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◆ ウルトリープ讃歌 


 それは、妙に濃い霧がかかる、不安な肌寒さのある夜だった。
 俺は――故郷で霧には馴れているけれど、日本に来てからこんなに深い霧を見たことはなかった。
 季節の変わり目、春から夏、とか夏の終わりから冬にかけて、とか、この辺りではそういう頃にこんな霧がかかると
  教えてくれたのは、確か――MAXだった。
「……」
 窓は閉めているのに、どこからか霧魔でも入りこんで来るかのような感覚に軽く身震いして、俺はふと部屋を
 見まわした。
 何かの気配を感じたような気がしたのだ。
 だが、それは明らかに気のせいだった。
 俺が自分の部屋に侵入者を許すはずがない。そして、その気配を最初から感じない俺ではない。
……誰もいない……
 だが、どうしても感情が高ぶって仕方がないのだ。
 軽く頭を振ってみても、過敏になっているような神経がおさまるはずもない。
 こんな日はもう寝てしまうのに限るとは思うのだが、横になってもどうしても眠りに落ちることが出来ず、俺は、
 ただじっと黙って天井を見上げているしかなかった。
 何かが夜道をやってくるような感覚。
……夜中に泣きだす、子供じゃないんだぞ……?……
 眉をひそめて幾度そう思ったことかわからない。
 だが本当にそのときの俺は、何かの予感をその全身で感じていたとしか思えない。
 そして――それは起こったのだから。

 荒々しい足音――激しくドアを揺さぶる音。
「……何だ!?」
 思わずベッドから飛び降りて鍵を開けると――そこに立っていたのは、マルスだった。
「どうしたんだよ、こんな夜中に……」
 思わず問い掛ける俺の声は、終わる前に口の中で小さくなって、消えた。
……様子がおかしい……
 これまで見たことがないような陰鬱な表情。
 いつもの荒々しい炎に包まれた若い獣のようなマルスの姿とは、まったく違っていた。
「マルス……?」
 一歩、部屋の中に下がった俺を追うように、マルスが歩を進める。
 その黄金色の瞳には、何か恐ろしいほどの――激情の渦があった。
「……」
 マルスは無言のまま後ろ手にドアを閉めて、その音がするのとほぼ同時に、俺は両肩を掴まれた。
「痛いぞ……なんだよ、急に……」
 強い力。
 俺の肩を砕こうとするかのような力。
 そしてそのまま俺は、マルスの有無を言わさぬ力で――ベッドに押し倒された。
 寝るときには下だけしか何も身につけない習慣だが、マルスの手が乱暴にそこにかかる。
 ここまでされて、マルスが俺に何をしようとしているのかわからないはずがない。
「よせ……よッ!」
 睨みつけてその手に抵抗するが――鍛えあげられたマルスの肉体は、その感情と同じく異様なまでの圧迫感で俺の体の上に
 あった。
 そして――荒々しいというよりも、苦しげな呼吸の音。
「……」
 どうしても、マルスのその様子は、尋常なものとは思えなかった。
 抵抗の力を抜いた俺の体から、引きちぎられるように衣服がもぎ取られてゆく。
 全裸になった俺に、マルスは遠慮もなにもなく圧し掛かってきた。
「……何なんだよ……」
 不快に眉をひそめながらも、俺にあるのは困惑だけだった。
 こうした、男との経験――はないわけではない。
 痛みも、いくぶんかの快楽も、知らない体ではない。
 だが――マルスの様子がおかしいのだけが、気にかかって仕方がなかった。
 追い詰められた獣のような――縋るような姿。
「……」
 それを訝しみながらも、ちらりと俺は視線を投げ、あわせた膚でマルスの肉体の熱を――そしてその状態を冷静にはかっていった。
……こんな状態じゃ……な……
 力のない者は貪られるだけ――dMpに来てから体に叩き込んできたたったひとつの教えが、俺の判断に力をかした。
 この体勢、そしてマルスの力、状態、と瞬時に俺の脳をめぐる判断。
 俺は――全身から力を抜いた。
……どうせ――たいしたことじゃないし……
 上から押さえつけられて自由にならない脚も、どうにか自分からひらいた。
 そんな俺の観念した様子を見取ったのか、どうだったのか――マルスの手が愛撫とも言えない動きで俺の膚を弄ってゆく。
「……」
 無言で、俺はそんな突然の炎のようなマルスを迎え入れようとした。
 マルスの手の動きに、燃えない体をなんとか燃えたたせようともした。
 熱がこの体にもうつれば――多少は受け入れるのも楽かもしれないと思った。
 だが――そんな俺の準備も整わぬうちに、マルスは俺の両脚に手をかけて、大きく開かせて――……
「……!」
 思わず顔を歪めるほどの激痛が、俺の体を襲った。
 まったくの準備もなしに引き裂かれた体は、乾いた中を擦りあげられるのに加えて、その乱暴さに悲鳴をあげていた。
 肉体の自然な反応のみで逃れようとする俺の体を、マルスのつよい手が押さえつけ、ベッドに縫いとめて――
 貪る獣の動き――というよりも、溺れ、何かに縋りつこうとするような、もがきにも似た動きで、マルスは俺の体を犯してゆく。
 それはあまりにも日常に見なれたマルスの姿とは違っていて――その困惑に溺れることで、俺は引き裂かれる痛みにただ耐えていた。
 そして――いつしか俺はどこまでも続くような苦痛と苦しさに、気を失っていた――らしかった。

 ――翌朝、マルスはいなかった。
 体の芯に残るうずき――痛み。
 そしてマルスの残していったもの。
 それと血にまみれて、ひどく汚れたシーツ。 
「……」
 大きく息をついて、俺は体を起こした。
 本当に奇妙な――だが嵐のような一夜だったと思いながら、ベッドから下りた。
 体の痛みも何もかも、俺の知っているものだったから――動揺はさほどなかった。
 だがそうなると、マルスの奇妙な様子だけがひどく気にかかって仕方がなかった。
 そして、乱暴さに対する素直な苛立ち。
「乱暴な真似しやがって――……あいつの顔を見たら、一発や二発殴ってやらなけりゃな」
 自分に言い聞かせるように呟いて、のろのろと身支度をして――俺は部屋を出た。 
 だが――普段はたやすく見つけられるマルスのあの目立つ姿は、その日、どこにも見当たらなかった。
 奇妙なことだと思いながらも、すれ違いの可能性を考えて諦めはしたが――さすがにそれが何日か続くと、
 異常を感じないわけにはいかなかった。
 あの夜のマルスの様子といい、不安が俺の体を充たしはじめていた。
 どうしても気がすすまず、眉をひそめながらも――俺は彼らに助けを求めた。
 彼ら――このdMpの首領たち。

 夜になって、俺が水鏡のある一室に入ってゆくと、死魔王と麒麟男がいた。
 普段は何人か、彼らの取り巻きのような連中がいるのだが――その日はなぜか、ふたりだけしかそこにはいないようだった。
「……ん? どうしたお坊ちゃま。テメェがこんなむさくるしい処に来るなんてな」
 からかうような死魔王の声。
 俺は短く、一言告げた。
「マルスの事で話がある」
 死魔王が眉をひそめ、麒麟男と一瞬、目配せを交わしたのを目ざとく俺は見取っていた。
 どうやらこのふたりも、マルスがこのところ姿を消していることに気づいているのだと察した。
 今日、この部屋にふたりしかいないというのも――もしかしたらそこに原因があるのかもしれないと思った。
 だが、何でもないような声で死魔王は言う。
「……何かあったか? お坊ちゃん」
「数日前、霧の濃かった夜――俺はマルスに襲われた。
 ……一発くらい殴り返してやろうと思って捜しているが、姿が見えない」
 俺の言葉の何がキーワードになっていたのか、わからなかったが――ふたりの
考えていることに訴えかける、何かがそこにあったのは確かなようだった。
「……」
 リングの上でのにらみ合いにも似た沈黙が落ちる。
 ふたりが何か思いを巡らせていることは確かで――俺は答えを待つだけだった。
 ややあって、俺の忍耐にも限界が来そうだと思ったころ――
「そうか……オマエが、マルスに……か」
 死魔王が軽く視線を流して、告げた。
「……北の訓練所を抜けた林に入って、そこからもう少し行くと――ちょっと開けた岩場がある。
 岩と草と、そんなものしかないところで、誰も近づきゃしねェが……
 マルスのヤツがこんなふうにして姿を消すときには、たいていそこにいる」
「おい、死魔王……」
 麒麟男が僅かに咎めるような眼差しを死魔王に向けた。
 それに構わず、死魔王は俺に続けた。
 軽く顎をしゃくるしぐさ。
「……行ってみろ、ケビン。あそこは――……」
 俺は感謝のしるしに軽く頭を下げ、背を向けた。
「――アイツの……」
 俺の背に、最後に短く死魔王が何かを告げたが――俺の耳にははっきりと聞き取れなかった。
 すでに足早に、俺はその場所に向かっていた。

 ――そこには本当に、僅かな草とやせた木と、そして岩しかなかった。
 剥き出しになった地表は、冷たい霧に濡れていた。
 そして――その中の一本の木の傍らに、マルスはいた。
 俺が黙って近づくと、どこかぼんやりとした動作で瞼をあげ、静かな――というよりも無気力な瞳が俺に向けられた。
 記憶の中から言葉をムリヤリ引きずり出すかのような、僅かな間をおいて言葉が出る。
「……なんだ、オマエかよ……ケビン」
「……」
「こんなところ、近づくんじゃねェよ。何にもねェんだし……」
 俺はマルスを見上げた。
「何もない……って言いながら、どうしておまえはここにいる?」
 沈黙が落ちた。 
 夜の闇――星が光をわずかに放っている中、俺たちふたりは薄い霧に包まれて立っていた。
「……俺はここで生まれた」
 マルスは小さな声で告げた。
「……いや、もしかしたら母親なんていねェのかもしれねェな。そこらの木の股からでも生まれたのかもしれねェが――
 ……ともかく17年か18年か、それくらい前」
 思い出すのか、俺に教えようとするのか――マルスの言葉は静かに響いた。
「ここで生まれたのか、連れてこられたのか――血と体液にまみれて、生まれたままの素っ裸で、霧の中で泣いていた超人の
 赤ん坊が、俺だった」
「……」
「超人ってのは――妙な能力があるもんだな。忘れようとしても俺はあのときの記憶を忘れられねえ。
 何もかもわからないまま霧の中で体が冷えきって――そんな俺を抱きあげたのがdMp創生期の超人たちの誰かだった。
 俺の冷たい体よりももっと、そいつの手が冷たかったことを覚えてる」
 かすかに喉の鳴る音がして、マルスが苦しげに息をついたのがわかった。
「こんなふうに霧のかかる夜には、思い出すんだ。冷たくて固い手――だった。……でも俺を救ったのはその手だった」
 呼吸が次第に荒く――さらに苦しげになってゆく。
「マルス……?」
「……その後、俺を――育てたのも――それから…………のも……その手……」
 微かにその体が震えていた。
 激情にか――それとも何かに怯えるのか。
 思わず俺はその肩に手をかけていた。
「落ち着くんだ、マルス。ゆっくり呼吸して――……」
 小刻みに息を洩らしながら、マルスはようよう告げた。
「寒い……。気分……悪ィ……」
 僅かに身を屈めているマルスの顔色は、ほとんど土気色といっていいくらいに悪かった。
 体が震え、小さな音をたてて、歯が鳴っている。
「吐いてしまえよ。そうすれば……多少は楽になるかもしれない」
 俺は囁いて広い背中を擦った。
 苦しげに息をつき、マルスは片手を木について俯いて――
 だが、その喉は幾度か鳴りはしたものの、マルスは歯を食いしばり、吐こうとする肉体の自然な反応さえ意思の力で
 押しこめているように見えた。
……マルス……?……
 俺の前で醜態を晒したくない――のだろうか。
 しばらく様子を見ていると、やがてひとつ大きな息をついてマルスが顔を起こした。
 まだ青い顔にはいくぶん正気が戻ったようだったが――引き歪んだようなかすかな笑いがはりついていた。
「……それ……出来ねェんだよ、俺……」
「それって……?」
「……吐く、ってことがさ」
 もういちど大きく息をついて呼吸と気分を整えて――マルスはどこか辛そうに腰を下ろして、木に背をもたせかけた。
「……ガキの頃から、そういう習慣をつけちまってるんだ」
 眼をとじて、ぐったりと体をのばすマルスの隣に、俺も座る。
 小さな声で、ゆっくりとマルスの口から言葉が零れはじめた。
「……俺はdMpの首領格の死魔王や麒麟男に見出されて拾われて――それからは割と楽にやってきたと思う。
 でもな、その前――完全にあいつらの庇護の下に入るまでは、色々……大変だったんだぜ?」
 ぼんやりと、記憶をたどるように手繰られる言葉。 
「いつも寒くて飢えて……口に入るものすべて、俺の体のためにしなけりゃいけなかった。
 ……――俺を強姦した野郎どもの精液だって、口に出されたヤツは全部――飲んだ」
 そんな言葉を聞きながら、静かに俺は目を閉じたマルスの頬を、身体を見つめていた。
……そうか……
 心の中で、俺はマルスの煩悶を感じていた。
……おまえを拾った男の手も、そうやって犯した男の手も、おまえにとっては一緒だったんだ……
 だから――何だと言うのか、はっきりとした答えはなかった。
 しかしマルスのこうした混乱が――ときおり狂気にも似た何かを導き出すことは確かなようだった。
 俺はマルスを見つめた。
 逞しい肉体。
 どこまでも雄々しく、闘うためにのみ存在するような男神の肉体。
 そうやってマルスはこの体を育て、鍛えあげてきたのだと――そう思った。
 そのとき、小さな声であざけるように、マルスは言った。
「――……俺のカラダ、汚ェだろ……?」
 薄く開いた瞼の下から覗く黄金の瞳には、いつものような傲岸不遜な光はなかった。
 どこまでも透って、虚ろで――……。
「……だから――時々自分で自分が堪らなくなるんだ。
 なんとかしなきゃいけねェ……って……汚れたモノ、出さなきゃいけねェって……」
「……」
 俺は黙ってマルスの言葉を聞いていた。
 記憶の痛み――記憶に縛られる痛み。
 それは俺もまた、知っていることだったから。
 最後にマルスは、俺から眼をそらして、さらに小さな声で告げた。
「……――オマエのカラダまで、汚しちまって――悪かったな、ケビン……」
 子供じみた言葉つきの、そんなかなしい謝罪の言葉を聞いたとたんに――俺の体の中で何かが噴きあげた。 

「……」
 俺は黙ってマルスにのしかかり、履いているものを引きおろした。
「……おい、ケビン……?」
「……黙ってろよ」
 俺の体を侵略したもの――今はおとなしくうなだれているモノ。
 それを探って俺は握り、さすがに扱いなれた自分のものにするのと同じしぐさで擦りはじめた。
「……ケビン……?」
 眉根をきつく寄せて、訝しむマルスの顔を見ずに――俺はその手に意識のすべてを集中させていた。
「……」
 マルスはわけがわからないと言うようにかるく息をついて――ようやく俺は、自分の掌の内が熱くなりはじめるのを感じた。
 さらに煽るようにまさぐって、形を整えて、そして俺はマルスの顔をまっすぐに見た。
「これは――おまえの体だ、マルス」
「……」
「おまえが育てて鍛えあげて、おまえのものになった体だ――……」
 俺の口が自由だったのは、そこまでだった。
 マルスの肩に甘えるように接吻した俺は、そのままそこにきつく歯をたてた。
「……っ……!?」
 マルスの体が小さく戦慄く。
 俺が口を離すと――ひとすじ、紅い血が膚を伝った。
 その血を、俺は舐めた。
「そのもとがどこから来たものであろうとも、俺は汚いなんて思わない」
「ケビン……」
「……それでもおまえが――おまえの体の中に汚れたものがあると思うなら……」
 傷口をきつく吸い、喉を鳴らしてその血を飲んで――
 俺はゆっくりと口唇の位置を下へとずらしていった。
「全部、出せよ。俺の中に全部――……」
 すさんだ生活をしてきたとは言っても、これはさすがにそんなに経験があるわけではなかった。
 出来る限り深く――と、時折、喉の奥を突いてしまって噎せたりもした。
 マルスがどんな顔をしていたか、俺は知らない。
 だが――マルスは俺の拙い口での愛撫を拒まなかった。
 やがて放たれた精液を――俺は、飲んだ。

 黙って体を起こした俺は、マルスの肩に頭をもたせかけ、囁いた。
「そんな必要があるかどうか知らないけど……そのうち、吐くやり方くらい教えてやるよ」
「ケビン?」
「喉に指突っ込んで、さ……」
 俺の顔にもそのとき、微妙な笑いが浮かんでいたかもしれない。
 俺を見るマルスの眼には、どこか不審そうな色があった。
 ちょっと笑って、俺は右手の指を2本揃えると――口の中に突っ込むしぐさをして見せた。
「……あの家を出る直前、くらいかな――癖になるほどじゃなかったけど、発作的に何度かやってたんだ」
「……」
「……あの家で、あの男に与えられたものすべてが恐くて――嫌だった。
 この身体だって、あの男に与えられたものだと思うと……耐えられなかったんだ……」
 手を下ろし、軽くマルスの肩に頭をもたせかけて、俺は告げた。
 苦痛の告白――これまで誰にも言えなかった、自分の弱さの告白。
「もう駄目だと思った。
 何が――って、はっきりしたものはわからなかったけど……
 あんな行為も、あんな行為をしている自分も、何もかもがもう駄目なんだと思ってた」
 辛い告白だとは僅かにも思わなかったのに――感覚よりも体の方が、その言葉に激しい反応を示していた。
 俺の瞳には、涙が浮かんでいた。
「……」
 しばらくの沈黙のあとで、囁くようにマルスは告げた。
「……馬鹿野郎……それでテメェの体ダメにしちまったら、それこそもうどうしようもねェだろ……」
 聞きようによっては冷たい言葉だったかもしれない。
 だが――マルスのその声は、それまで俺が聞いたことがないくらい優しかった。
 同質の痛み――それを知っているからこそ、出た言葉だと思った。
「そうだな……マルス……おまえのやってきたことの方がよほど健全で前向きだ……」
 俺がそう答えると、マルスは笑った。
 静かに――どこまでも静かに。
 それは遠い微笑みだった。
 何に向けられたものか、まだそのときの俺にはわからなかった。
 だが、俺はその微笑が好きだと思った。
 そんな微笑を浮かべられるマルスが、好きだと――思った。
 傷を舐めあう獣のように、それはある意味みじめな、慰めあう光景だったかもしれない。
 だが――そうやって傷を癒して、いつかふたたび、獣は闘えるようになるものではないかと――そのとき俺は、そう思った。
 痛みも傷も、癒しあって、強くなるのだと――。
「……マルス、部屋に――帰ろう」
 俺はそっと告げて立ちあがり、マルスの腕をとった。
「ここにいても、体が冷えるばかりだろう?部屋に帰って――……」
 マルスが俺の顔を見上げるのに応えて、微笑む。
「……暖まろう。ふたりで」