【 あなたのおもいでは あしたへのおくりもの 】 アポロンマンは、超人としてのコスチュームではなく、普通の人間の少年たちと同じ服を纏って超人病院の廊下を歩いていた。 "ノーリスペクト#3"ボーン・コールドと、キン肉王家の王子・キン肉万太郎が沖縄の首里城で対決する日は、あと2日に迫っていた。 その試合は、ナムルの運命を決定する試合でもあった。 万太郎がボーンに敗れれば、あの男は必ず、ナムルの元へやって来る。最後の殺人依頼を決行するために。 ナムルがボーン・コールドの次の標的であることは、超人警察も納得した。明日の試合の結果次第で、この超人病院のナムルの 病室前には、警護の警官が2名詰めることになっている。 だが、あの男の前では無意味なのではないか。倉庫で対峙した時のことがよぎる度、その思いが重く圧し掛かってくる。 昨夜、ジ・アダムスから電話があった。あれからボーン・コールドはノーリスペクトのホームページで、"首里城で対決を行う。 入場は7000人まで"と発表したらしい。 アダムスはゴージャスマンと連絡を取り合ったと言った。ゴージャスマンは当日席を3つ確保しておくとアダムスに告げたらしい。 「提案があるんだ、アポロンマン。」 その提案を聞き、アポロンマンはアダムスに答えた。「・・・わかった。当日には僕もそっちに行く。」 アポロンマンはナムルのいる病室の扉を開けた。 「アポロン!」 彼の姿を認めて、嬉しそうな声があがる。にこにこと満面の笑みを浮かべているのに、その笑みの裏側には虚ろな空洞が 広がっているのがわかる。相変らずやつれていて、血色も悪い。 アポロンマンは、胸の痛みを押し隠して、ナムルに向って僅かな微笑を見せた。 椅子に腰掛けるアポロンマンを、笑みを浮かべたままで見ていたナムルが発した第一声。 「ジャイロは、どうしてる?」アポロンマンは静かにナムルに目を向ける。 「やっぱり、忙しいんだろうなあ。俺の駐屯地の四国を合わせて、9県を1人で防衛してるんだから。 あ、でもバーバリアンなんか、中部地方と近畿地方を合わせて2府14県だもんな。もっと大変だろうなぁ。」 笑っていたナムルは、ふとアポロンマンを見つめて言った。「ジャイロ、俺に何か、言ってなかった?」 「・・・ああ。」アポロンマンは口を開く。「早く良くなれよ、って。」 「うん。」幼い子供のような邪気のない笑顔が広がった。 「俺、早く治すから。治ったらすぐ会いに行くって、ジャイロに言ってくれるか?」 「ああ。そう言うよ。」 実際には、ナムルの怪我は殆ど回復していなかった。単純な骨折なら、超人の場合1週間で完治する。あれから約二週間が 経過したが、ナムルのギプスは体から外されていない。 意識を回復してからのナムルは、自分でまともに食事をすることも、睡眠を取る事もしなかった。ナムルの体を維持するための 栄養と睡眠は、点滴と睡眠薬の注射で補われている。彼は、医師や看護婦たちとも、それ以外の誰とも言葉をかわさなかった。 委員長から無理に休暇を取り付け、日本駐屯防衛の任務を解かれることを覚悟の上で、毎日ナムルの元にやって来ている アポロンマンを除いては。 「退院したら久しぶりに、キムチサンドを作ってジャイロに持っていこうかな。あいつ、この間の休暇の時に俺がおやつで 作ってたのを、いきなり来て勝手に食っていったんだぜ? 一言断われよって文句を言ったら、いいじゃねぇかって 全然取り合わなくって。これ美味いな、お前いい嫁さんになれるぜ、俺は男なのにそんなこと言ってさ。キムチとチーズを食パンに 挟んでフライパンで焼くくらいの料理、誰にだってできるよな?」 「・・・そうだな。」 アポロンマンにナムルが語りかけるのは、全てジャイロの話だった。彼との思い出の数々。ヘラクレスファクトリーで共に訓練を 受けていた時分のこと、卒業式のこと、連合稽古の終了後に、共に過ごした時間のこと。(『映画を見たことがあったんだ。 見たい映画が食い違ってさ。あいつが見たがったのはアクション映画だった。俺が嫌だなって言ったら、あいつはこう言ったんだ。 "あのな・・・俺ら学生じゃねぇから学割きかねぇんだぞ?1800円払って、俺に映画館で寝とけってゆーのかよ!?"』) 楽しげに、ナムルは語っていた。黙って、時々は相槌を打ちながらアポロンマンは聞いている。だがその心の中には 斬り付けられたような痛みと、じりじりとした苛立ち・・・それは悲壮感に裏打ちされていたが・・・が渦巻いていた。 ナムルは現実から、戻らない幻影の中へと逃げ込もうとしている。彼があまりにも辛い思いをしたことはわかっている。 だからと言って、幻影の中で飛び去った幸せを掴む事ができるわけがない。 「しっかりしろ、ナムル!ジャイロはもう死んだんだ!」何度彼の肩を掴んで、そう言ってやりたいと思ったか。だがその言葉を 口にしたが最後、ナムルは二度と戻ってこない。 そんな予感が。と言うより確信があった。どうすれば、ナムルの心を引き戻すことができるのだろう。 ふと、膝の上に置いていた手に暖かな重みが加わる。話し続けながら、ベッドから身を乗り出したナムルが、左手を伸ばして アポロンマンの手に重ねていた。 「・・・俺さ。アポロンマン。」幸せそうな。そして虚ろな笑顔。「ファクトリーに入学して。ジャイロやお前たちと知り合えて。 本当に良かったって。そう思ってる。」明るい調子に響く声。 「できたら、これからも、」アポロンマンの手に重なるナムルの手に、その時僅かに力が加わった。 「皆で一緒にいられたら、いいな。」声が微かに震え、笑みを浮かべる頬の上を。 「いつまでも、続く事なんて、どこにもないのかもしれないけれど、」涙の粒が滑り落ち、透明な筋を残していった。 「ジャイロも、お前も、ゴージャスも、アダムスも、バーバリアンも、みんな、一緒にいられたら・・・・。」 笑顔のまま、その目は涙を溢れさせ、重なった手になおも力が込められて行く。 ・・・ナムルは、現実から逃げようとしていたんじゃない。 心を引き裂き続ける現実を認め、立ち向かおうと、必死に戦っていたんだ。 ひたすらにナムルを見つめながら、アポロンマンは一心に思いを馳せていた。僕は。 お前を助けたい。 そのために、何をすればいいんだろう。 お前のために、何ができるんだろう。 「ああ。そうだな。」 しっかりしろ、ナムル。 「・・・僕らはこれからも、」 ジャイロはもう死んだんだ! そこで、アポロンマンの声は一度途切れる。 「僕らは、これからもずっと一緒だ。」 自分の右手を、今や握り潰そうとするように、縋るように強く握っているナムルの左手の上に。 アポロンマンは自分の左手を重ね、強く握り返す。 沈黙が二人の間に落ちた。 それはナムルの震える声に破られる。 「・・・・・あ、りがとう・・・・。」 声に嗚咽が混じり出す。 「・・・アポロン・・・。」 「・・・・これからも、ずっと一緒だと思ってた。」項垂れる首筋。 「こんなに突然、あいつがいなくなって、」がくがくと震えている、アポロンマンの手を握り締めている左手にぽつり、ぽつりと 滴り落ちる雫。 「二度と会えなくなるなんて、思いもしなかった。」止め処なく流れる、涙。 「俺、は、」声を詰まらせるナムルを、アポロンマンはじっと見つめている。 「あいつと一緒に、生きたかった。」 「でも、あいつはもういなくて。俺は、何もできなくて。」ナムルは目をあげる。濡れた瞳がアポロンマンの瞳とぶつかった。 「・・・故郷にいた時、周りの皆に言われてたんだ・・・お前がヘラクレスファクトリーを卒業するなんてできっこないって。でも俺は、 特訓に耐えて10人の卒業生の1人になれた。 これで俺は誰にも負けない、そう思っていたけど、現実は違った。俺より強い奴は幾らでもいて、俺は何も、何も守る事が できなかった。大事な人が殺されるのを止めることも、仇を討つこともできなかった・・・俺にできることは、 ただ泣くことだけだなんて・・・あんまり、情けなくて・・・・泣くことしかできない・・・なんて・・・・」哀しみと自分の無力さに 打ちひしがれ、ナムルは肩を震わせている。 「泣けばいい。」アポロンマンは彼の背に、ギプスを嵌めた右腕に触れないよう、そっと腕を回す。 「もう何も考えないで、気の済むまで泣けばいい。ジャイロのために。そして、ジャイロを失ったお前自身のために。」 震えている唇から、嗚咽が奔流となって溢れ出した。自分にしがみ付いて号泣するナムルを抱く腕に、アポロンマンは力を込める。 彼の瞳の中に、僅かに光るものがあった。 その晩、ナムルは入院以来始めて食事を摂った。 翌日。ナムルは腕を吊り、松葉杖をつき、アポロンマンと、迎えに来たジ・アダムスと共に沖縄へ向った。 ボーン・コールドと万太郎の対決を見届けるために。 アダムスは、起き出してきたナムルを止めようとした。その体で無茶だ、それにもし万太郎が敗れた時ボーン・コールドが、 お前が会場にいると気付いたら。 アダムス、ゴージャスマン、アポロンマンは首里城へ向おうとしていたのだった。万太郎が敗れたその時に、 全力でボーン・コールドを阻止するために。 二人にナムルは告げた。「無茶なのはわかってる。でも、俺は見届けたいんだ。」僅かな笑顔を向ける。 「見届けて、決着をつけて来い、って。・・・そう言ったんだ。ジャイロが、俺の所に来て。」アダムスとアポロンマンは、 思わずナムルを凝視する。「もしかして、俺が狂ったのかもしれないし、勝手な願望で都合のいい幻覚を見たのかもしれない。 でもそれならそれでいい。あいつ、言ったんだよ。笑ってる俺が好きだったって。」穏やかな笑顔があった。 「・・・・だから、また笑ってほしいって。」 押し潰されそうな哀しみから、一歩踏み出したナムルがそこにいた。 彼を見つめながら、アポロンマンは記憶の糸を手繰り寄せる。あの時・・・埠頭にゴージャスマンと駆けつけた時。転がっていた ナムルの仮面。『遅かったか・・・。』ゴージャスマンの声。 その瞬間、頭の中に響いた別の"声"。"あいつは、あの倉庫の中だ。早く行ってくれ!" 理解したと同時に走り出していた。何故か、その"声"の言うことに間違いはないと確信していた。 あれは、もしかすると、ジャイロだったのかもしれない。 「わかった。じゃあ行こう、アダムス。」ナムルの肩に手をかけて、アポロンマンはアダムスに言う。 アダムスは目を瞬いた。 沖縄の首里城・御庭(ウーナー)に設置された特殊リングで行われた"火事場のクソ力修練・第三戦"で、キン肉万太郎は必殺技 マッスルミレニアムでボーン・コールドを下した。 最初の決定通り、"恩赦"は取り消され、殺し屋ボーン・コールドは試合中に殺害したキン肉星シュラスコ族の長老ミンチ・約2ヶ月前の 一期生ジャイロ殺害・その他彼の犯行と目される数々の殺人の容疑で逮捕された。超人警察は既に証拠固めに動いており、 ボーン・コールドの有罪、及び超人監獄への収監は確定的と見なされていた。 手錠を嵌められ、両脇を二人の超人警官に挟まれ首里城から出たボーン・コールドは、護送船へ向っていた。ふと目を向けると、 右腕を包帯で吊り、左脇に松葉杖を当てた黒い長髪の少年超人が目に止まる。仮面をつけず、素顔のままだった。 「ちょっと待ってくれ。」 ボーンは二人の警官に声をかけた。一行が立ち止まった所に、少年は一歩、一歩と松葉杖を突きながら歩み寄って来る。 「まだ治ってなかったのかい。」ボーンは、そう少年に呼びかけた。 ボーンの前までやって来たナムルは、一文字に口を結び、その目に力を込めて彼を見据える。 黙って彼を見据えている少年に、薄い笑いを浮かべボーンは口を開く。 「ジャイロの仇を討ちに来たのかね? まぁ今なら、俺は何もできないからな。」 その言葉に、ボーンの両脇に立っていた二人の超人警官がナムルに対して僅かに身構える。 「利き腕と片足が折れているんだ。お前を殺すなんてできっこないだろう。・・・それに、今更誰を殺しても、ジャイロは帰ってこない。」 抑揚のない声で、ナムルはボーンにとも、警官たちにともつかずに言った。 「そっか。ま、お前さんの溜飲が下がるかどうか知らんが、おそらく俺は終身刑だ。最近の超人界で禁じられてるんでなけりゃ、 死刑確定くらいにゃ殺してるからな。二度と娑婆に出てくることはないだろう。」手錠を嵌められた左手を口の所まで持って行くと、 ボーンは咥えている葉巻を指で摘んだ。「これは最後の葉巻ってわけだ。あぁ、そう言やぁジャイロは吸わないと言ってたか・・・。 お前さんはどうだい。」その言葉に突き刺された胸の痛みが、僅かに動いた眉に浮かぶ。 「・・・・・お前には、どうでもいいことなんだろうな。ジャイロの未来を奪ったことも、俺の生きる理由を奪ったことも。お前が これまで殺しただろう沢山の人たちの中の1人でしかなくて、一顧だにすることもないことなんだろう。」 「まぁな。」一言ボーンは答える。松葉杖を掴む左手が、さらに強く握られる。 「だけど俺には、ジャイロは世界の他の誰より大切な存在だった。何より大切な命だった。」 心に込み上げるものを堪えようとするかのように、ナムルは一度目を落とし、再びボーンを見据える。 「初めて、これからの人生を一緒に生きようと思った相手だった。一緒にいて、本当に幸せだと思える相手だった。 お前がやって来て、あいつの命を奪って。俺の幸せを壊していくまでは・・・あいつといたことがどんなに幸せだったのか、 俺は気付きもしなかった。」 ボーンはそう語るナムルを見ながら、最後の葉巻を燻らせている。 「どうしてこんなことになったのか、考えてももうどうにもならない。あいつはただ、自分の力の限り正義超人としての使命を 果たしただけのことだった。その結果お前がやって来て・・・運命だったのかもしれない。だけど、そうだったとしても俺は、 負けたくない。そんな運命に負けたくなんかないんだ。」 ナムルの声に込もっていく力。 「俺が、それを止める力なんて持ってはいない、何にも出来ない弱い存在なのはわかってる。それでも、俺は負けたくないんだ。」 涙が一筋、ナムルの頬を流れていた。 ボーンの左手が伸びる。「泣かない、泣かない。」あの時と同じように、軽い口調でボーンは言った。 強く頭を振って、ナムルはその手を振り払った。濡れた目に力を込めて、ボーンを睨みつける。 「惜しいな。」手を離してボーン・コールドは呟く。「お前さんを殺り損ねたのは、ホントに惜しいよ。」 首里城の御庭(ウーナー)を去る前に、"殺し屋廃業"を宣言した男は言った。 「殺し屋をやってるとな。獲物のことなんて、どの道すぐに忘れちまう。ジャイロのように印象深い奴がたまにいても、 幾らでも獲物はいるからすぐに埋もれちまうのさ。」眼帯に覆われていない方の、感情の窺えない目が一瞬伏せられる。 「だが、お前さんは仕留め損ねた獲物だ。これから牢屋の中で、度々思い出すことになるだろうな。この俺に狙われときながら 生き延びたんだから・・・まぁ精々・・・」ボーンは、半分以上燃え尽きた葉巻を口から離す。葉巻はボーンの指を離れて落ちた。 「止めた。」 落ちた葉巻はブーツで踏み潰される。 「じゃあな。」彼は、ナムルに背を向ける。両脇にいた2人の超人警官は、ボーンと共に護送船に向って歩み出す。 意志のとおりに動く方の腕に、足に、ナムルは力を込めて立ち、その後姿を見据えていた。大切な人を奪った男、 ボーン・コールドは振り向く事無く歩んで行き、やがてナムルの視界から消えた。 退院したナムルは、アポロンマンと共に、ジャイロの墓に詣でた。前に1人で詣でたのは、ボーン・コールドにつけられた 足の傷が完治してから、委員長に四国・中国地方両地の防衛を申し出た直後だった。 その時は雨が降っていた。今日、ジャイロの墓のある丘の上は青い空の下、穏やかな陽光に照らされている。そして丘の下には、 青い海が広がっていた。 綺麗だな。ここは、あいつの守った土地だ。ナムルはそう思った。 墓に花を供えて、ジャイロが安らかに眠る事を祈る2人。墓参りを終えた後にナムルは、12人の悪行超人を殺害した罪の裁きを 受けるために、超人裁判所に送られることになっていた。アポロンマンは、一ヶ月の謹慎処分を受け、本国ギリシアに送還される ことが決定していた。ナムルの介護のため関東地方防衛の任務を放棄したことを、職務怠慢と咎められたのである。 「あいつは今、どこにいるのかな。」ポツリとナムルが言った。「もう、苦しくないだろうか。」 ナムルの後ろに立っているアポロンマンの髪が、微風に靡いていた。 「死んだ人は、空に昇るのか地の底に行くのかわからないけど。もし、こんな綺麗な空の中にいるのなら、生きていた時に 苦しかったことは忘れられるのかもしれない。」 「僕の父が言ってた。」アポロンマンが口を開く。ナムルは彼を振り返る。「死んだ人は、天に昇るのでも地の底に潜るのでもない。 人は皆、死んだら帰る場所がある。その人と一緒に生きて、愛してくれた人たちの心の中に帰るんだと。」風に髪を靡かせながら、 ナムルはそう語るアポロンマンを見ながら立ち上がった。その肩に置かれる手。それはもう、力強い男の手だった。 「ジャイロは、今お前の心の中にいるんだ。きっと、もう苦しくなんかないよ。」 肩に置かれた手に、ナムルはそっと自分の手を重ね合わせた。 「・・・・アポロンマン。」呼びかけに、アポロンマンはナムルを見る。「先に行っていてくれるか。」 ナムルは彼を見て、柔らかい笑みを浮かべた。「すぐに行くから。」 頷いて、アポロンマンは1人丘を下っていく。その後姿を見ていたナムルは振り向いた。青い空と海を背景に立つ、先ほど花を 供えたGYROと名の刻まれた墓石。 墓石の下部に、そっと手をかける。2000〜2016と刻まれた数字が目に入る。 ジャイロ。 心の中で、そっと囁きかける。俺は。 俺は、お前が大好きだった。 お前の声も、抱き合う時に撫で付けた短い髪も。その腕も、その胸も。綺麗な瞳も。 ぶっきらぼうでいい加減に見えて真面目で、乱暴そうに見えて優しくて。 押しが強かったり、すぐ熱くなってしまう所も。お前の何もかもが、大好きだった。 お前と出会って。誰かを必要とすることが、誰かに必要とされることが、どれほど嬉しいことなのか、知ることができたんだ。 ありがとう。 本当に、ありがとう。ジャイロ。 もう、泣くのはあれで終わりにしようと思っていたのに。 心に反して涙は、静かに頬を滑り落ちていった。 さようなら。 そっと、墓石に触れた手を離し立ち上がる。 墓に背を向けて、歩き出す。 これから俺がしなければならないこと。 それは自分の犯した罪の責任を取ることだと、解かってる。 どんな結果が出ても、俺の招いたことだから。受け止めて生きる、それが俺のしなければならないこと。 大丈夫。どんな環境に置かれることになっても、胸の中のお前と一緒だから。 お前の、思い出と。 俺が死ぬその時まで。 風に、黒く長い髪が靡いた。 彼は振り返る。 青い海と、青い穏やかな空を背景に立つ墓標。 またいつか、どこかで、お前と会えるその時まで。 歩みを進めるナムルの目に、丘を下った所に待つアポロンマンの姿が見えていた。 「アポロン」彼の前に立って、ナムルは言った。「俺が監獄に入ったら、」一瞬、アポロンマンの表情に悲痛な影が過って消える。 「たまにでいいから・・・葉書でもくれると、嬉しいな。」寂しげな微笑を浮かべたナムルを、アポロンマンは腕で引き寄せた。 その後。12人の悪行超人殺害の罪で超人裁判所に送られたナムルは、情状酌量の余地ありとして2年の執行猶予を言い渡され、 四国駐屯防衛の任務に戻された。 全ての手続きを終え、超人センター高松支部の自室にナムルが戻った時には、窓から差し込む朱色の光が部屋の内部を染めていた。 これほど早く、ここに戻れるとは思っていなかった。ナムルは、机の上に彼宛の絵葉書が置かれていたのを見つける。 消印はギリシアだった。 "ナムルへ。 僕は今ギリシアの自分の家にいる。毎日トレーニングをしてるよ。 ギリシアに戻った時、両親が出迎えに来てくれた。 僕は、自分のしたことを後悔していない。間違っていたとも思わない。 だけど僕の行動は、僕にかけられたいろいろな人たちの期待を裏切った。 両親にとっても痛手になったかもしれない。 そう思うと辛かった。でも出迎えてくれた時、父は言ったんだ。 「お前は、お前が正しいと思う道を選んだんだな。だったらそれでいい。」 一年前、駐屯地に旅立った時より僕は背が伸びて、父を追い越していた。 「旅立った時はまだ子供の顔だったのに・・・今はもう、立派な男の顔になったな。」 父は、僕にそう言ってくれた。母も僕を見て微笑んでいた。 嬉しかった。自分が間違っていたとは思わないけれど、親を傷つけ失望させて、結果拒絶されることを考えるとやっぱり 怖かったから。だから、受け入れられて本当に嬉しかった。 ナムル。 僕の両親が僕の味方になってくれたように、僕もお前の味方になれたらと思う。 どんな時でも、お前を支えられる存在になれたらと思う。 それじゃ、元気で。 アポロンマン" 暖かなものが一杯に満ちた胸の上に、ナムルは葉書を押し付ける。 その顔を、朱色の光が染めている。 『お前こそ、この仮面が思い切りミスマッチだぜ。・・・ああ、取ってもミスマッチかね。可愛いツラしてるものな、お前。』 そう言って、メットの下で笑っていたジャイロを見ていた時以来。最後の会話になった、ジュースの話をして別れた時以来。 こんなに胸が温かくなったことはなかった。 (・・・ジャイロ。ここは、お前がいなくなった世界。だけど、俺はここで、生きていけるかもしれない。) ゆっくりと色を変えていく赤い光の中で、ナムルは温かい喜びが溢れた胸に、葉書を押し当てたまま立ち尽くしていた。 完 |