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◆ 改訂版 授かりもの2(ある晴れた昼下がり 下)

改訂版 授かりもの(ある晴れた昼下がり 下)

 TWTホテルに着いたバッファローマンは、ブロッケンJrの泊まっている部屋をフロントで問い合わせた。
 一緒の部屋でもいいだろ?と、昨日の電話でブロッケンJrに一方的に言われていたので、自分もその部屋に泊まる事に
 なっている。
 フロントマンは満面の作り笑で、今日からお泊まりのバッファローマン様ですね、と言いながらバッファローマンの前に
 チェックインシートとペンを差し出して、こちらにご記入をお願いいたしますと続けた。
(ありゃ一体何の集まりだ?)
 急にロビーが騒がしくなったと思ったら、着飾った一団がぞろぞろとやって来た。
 およそ四十人ほどのバラバラの年齢層の人間で構成されているその一団は、皆一様に上機嫌で中にはかなり酔っている者もいる。
 フロントカウンターでチェックインの手続きをしながら、バッファローマンは横目で彼らを盗み見た。
 一団の中には振り袖姿の娘やら礼服を着ている年輩の男やら、それにまじって年寄りもいれば子供もいる。
「あちらは、ご結婚披露宴のお客様でございます」
「え?」
 チェックインシートに必要事項を記入中のバッファローマンは、何の前置きもなくフロントマンにそう言われて、
 ペンを走らせている手を止めた。
「ですから、あちらにいらっしゃるのは、本日当ホテルでのご結婚披露宴に招かれたお客様なのです」
 フロントマンはバッファローマンの動きに気が付いたので、右手で一団を示して説明する。
「そうか、そりゃめでたいことだな」
 結婚か・・。
 バッファローマンは自分の人生を通り過ぎた女達を思い出す。
 付き合った女は数多くいるが、誰とも結婚しようなんて思わなかった。
 いや、考えないようにしていた。
 とうに滅んだ種族の最後の一人である自分は、誰と結ばれようが子を成す事が出来ないのだ。
 女達にそんな事を言った事はなかったが、たとえ言ったとしてもどの女も気にしなかっただろう。
 自分の惚れた女達は、皆、強い女だった。どんな状態に陥っても、自分の人生を自力で切り開く強さを持っているからこそ
 好きになったのだ。
 結局自分は彼女達から逃げた。子どものいない結婚生活に耐えられる自信もなく、養子をとるのも嫌だった。
 ご案内いたしますとボーイに声をかけられて、バッファローマンはこれ以上思考するのをやめた。わざわざ嫌な事を思い出す
 必要はない。
 やたらと愛想のいいボーイに案内された部屋は、最上階のスイートルームだった。
 こりゃまた豪勢な、とバッファローマンは呟く。
 しかし案内されたのはいいが、ボーイがいくらドアをノックしても中のブロッケンJrは出てこない。
 少々お待ち下さいと言って、ボーイは制服の内ポケットから業務用に持たされているPHSを取り出し部屋に連絡を入れて
 みたが、呼出音がむなしく続くだけで何の反応もなかった。
 待たされるのが嫌いなバッファローマンの機嫌は一瞬にして悪くなる。
 これが若い頃なら確実にドアを蹴破っていたが、今は少なからず年相応の落ち着きを身につけているので、マスターキー
 持ってるんだろ?ならとっとと開けてくれよと、ボーイに言うだけに留まった。
「はい、あの・・しかし」
「早くしろよ」
 恐い表情で静かにボーイを脅してドアを開けさせ、バッファローマンはずかずかとスイートルームの中に入っていった。
 バッファローマンの荷物を持っているボーイもしかたなくその後に続く。
 入り口から入ってすぐの、だだっ広いリビングルームには誰もいなかったが、ブロッケンJrは外出している訳ではないようだ。
 その証拠にソファーの上には脱ぎ捨てられた軍服と帽子がある。
(ひょっとしてあいつ寝てやがるのか?)
 人を呼びつけておいて昼寝しているのだとしたら腹が立つが、わざわざ一つ一つ部屋を調べるのて見つけだし、叩き起こすのも
 面倒だ。
「ここには幾つベッドルームがあるんだ?」
 それでも荷物を受け取るついでに一応バッファローマンは問う。
 四部屋ございますと答えるボーイが、続けてスイートルームの中について説明しようとするのを遮って、もういいありがとうよと、
 バッファローマンはぞんざいに言いチップをやって追い払った。
「ふう」
 ボーイが出て行くのを見届けたバッファローマンは、とりあえずくつろごうと革張りのソファーに腰を降ろした。
 どうせこの中にいるのなら、探さなくてもブロッケンJrはそのうち現れるだろう。
(ルームサービスのコーヒーでも頼むか)
 バッファローマンは電話を探して首を巡らせる。
 壁にかかった絵画
 飾り台とその上の花瓶、花
 ドア
 バーカウンター
 ドア
 窓、外の風景
 ぐるりと部屋の中を眺めても、なぜか電話は見当たらない。
 もう一度部屋を見渡したバッファローマンが、最後に体ごとよじって真後ろを確認すると、一枚のドアの横にある
 サイドテーブルの上に、ちょこんと電話が乗っていた。
 しかし、バッファローマンの目は、やっと見つけた電話ではなくその隣のドアにくぎ付けになった。
 向こう側に人の気配がする。
 バッファローマンがじっと見ていると、余程手入れがいいのか全く音を立てずにドアは開き、中からブロッケンJrが顔を出した。
 ブロッケンJrは、ようと言って右手を上げニヤリと笑う。
「もう着いたのか、珍しく早いな。昔はいつも遅刻していたくせに」
 ペッタペッタと、間の抜けたスリッパ履きの足音をたてて近づいてくるブロッケンJrは、だらしなくバスローブを引っかけて
 タオルを首から下げている。どうやらバッファローマンの予想に反して風呂に入っていたらしい。
「いきなりひどい挨拶だな、オイ」
「ホントの事だろ」
 俺はラテン系なんだから、時間にルーズなのはしょうがないだろと、バッファローマンは苦笑いする。
「言い訳にならねぇ」
 そう言ってブロッケンJrは、バッファローマンのすぐ隣に腰を下ろした。
「なんでこんなハンパな時間に風呂に入ってやがる」
「夕べ寝るのが遅かったんだよ。朝飯食ってから二度寝して、起きたら昼になっていた」
「二度寝するぐらいなら、朝飯なんて食わなきゃよかったんだ。どうせジェイドと一緒に食うためにわざわざ起きたんだろ?」
 濡れた髪をタオルでワシャワシャ拭きながら、まあな、とブロッケンJrは適当な返事をした。
「何が、まあな、だ。俺のことは待たせても平気なくせに」
「風呂に入ってたんだからしょうがないだろ」
「電話しても出なかったじゃねぇか。ここは風呂にも電話ついてるだろ」
「あー。あの時な。すまん、めんどくさかったから無視した」
「お前、ホントにひどい奴だな」
「うるさい。それ以上言ったらスリーパーかけるぞ」
 ブロッケンJrはバッファローマンの背後にまわって、首にするりと腕を回しゆるめにロックした。
 風呂上がりのブロッケンJrは生温かく、その体温が服を隔てていてもバッファローマンの背中に伝わってくる。まだ生乾きの
 体は湿り気を帯びて、シャンプーだか石鹸だかの臭いがする。
 バッファローマンは一瞬ドキリとした。
「そうだ。バッファローマンお前昼飯は?もう食ったのか?」
 バッファローマンの首をロックしたままで、急に思いついたのか、何の脈絡もないことをブロッケンJrは訊ねる。
「食ってないけどあまり腹が減ってないんだ。昼飯食うんだったら悪いが一人で食ってくれ」
「いや、俺も寝起きなんで腹は減ってないんだけど、一応お前に気を使ってみたんだよ。じゃあ、なんか飲物は?いる?いらない?」
「これが気を使っている態度か」
「いいから早く欲しいものを言え」
 そう言ってブロッケンJrは、極僅かな力でバッファローマンの首を絞めた。
「いい年してシャレにならんことするなよブロッケン」
「ギブアップするか?」
「はいはい、ギブギブ。これでいいだろ」
 バッファローマンがポンポンと軽く腕を叩いたので、ブロッケンJrがロックを解くと、その腕を取ってバッファローマンは
 強引に引き寄せようとしたが、思いきりよそ見をしていたブロッケンJrはバランスを崩し、反射的にバッファローマンを
 突きとばした。
「急に引っ張るなよバッファローマン」
 痛くも痒くもないくせに、わざとらしくバッファローマンにつかまれた腕をさすりながら、ブロッケンJrは怒ったふりをして言う。
 なに見てやがったんだ?と言いながら、バッファローマンが再び手を伸ばしてブロッケンJrの腕をつかむと、ブロッケンJrは
 一瞬身を引いて、それから思いきり迷惑そうな顔をした。
 その表情におされたバッファローマンがつかんだ手を緩めると、ブロッケンJrはニヤリと勝ち誇った笑みを浮かべて、
 バッファローマンの胸にくたりと体を預けてきた。
「んー?ドアを確認してたんだ。待たされても蹴破らなくなったなんて大人になったな」
 バッファローマンを見上げてブロッケンJrは囁く。
 ブロッケンJrの顔はもう笑っていない。
 バッファローマンは心なしか、自分を見つめる青い瞳が熱を帯びている様にも思えた。
 こいつは俺を挑発している。
 ここで理性を失ったら相手の思う壺だ。
「いつの話だそれは。三十年近い昔の事を未だに言うなよブロッケン」
 バッファローマンは目を逸らし、努めて冷ややかに返事をした。主導権を取られてはいけない。
「もうそんなに前の事になるのか」
 バッファローマンの胸でブロッケンJrは呟いた。
「そうだ」
「早いな。時間の経つのは」
「速いさ」
「なぁバッファローマン」
 呼びかけられたバッファローマンが、何だ、と問いかけると、ブロッケンJrは真剣なそれでいてちょっと照れ臭そうな表情で、
 バッファローマンを見据えて・・・。
「キスしてくれ」
 はっきりとした声でそう言った。