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◆ PAPA & MAMA 'S LIBATY 1st edition(パパ達の憂鬱)

夜半近くだというのに街にはまだ、人がごった返していた。日本という国は単一民族(一応)国家だというが、
種族的は絶対に複合国家だと思われる。
 それくらい、昼と夜とで同じ街を歩いている人間の種類が一変するのだ。ただ、あたかも「自分達は間違いなく同じ日本人です」
という事を主張するかのように昼の人種も夜の人種も、小さな通信機械を片手に甲高い声で喚いたり、
無闇に素早く指先を動かすのを止めない。それが、民族としてのたった一つのアイデンティティになっているとしたら、
この国というのは相当おかしくなってきている、とバッファローマンは本気で思った。
「頭痛がする」
 そのせいか、さっきから傍らを歩いているブロッケンJr.の機嫌は最悪だ。まあ、彼がご機嫌なのなんて、あの、
礼拝堂の壁からにっこりと信者を見下ろす天使の如き顔をした弟子の前でだけなのだし、それ以上に、にこやかなJr.など
考えるだけで恐いから別に気にならない。
 それでも、一応心配している事だけは示そうと声を掛ける。
「色んな電波が飛び交ってるからじゃねえかあ?お前、昔っからダメだもんな、こういう『波』ものの刺激が」
だから、彼は普通の生活をしていられる今でも、シラフの時には帽子の下のヘッドギアを絶対に外さない。
これには特殊なフィルターを組み込んだイヤマフが組まれている為、様々な「波」が彼の鼓膜を襲うのを
ある程度防いでくれるらしい。
 そうでもしないと、多分、Jr.の晒されている環境というのは、教会の鐘の真下でリンゴンリンゴンと容赦なく鳴り響く大音響を、
のべつまくなしに聞かされているようなものなのだろう、と想像してみる。自分だったらとてもじゃないが耐えられない。
 アルコールが良い具合に感覚を麻痺させてくれると、それもかなり楽になるらしいのだが…
「…どうもジェイドがこの体質を引き継いでしまったようで、な…」
コートの襟に痩せた顎を埋める様にして、ふう、と吐息に紛らした呟きが漏れた。
「血のつながりが在る訳ではないのに…どうして、悪い所が似てしまったのだろう」
バッファローマンは、手を挙げてぽん、とその後頭部を優しく叩いた。
 自分などに似なければ良かったのに。
 同じ血を分け合った訳ではないのに。可哀相に。
本気でそうJr.は思っているのだろう。
けれど、同じ言葉をあのけむるような緑色の瞳の少年にぶつけたなら、同感だと言うだろうか?
師匠から与えられた全てを、痛みも涙も喜びもその全てを、大切に両手で包み込み、胸の中にしまっているあの子が。
 自分に向けられている他者の優しい想いに対して、少しばかり鈍感すぎるのが、こいつの本当の一番悪い所なんだがな、と
バッファローマンが零した笑いは白い息に変わる。
どうやらそれを自覚している気配はないし、この先もする事はないだろう。
喜ばしきかな、幸いにしてジェイドはその「最悪の欠点」だけは引き継がなかったようである。
「お、ここじゃねえのか」
先程スカーフェイスが教えてくれた店らしき扉を見つけ、二人は足を止めた。
どうする?という感じで親指を立てると、Jr.は無言で肯いた。バッファローマンは先に立ち、彼の為に扉を開けてやる。
「ほう…」
店内に足を踏み入れたその時、微かにブロッケンJr.が感心したような声を上げた。
 重い扉がしまるなり、外界の喧騒はなりをひそめた。手ごろな広さの店内は、シックな調度品と暗めのライティングで
ひどく落ち着いた空気を創り出している。そして、八割方埋まった席の客にも大騒ぎする酔漢は見出されず、
ざわざわと耳に優しい人声が満ちていた。
日本の酒場というより、そう、ヨーロッパに良くある少しばかり品の良いバーを思わせる雰囲気。
「クソガキ、妙な所で良い趣味をしている」
呟いたブロッケンJr.の視線が、店の奥の一点で釘付けにされたように止まったのに気付いて、バッファローマンは肩越しに
顔を覗き込んだ。
「…どうした?」
薄い色の唇が微かに声のない動きをし──その内容にバッファローマンが眉を顰めたその時、二人の存在に気付いたらしい
ある人物が軽く手を挙げてボーイを呼び、二人を自分の席に寄越すよう、指示をしている様が見えた。
流石に、バッファローマンもこれは意外だ、と言わんばかりの声を上げていた。
「…ロビンじゃねえか。何でお前がここにいる?」

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