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◆ 片翼の天使達

 
◇キッド&ガゼル
「気にいらねえな」
ぽつ、呟いたキッドの声に、ガゼルは黒い瞳を細めた。
「最初から気に入るとは思っていないから安心しろ」
「そーじゃなくて!」
喚き出したキッドが手に持っている紙が握り潰されてしまう前に取り上げ、きちんと折りたたむと、
元どおりにきっちり封をしながらガゼルは続けた。
「でかい声を出すな。気に入らないのは俺も同じだ」
キッドはいらいらと脚を組み替えて、ガゼルの手の中の封書を見ている。
超人委員会執行部からもたらされたそれは、スカーフェイス──いや、文書ではあえて『マルス』と名指しされている──の、
処分通知書。
 今朝早く、どうもお偉方の動きがおかしいとガゼルからの連絡を受け、キッドは取るものも取り敢えず彼らの動きを追い掛けた。
そして、どうやら何がしかの処分が決まったらしい事を彼らの会話から察するや、東京地区守護のガゼルが彼らの注意を
引き付けている間に、通知書の写しの一通をすりとり、こうやって中を確認してみたのである。
 なんと、それが。
 冥王星への永久流刑ときた。
「こんなもん捨てちまえとか言い出すなよ、キッド」
ガゼルは白い封書に、開封された痕跡が見られない事を確認するように目の前にかざしながら言った。
「これ一枚を破ったところで、写しは幾らでもある筈だからな」
ちょっとだけ、キッドの色白の顔が赤くなる。
図星だったらしい。
「…言われなくても分かってる」
「ならいいが」
ガゼルは細い首を傾け、机の上に置いた封書を眺めた。
「しかし、おかしな話だ。」
「なにもかもおかしい。それくらい俺にだって分かる」
「まぜっかえさずに聞け。俺が言っているのは、処分内容が異常だと言う事だ」
キッドの明るい青の瞳が見開かれてガゼルを見上げた。ガゼルは、一つ大きな溜息を付いて、この友人を見下ろした。
「…そんな事にも気付かないのに、怒っていたのか、お前は…」
一期生主席の言葉に、キッドはむくれながらも反論の仕様がない。
ガゼルはいいか、と前置きをして切り出した。
「冥王星プリズンっていうのはな。超人が全ての生命を保護すると言う責務を投げ捨てて、逆にそれを損なう行動を『計画的に』
しかも『大量に』やった場合に投獄される場所だ。まあ、極刑といえば、最高の極刑だな」
「だからなんだよ」
キッドの声は不愉快さを隠そうともしていない。
 理屈はどうあれ、とにかくこの裁決は行き過ぎだという怒りが頭の中で竜巻状態になっているのだ。
 確かにスカーフェイスに殺されかかった─正確には『死にはぐった』自分ではあるが、その後、リハビリやら何やらで
共に過ごす時間を持ってみれば、思ったほど性質の悪いヤツではないのではないかと言う気分の方が強くなっているのだ。
 他の人間なら、『誑かされている』と思うかもしれない。
 しかし、キッドは自分のそういう「カン」に、限りない自信を持っている。それは、幼い頃からの母の折り紙付き、
キッドの特殊能力だ。
 俺が悪い奴なわけがない、と思ったら、悪い奴じゃないんだ。
凄まじく単純明解にして、キッドならではの理屈である。
そして、彼の頭の中の竜巻にさらに加速を促しているのが、『レジェンド』達が沈黙してこの一件を見守っていると言う事だった。
 バッファローマン、ブロッケンJr.、そして、ロビンマスク。
 錚々たる顔ぶれが、揃いも揃ってこの滅茶苦茶な処分に文句一つ言う気配がない。ましてや、ロビンなぞ、
この処分に承認を出した人間の一人である。
 『パパがもしもここにいれば、こんな酷い話、黙っている筈がない』というのも、キッドの怒りに火を注ぐ原因である。
 かほど、テキサスの親子関係は良好この上ない。
「だ・か・ら」
キッドの意識を自分の方に引き戻すべく、一言一言区切るように発音してガゼルはもう一つ大きく息を吐いた。
「…良く考えてみろ。一体いつスカーフェイスがそんな事やらかしたんだ」
「!」
「確かに前歴を偽ってファクトリーに入った事、これは履歴詐称で責められても仕方ない。あとは、ジェイドとの事か?」
「ありゃお前、試合中だもの、何が起こってもしょうがねえじゃん」
大体、そんな細かい話を持ち出したら、ジェイドに体半分膾にされかけたガゼルや、実際心停止まで行ったキッドの立場はどうなるのか。
「奴がd.M.pにいた時の話だとしたら、確定できる事実も挙げられていなければ、それを立証する証拠は文字通り何もない」
ガゼルは両手を顔の脇に挙げた。
「結論。スカーフェイスが冥王星プリズンに流刑になる理由は皆無、だ」
「でもじゃあ何だよそれは」
キッドの明るい青の瞳が、再び封書に向いた。
「委員長の直筆サイン入りで来てる、正式な文書だぞ」
「誰か、スカーフェイスが『極悪超人』として処分される事で、物凄く得をする奴がいるって事だろう」
ガゼルは淡々と言った。
「委員会執行部の中の誰かまでは、俺には見当が付かんが」
「…ちょい待たんかい、なんやそれは」
キッドの顔に見る見る朱が立ち上ってくる。
「得する奴がおるて、どういうこっちゃ!そないなあほくさい理由で動くんかい、執行部のお偉いさんは!?」
「落ち着けキッド。関西弁になってる」
逆上すると母親の故郷の訛りが口を衝く癖が直らないキッドは、ちょっと顔を赤らめて咳払いをし、椅子に座り直して低く言った。
「俺は嫌だ。納得できない事には従えない」
「……」
「選択に苦しんだら、自分が正しいと信じた道を進めと、パパが教えてくれた。そうすればたとえ失敗しても後悔して
苦しむ事だけはないって。俺、それは絶対に正しいと思う」
「正しいさ。但し直球勝負ばかりじゃだめだけどな」
「何だよ」
「スライダーも投げられた方がピッチャーとしては便利だって事」
怪訝そうなキッドに、ガゼルは封書を振ってみせた。
「とにかく俺はこれを戻してくるから。話はそれからにしよう」

 だが、事態はそれほど予定通りには動いてくれなかった。
 無事に封書を戻す事には成功したものの、東京管轄の哀しさである。行く先々で雑用に掴まったガゼルが部屋に戻ってきた時には、
キッドはベッドの上にひっくり返って雑誌を読んでいた。
ガゼルの顔を見るなり、がばと起き上がる。
「帰ろうかと思ってたところだ」
「そういうな。これでも仕事は仕事でこなさなきゃならん」
  そこへ、電話が鳴った。
「はい」
電話の向こうの委員会メンバーは、スカーフェイスが幽閉されていた部屋から消えた事を口早に告げた。
ガゼルの端正な顔がさあっと蒼褪めたのに、キッドは異変が起こった事を察知して表情を固くする。
「…で、今は誰が…そうですか。はい。…はい。こちらも至急向かいます」
電話を置いたガゼルの背中に、キッドの尖りきった声が突き刺さる。
「何があったんだよ」
ガゼルは受話器を握り締めたまま、大きく呼吸してからキッドを振り返った。
「スカーが消えた」
キッドの目が見開かれる。
「今は、バッファ先生の指示で、ジェイドが一人で追いかけてるらしい。俺も捜索に参加する事になった」
すると、ひょいとキッドは身軽く立ち上がった。
「俺が行く」
「何だって?」
「俺が行くよ。これでも東京はさんざん遊びまわった場所だからな。土地カンならお前には負けない」
いや、負けるとか勝つとかそういう問題じゃなくて、と言い掛けたガゼルに、キッドは真正面から視線を合わせてきた。
「俺はな、スカーと闘ってるんだよ」
だからどうした、と言いたそうなガゼルに、キッドは拳を掌に打ち付けて呟いた。
「だから、分かる。奴の感覚が俺には分かるような気がするんだ。そんでもって俺のこういうカン、外れた試しがないんだよな」
ガゼルはさんざん何か言い掛けて──そして、眉間を押えるようにして、呟いた。
「…で、スカーを助けようとしてる奴を、俺は見なかった事にしなきゃならんわけか?」
キッドはにかっと笑った。
「察しがいいじゃん。さっすが主席」
「バカでも分かると思うけど」
ヒュンと空を切った拳を顔の脇で止めて、ガゼルは無表情に呟いた。
「…確かに、スカーが消えた前後の状況を掴みに、委員会執行部に問い合わせする時間だけ、俺の出動は遅れるだろうからな。
その間にキッド、お前が東京エリアで何をしていようと俺には分かる訳がない」
キッドはそうこなくちゃ、と笑った。
「ついでにバッファ先生のとこなんか行ってみたりすると、一段と行かなくても仕方ないかなモードに突入しそうな気がするんだけどな〜?」
「…悪知恵だけは異常に回転が速いんだよなお前って…」
「生き残る知恵って言えよ」
キッドは表玄関から出たんじゃエージェントにとっ掴まるからな、と呟いて、ベランダに出る為のフランス窓の鍵を外し、
ガラス扉を引き開けた。
どっと強い風が流れ込んでくる。それに思わず手を挙げて目を庇ったガゼルに肩越しに視線を向けて、キッドは白い歯を見せて笑った。
「悪いな。俺の勝負球は、超豪速急の真ん中ストレートなんだ。変化球使い分けて抑えんのは、お前みたいに頭のいい奴に任すわ」
そのまま、身軽く手擦りを飛び越えて遥かな地上に降り立っていく彼を見届けると、ガゼルは窓を閉めながら呟いた。
「…俺は中継ぎか押え投手って意味か?今のは…」
それでは、大差を付けての勝ち試合でも、勝利投手はキッドだということになる。
損な役回りだな、とガゼルは苦笑しながら元通りに鍵を掛け、委員会執行部メンバーに会う為のアポイントを入れるべく、
電話に向かった。

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