうちでイイ子でお祝いでもするもんじゃねェのか?」
  あ。
  言葉に出さずに口だけそんな形にして、ジェイドはちょっと戸惑った様子を見せた。
 「……ええと……だから、俺の――レーラァの家じゃクリスマスのお祝いなんて、やらないんだってば」
  返ってきた答えは、それだった。
  オレが似合いもしない『クリスマス』なんてものを意識してしまったのは、たぶん――dMpにいた頃の
ケビンとのちょっとした出来事のためなのだが――。
  それにしても、ジェイドの答えがちょっとばかり意外で、オレは思わずその翡翠の瞳を覗きこんだ。
  仔猫のような眼でジェイドがオレを見つめる。
 「だってレーラァ、クリスチャンじゃないもの。
  レーラァのファーターも、その先代も、そうだったんだって」
  ジェイドはふわりとオレの隣に腰を下ろした。 
 「俺は、育ててくれたおじさんとおばさんがそうだったから――クリスチャンなんだけど。
  超人でも、ちゃんと教会で洗礼を受けさせてくれたし、洗礼名も頂いたし」
 「……何て言うんだ? オマエの、その……」
 「洗礼名?」
 「ああ」
 「……――」
  照れくさそうに頬を赤らめて、ジェイドは小声で一言、呟いた。
 「何だって? 聞こえなかったぞ?」
 「……Michael……」
 「へェ……」
 「……天使さまの名前なんて、俺の柄じゃなくて、恥ずかしいんだけど」
  翡翠の瞳が、本当に照れくさそうに見あげてくる。
 「――イイんじゃねェのか?」
  甘い蜂蜜色の髪を撫でながら、オレは応えた。
 「大天使ミカエルってのは――。
  そもそもキリスト教の天使ってのは、けっこう悪魔と戦ってたりして、勇ましいものなんだろ?」
 「……」
 「……何だよ」
 「スカー……おまえって、本当に色々なこと知ってるよな……」
  妙なことに感心したような表情を浮かべてから、ジェイドはちょっと笑って、さも柔らかそうな口唇を開いた。
 「じゃ、これは知ってる?」
 「何だ?」  
 「――元々はね、クリスマスって、古代ローマの冬至のお祭りと同じものだったんだって」
  オレの肩に頭をかるく乗せて、安心しきった――甘えた姿で、ジェイドはそう呟くように言った。
 「この日からだんだんと太陽のある時間が長くなるから――1年の終わりと始まりのお祝いをする日。
  それが日が近かったためなのか、キリスト教の中に組み込まれて、今みたいな盛大なお祭りをするようになったんだって」
 「――そりゃ師匠の受け売りか?」
 「受け売りって言葉はひどいけど」
  ジェイドはかすかに笑った。
 「……うん、そうだね。レーラァに教わったんだ。
  そのことを教えてくれた年から、俺とレーラァも、ささやかだけどクリスマスにお祝い、するようになったんだよ。
  ちょっとした料理を作って、ワインをあけて、それくらいだけどね」
  僅かに首をかしげながら、ジェイドは続けた。
  ヘルガおばさんが差し入れしてくれたりするし、俺もこっそりケーキとかジンジャークッキー、焼いたりするんだけど。
 「だから、そんな日なのに、俺なんかと居ていいのかよ?」
  楽しげに師匠との話をする様子に、オレは思わず肩をすくめていた。
  ジェイドが悪戯を見つかった仔猫のような眼で見上げてくる。
 「いいんだ。叱られちゃうかもしれないけど、俺にとっては、クリスマスのお祝いはそんな厳密なものじゃないし、
  それに――……」
  視線――。
  甘えるような、でも本当にまっすぐで素直すぎて、嘘なんてつけない瞳。
 「……一緒に居たい相手と居て、幸せなら、神様だって祝福してくれるんじゃないのか?」
 「なァ、ジェイド……」
  オレはそのときになって、ようやくジェイドに尋ねてみようと思っていた言葉を口にできるような気がした。
  どうも――オレにしちゃかなり弱気になっているようだが――どうしても、聞けなかったのだ。
  ジェイドはオレに嘘なんてつかないし、つけない。
  だから、残酷かもしれないこの問いかけをする気にはなれなかったのだろう。
 「オマエ、オレとじゃなくて、師匠と一緒にいたかったんじゃねェのか――?」
 「……」
  ジェイドはちょっとの間、予想どおり瞳をかすかに曇らせた。
 「……ん……」
  口唇が僅かに動く。
  戸惑うように、言葉を探して、そして――。
 「……じゃないよ」
  子供のような拙い口ぶりで、ジェイドは告げた。
 「このクリスマスには、レーラァとじゃなくて、スカーと居たいって思ったんだ。俺」
  オレは、それ以上問いかけてジェイドを苛めるのを止めた。
  何故か、と聞いても、きっと上手く答えられやしないだろうと思ったからだ。
  だが――ジェイドはおずおずとながら、その理由を説明しはじめた。
  想っていることと、言葉とがずれないように――考えながら、ゆっくりと言葉を選んでいるような様子だった。
 「――なんだか、さ……」
  オレは、そんなジェイドを知っていたから――ただ、語るのを静かに待った。
 「ん?」
 「素敵だと思わないか? 
  クリスマスも、だけど――何かが終わって、新しい何かが始まる日のお祝い、って……」
 「……」
  真摯な眼差しが俺に向いている。
  まっすぐな――どこまでもまっすぐな視線。
  言葉以上に、ジェイドが何を連想しているのか、オレにはいくつも想像できた。
  まずは、オレがdMpから出ること。
  それから、これまでのほんの短い間に、いくつかの奇妙な変遷を辿ってきたオレとジェイドとの間柄。
  そして、きっと――これから新しい関係を築いてゆくだろうこと。
  オレは黙ってジェイドの肩を抱き寄せた。
 「……そうだな。こういうのも、悪くねェな」
  和やかな、ふわりとほどよく暖まった空気のなか、久しぶりに傍にジェイドがいる感じというのは
 悪い気分ではない。
  嬉しそうにジェイドが言う。
 「あとで、一緒に食事に行こう。
  それから――……」
 「ちょっと街でも散歩するか? 何か欲しいものが見つかったら、プレゼントしてやるよ」
  じゃ、俺もスカーの欲しいものがあったら――……。
  そう言いかけたジェイドの言葉がふと止まった。
 「スカー……」 
  翡翠の瞳が窓に向いている。
  窓の外には――風花らしきものがちらついている。
 「ああ、雪だな」
 「……ドイツにいると、雪なんて珍しくはないんだけど……」
  眼を細めて、さらに嬉しそうにジェイドが呟く。
 「……積もらないうちに、行くか」
  立ちあがったオレに続いて、ジェイドもソファから立つ。
 「そうだね。
  雪――帰ってきてから、ゆっくりふたりで見よう?」
  無邪気な台詞。
  それじゃ、帰りがけには、忘れずにワインの一本も買って来なけりゃな――。
  そう思いながら、オレはジェイドがコートを着る姿を眺めていた。
  それから、ロウソクも――。
  ふとオレの感情の片隅をよぎった記憶は、あえて口には出さなかった。
  ロウソクを一本。
  イルミネーションの消えない街の光を覆うような白い雪を眺めながら、ワインをあけて――。
  おだやかに、暖かに。
  どうやら今年のクリスマスも、オレらしくもない静かな気分で過ごすことになりそうだ――と
 ジェイドの満面の笑顔を見つめながら、苦笑まじりにオレは思っていた。

〜 Fin 〜
other side storyBlue Christmas(Scarface×Kevinmask)